第16話 大変だぁ!

 ヘッジ王国の船の修理など、東南諸島連合王国の海軍に掛かれば、本当にあっという間に修理された。三隻を任された士官達は、船長として弛んだヘッジ王国の乗組員達を叱咤激励して、甲板掃除も徹底的にやらせる。


 それぞれの船には熟練の乗組員を数名ずつ乗せて、ヘッジ王国が反乱をおこして、乗っ取りをかけたりしないように用心もさせた。航海に必要な食糧や、水を積み込むと、邪魔なヘッジ王国の人達を乗せたショウが買い上げた三隻はいなくなった。


「士官達には、山羊の相場を教えておきました。彼らは生真面目ですから、値切るのは不得意でしょうが、あまり高いと剣を抜きかねませんわね。まぁ、値段交渉はパフューム大使がついてますから、損はさせませんよ」


 海の覇者を怒らすと怖いと、ヘッジ王国のケチなルートス国王が相場で売ってくれるといいがと、ショウも笑う。


 ただ、いずれはイズマル島のことがバレて、折角の補給基地を簡単に諦めたことで、難癖をつけてくるだろうとショウは眉を顰める。


「そうだ! ローラン王国のダカット金貨の改鋳の特別国債をルートス国王に発行させてみようか?」

 

 金余りのレイテの商人は、投資先を求めているが、ローラン王国の信用は低い。造船所には投資したが、それは東南諸島の船屋の技術力を信じているからと、アレクセイ皇太子が土地を船屋に半永久的に貸し出すと確約したからだ。


 ルートス国王はケチだが、ローラン王国にキッチリと利子は払わせるだろうから、投資先として有望だと考えてくれるかもしれないと、砂浜に座ってぶつぶつ呟く。


 遠ざかる船を見送りながら、竜達に念願の海水浴をさせているのに、ショウが何やら考え込んでいるのをバッカス外務大臣は気づいた。


「少しは楽しまなくちゃ駄目ですよ! サンズと泳いでいらしては?」

 

 ショウはそうだな! と上着を脱ぎ捨てて、海に駆け込む。


「きゃあ~、細マッチョなのね~」


 胸の上できゅっと指を絡めてるバッカス外務大臣に、カリンは後ろから蹴りを入れたくなった。


「ショウ! お前は無防備過ぎるぞ!」


 竜達の海水浴を珍しそうに見学していたウォンビン島の住民も、ショウが一緒に遊んでいるのに続いて参加する。何人かは竜に乗って海へダイブしたりと、全く恐れ知らずだ。


『今度は俺を乗せてくれよ』


 ショウは、ヤナス長老の孫の一人ルルブがマリオンと話しているのに気づいた。


「ルルブは竜と話せるんだね」


 ルルブはショウに、少し悲しそうに竜は島にはいないんだと答える。


「ウォンビン島も東南諸島連合王国に参加したのだから、レイテに来れば竜に会わせてあげるよ。でも、竜騎士になるには修行をしなくてはいけないんだよ」


 濡れて黒っぽくなった栗色の髪を顔からかきあげて、本当に! と嬉しそうに叫ぶ。


『この島には、何人か竜騎士の素質のある子どもがいるよ』


 サンズは一緒に海水浴をしている子ども達に『乗せて!』と頼まれたのだ。


 ショウは海水浴を切り上げて、ヤナス長老と話し合いに行く。ヤナス長老とマクギャリー村長は、浜辺の椰子の木の下で、竜達の海水浴を笑いながら見物していた。


 ショウはランドが海水浴をしているのを楽しそうに眺めているマクギャリー村長の貴重な時間を邪魔するのを控えて、終わってから話すことにする。


 ランドは初めての海水浴を堪能して、マクギャリーの側の熱い砂の上で昼寝しだす。


「しまった! ウォンビン島の住民もお昼寝タイムだ!」


 一緒に海水浴を楽しんでいた子ども達も、ヤナス長老やマクギャリー村長までも、木陰のゴザの上で昼寝を始める。


「焦って話すことじゃないし、夕方に話し合おう。それまでにバッカス外務大臣と話し合っておこうかな……あれ? マリオンは寝ていない? 竜は海水浴の後は昼寝をするものなのに、変だなぁ……まさか……大変だぁ! マリオン! 待って!」


 ショウは、マリオンがバッカスを全力で魅了して絆を結ぼうとしているのに気づいて、必死に駆けつける。


『マリオン、前にも断っただろう。私は子作りに興味がないと』


 竜の魅了する魔力に必死で抵抗するバッカスに、マリオンは自分は子竜を持ちたいと説得する。


『バッカスが子供を作りたくなくても、私は子竜が欲しいんだ! それにバッカスを愛しているから絆を結んで、共に生涯を過ごしたい』


 マリオンからの熱烈なプロポーズに、非情な外交官のバッカスも心を揺すぶられる。


『それに、メリルやサンズと交尾飛行するかもしれない』


「ひぇ~! ぜったいに駄目だよ~」

 

 騎竜の交尾飛行は絆の竜騎士にも欲情を覚えさせると聞いているショウは、何てことを言い出すんだと、マリオンを止めようとした。


『ショウ! 絆を結ぶのは竜にとって一番大切なことなんだ。邪魔をしてはいけないよ!』


 何時もはショウの言うことを聞く素直なサンズに意見されて、ショウはバッカスの判断に委ねる。


『お馬鹿さんね、メリルやサンズと交尾飛行なんかさせないわよ。アスラン王やショウ王太子と、気まずくなるでしょう。マリオンは本当にお馬鹿さんね。こんなお馬鹿さんの竜と絆を結ぶ変わり者は、私ぐらいしかいないわ』


 そう言うとバッカスは優雅にマリオンの目の周りを掻いてやる。


「なぁ、ショウ? 私の勘違いかもしれないが、バッカス外務大臣はマリオンと絆を結んだのか?」


 カリンの言葉に、ショウは力無く頷く。


「大変だぁ!」


 自分と同じ誤解をしたカリンに、ショウは先程のバッカス外務大臣の言葉を教える。カリンは本当かなぁ? と疑わしそうだが、ショウは竜には嘘が通じないのを知っている。


 バッカス外務大臣のことだから、どこかで騎竜を捕まえてマリオンに子竜を持たせてやるだろうとショウは考える。


 ふと、ローラン王国の駐在大使になったフランツ卿や、若手の外交官のアンドリュー卿、ジェームズ卿、ベンジャミン卿などを思い出して、知~らない! とショウは首を竦めた。


 しかし、本当に大変なのは、それからだった。マリオンと新婚のバッカスは当てにできなくなり、ショウはルルブや他の数人の子供達が竜騎士の素質がある件を、ヤナス長老と話し合わなくてはいけなかった。


「ルルブは、竜騎士の修行をしても良いと言ってます。レイテにお連れ下さい。他の子達はまだ幼いし、まだ親元から離したくありません。もう少しして、自分で判断できるようになってから、決めさせたい」


 ヤナス長老の言葉に、ショウはこの件は焦ることではないと頷く。それより、ウォンビン島を補給基地として使うことになると説明するのが大変だった。


 メッシーナ村のマクギャリー村長の方が、こういった話はピンときてくれるのだが、ヤナス長老はお客人はおもてなしすると、少し説明が理解できないようだ。


 ショウはできれば、この楽園のようなウォンビン島をこのままにしておきたいとも思ったが、いずれはイズマル島への航路として多くの商船が寄港するだろうと溜め息をつく。


 島の住民は川の水や、一日に一回はおこるスコールの雨水を溜めて飲料水にしていたが、メルト艦長に井戸を何ヶ所か掘って貰う。


「レイテからの応援部隊が到着するまでの、待機期間で良かったかも……」


 マリオンと浜辺でラブラブのバッカスを見ながら、早く元の有能な外交官に返って貰いたいと、ショウは溜め息をつく。


 士官達に山羊の値段などを教えさせているが、どうも呑気なウォンビン島の住民には、コインは装飾品にしか見えないみたいだ。穴を開けてペンダントにしたりと、意味を理解しているのかとショウは頭が痛くなる。


「当分は、商人達を近寄らせたくありませんね~」


 そう本音を口にしてしまったショウに、メルト艦長とカリン艦長はまだまだ甘いなぁと苦笑する。


 ショウは思わず本音を口にして愚痴ったが、応援部隊が来る前に、ヘッジ王国が建てた小屋を増築させて、補給基地の倉庫や、井戸の管理人の事務所を整備させる。


「ヤナス長老が気前よくタダで山羊を提供しないように、補給基地の役人には公正な人物を派遣しなくては……」


 東南諸島の国民性の欠点は、商売気がありすぎることで、役人に監視が必要だと、ショウは問題が多発しそうだと溜め息をつく。


「でも、やりすぎたらヤナス長老に、魔術で脅して貰えれば良いかな? そういう意味では、ここの住民よりしっかりしているパトリックが婿になって管理してくれると有り難いのだけど……」


 自分の縁談は嫌がるくせに、浜辺で女の子達と楽しそうに魚を干しているパトリックの縁談が進めば助かるなと、打算的な考えを持つ。


 レイテからの応援部隊が到着し、バッカス外務大臣も新婚ラブラブモードから復活して、正式にウォンビン島は東南諸島連合王国の傘下に入った。


 応援部隊の艦長達のうちの古参艦長に、ショウはこのウォンビン島の補給基地の開発と管理を任せて、グラナダ号とパドマ号はイズマル島へと向かう。


「パトリックは、ウォンビン島に残りましたね」


 まだ結婚してウォンビン島に婿入りするとまでは決心していないが、パトリックはこの島の位置が重要だと悟っている。東南諸島を信じないわけでは無いが、呑気な同胞が心配になって残ったのだ。


 ウォンビン島からは、小さな島で従姉妹や再従姉妹ばかりしか結婚相手がいないのを不満に感じていた数人の若者が、お見合いがてらメッシーナ村に来ることになった。金髪に小麦色の肌の若者はメッシーナ村の乙女の心をつかむかもしれないが、畑仕事とかできるのだろうかとショウは少し心配する。


「メッシーナ村もウォンビン島も、これから外の人と接するようになるから、血の濃さは問題なくなるわねぇ。それより余り混血しないで、魔力に優れた血統を保護する方が良いのかもよ」


 本調子になったバッカス外務大臣のおネェ言葉に、ショウはそろそろ探索航海も終わりだなと感じる。

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