第12話 真夏の夜の夢

 応援部隊が到着するまで、モリソン湾周辺の測量や、探索基地の整備を行う。それと同時にメッシーナ村の人達との交流をはかり、自然とエスメラルダと過ごす時間も増えていった。


 難しい話は竜越しにするが、少しずつお互いの言葉を教えあって簡単な会話なら通じるようになった。ショウはエスメラルダに帝国語から変化した公用語を教え、真名から変化した言葉を覚えていくうちに、真名や魔力の使い方も教わる。


「もうすぐ、夏至祭です」


 覚えたての公用語で、エスメラルダは会話をしようと頑張る。どうしても直接表現で簡単な文章になるが、ショウにこれで間違ってない? と茶色の瞳で尋ねるのが、ドキッとする程に魅力的だ。


「夏至祭には何をするの?」


 間違ってないよと、微笑むショウにエスメラルダはポッと頬を染める。


「大地の神シェハラザードに捧げ物をする。皆で食べる、ショウも来ないか?」


「夏至祭に招待してくれるんだね。喜んで、行かせて貰います」


『招待』とエスメラルダは、新しい単語を口ずさんで頷く。


 大地の神シェハラザードの恩恵なのか、緑の魔力持ちがいるからか、メッシーナ村の周辺の畑は豊かな緑に溢れている。


 探索隊は、水牛を柵に囲い込んで飼育したり、魚を取ったりもしているが、野菜や穀物はメッシーナ村から購入している。村人達は支払って貰った貨幣を珍しそうに眺めて、士官達が片言で教えた使い方を覚えていく。


 東南諸島も夏至祭はするが、そんなに大袈裟な催しではない。海洋国家なので、航海の無事を祈る方が、生活には溶け込んでいる。


 国民の全てが船乗りでは無いし、田んぼや畑を耕している者もいるので、四季の節目の夏至祭をする地区もある。とは言うものの海軍の探索隊には余り関係なく、乗組員には酒の配給がある日という認識しかない。



 ショウは夏至祭に招待されたと、艦長達を集めて説明する。西海岸に探索基地を設営しながら、測量しているカドフェル号のレッサ艦長も、バッカスにマリオンでモリソン湾に連れてきて貰い話し合いに参加する。


 グラナダ号がペナン島から引き返して来て一週間になるので、そろそろ応援部隊が到着する時期だ。


「レイテからどのような命令が届くかわからないが、測量と探索基地の拡充は必要だ」


 メッシーナ村の村長から、ルートス島の住民と話し合いたいとの要望を受けているが、レイテの判断を仰がなくてはいけない。


 何となく中途半端な待機期間だが、やることは山積みだ。特にレッサ艦長は、モリソン湾の探索基地がメッシーナ村の住民の手伝いもあり、立派になっているので頑張らなければと思う。


「レッサ艦長、モリソン湾の方は二艦だし、住民の手伝いもあるのだから、そんなに頑張らなくても良いよ。探索基地の方は応援部隊が到着してからでも良いので、測量を進めて欲しい」


 自分の気持ちを見抜いたショウに頷くが、測量もピップスが居ないと進み具合が遅い。竜騎士が居れば、何組かの測量隊をカドフェル号から簡単に現地に派遣して、夜には呼び戻せるのだ。


「ところで、いつまで西海岸の探索基地とか、モリソン湾の探索基地なんて長々しい名前で呼ぶのかしら」


 また、名前付けだぁと、ショウは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「誰か考えて下さいよ~」


 全員に拒否された上に、川や山もと言い出されショウは頭を抱える。


「面倒くさいなぁ! 代々の王様順につけようかな~」


 ショウがやけくそで言うと、何人かの悪評の高い王様を全員が思い浮かべて、ぶるぶると首を横に振る。バッカスは言い出したのは貴方だろうとの視線を受けて、少し負担を減らす案を出す。


「あっ、モリソン湾にあるのはモリソン探索基地で良いのでは。此方の川や山はメッシーナ村の人達が呼んでいる名前で良いでしょう。西海岸の探索基地と川と山の名前を付ければ、南の岬なども現地の名前があるかも知れませんし……」


 ショウに貴方が付ければと睨まれて、バッカス外務大臣が外交官らしくなく言葉を途中で止めたのを、他の艦長は珍しいと内心でほくそ笑む。 


「西海岸の探索基地はJだから、ジョイナスとかは……駄目だ! ジェナス王子を思い出してしまう」


 カドフェル号のレッサ艦長とバッカス外務大臣は、不愉快な名前に眉をしかめたが、メルト艦長とカリン艦長は誰だったかな? と不審そうな顔をする。


「スーラ王国の無能なのに野心家のジェナス王子に似た名前なんて、御免です!」


 西海岸の探索基地をメインに開発しているレッサ艦長の言葉で、二人もショウの許嫁のゼリア王女の兄かと頷く。


「ううん~、ジェイプレスは? 後はレッサ艦長に付けて貰おう。これから測量していくのに、全部の地名なんて考えてられないよ」


 丸投げされたレッサ艦長だけでなく、他の艦長も自分達で名前を考えるのかと眉をしかめる。


「そうよね~、一々、ショウ王太子が考えてられないわ」


 手のひらを返したバッカス外務大臣を睨み付けるが、厚顔なので全く通じない。


「武骨な我々より、教養のある外務大臣に名付けて頂いた方が……」


 カリン艦長が反論をしかけた時、士官が応援部隊が到着すると告げに来た。


「まだ小さくてはっきりしませんが、マスカレード号です」


 ショウは望遠鏡でも豆粒ぐらいなのに、よくわかるなぁと感心するが、軍艦乗りには見分けられるのか、他の艦長達も頷いている。


「マスカレード号なら、ヤング艦長ですね。かなり無理して急いだのでしょうから、乗組員達が休息できるように準備して下さい」


 中型艦だがスピード重視で、応援部隊の先発艦として選ばれたのだろうと、近づいてくるマスカレード号を見守る。カリン艦長とメルト艦長は、それぞれの部下に、マスカレード号の歓迎の準備を命じ、ピップスがヤング艦長を乗せて舞い降りた時には、料理の香りがモリソン探索基地に漂っていた。


 ヤング艦長は、サンズ島に寄港してから、封印されていた命令書を開けて、急いでモリソン湾へ航行したが、これほど大きな島? だとは思ってもいなかった。


「ショウ王太子! おめでとうございます。凄い発見ですね、これは新大陸……」


 バッカス外務大臣に、口を押さえられる。


「ヤング艦長、イズマルにようこそ! 島よ! 間違えないでね~、乗組員達にもキチンと言い聞かせるのよ」


 ヤング艦長は、苦手なバッカス外務大臣の手を振り払って飛んで離れると、島だと言い聞かされた意味を悟り、わかりましたと武官らしく答える。


「これを預かって来ました」


 ショウとバッカスは、レイテからの命令書を受け取ると、他の艦長達にマスカレード号の歓迎を任せて、小屋でじっくりと読む。


 メッシーナ村の自治が認められてホッとするが、ショウはやはりエスメラルダとの縁談は断れないのかとガックリとする。


 父上が断る訳が無いとは思っていたけど、正式に命じられるとズッシリ胸に堪える。エスメラルダはとても綺麗だし、好みのサラサラの長い髪には誘惑される。ショウもメッシーナ村の住民達が東南諸島連合王国の支配下に入るのが、この婚姻でスムーズになるのは理解している。


『でも、ララと新婚なのに……』


 レティシィアも好きだけど、やはりショウにとっては初めての結婚の相手というとララを思い浮かべる。新婚旅行の途中で連れ帰られて、夫は探索航海に出たきりで、ララは離宮で心細く思っているだろうに、新しい許嫁が増えるだなんて、どう説明したらいいのかと溜め息をつくしかない。 


 しかし、命令書を読み進めていくにつれ、ララの面影も吹っ飛んでしまう。


「ええっ~! ルートス島を分捕る!!」


 思わず叫んで、テーブルの端で既に命令書を読み終えた、バッカス外務大臣に笑われてしまう。ショウがエスメラルダの件で、悩んでいるうちに、サッサと読み終えていたのだ。 


「ルートス島だなんて、野暮な名前で呼んでは駄目よ。あの島は『午睡島』ウォンビン島よ。それに、分捕るだなんて人聞きの悪い言葉は、口にしてはいけません」


 確かに先住民が居るし、ウォンビン島と呼んでいるならルートス島などと勝手に名前を付けても無効だ。


「でも……こんなにスムーズに行くのでしょうか?」


「そこはショウ王太子に、頑張って頂かないといけませんわね」


 にっこり微笑むバッカス外務大臣に、ショウは脱帽するしかない。自分はルートス島、いやウォンビン島の住民に同情したが、それ以上は踏み込んで行かなかったのにと、経験値の違いを思い知らされる。


 二人で長時間話し合って、夏至祭を終わらせてから、メッシーナ村の代表者をウォンビン島に連れて行くことを決めた。


 ショウ達が小屋に籠もっている間に、マスカレード号はモリソン湾に碇泊して、乗組員達も交代で歓迎のもてなしを受けている。それに探索隊にレイテの家族からの手紙も届き、それぞれが懐かしい便りを読んでいた。


「ショウ王太子、此方にお手紙と荷物を預かってきてます」


 ピップスから手紙の束と何箱もの荷物を受け取り、ショウは返事が大変だと苦笑する。


「この大きな箱は?」


 ララやレティシィアやロジーナからの服や日持ちのする食糧品の箱とは各段に大きな葛籠に何だろうと首を捻る。


「これはミヤ様からです。許嫁のエスメラルダ様にと言付かりました」


 ララの祖母になるのに、父上の第一夫人としての心使いを優先するのだとショウは溜め息をつく。




 レイテからの返事を村長に伝えるのと、ミヤからの贈り物を渡す為に、夏至祭の準備をしているメッシーナ村を訪れる。


 村の家々には花を蔦に編み込んだ綱が飾られて、お祭り気分を盛り上げていた。


「準備で忙しいだろうけど、レイテから贈り物が届けられたから」


 村長に正式に許嫁になったと伝えられたエスメラルダに大きな葛籠を渡す。


「開けても良いの?」


 許婚からの贈り物を嬉しそうに開けると、中には見事な絹や更紗が詰まっていた。ショウはミヤがメッシーナ村の花嫁衣装がどのような物かわからないので、帝国三国風の白の絹と、東南諸島風の赤い更紗とを両方用意したのだと思った。


 エスメラルダの母親や女の人達は、葛籠から出される見事な生地に大騒ぎしている。


「ありがとう」


 質素な毛織物の服か、手織りの麻しか着たことのないエスメラルダは、嬉しくてショウに抱きつく。



 メッシーナ村の夏至祭は、太陽が大地の神に接する夕暮れ時に始まった。


 夏至祭で巫女姫としてエスメラルダは大地の神シェハラザードに、採れたてのトウモロコシや野菜などを捧げる。


 ショウはエスメラルダの祈りに応えて、花々が咲き誇るのに気づき、やはり緑の魔力持ちだと確信する。


 メッシーナ村の野菜類を食べて、普通のより味が濃くて美味しいので、誰か緑の魔力持ちが居るのではと思い、巫女姫と呼ばれているエスメラルダではないかと推察していたのだ。


 夏至祭の儀式は短時間だったが、宴会は歌やダンスと夜更けまで続いた。正式な婚約者になった二人は村人達に祝福されて、ショウは見よう見真似でエスメラルダとダンスを踊る。


「ダンスはあまり得意じゃないんだ」


 そう言って二人で宴会を抜け出し、高い防壁に登り気持ちの良い夜風にあたりながらも、ショウにはウォンビン島の件が頭から離れない。


 陽気な音楽や、賑やかな宴会の歌声が風に乗って壁の上まで届く。


「何を考えているの?」


 心が自分に向いて無いのを察して、エスメラルダは尋ねる。


「前に話したルートス島の、いや彼等はウォンビン島と呼んでるんだ。ウォンビン島の人達のことを考えていたんだ」


 エスメラルダも祖父や父親と、ウォンビン島の同胞の件は話し合っている。


「助けられる?」


 直接表現に苦笑して、努力するとショウは答える。気持ちの良い真夏の夜に、これ以上、婚約したての二人はウォンビン島のことを話したりしなかった。

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