第11話 ローラン王国の秋

 ショウ達は、ヘッジ王国から海を越えて、ゾルダス港を目指した。カドフェル号はまだ寄港していないが、空き地だった場所に造船所の建築が始まっている。


「後で視察したいな」


 ショウはイズマル島の開発で、より多くの船舶が必要になるから、造船所が早く稼働したら良いと考える。


「ケイロンに早く着いて、リリック大使と話し合いましょう」


 先を急かすバッカス外務大臣を、ショウは訝しそうな目で見る。


 変だとは思ったショウだが、首都のケイロンに急ぐのは異論は無いので、ゾルダス港で少し休憩して、サンズと飛び立つ。


「もう、収穫が終わっているみたいだね」


 イルバニア王国より北のローラン王国の秋は短い。長く厳しい冬に備える為に、秋は小麦やじゃがいもを収穫したり、食糧を備蓄するのに忙しいのだ。


 ふと、ショウはメッシーナ村もそろそろ収穫時期なのかなと、エスメラルダを思い出した。エスメラルダにレイテを見せてあげたいとショウは思った。バザールに連れて行ったら、目を回しちゃうかもと笑った。


 豊かな自然の中で育ったエスメラルダを、収穫後のローラン王国を見て何故思い出したのかと、ショウは自分の心の動きの不思議さに首を傾げる。


「あっ、そうかぁ! アリエナ妃が緑の魔力持ちだから、連想したのかな?」


 ケイロン周辺はアリエナ妃のお陰で豊作なのだろうかと考えながら、サンズと大使館を目指す。


「ショウ王太子、ようこそ」


 突然の到着でも、アスラン王で慣れているので、リリック大使は慌てない。通された応接室にはパチパチと薪が陽気に燃えていて、少し肌寒いケイロンなので暖炉の火が気持ち良く感じる。


「探索航海の成功、おめでとうございます。ウォンビン島とイズマル島を傘下に加えて、益々の発展が望めそうですな」


 リリック大使は、レイテからの報告を受けていたので、イズマル島の大きさも知っている。


「ローラン王国の動きはありませんか?」


 難民の流出で苦労しているローラン王国が、移民により植民地として支配しようとしてないか心配して尋ねる。


「ルドルフ国王は、体調が良くないみたいですね。騎竜もかなり灰色に脱色しています。アレクセイ皇太子は、少しずつ信頼できる貴族達を側近として活用してきてますが、ルドルフ国王がいらっしゃる上でのことですし……まぁ、まだイズマル島の大きさには気づいてませんから、移民計画どころでは無いですね」


 ショウは、造船所の建設を急がせるように指示した。


「今回は、アレクセイ皇太子から要請のあったダカット金貨改鋳国債について、返答を持ってきたのです。ルートス国王が発行人になってくれるので、その件を話し合わなくては。細かい利率や発行手数料は、ローラン王国とヘッジ王国で話し合って決定することになりますが、買い手はレイテの商人が多くなるでしょうから、きっちりと利子を払って貰わなくては」


 リリック大使は、ウォンビン島が東南諸島連合王国に加盟した経緯を知っていたので、ルートス国王の気を逸らす為に発行人を提案したのですかと笑う。


「まぁ、そんなところだけど……ルドルフ国王が体調が悪いのは困るなぁ。それでなくても、まだアレクセイ皇太子は……」


 ダカット金貨改鋳もアレクセイの提案だけど、ルドルフ国王がそれを指示して進めているとした方がスムーズなのではないかとショウは心配する。


 バッカス外務大臣とリリック大使は、東南諸島連合王国とは全く事情が違うと、内心で苦笑する。アスラン王の威光が強い東南諸島では、王自らが王太子に華を持たせるように任せている。


 あまり人心を集めていないルドルフ国王だが、優秀なアレクセイ皇太子の急激な改革案に反対する貴族達にはまだマシに思われているのだ。


「ルドルフ国王は、どこが悪いのですか?」


 ショウも父上の庇護の元、自分の思い通りにやらして貰っているのに感謝して、外国育ちのアレクセイには後ろ盾のルドルフ国王が必要だと考える。


「心臓が良くないみたいですね。長年、ゲオルク王の傀儡として、意志に反することを強要されたので悪化させたのでしょう。今回の発作は、ミーシャ姫がらみだと聞いてますよ。スーラ王国のジェナス王子からの不礼な求婚で、不快になられたのでしょう」


 ショウはミーシャとの縁談はお断りだが、男のクセにダイエットなどしているジェナスなんかに嫁ぐのも嫌な気持ちになる。バッカス外務大臣とリリック大使は、それに気づいて目配せする。


 ショウは気持ちを切り換えて、ルドルフ国王の体調を良くする方法を思いつく。


「あのう、大使夫人は、オパールか、トパーズか、アンバーをお持ちですか? 少しお借りしたいのです」


 ダカット金貨改鋳国債を無事に発行して、ローラン王国を立て直すまで、アレクセイの後ろ盾のルドルフ国王には元気でいて貰いたい。


「ショウ王太子、なるべく真名が使えることは秘密にした方が……」


 バッカス外務大臣は何をしようとしているのか察して、慎重に振る舞うようにと忠告する。


「でも、まだアレクセイ皇太子だけでは、ローラン王国を立て直せないし……」


 侍女が夫人からことづかって何点ものオパール、トパーズ、アンバーの宝飾品をトレイに入れて持ってきた。バッカス外務大臣は何をしようとしてるのか察してるみたいだが、リリック大使はわけがわからない。


「ショウ王太子? これを何に使われるのですか?」


 侍女を下がらしてリリック大使は質問するが、ショウは流石に大使夫人だけあって見事な宝飾品の数々だと物色中だ。大粒のオパールの指輪や、トパーズのネックレス、色々ある中にとりわけ目立つペンダントを見つける。


「そうだ! このペンダントを頂いて宜しいですか? 後で、他の宝石を夫人には贈りますから」


 女物にしては大振りで、子供の掌ぐらいのアンバーのペンダントをショウは手に取る。


「それは中に昆虫の化石が入ってるのが珍しいから購入したのですが、どうも妻は気に入らないみたいで……お持ちになっても良いですよ。いや、良いですが、何にお使いになるのですか?」


 ショウは服の下から竜心石を取り出して『魂』で活性化させる。そして、リリック大使から貰った大振りのアンバーのペンダントを見つめて、『琥珀』と『癒』を唱えて輝かす。


「これをルドルフ国王に献上しようと思うのです」


 輝きを増したアンバーのペンダントを見たら、妻も付けたがるかもとリリック大使は驚いた。


「ショウ王太子! これをルドルフ国王に献上して元気になったら、貴方が真名が使えると言ってるような物でしょう」


 バッカス外務大臣は、呆れて肩を竦める。


「その場で真名を使うわけじゃないから、知らぬ存ぜぬで通すよ。ラッキーアイテムだとかさぁ」


 リリック大使は、この輝きを増したアンバーに治療の魔力があると知り、顔色を変える。


「ええっと、アンバーには治療の魔力があるのですか? そんなのをローラン王国に教えたら大変ですよ。ローラン王国は、アンバーの産地なのです。このアンバーもケイロンだから安価で買えたのですよ」


 リリック大使は驚いて止める。


「ああ、でもレイテで治療師長には教えたから、いずれはアンバーは高騰しますよ。あっ、そうなるとこのペンダントも値打ちがあがりますね、困ったなぁ」


 そんなペンダントのことはどうでも良いと、リリック大使は首を横に振る。


「ショウ王太子、レイテの治療師長は、自分の弟子にしか教えないでしょう。ルドルフ国王にペンダントを献上するのは良いですが、慎重に振る舞って下さいね」


 バッカス外務大臣とリリック大使に釘をさされて、ショウは努力しますと返事をする。


「ダカット金貨改鋳国債といい、このペンダントといい、ショウ王太子は気が良すぎます」


 王宮に面会の手紙を書きながら、リリック大使はぶつぶつ文句を言う。

 

 バッカス外務大臣は、そういう所も可愛いが、王太子としては危ないので、目が離せないと肩を竦めた。


 バッカス外務大臣は、ショウ王太子のお守りはドキドキして退屈しないのでご機嫌になる。


 リリック大使とバッカス外務大臣は、ミーシャ姫とジェナス王子の縁談に不快感を示したショウは脈ありなのかと考えながら、面会の返事が来るのを待った。


 二人の考えも知らず、ショウはアンバーがローラン王国の特産品なら、お土産に買って行こうかなと呑気なことを考えていた。

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