第13話 ウォンビン島はやる気あるのかな?
夏至祭を終えると、メッシーナ村の代表をウォンビン島へと連れて行く為の準備に入る。
ショウはのんびりしたウォンビン島民達が、遥か昔に別れた同胞と再会したからといっても、何か行動を起こすのか疑問だと思っていた。
レイテからの指示通り、村長のマクギャリーと若手の竜騎士のパトリックを乗艦させることになったが、ショウは高齢の村長が航海に耐えられるのか心配だ。勿論、メッシーナ村の人達も村長を止めたのだが、何処でも老人が一度言い出したら説得は難しい。
エスメラルダは、父親のヘインズとメッシーナ村に残るので、祖父のマクギャリーや叔父のパトリックの荷物を作っている。
「航海は何日かかるの? 必要な物は、何ですか?」
ショウは荷造りに忙しそうなエスメラルダに、着替えぐらいで良いよと言ったが、ふと村長の健康はどうなのかと疑問が浮かぶ。
「そうだなぁ、日頃飲んでいる薬とかがあるなら、持って行った方が良いかもね」
エスメラルダも祖父の健康は気になっていたので、治療師をしている母親に相談してみようと頷く。
「ランドは船に酔わないかしら」
マクギャリー村長の騎竜ランドと、パトリックの騎竜ペリーも同行するのだが、ショウもほぼ白くなってる年寄り竜を見るのは初めてなので、どうだろう? と首を捻る。
二人が仲良く話し合っているのを、遠目でバッカス外務大臣とヘインズは見守りながら、ウォンビン島の件で何件か確認する。次期の村長であるヘインズは、父親のマクギャリー程は、ウォンビン島の住民が諸手をあげて移住を歓迎するとは考えていなかった。
その点ではバッカスも同感だが、ヘッジ王国の遣り口にいくら呑気なウォンビン島の住民でも、そろそろ反発を感じているだろうと期待している。
「移住は島民達の意志次第ですが、これをきっかけに交流をはかるのは良いことだと思います」
ヘインズはバッカス外務大臣の外交官らしい何も保証しない物の言い方に、外の世界とこれから付き合っていくのは大変そうだと感じる。
「父がウォンビン島に向かうのは、無駄でしょうか?」
外の世界と隔絶して暮らしていたので、今更遠まわしの表現など自分には無理だと、ヘインズは年老いた村長が身体に負担を掛けてまで訪問する意味があるのかと問い質す。
「ウォンビン島の住民は、のんびりとした生活が身についています。しかし、ヘッジ王国に虐げられる理由もありません。私達がウォンビン島を後にした時は、遠方からの客をもてなしたが、どうも感謝が無いと困惑している程度で、まだヘッジ王国に支配されたとの認識も無いみたいでした」
ややこしい話はやはり竜越しになるので、バッカスも外交官らしくない正直な話になる。なるべくなら、東南諸島がヘッジ王国からウォンビン島を分捕るだなんて、メッシーナ村の住民には事前に知らせたくない。
しかし、ヘインズはバッカスの言葉で、何となく察しがついた。
「ウォンビン島の住民も、自治を許されるのでしょうか?」
バッカスは、こんな辺鄙な所に住んでるわりに、鋭いと舌打ちしたくなる。竜越しだから、外交官のテクニックが使い辛いのだ。
「さぁ、ウォンビン島の住民が東南諸島連合王国に参加したいと申し出られてからの話ですから。まぁ、我が国は、島の自治を基本的に認めてますがね」
自治を認めてくれる東南諸島連合王国の方が、勝手にやって来て支配するヘッジ王国より、ウォンビン島の同胞には良いだろうとヘインズは頷く。
ショウは、マクギャリー村長のランド、パトリックのペリーを1頭ずつグラナダ号とパドマ号とに乗せて航海するので、慣れてない二人に注意する。
「ランドとペリーに、乗艦前に食事をさせて下さい。順調に航海できれば、ウォンビン島に一週間以内で到着できますが、大東洋は嵐が多い季節です。途中で嵐に遭っても、縮帆してやり過ごしますから、大丈夫ですし、艦には余分に食糧を乗せてます」
初の航海に不安そうな二人に、ショウは簡単に説明する。実際は風の魔力を使って、五日程でウォンビン島に寄港する予定だが、航海に絶対は無いので長い目に話しておく。
モリソン湾で艦に乗り込む村長とヘインズを見送りに、何人ものメッシーナ村の住民が来ている。勿論、エスメラルダも祖父と叔父の見送りと、婚約者のショウとの暫しの別れを惜しみに来ている。
「無事な航海を祈ってます」
農耕民族のエスメラルダが海の女神に祈るのかと、ショウは少し不思議に思ったが微笑んで抱きしめる。
「エスメ、ウォンビン島の件を片付けたら、すぐに帰ってくるからね」
夏至祭以来、二人は傍目にも仲良くなって、エスメなんて短縮した名前で呼んでいる。父親のヘインズは、娘がメッシーナ村や竜の為に選んだ許婚を気に入って、ラブラブなのにホッとしたが、少し複雑な気持ちもする。
メッシーナ村には船員達の気晴らし相手になるような女性などいないので、ショウもかなりセーブしてエスメラルダと別れを告げてグラナダ号にサンズで舞い降りる。
「錨を上げろ」
やっと乗艦したかと頷くメルト艦長の合図で、キラー大尉が号令を掛ける。
「これは、凄いですなぁ」
碇が上がり、乗組員達がするするとマストに登り、帆を全開にするのを、マクギャリー村長は賞賛の目で見上げる。
ショウは年寄り竜のランドの世話を、サンズがやいているのに安心して任せて、自分は村長の面倒をみようと話しかける。
「何かご不自由がありましたら、私に遠慮無く言って下さい」
村長はご親切にありがとうと微笑んで、ランドの側に寄り添う。
『祖先が渡った海を、航海するとはなぁ』
ランドはお互いに年を取ってから、このような経験をするとはと鼻から大きな息を吐く。
『ランド、海で泳ぐと楽しいよ』
きらきら輝く青い海を見ているうちに、ランドは身体の底に眠っていた海水浴をしたい! という本能が目覚める。
『そうだなぁ……何故、メッシーナ村からモリソン湾に泳ぎに行かなかったのだろう』
ショウは年寄り竜のランドが、深い海で海水浴などして大丈夫なのだろうかと心配するが、サンズがウォンビン島に着いたら泳ごうと言っているので、航海中では無さそうだとホッとする。
「竜は海水浴が好きなのですか?」
「ええ、海水浴が嫌いな竜なんて知りませんよ」
『ランドには悪いことをしたなぁ……』
謝る絆の竜騎士に、年老いた騎竜は自分も忘れていたのだから仕方ないと慰める。
今まで知らなかったのかとショウは呆れたが、エスメラルダのルカを誘って、サンズと海水浴するのは楽しそうだと笑う。
ショウはサンズに寄りかかり、風を帆に送り込む。
「おや? ショウ王太子は風の魔力持ちですか……」
メッシーナ村には真名の変形が伝わってるぐらいなので、マクギャリー村長は魔法には敏感だ。
「ええ、東南諸島では風の魔力持ちが、重要視されるのです」
マクギャリー村長は海洋国家ならではだと頷く。農耕民族のメッシーナ村では、緑の魔力持ちや、治療師が重要視されるのだ。
お互いに学び合う物は多いと、二人は考える。ショウは滞在中にエスメラルダから少し真名を教えて貰ったりしていたが、やはり年月で変化もしている。
ショウは、苦手だけどアレックス教授に体系立てて研究して貰った方が良いのもしれないと思う。でも、真名で強力な魔法が使われるようになると、戦争とかにも使われるし、もう少し考える必要がある。
変人で知識欲はあるが、さほど名誉欲の無いアレックス教授だが、カザリア王国の王家の血を引いているので、ショウには気がかりだ。こんな時に、自国に研究機関としての大学が無いことが不便を感じる。
ショウはウォンビン島やイズマル島の件が、自分の手から離れたら、大学創立について考えなければと決意する。
「それにしても、父上やフラナガン宰相の思惑通りにウォンビン島の住民がやる気を起こしてくれるのかな?」
ショウは呑気な島民達がヘッジ王国に対して独立というか、不当占拠に対して立ち上がるのかという不安を抱えながら、ウォンビン島へと航海する。
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