第14話 どうしたら……

 順調に航海は続き、ウォンビン島が見えてきた。


「あんな小さな島で、暮らしているのですか?」


 マクギャリー村長が貧しい同胞を救わなくては! なんていう変な同情をしているのではないか。ショウは少し気になった。


 祖父のマリオ島なども金銭的には貧しいが、東南諸島の一部としての税金を納めることによって、海賊の襲撃や、他の島からの略奪に怯えることなく呑気に暮らしている。


「ウォンビン島は温暖な島ですし、海で魚を取れば食べるのに不自由しません」


 村長は、ショウが言いたいことがピンときた。


「そうですなぁ、もう別れて長い年月が過ぎているのですから。しかし、ヘッジ王国とやらの比護を欲して受けているならいざ知らず、無理やり支配されているのなら……」


 ふぅ~と溜め息をつきたくなったショウだが、レイテからの指令を思い出して気を引き締めた。


 島に近づくにつれて、豆粒程のレイテ産の大型船が三隻見えた。ヘッジ王国へ報告をして、援軍が到着しているのではと考えていたが、まだ嵐でダメージを受けたのを、修理しているのかと首を傾げる。


 メルト艦長達は、とろとろしたヘッジ王国の乗組員達の仕事ぶりに、他人ごとながら苛ッとしたが、援軍が居ないのは好都合だ。


「ケッ、あれしきのダメージを、まだチンタラと修理してるのか?」


 グラナダ号の乗組員達も、所詮は山羊飼いの分際で、こんな遠洋航海など身の程知らずなんだと野次を飛ばす。しかし、近づくにつれて、様子がおかしいとショウ達は気づいた。


「メルト艦長、あれほどダメージを受けていたかな?」


 まだ望遠鏡で小さく見える程度だが、どうも被害が拡大しているように思える。


「碇泊中に、大きな嵐が直撃したのでしょうか?」


 無言のメルト艦長の代わりに、副官のキラー大尉が答える。


「いや、違う」


 言葉少なく、メルト艦長が否定する。キラー大尉も望遠鏡で眺め直して、嵐によるダメージではなく、人為的な物ではないかと推察する。


「まさか、ウォンビン島の住民が? それとも、海賊がこんな遠洋まで……」


 そこまで口にして、ウォンビン島の長老が真名を使って攻撃したのだとショウは察した。


 マクギャリー村長は、呑気だと言われているウォンビン島の同胞にも、帝国の圧政に反発して未知の海に新生活を求めて船出した気骨が残っていたのだと笑う。


「ウォンビン島の住民達に、被害はなかったのかな? ヘッジ王国の人達はどうなったのでしょう?」


 ショウは別にヘッジ王国の人達を心配したのではなく、あのケチなルートス国王が人的被害に難癖をつけるのを懸念したのだ。


「治療師も居るはずですよ」


 マクギャリー村長は戦闘が終わったなら、治療師が敵でも助けるだろうと言ったが、ショウはヘッジ王国の乗組員達の人数はウォンビン島の住民より多いので、それ程楽観的には考えられない。


 お互いに激しい戦闘になったのではと心配する。どうせヘッジ王国の素人船乗りなら見張りもいい加減だろうから、船へのダメージは真名を使えば与えられるだろう。しかし、地上にもヘッジ王国は百人程度は上陸していたので、そちらとの戦いはどうなったのだろうと気になる。


 カリン艦長のパドマ号もウォンビン島で何事が起こったのを察していたが、旗艦のグラナダ号から旗信号で艦長とバッカスとパトリックは来るようにと告げてきた。


 バッカスはウォンビン島の住民もやるじゃない! と内心で笑っていたが、ヘッジ王国は簡単に諦めないだろうと、気を引き締める。


 グラナダ号の艦長室で、短時間の話し合いを持った。せっかちなマクギャリー村長は、今すぐ騎竜ランドと島まで飛んで行きたいと言い出した。


「そのお気持ちはわかりますが、ヘッジ王国からの派遣隊は、ウォンビン島の全住民より人数が多かったのです。船はダメージを受けてますが、地上戦はどちらが優勢かも判断できません」


 それなら余計にウォンビン島の援護をしたいと焦るマクギャリー村長を、息子のパトリックが抑える。


「少し様子を見てからの方が良い。勿論、同胞は助けるけど、変な手出しをして迷惑をかけてはいけないから」 


 息子に説得されて、ウォンビン島に飛んで行くのは諦めたが、何があったのか早く知りたいと苛ついている。


 先ずはウォンビン島で調査しなくてはいけないと、意見は一致した。調査隊に同行したがるマクギャリー村長を、パトリックに説得させて、先ずはショウとバッカスとパトリックで調査しに行くことにする。


 メルト艦長とカリン艦長も同行したがるが、上空からの偵察だけだからと断り、その間に万が一に備え戦闘体制を取りながらウォンビン島に寄港するように指示する。


「何故、私のランドは連れて行って下さらないのか?」


 ぶつぶつ文句を言うマクギャリー村長に、ヘッジ王国は三頭の竜が東南諸島の探索隊にいるのは承知しているが、色の違うランドを見たら違う竜だとバレてしまうからだと、苦しい言い訳をして説得する。


『父が頑固で、迷惑をお掛けします』


 ウォンビン島への空中で、パトリックは苦笑しながらショウ達に謝る。


『いえいえ、かつての同胞の窮状を案じておられるのでしょう』


 ショウが応えているうちに、ウォンビン島の上に着く。浜辺に建てられたヘッジ王国の小屋の上をぐるりと旋回させたが、人気は無さそうだ。


「ヘッジ王国の船で、事情を聞いた方が良いようね。パトリックさんは公用語をまだキチンとは話せないから、口を開かないでいてね」


 あまり考えられないが、ヘッジ王国の小屋付近に人気が無いので、もしかしたら全滅させられたのかと気になる。敵対的な行動を取ったかもしれないウォンビン島に上陸する前に、ヘッジ王国から事情を聴いてみることにする。


 ヘッジ王国の船は新造船だったとは思えない程の惨状で、ショウとバッカスは顔をしかめる。


「あれが旗船だろう……酷いなぁ」


 帆が焼け落ちているし、船にも焼け焦げがあちこちある。ヘッジ王国の乗組員達は、竜を見て手を振る。   


「かなりダメージを受けてますね」


 船のことは素人のパトリックの目にも、酷い有り様に見える。


「用心しながら降りましょう」


 何時までも旋回していられないので、旗船の甲板にサンズを降ろす。バッカスやパトリックもショウに続くが、甲板が磨かれていないのに眉をひそめた。


「ショウ王太子、よいところに来て下さいました。ルートス島の住民は、怪しい魔術を使い、私達を島から追い出したのです。どうか、ご協力をお願いします」


 先日、有料の歓迎会を開いてくれたヘッジ王国の役人が、竜から降りるや否や勝手な事を言い出す。ショウは肩を竦めて、呆れかえる。


「そのような怪しい魔術を使うような、先住民がいるとは、恐ろしいですね」


 ヘッジ王国の役人は、すっとぼけるショウに苛々するが、船もダメージを受けているし、帰国して援軍を呼ぼうにもままならない。


「山羊をルートス島に降ろした後なので、食糧にもこと欠く始末なのです。それに帆やマストもこの有り様では、帰国すらままなりません。どうしたら良いのでしょう」


 困りきっている役人には悪いが、此方にはどうしようもない。バッカスは島から追い出されても、ルートス島をなかなか諦めようとしない役人をしぶといとは思ったが、帰国しようにも出来ない船の状態でもある。


「そのように恐ろしい住民とは、見えませんでしたが、何があったのですか?」


 事情を聞いておこうとしたのだが、立て板に水の如く、役人は自分勝手な言い分を述べる。


「ルートス島の住民に山羊を分配してやったのだから、料金を支払えと要求しましたが、全く知らぬ顔なのです。その上、ルートス国王陛下に税金を納めろと命じても、意味すら理解出来ないみたいで、未開人め! 金が無いなら、家にある家財道具を没収しようとしましたが、ガラクタばかりで……で、まぁ、若い男や女なら労働力として……」


 ショウは、流石に呑気なウォンビン島の住民も、息子や娘を払う必要を感じない税金のカタに連れて行かれそうになって、怒ったのだと溜め息をつきたくなる。


 目の前の役人に、どうしようもない、馬鹿者! とショウは内心で罵る。それともケチ過ぎて、目先の僅かな税金を徴収することに熱中して、頭が回らないのかと呆れる。


 メッシーナ村にも公正に税金は納めて貰うが、統治し始めは慎重にする必要があるので、免税期間をおくつもりだし、当面は村の方が利益を受ける政策を取る筈だ。


 ウォンビン島が東南諸島の傘下に入っても、この島に未練を残すヘッジ王国を追い払う必要も出るし、魚の干物か、芋ぐらいでは完全に赤字になる。しかし、この島を抑えることにより、メーリングからイズマル島への航路が東南諸島の熟練の船乗り達には開けるし、補給基地として発展も望めるのだ。


 今はイズマル島の件はヘッジ王国には極秘だと、ショウとバッカス外務大臣は話し合って来たが、どうにかして欲張りな役人をこの島から追い払わなくてはいけない。


「私達も食糧や水の補給をしたいのですが、住民達は許してくれますかね」


 ケチなヘッジ王国の役人は、この船に載せている水と食料を高値を付けるなら売ってやっても良いと言い出したが、船長は慌てて止める。


「水や食糧を売ったりしたら、飢えと渇きで死んでしまいます!」


 ショウは周りの乗組員達が元気の無さそうな様子に、何か病気なのかと心配する。ウォンビン島で未知の病に感染したのでは無いかと、バッカス外務大臣はショウを後ろに庇って遠ざける。


「まさか伝染病ですか?」


 厳しく詰問されて、役人と船長は滅相も無いと首を横に振る。


「乗組員達は、この呪われた島から逃げ出したいのですよ。でも、大東洋を航海して帰国しようにも、帆もマストもこの有り様ですし、それに水と食糧も……」


 船長の言葉に、役人は高価な新造船を三隻も買ったのに、小さな未開の島しか発見できず、それさえも追い払われたなんてルートス国王に殺されてしまいますと泣きつく。


 ショウもバッカスも、しるか! と蹴り飛ばしたくなったが、ウォンビン島を傘下にしろとレイテから指令も来ているので無碍にもできない。


「元々、先住民がいたのだから、自国の領地にするのは無理だったのです。ルートス国王陛下には、そう報告するしか無いでしょう。帰国までの食糧や水は、島の住民達と話し合うしか無いでしょうね」


 ヘッジ王国の役人は、食糧の山羊は元々自分達の物なのだと騒ぎ立てる。


「我々も山羊を買いますが、お幾らかしら?」


「幾らって? それは……それは……」


 島の住民達が勝手に飼っている山羊を、東南諸島に高く売りつけたいが、自分達もその値段で買わなくてはいけないのかと、ヘッジ王国の役人は口をパクパクさせる。


 結局、冬にチェンナイに売った値段で山羊を東南諸島に売る事は同意したが、自分達の食糧としての山羊には金を払いたくないと引かない。


 ショウ達は、一旦艦に帰ることにする。


「私はヘッジ王国の為に、働く気持ちになりませんね。ケチというか、目先のことばかり考えて……山羊と心中させたくなったわ」


 放置して船内の水と食糧を食べ尽くすまで待とうか、二人がそう思う程の不愉快なヘッジ王国の役人だった。


「ヘッジ王国にはトットと退散して欲しいから、山羊の十数頭と水は手に入れてやらなければ。やれやれ、あの調子だとマストや帆の修理もしてやらなきゃいけないかもな」


 二人でどう解決しようかと頭を悩ませる。

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