第11話 モリソン湾にて

「メルト艦長は、本当に凄いなぁ……」


 カリンの言葉に、ショウは頷く。ファイン島の乗組員達を放置したのでは? という疑惑を抱く程の速さで、イズマル島に帰ってきたのだ。


 実際にメルト艦長はファイン島の乗組員達は拾ったが、ペナン島に寄港していない。ファイン島から西に航海した海上で、メルト艦長はピップスにレイテに届ける書簡を渡した。


「此処からなら、ペナン島まで飛べるか?」

 

 ピップスは一瞬呆気に取られたが、十分に飛べる距離だったのでシリンとペナン島を目指した。水はファイン島で補給したし、イズマル島には食糧は沢山あるので、報告書をレイテに届ければ良いだけだ。


 グラナダ号の乗組員達に、イズマル島の発見を吹聴されたく無かったのもあるが、一刻も早く新しい島の探索に加わりたかったのだ。乗組員達はメルト艦長を神様のように崇めているが、微かにペナン島の酒場で大騒ぎしたいとの願望を持っていたので、少しガッカリした。


 しかし、キラー副官にイズマル島の発見報酬金を仄めかされて、やる気を取り戻し、自分達のグラナダ号が居ない間に他の島でも発見されたら大変だと、真剣に帆の調整をしたのだ。


 流石に強行軍だったので、グラナダ号の乗組員達はモリソン湾に寄港した時は疲労していたが、少し留守にしていた間に小屋が建っていたのに驚く。


「メルト艦長、凄く早く帰って来られましたね。この湾は元々の先住民達は、モリソナスフェデリコロッシーニ? ちょっと違うかもしれませんが、長い名前で呼んでいたそうですが、メッシーナ村の住民達はモリソン湾としか聞き取れなかったのです」


 ショウの説明を黙って聞いているメルト艦長は、小屋に視線を動かす。


「簡単な住居と、穀物庫を建てました。穀物はメッシーナ村から購入したし、住民が大工仕事を手伝ってくれたから、早く建てることができました」


 これでイズマル島の測量や探索の食糧を確保できると、メルトは頷く。


「応援部隊が到着するまでは、モリソン湾の設備を整えようと考えています。野生の水牛を飼育しても良いと思ってます。柵を作り追い込んで飼えば、勝手に草を食べるでしょう」


 メルトは自分が留守の間に、着々とモリソン湾の開発を進めているショウに、満足そうに唸る。


 ショウは、無表情のメルトはひやはり苦手だと内心で愚痴る。


 ショウは強行軍でお疲れでしょうから、小屋でお風呂に入り、ベッドで休息をと勧めて、メルトに睨まれてしまう。


「ファイン島の井戸を掘った乗組員達がいる」


 相変わらず少ない言葉しか話さないのに呆れたが、川の水より井戸水の方が望ましいのは確かなので、やる気満々のメルトに指揮を任せる。


「あらまぁ、ファイン島の井戸掘り部隊は大変ねぇ。メルト艦長は鋼鉄の身体を持ってるかもしれないけど、乗組員達は違うわよ」


 ショウは頷いて、今夜はささやかな宴会で、労うつもりだと応える。


 バッカス外務大臣がやって来たので、苦手なカリンは逃げ出そうとするが捕まってしまう。


「応援部隊が着くまでは、パドマ号もお暇でしょう。士官を数名貸して下さる?」


 宴会の準備もさせないといけないので、暇では無いとカリンはカチンときたが、メッシーナ村の住民に貨幣の価値を教える手伝いをして欲しいと言われ承諾する。


「目から鼻に抜けるようなレイテの商人達が、いずれ此の地にやってくるのに、大丈夫だろうか?」


 カリンはバッカス外務大臣と士官達が、小麦一袋がこのコイン何枚になると根気よく片言の言葉で教えているのを見て心配する。


「メッシーナ村の土地は、当分は売買できないように規制しておきましょう。レイテの商人に騙されて、その取り上げられないようにしないと。ですが、彼等は馬鹿ではありませんから、貨幣制度にもすぐ慣れますよ。東南諸島連合王国の傘下に入ることで、旧帝国の強国から身を護る選択をしたのですから。それに、メッシーナ村の周辺は肥えた土地ですから、食べるのに苦労はしないでしょう」


 海洋国家の東南諸島とは違う農耕民族のメッシーナ村の管理は、村長に任せるつもりだし、高齢の村長が辞任する時は彼等に自分達で後任を選ばせて、自治を認める方針だと説明する。


「ただ、私の祖父の島ぐらいなら、それで全て解決なのだけど……」


 東南諸島連合王国は小さな島国をファミニーナ島のイズマル王と歴代の王達が、次々と婚姻や、武力、策略で統一していった王国だ。基本的には傘下に入った島の王もしくは島主の自治を認めて統一していったのだが、綺麗な手段ばかりでは無かったのは確かだ。


 しかし、東南諸島連合王国として統一されたからこそ、隣の島や海賊の襲撃に怯えることもなくなり、平和を享受できるのだ。


 ショウの祖父が住むマリオ島など、課税しようにも食べる分だけしか魚も取らないので、国税局泣かせの島だ。僅かな税金を干し魚で払われて、鬼より怖いと恐れられている国税局の官吏も、こんな遠方まで徴税に来たのにと、トホホな気持ちになるのだ。


 ルートス島ぐらいの大きさなら、マリオ島と同じ対応でも良かったが、こう未開の豊かな土地が広がっていると話はややこしくなる。


 ショウは貨幣制度の説明は士官達にさせて、バッカス外務大臣と色々と話し合わなくてはいけないと呼び寄せる。


「なるべく旧帝国三国には、イズマル島のことを知らせたくないですね。少しの期間でも、ルートス島と同じぐらいの大きさだと、思わせておきたいです」


 いずれは移民を受け入れて、開発しなくてはいけないが、ローラン王国の難民が大挙してやってくるのは拙いと話し合う。イズマル島を、各国の植民地に分割する気はショウには無かった。


「この件は父上やフラナガン宰相に相談しなくては……」


 ショウは考えなくてはいけない事が多いので、バッカス外務大臣と話し合う時間が増えていく。難しい顔をして話し合っている姿を見て、カリンは王族とはいえ一艦長としての自分と、王太子としてのショウの立場が大きく広がったように感じる。


 しかし、夕方になりエスメラルダがデートというか、食事に誘いに来ると年相応に狼狽えたり、美しい髪にぼぉっとしたりで、カリンはまだまだ若いなぁと微笑む。


 ショウも若い男性なので、北の大陸とイズマル島の先住民との血が混じったエキゾチックなエスメラルダに積極的に出られると、誘惑されてしまう。


 しかし、変に生真面目なところのあるショウは、父上が断ったりしないとは思うが、本当に妻を増やしたく無いので、グッと踏み留まろうとしているのだ。


『今夜はメルト伯父上が帰って来られたので、グラナダ号の乗組員達を労わなくてはいけません。ご親切な村長に謝っておいて下さい』


 エスメラルダは仕方ありませんねと微笑んで、少しガッカリしてルカと帰っていく。探索隊の全員が、あんな美人に言い寄られているのにと、ショウが消極的なのに呆れる。


 全員では無かった、バッカス外務大臣は、青春だわ~! 甘酸っぱいわ~! 可愛いわぁ~! と胸きゅんしている。


 カリンはショウの兄として、エスメラルダとデートしようが、夏の気持ちの良い夜に間違いをおかそうが全く気にならないが、バッカス外務大臣の武術の腕を感じてるだけに、警戒心の無い弟を心配する。


 その件でショウにそれとなく忠告するのだが、全く相手にされない。


「ええっ~、バッカス外務大臣は、父上にぞっこんですから、私は安全ですよ。それに、仮にも我が国の外務大臣なのですから、そんな真似はしません。それより、兄上! 剣の稽古をお願いします。この前も私を後ろに庇おうと皆がするので、そんなに頼り無いのかと情けなくなりました。剣の稽古をしなくては!」


 ショウに稽古をつけながら、筋は良いのだが殺気が無いとカリンは考える。


 アスラン王の王子の中で、ショウは剣は上手い方なのだが、どうも綺麗な太刀筋すぎるた。


 カリンは自分が15歳の時より、剣の腕前だけで言えば上だと思う。学者肌のサリンや、商人気質のハッサンより、人と斬り合った経験はある筈なのに、ショウには殺気が足りない。


 父上がショウを心配して、サンズと単独飛行を許さなかったり、商船での航海をさせないのを、カリンは少し理解する。本人は同じ年頃の士官候補生には勝てるし、士官にも対等に稽古できると不満を持っているが、根本的に斬り合いに向いてない性格なのだと、カリンは気づいた。


 メルトも、カリンとショウの剣の稽古を見て、アスランの王子とは思えない覇気の無さに溜め息をつく。


 ショウの剣の腕は問題無い。あれぐらい使えれば、士官にも稽古なら勝てるだろう。しかし、実戦経験がある筈なのに、どうも頼りない感じが抜けない。メルトは、アスランなどチビの時から、剣を持たせたら、斬る! という意志をバリバリに感じさせていたと思い出す。


 王宮の武術指南に指導された二人の太刀筋は似ているし、優れていたので、士官達も作業の手を休めて見学する。


 パドマ号の士官達は、カリン艦長と何度も戦闘を経験していたので、剣の腕前は知っている。稽古とはいえ遜色ないショウ王太子に驚いたが、それと同時に護って差し上げなくてはと感じる。


 カリンに一度も勝てず、荒い息で稽古を終えたショウは一礼すると、草の上に伸びてしまう。夏の夕暮れ曇を見上げて、どうして勝てないのかと悔しく思う。


「カリン兄上に勝てないと、ダリア号で航海できないのに……」


 懐かしいカインズ船長達とのんびり商船で航海などしている暇が無いからこそ、ショウには掛け替えのない夢なのだ。


 カリンも稽古で汗をかいたので、草の上に腰を下ろして休憩する。


「お前は王太子なのだから、仕方ないさ」


 ガバッと座り直して、ショウは抗議する。


「でも、父上は自分は気儘に、メリルと飛び歩いてますよ。それを抗議したら、私はへっぽこだからと笑われたのです。カリン兄上に勝てたら、自由にして良いと……」


 じと~と睨まれて、父上! とカリンは怒鳴りたくなる。


「チビ助の頃から、ショウは言い出したら聞かない所がある。自分が勝手気儘を通しているのを指摘されて、私に振ってくるなんて! だが、私に勝つのは、100年早いな!」


 王太子のショウが危険な目に遭わないようにと、父上が言ったのだろうとは思ったが、しつこく付きまとわれるのは御免だと、キツく宣言してカリンは立ち去る。


「ショウ王太子、剣でカリン艦長に勝ちたいのですか?」


 がっくりと草の上に寝そべるショウの横に、バッカス外務大臣が座る。


「勝たないとサンズと単独飛行も許されないし、商船での航海も駄目だと父上が言われたのだ」


 そりゃ、心配されているからだわとバッカスは笑う。


「カリン艦長に勝つには、剣の稽古もですが、斬る気にならないと駄目ですよ。ショウ王太子は、兄上に稽古をつけて貰っているとの意識が抜けてません。武官のカリン艦長に勝つのは腕前だけでも難しいというのに、気持ちで負けているのだから無理です」


 外交官なのに凄腕のバッカスに指摘されて、ショウはなる程! と目から鱗が落ちた気分になるが、はてさて、斬る! という意志を持つとはと悩む。


「私と稽古して、負けたらキスする条件なら、真剣になれるかも……」


 結構です! と、流石に呑気なショウもそそくさと立ち去った。

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