第十章 結婚生活

第1話 王様だぁ~

 五月の終わりに出航した探索隊が、三ヶ月の航海を終えて、久しぶりにレイテに帰港した。


「こんなに長い航海になるとは思わなかったな」


 ショウは新婚旅行の途中だったララが離宮で心細い生活をしているのではと、サンズで飛んで行きたい衝動にかられる。


 しかし、新しく東南諸島連合王国に加盟したメッシーナ村のヘインズ村長代理と、ウォンビン島の代理としては幼いがルルブを招待しているので、感情のままに行動は出来ない。


「凄い街なんだねぇ~」


 ウォンビン島のルルブは、目をパチクリして、繁栄しているレイテの街を眺める。勿論、ヘインズ村長代理も東南諸島連合王国の首都レイテの繁栄ぶりと、碇泊している100隻を超える大中小の船と活気に衝撃を受けていた。


「ショウ王太子? もしかして、あれが王宮なの?」


 ルルブはレイテを見下ろすように、高台に建つ白亜の建物群を驚きながら指差す。


「ああ、そうだよ。ルルブは竜騎士として慣れるまで、王宮で生活することになる。大丈夫、王宮の裏には海岸があるから、ウォンビン島のように泳いだりできるよ」


 のんびりしたウォンビン島から、生き馬の目を抜くと言われているレイテに連れて来られたルルブが、此方の生活に慣れて勉強が追いつくまで、離宮で面倒をみる予定だ。


 ヘインズ村長代理は、ショウが親切にルルブの世話をしているのに安堵する。娘のエスメラルダの婿になるショウが優しい誠実な性格なのを確認できたし、将来、産まれる孫達の面倒もちゃんと見てくれるだろうと考えたのだ。


 カドフェル号からピップスがシリンと飛び立って、王宮へと帰還の先触れをしていたので、三隻の探索隊を歓迎して、レイテ港に碇泊していた船は脇に除けていく。


 ショウは埋め立て埠頭の工事が順調に進んでいるのに、笑顔を見せる。


「あれは何ですか?」


 質問するヘインズ村長代理に、ショウはモリソン湾のように深い港ではないので、埋め立て埠頭を工事中なのですと説明する。


「あちらの杭は橋の土台ですね! 少し留守にしている間に工事が進んでいて、ホッとしてます」


 ヘインズ村長代理はこの巨大なプロジェクトを、若いショウが推進しているのかと驚いた。


「あっ、王宮から迎えが来ましたね。ヘインズ村長代理は騎竜のモリーで行かれますよね。ルルブはサンズに乗って行こう」



 王宮詰めの竜騎士の先導で王宮へと向かう。いつもなら竜舎の前の庭に着地するが、今日はお客様も同行しているので王宮の正門に着地させる。


「うわぁ~! こんな大きな建物を見たこと無いよ~」


 ウォンビン島のルルブは、メッシーナ村にも驚いたぐらいなので、噴水や綺麗な花や緑の庭園に囲まれた何棟もの王宮に目をパチクリする。


『竜舎で待とうよ』


 サンズがモリーや他の竜達の面倒を見てくれるので、ショウはバッカス外務大臣やメルト艦長、カリン艦長、レッサ艦長と共にヘインズ村長代理とルルブを謁見の間に案内する。


「うぁあ~」


 ルルブは天井の見事な飾り彫刻を見上げて、思わず声をあげてしまい、慌てて口を閉じる。


 何故なら正面の王座に、今まで王様を見たことが無かったルルブにも、これこそが王様なんだ! と身震いさせるアスラン王が座って、此方を見ていたからだ。


「ルルブ、普通にしていても大丈夫なんだよ」


 緊張してカチコチになり、手足が動かないルルブの肩に手を置いて話し掛ける。


「ショウ王太子……あの王様の王子様なんだね……」


 にっこり微笑みかけるショウの顔を見上げて、王様と似ていると、ルルブは当たり前のことを口にする。


「まぁ、そうなるよね。あまり、父上には似てるとは思わないけど……さぁ、挨拶をして竜達に会いに行こう」


 広大な未開の土地があるイズマル島のメッシーナ村とは違い、祖父のマリオ島と同じようなウォンビン島はさほど今は話し合う事もない。


 船を買い上げたのでヘッジ王国もウォンビン島に航海して来れないだろうし、イズマル島が発展していけば補給基地としての役割が増えていくだろうが、早急の問題ではない。


 しかし、メッシーナ村のヘインズ村長代理は、村の自治の範囲や、モリソン湾の開発や、未開拓の土地への移民の受け入れなど話し合わなければいけない事が山積みだった。


 ヘインズは、王に、これほど威圧されるとはと、膝の震えを抑えるのに苦労する。


 温厚で物腰の柔らかいショウ王太子を、この傲慢という言葉が似合うアスラン王が後継者に選んだのを、ヘインズは不思議に感じた。


 竜騎士だからといっても、東南諸島連合王国ではあまり尊重されないことをショウに説明されていたので、それが後継者に選ばれた理由では無さそうだと、ヘインズ村長代理は考えながら王座の前まで歩く。


「父上、探索航海から帰国しました。此方が、メッシーナ村のヘインズ村長代理です。そして、あの子はウォンビン島のヤナス長老の孫のルルブです。彼は竜騎士になる為に、レイテに留学を希望しています」


 ヘインズ村長代理はお辞儀をして、自己紹介する。


「メッシーナ村の村長代理のヘインズと申します。東南諸島連合王国に加盟を許された挨拶に参りました」


 ルルブはショウに微笑んで促されて、ぺこり頭を下げて名前を言う。


「ウォンビン島のルルブです。竜騎士になりたいのです」


 アスラン王は新たな竜騎士だと機嫌を良くしたが、顔には出さない。


「遠い所をよく来たな。ルルブは竜騎士としての修行を認めるから、頑張るのだぞ。ヘインズ村長代理とは、話し合わなければいけない事があるな。しかし、先ずは航海の疲れを癒やすが良い」


 アスラン王としてはとても優しい言葉なのだが、傲慢な雰囲気にルルブはビビりまくって固まってしまう。ヘインズ村長代理はアスラン王に威圧されたまま、ショウに案内された離れに向かう。


 王宮で賓客をもてなす離れなのだから、白亜の大理石の建物に、見事な絨毯が敷いてある。東南諸島の建物の特徴で窓が大きく取ってあり、緑豊かな庭園から花の香りのする風が吹き込む。


「さぁ、寛いで下さい」


 二人は低いソファーに勧められるまま、ぼすんと座り込む。侍従達が香りの良いお茶とお菓子を運んで来たのを下がらして、ショウは緊張している二人にお茶を勧める。 


「美味しいお茶ですね」


 一口飲んで、ヘインズは少しアスラン王の呪縛から解き放される。この離れの天井も凄いと上を見上げていたルルブも、お茶とお菓子で元気を取り戻した。


「俺、ここでやっていけるかな……」


 煌びやかな王宮に自信を無くしたルルブに、ショウはここは賓客をもてなす部屋だから特別だよと笑う。


 しかし、ヘインズはショウがこの豪華な部屋で、寛いでお茶を飲んでいる姿で、改めて王子様なのだと思った。


「ヘインズ村長代理は、明日から話し合いが予定されていますが、今夜は宴会があるでしょう。東南諸島は宴会が多いのです。メッシーナ村とウォンビン島が東南諸島連合王国に加盟したお祝いと、探索航海が無事に終わったのを労う宴会になりますから、きっと長くなります。その前にお風呂や、少し休憩を取った方が良いですよ」  


 竜達はレイテに着く前に島で牛を食べたばかりだったが、ヘインズは風呂の前に騎竜のモリーに会いたいと思う。ショウは父上がルルブの竜騎士留学を受け入れたので、竜達に会わせても良いだろうと二人を竜舎に案内する。


 王宮の竜舎では、メリルが航海から帰ってきたサンズを甘やかしていた。子竜のスローンは、ショウ! とよたよたと駆けてくる。


『スローン、大きくなったね~』


 ルルブは可愛い子竜に夢中になったが、既にパートナーがいると聞いてガッカリする。


『モリー、疲れを癒やしたか?』


 ヘインズは、騎竜のモリーの側で自分が癒されている。


「ルルブ、あそこにいる竜達は、パートナーが決まってないよ。ほら、此方を見ているよ」


 竜舎の奥で寝そべっていた竜達が、ルルブの竜騎士の素質に気づいて立ち上がり、興味津々に顔を覗かせる。


「わぁ~! 竜が何頭もいるんだね~。弟のレンも、来れば良かったのになぁ~」


 ルルブの弟のレンは十歳なので、両親が遠いレイテに来るのを反対したのだ。


「そうだね、でもルルブが竜騎士になれば、レンも両親を説得し易くなるから頑張ってね」


 元気を取り戻したルルブにショウはホッとする。二人を離れに連れて帰って、侍従達に風呂などの用意をさせると、ショウはやっと自分の離宮へと帰る。


 ヘインズ村長代理とルルブは何人もの侍従達に世話をやかれながら風呂を用意して貰ったが、宴会でまたアスラン王に会うのが、恐ろしいような、もっと会いたいような複雑な気持ちだった。


……あれが王様なのだ……


 ヘインズは風呂は一人で入れると、侍従達を下がらしていたので、存分にアスラン王について考えながら過ごした。


 それと同時に、探索航海をショウ王太子が指揮していたから、自分達は東南諸島連合王国に加盟するのを即決できたのだとも考える。


 もし、アスラン王がメッシーナ村に来たらと、ヘインズは自分達はどうしただろうと想像する。結果としては、東南諸島連合王国の傘下に入っただろうが、威圧感を感じて、もっと警戒をしたかもしれない。のんびりした雰囲気のショウ王太子を派遣したアスラン王はそこまで考えていたのか首を捻る。


 メッシーナ村の村長代理としてだけではなく、エスメラルダの父親としてショウのことをもっと知りたいと思っていたが、探索航海に同行していたカリン艦長も王子なのに、何故後継者に選ばれなかったのかと疑問を持った。


「宴会で他の王子達にも会えるだろう。何故、第六王子のショウが王太子に選ばれたのか、わかるかもしれない」


 ショウ王太子の舅になるヘインズは、東南諸島連合王国の後継者を決める基準を知りたいと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る