第12話 毒を食らわば、皿まで……

 王宮からの返事が来たので、ヘッジ王国のルートス国王がケイロンに着く前に大枠の話をしておこうと、ショウ達はルドルフ国王とアレクセイ皇太子に会いに行く。


「そういえば、アリエナ皇太子妃は懐妊中なんですね」


 王宮に向かう馬車で、アリエナの側近として仕えてるミーシャをふと思い出す。美貌のアリエナの側で、控え目なミーシャが上手くやっているのだろうかと心配するが、成人式の時にアレクセイがレイテに同行するぐらいだから大丈夫なのだろうと考える。


 海賊に売られるようなことは、二度とないだろうと安心するが、ジェナス王子との縁談を思い出して不愉快な気分になる。ショウはその不愉快な気持ちは、ジェナス王子への不快さからなのか、ミーシャが不幸になりそうなのを心配したせいかと溜め息をつく。


 バッカス外務大臣は、ショウが何故溜め息をついたのか察して、くすりと笑った。


 王宮でルドルフ国王とアレクセイ皇太子にダカット金貨改鋳国債の発行について話し合うが、一時間ほどで疲れを見せる国王を気遣って、途中でお茶を飲みながらの歓談になった。


 ローラン王国にとっては兼ねてからの懸案だったダカット金貨改鋳国債はありがたいが、発行人がルートス国王というので驚いていたのだ。アレクセイはできればアスラン王かショウ王太子に発行人になって貰いたいと、休憩を挟んで交渉しようと考えていた。


 しかし、ルドルフ国王は先日の発作の影響が残っていて、顔色が優れない。


「ルドルフ国王陛下、健康を害されたと伺いました。レイテの治療長が良い効能の宝石を手に入れましたので、これを献上致します。肌身離さず、御使用下さい」


 東南諸島らしい黒檀の綺麗な彫刻の施された小箱をルドルフ国王は受け取って開けると、煌めくアンバーのペンダントが入っていた。ローラン王国ではアンバーは珍しくない宝石だが、これほど煌めいている石はなかなか見当たらない。


「どうぞ、お付け下さい」との勧めで、ルドルフ国王は小箱からペンダントを取り出すと、首から下げる。


「ああっ……身体が軽くなっていく。このペンダントのお陰なのか? ショウ王太子、貴重な品をありがとうございます」


 顔色も良くなった父上に、アレクセイもホッとして、ショウ王太子にお礼を述べる。


「ショウ王太子のご好意には、感謝しようもありません」


 ショウは、どうにか真名を使っていることを誤魔化せたかなと微笑む。ルドルフとアレクセイは、アンバーに何か治療の魔法を掛けてあるのだろうと察したが、東南諸島の治療長が掛けたのか疑問を持った。


「そろそろ、ルートス国王陛下もケイロンにお着きでしょう。私達は竜で先行しましたが、陛下も竜騎士達と来られると仰ってましたから」


 ショウにアンバーのペンダントに掛けられた治療の技について質問しようとしていたアレクセイは、タイミング良く話を変えた新任のバッカス外務大臣はなかなか曲者だと内心で舌打ちする。


 アレクセイは、東南諸島には元々優秀な外交官が多いが、このバッカス外務大臣も見た目のなよなよした態度とは全く違うと評価し直す。


 そうこうしている内に、ヘッジ王国のルートス国王が到着し、アレクセイはダカット金貨改鋳国債の発行人を東南諸島にして欲しいと本心では願いながら、利息や手数料の交渉になってしまった。


「後は、両国で話し合って下さい」


 厳しい交渉を傍観していたショウが、そそくさと王宮を辞そうとしているのを、アレクセイは内々の晩餐会を開きますと招待して引き止める。


 ショウとしては早くレイテに帰りたい気分なので、晩餐会など結構ですと断りたいが、リリック大使やバッカス外務大臣に目で叱られて、渋々出席することになった。



「晩餐会には、ミーシャ姫も出席されるのかな?」


 ヘッジ王国のルートス国王と大使夫妻、東南諸島のショウ王太子とバッカス外務大臣と大使夫妻を招くのだから、ルドルフ国王、アレクセイ皇太子夫妻、ナルシス王子、ミーシャ姫が晩餐会に出るのは当然に思われる。


「ショウ王太子、毒を食らわば皿までと申しますでしょ。どうせ多妻なのですから、ミーシャ姫一人増えたところで変わらないでしょう」


 大使館で、縁談を申し込まれるのではと愚図るショウに向かって、バッカス外務大臣が宥めるが、納得できない。


「毒だなんて酷いよ~。それに毒を食らわば皿までだなんて、皿なんて食べたくないし」


 リリック大使も酷い喩えだと苦笑しながら、ショウを宥めるのに参加する。


「まぁまぁ、まだ正式に申し込まれたわけではありませんし、そんなに愚図らなくても……」


「正式に? 裏では話があるのですか?」


 リリック大使は、ショウも鋭くなったなぁと、にっこりと笑って誤魔化す。 


「あっ、あるんですね~。私はこれからピップスとレイテに帰ります。後のことは、バッカス外務大臣に一任しておきます」


 二人からルドルフ国王の晩餐会をドタキャンできるわけが無いでしょう! と叱られて、ショウは父上なら無視して立ち去るのにと、溜め息をついた。



 東南諸島の大使館で、ショウが愚図っていた頃、ルドルフ国王はミーシャと話していた。


「とてもお顔の色がよろしくて、安心致しました」


 発作の後の初めて出席した会議が終わったと聞いて、ミーシャは父王の部屋に訪ねて見舞ったが、元気そうな様子にホッとする。


 ルドルフ国王は、日陰の身にしてしまったミーシャを、スーラ王国のジェナス王子になど嫁がせたくないと、ショウと再会して確信した。


「この健康に良いというペンダントを、ショウ王太子から頂いて、それから体調が良くなったのだ」


 懐妊中のアリエナに仕えているミーシャも晩餐会の予定を聞いて、ショウがケイロンに来ているのは知っていた。


「まぁ、ショウ王太子が……」


 交易相手国の国王への好意として、貴重な品をくださったのだとはわかってはいるが、やはり優しい方だとミーシャは頬を赤らめる。


 ルドルフ国王は、ミーシャがまだショウに恋心を持っているのを確認して、アレクセイに縁談を進めるように話さなくてはと考えた。


 晩餐会はヘッジ王国のルートス国王と東南諸島のショウ王太子を迎えたにしては、内輪だけで行われたので問題は何も起こらなかった。


 食後にサロンで寛いで、コーヒーやデザートを食べる。ぱちぱちと薪が燃える暖炉の前でソリスは寝そべっている。ソワァに座って足元の巨大な白い狼を撫でている懐妊中のアリエナは幸せそうで、ショウはレイテのレティシィアを思い出す。


「ご懐妊、おめでとうございます」


「ショウ王太子、ありがとうございます。ミーシャがよく尽くしてくれますから、快適に過ごしてますのよ」


 ショウからのお祝いの言葉を受けるアリエナの側には、ミーシャが控え目に座っていた。


「ミーシャ姫、成人式には遠いレイテにまでお越し下さり、ありがとうございます。レイテの滞在を楽しんで頂けましたか?」


 アリエナからミーシャの話題を振られたので、成人式に参列して貰ったお礼を言う。


「ロジーナ姫にとても親切にして頂きましたわ」


 ミーシャはショウの美しい許嫁達を思い出すと、少し気後れを感じる。何となくぎこちない会話を、ナルシスがカバーする。


「私はレイテに行ったことが無いのです。一度、訪問しても良いでしょうか?」


「ええ、勿論、歓迎いたします」


 アレクセイはどうにかして、ショウとミーシャを二人きりで話し合わせてやりたいと、弟に目でサインを送る。


「ああ、ソリスを運動させてやらなければ……ミーシャ、私は少しお酒を飲みすぎたようだ、お願いできるかな? あっ、女の子だけでは危険かな?」


 溜め息が出る程の見え見えの作戦だが、ミーシャが一人で夜の王宮をソリスの散歩させるのは拙いだろうと、ショウも付き合うことになる。


 ルートス国王は、どうやらルドルフ国王の庶子をショウ王太子に押し付ける気だと察したが、自国には独身の男性王族がいないので持参金を諦めてただ酒を飲む。 



 夜の王宮とはいえ、こんな巨大な狼が一緒のミーシャを襲う馬鹿など誰もいないのは明らかだが、旧帝国三国では令嬢はエスコートされるものだとされているので仕方がない。


 サッサと一回りしてサロンに帰ろうと、ショウは諦めてミーシャをエスコートする。


『ソリスは、イルバニア王国に帰ったかと思ったよ』


 王宮の庭には名残のバラが咲き誇り良い雰囲気だが、ミーシャとの沈黙に堪えかねて、ショウはソリスと会話する。


『アリエナが赤ちゃんを産むのに、離れられない。無事に産まれたら、フォン・フォレストの森に帰る』


 ショウは、ターシュもそろそろカザリア王国に帰らないと、エドアルド国王が怒りそうだと苦笑する。


 ミーシャはナルシスが自分の為に酔った振りをして、二人になるチャンスを与えて下さったのだとわかっている。それに、二度とショウと二人で会える機会が無いかもと、勇気を振り絞る。


「ショウ王太子、ソリスはいつも王宮の庭で狩りをするのです。その間、あそこの東屋で待ちましょう」


 運動とナルシスは言っていたけど、狩りもソリスには運動なのかなと、ショウはミーシャと東屋に向かう。


『狩りに行ってくる』


 ソリスは前からミーシャがショウを好きなのを知っていたので、雰囲気で察しをつけて夜の庭園へと消えた。


「お寒くはありませんか?」


 ショウはミーシャを気遣ったが、ローラン王国育ちなので秋の寒さぐらい平気だ。


「私は平気ですが、ショウ王太子は寒いのは苦手でしょうか?」


 女の子に気遣われては、ショウも寒いなんて言えないので、月明かりの下で東屋で話すことにする。    

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