第2話 留守中の人々

 ショウはヘインズ村長代理とルルブの世話を侍従達に任せて、久し振りに離宮へ帰る。


「ララ、ただいま」


 後宮でショウの帰国を知って、待っていたララは、新婚の夫に飛びつく。


「ショウ様、ご帰還おめでとうございます」


 キスをしてからの挨拶に、女官達はくすくす忍び笑いするが、新婚の二人に遠慮して席を外す。


「ララ、会いたかったよ」


「私も……」


 ずっといちゃいちゃしていたいが、今夜は宴会がある。


「本当に宴会なんて、大嫌いだぁ……」


 ララに夜遅くなるから、寝ていて良いよと言いおいて、離宮に帰り宴会の支度にかかる。


 ショウは側仕えのラズリー、ケリガン、トマッシュの三人に、ヘインズ村長代理とルルブの世話も任す。


「ヘインズ村長代理は会議も予定されているが、レイテ見学もして東南諸島連合王国について学んで欲しい。私も一緒に案内するが、ラズリーは私が他の用事をしている間、色々と要望に応えて欲しい」


 風呂に浸かりながら、側仕え達に指示を出す。礼儀や華やかな事が得意なラズリーにはヘインズ村長代理の世話を中心になってやって貰う。


「後、ルルブは竜騎士になるのだけど、当分は離宮で世話をするからトマッシュ、面倒を見てくれ。ピップスが使っていた部屋で当分暮らすことになる」


 穏やかで面倒見の良いトマッシュに、ルルブの世話を任せて、公用語の読み書きを先ずは教えるようにと指示する。


「それとケリガン、ヘッジ王国から商船が三隻こちらに山羊を運んで来るので、家畜商に売ってくれ。カインズ船長は今はレイテに居ないようだが、予定は聞いていないか?」


 風呂に浸かりながら、側仕え三人に次々と用事を言いつけるショウに、留守中に任されていた仕事の報告も手早くする。


「そうか、レティシィアの真珠の養殖は母貝に核を移植して、筏に吊したんだな。今は杉の枝に卵を付着させたのを、稚貝に養殖している最中なんだ……」


 レティシィアにも会いに行って、真珠の養殖の進行状況を聞かなきゃと思うが、色っぽいので帰れなくなるのは必至だ。新婚早々に留守番させたララに悪い気持ちになる。


 気持ちを切り替えて、雨ガッパの欠点を改善するようにと、側仕えにメモをさせる。


「士官達はあれでも良いが、マストに登る乗組員達は風に煽られてしまう。上着とズボンに分ける必要があると、伝えてくれ」


 そろそろ支度しないと、宴会に遅れますと侍従達が苛々しているので、今夜はこれまでにする。


 しかし、側仕えは商船を三隻も買ったという事は商船隊を組むということで、雑事が増えるのは確実だと気を引き締める。


 ショウも、そろそろロジーナとの結婚も控えているし、メリッサとも結婚するのだから、後宮を取り纏めてくれる第一夫人を探さなきゃいけないなと思いながら、略礼服に着替える。


 焚きしめられた竜湶香の薫りに、レイテに帰ってきた実感が湧く。


「こんな高価な香を焚きしめるだなんて贅沢だよ……」


 ぶつぶつ文句を言うが、侍従達は王と王太子にのみに許されている純粋な竜湶香の使用を止める気はない。それにアスラン王の第一夫人のミから、立太子式の時にお祝いとして竜湶香を沢山貰っていた。


 ショウもミヤの王太子としての立場を自覚するようにとの教訓を込めた、竜湶香の贈り物だと感じているので、贅沢だとは思うが使用の禁止までは言わない。


 アスラン王の第一夫人として、高価な竜湶香を衣服に焚きしめるぐらい端金だと威儀を示さなくてどうするの! とミヤは考えているのだ。 


「第一夫人ねぇ……」


 ショウは、父上が第一夫人のミヤを信頼しているのを幼い頃から感じて育ったので、自分にもそんな相手が見つかれば良いなぁと思う。


「レティシィアがあんなに色っぽくなかったら、第一夫人になって貰うのになぁ……」


 真珠の養殖をレティシィアには任せているが、能力が高いので、商船隊の管理も本当なら任せたいぐらいなのだ。侍従に飾り帯を結んで貰いながら、ショウはぶつぶつ考え込む。


「そろそろ宴会が始まりますよ、主賓が遅れては格好がつきません」


 主賓はヘインズ村長代理とルルブと艦長達だよと、側仕えのラズリーに注意して離れに向かう。ショウを見送りながら、側仕え達は島を二つも東南諸島連合王国に加盟させた探索航海の隊長なのにと、相変わらずだなあと苦笑する。 



 東南諸島連合王国の宴会の豪華さに、ヘインズ村長代理とルルブは驚いた。


「辛い物は控えるようにとは事前に言っておいたけど、少し食べてみてからにした方が良いよ」


 ルルブに細かく世話をやいているショウに、ヘインズ村長代理はそれどころではないのではと心配する。ショウと話したいと、うずうずしている重臣達や、海軍の艦長達が遠巻きにして熱い視線を向けている。

 

 しかし、ショウはそのような視線などスルーして、ヘインズ村長代理やルルブの接待を続ける。


「ショウ王太子、宜しいのですか?」


 ヘインズ村長代理が心配して、視線送る人達を杯でクイッと指す。


「ああ……良いのです。彼等が話したい内容は、大凡解りますから……」


 文官達はイズマル島の開発に関わりたい、武官達は測量や補給基地の設営に加わりたいと、火傷しそうな視線をショウだって感じているのだ。


 宴会で仕事の話などタブーですよと笑って、ヘインズ村長代理に酒を勧める。


 ヘインズは、ショウが王子として家臣の視線に晒されて成長したのだなと、他人事ながら落ち着いて座ってられないので呆れる。

 

 しかし、ショウ王太子はバッカス外務大臣に捕まって、宴会場から連れ出される。


 宴会は好きでは無いが、何事だろう? と中庭に連れ出されて、ショウは怪訝な顔をする。


「ちょっと休憩をされた方が、良いかと思いましてね……」


 確かにヘインズ村長代理に酒を勧めながら、返盃を飲んでいたが、さほど酔っては無いのにと不審な顔をする。


「何か問題があったのですか?」


 自分がヘインズ村長代理やルルブを王宮の離れや、竜舎に案内しているうちに問題が起こったのかとショウは心配する。


「まだご存知無いのですね。私の口から申し上げることではありませんが、レティシィア様を至急にお訪ねした方が良いですよ」


 奥歯に物が挟まったような言い方だが、バッカス外務大臣が余計なことを口にしないのは知っている。


 ショウはサンズを呼び出して、レティシィアの屋敷に向かった。


「ショウ様、今宵は宴会だと聞きましたが……」


 夜なのに灯りをあまり付けず出迎えたレティシィアに、ショウは不審に感じる。


「何故、屋敷の灯りを……」


 月が雲から表れて、レティシィアの姿を浮かびあがらせた。


「レティシィア! まさか妊娠しているのか?」


 細くくびれていた腰周りが、少しふっくらして見える。喜んで抱きしめるショウに、レティシィアは少し困った顔をする。


「ララ様の前に、妊娠する予定ではありませんでしたのに……」


 ハッと、バッカス外務大臣が至急にレティシィアに会いに行くようにと告げた理由をショウは悟った。


「馬鹿なことを言ったら怒るよ!」


 ギュッと抱き締められて、レティシィアはなかなか決心できなかったと泣いた。


 本来なら王太子の妻になどなれる立場では無いのだと、レティシィアは妊娠してから悩んでいたのだ。娼館には子下ろしの薬もあったので、レティシィアは他の妻達が王子や王女を産むまではと考えたが、いざ妊娠してみると薬を飲むのを躊躇った。


「身体に注意して、元気な赤ちゃんを産んでくれよ」


 ソファで寛いで、後ろから抱きしめて優しく諭されるが、レティシィアは何故知ったのかと不思議に思う。


「そんなの、秘密だよ」


 そう言いながらショウも、バッカス外務大臣が帰国した途端に何故レティシィアの妊娠と、躊躇いに気づいたのかと不思議に思った。


 二人でこれからの生活について話し合いながら、帰国一日目の夜を過ごした。

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