第10話 ふぅ~
「何故、バッカス外務大臣がついて来てるんだ?」
ショウは、ピップスと二人でヘッジ王国に向かう予定だったのに、バッカス外務大臣が付いて来たのに困惑する。
「外務大臣に着任した途端、探索航海に出て、レイテに帰ったばかりでしょう。また、旅に出ても良いのですか?」
ショウはお目付役が同行していては、竜での飛行旅行は許されていないのと同じだと溜め息をつく。それにバッカス外務大臣がヘッジ王国とローラン王国に行くのなら、自分が行く必要がないのではと怒りも感じる。
ショウは、ロジーナが嫁いでくる前に、ララと落ち着いて話し合いたいと望んでいた。それに妊娠中のレティシィアの側についていたかったと愚痴る。
それでもヘッジ王国のルートス国王がイズマル島の大きさと、ウォンビン島が補給基地として絶好な位置にあることを気づいてしまう前に、ダカット金貨の改鋳国債の発行を提案したかったので急いで向かう。
『シリン、疲れたら言ってくれ』
かなりの強行軍になるので、騎竜でもないし、年寄りのシリンを気遣う。
「ペリニョンで休憩しましょう」
東南諸島の国内は島伝いに飛行していたが、イルバニア王国のメーリングとユングフラウには竜騎士が多いので、できたら休憩を取らずに通過したいとショウは考える。
ペリニョンの宿屋で食事を取って、少し部屋で身体を横たえてうとうとする。幼い時にフランツ卿の屋敷を探しにサンズを王宮の近くの高級屋敷が建ち並ぶ地区に飛ばした時、竜騎士隊に取り囲まれたのを思い出す。
「東南諸島の大使館で休憩しても良いけど、下手に招待されたりしたら困るんだ。エリカの縁談があるから、断るのも無作法だし。兎に角、メーリングの領事館や、ユングフラウの大使館は見張られてるから近づかない方が良いなぁ」
レイテに遣わされたヘッジ王国の竜騎士が、ルートス国王に情報を渡す前にできたら会いたいと思っているので、お昼寝を切り上げて先を急ぐ。
「あまり体力を消耗しては駄目ですよ。あのルートス国王と交渉するのですから」
バッカス外務大臣もメーリングやユングフラウは目立つから、寄らないのは同意したが、少しは休憩しないと駄目だと諌める。確かに大使館付きの竜騎士は急いで書類をレイテに運び、指示を仰いで大使館へとんぼ返りして疲れても、その後の対応は大使などがするから良いが、ショウ達はルートス国王やルドルフ国王と話し合わなくてはいけないのだ。
ペリニョンで休憩を取ると、ユングフラウを迂回した北方まで一気に飛んだ。イルバニア王国の北部は小麦の収穫がそろそろ行われていて、ショウ達は一晩泊まってヘッジ王国に向かう。
夜間に海を渡ってヘッジ王国へ行くのは危険だったから、泊まるのは仕方なかったが、ルートス国王の竜騎士に先行されたかなと気持ちが焦る。
「ショウ王太子、焦ると足元を見られますよ」
バッカス外務大臣に指摘されて、いつかはルートス国王もイズマル島の大きさを知るのだし、各国にも広まるのだと覚悟を決めた。
「そうですね、できればイズマル島について知らないうちにルートス国王と話し合いたかったですが、此方が焦る必要のないことだった」
ピップスは外交のことなどわからないが、バッカス外務大臣がついて来てくれて良かったと初めて思った。レッサ艦長からバッカス外務大臣とショウ王太子の間に常にいるようにと、厳命を受けていて、ずっと苦労していたからだ。
収穫時期のイルバニア王国から北東に海を渡りヘッジ王国に着くと、風の吹き荒ぶ物悲しい風景が広がっていた。海風にそよぐ草をぽつぽつと点在する山羊が食べているのを見ながら大使館へ急ぐ。
「ショウ王太子! それにバッカス外務大臣! もしかして、ウォンビン島について何か問題でも?」
ピップスに三頭の竜の面倒を任せて、ショウとバッカスはパフューム大使に、ルートス国王にダカット金貨改鋳国債の発行人になって貰う件を説明する。
「発行人には手数料が入るのですよね……うう~ん、どうだろうなぁ? ルートス国王が、それでウォンビン島の件を諦めてくれるかはわかりませんが、発行人は引き受けるでしょう。それに、ローラン王国から利息を取り上げるのも得意そうです」
パフューム大使は、ルートス国王なら手数料目当てで発行人を引き受けるだろうと考えたので、ショウとバッカス外務大臣を王宮へと案内した。
ケチなルートス国王は、自分が儲かる話には目が無い。ショウ王太子の訪問を知って、ウォンビン島の件で文句をつけようとしていたが、ダカット金貨改鋳国債の発行人になってくれと言われて、一時棚上げにする。
「何故、私がそのような国債の発行人にならなくてはいけないのだ。ローラン王国のルドルフ国王が、発行人になるのが本筋だと思う」
発行人の手数料は欲しいが、何か裏があるのではと疑う。
「その国債を購入するのは、レイテの商人が多くなると思いますが、ローラン王国のルドルフ国王が発行人では躊躇うと思います。ダカット金貨でローラン王国の信用は地に落ちてますからね。我国が発行しても良いのですが、ローラン王国とは貿易黒字で問題があるのに、利息を要求しては関係が悪化しそうです。それで、きちんと利息を取り立てて、利子を分配して下さるルートス国王にお願いしたいのです」
ルートス国王は、発行手数料について何%になるのかと、細かい話を持ち出した。ショウに代わって、パフューム大使やバッカス外務大臣が手数料の交渉をする。
ショウは自分から提案したのだが、ベスメル内務大臣が反対した意見に賛成したくなった。確かにローラン王国の為に、こんな苦労しなくてもと、言いたくなる。
パフューム大使は値切り交渉になるとイキイキしてるのに、ショウは驚く。バッカス外務大臣すら、この丁々発止の戦いにはお手上げだ。
「まぁ、手数料については、ローラン王国と直接話し合っては如何でしょうか」
バッカス外務大臣の言葉で、ヒートアップしていたルートス国王とパフューム大使は我に返る。
「先ずはローラン王国と、ダカット金貨改鋳国債の件を話し合わなくてはいけませんな」
できればルートス国王のみでローラン王国との交渉をして貰いたいが、アレクセイ皇太子がショウに借金を申し込んできた経緯もあるので、知らぬ顔が出来るわけが無い。
ショウは大使館に帰って、バッカス外務大臣がローラン王国にルートス国王と共に行って、ダカット金貨改鋳国債の発行について話し合って貰えないかと話してみる。
「私はローラン王国のルドルフ国王やアレクセイ皇太子と面識が無いので、ここはやはりショウ王太子が話を進めて頂きたいですね」
やんわりとした口調だが、きっぱりと拒否されて、ショウは溜め息をつく。
「バッカス外務大臣? もしかして、ミーシャとの縁談が水面下で進んでいるのですか」
真っ直ぐに質問されて、バッカス外務大臣は微笑む。
「さぁ、私は新任の外務大臣ですから。それに探索航海で、レイテを留守にしてましたからねぇ」
ピップスと二人で竜で移動しようとしていた時、同行を申し出たバッカス外務大臣にショウが言った言葉を盾に取って、シラをきる。
ふぅ~と、深い溜め息をつくショウを、バッカス外務大臣とパフューム大使はまだまだ若いと微笑んで眺めた。
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