第10話 レイテ日和

 ショウが探索航海に出てから、レイテには二回報告書が届いた。カドフェル号とパドマ号がペナン島に補給に帰った時に、レイテへ向かう艦に託された物だが、芳しい結果は書かれて無い。


 アスランは王宮で真面目に報告書を待つのに飽き飽きしていたが、フラナガン宰相が何処へ行くのもついてくるので逃げ出せない。唯一の気休めになったのは、あのバッカス外務大臣をショウに押し付けた事だ。


『ショウとバッカスが帰って来たら、とっとと逃げ出そう。そうだ! チェンナイに視察に行くのも良いな……ショウが軍艦の造船所を造りたいと言っていた。姪のメリッサの様子も見に行かなくてはいけないし、勿論、娘のエリカや姪のミミにも会いに行かなくては……』

 

 アスランが逃げ出して世界一周旅行を考えているのを、フラナガン宰相は胡乱げな目で見ながら話している。


 ばっさばっさと竜が舞い降りる羽音に、ガバッとアスランは立ち上がる。執務室に籠もるのを嫌がるアスラン王の我が儘で、中庭でフラナガン宰相は細々とした人事異動の報告をしていたが、テーブルに肘をついて聞いてるのか寝てるのかわからない態度だったのにと苦笑する。


「ピップス、大丈夫か?」


 かなり憔悴している様子に、アスランは何かがおこったのか? と心配する。ピップスは大丈夫ですと、シリンから滑り降りると、ずっしりと重い報告書の束をアスラン王に渡す。


「これはルートス島をヘッジ王国に先に発見された報告書です。そして、これはホープ島、イズマル島を発見した報告書です。これはイズマル島のメッシーナ村が、東南諸島連合王国の傘下に入るという宣誓書。それはイズマル島の測量と探索に、増援を要請されてます。他はエスメラルダ巫女姫とショウ王太子の縁談の相談、ルートス島の住民をイズマル島に移民させたいとのマクギャリー村長の嘆願書などです」


 それがショウ王太子からと、バッカス外務大臣からと、二通づつあるので、アスランはずっしりと重い報告書の束に眉を顰める。


『シリンは、竜舎で休んでいなさい』


 竜には優しいアスラン王に、フラナガン宰相は苦笑する。疲れているピップスには気の毒だが、報告書だけではわからない件は質問に答えてもらう。


「報告書に目を通しながら、聞きたい事もある。食事を取りながら、控えていてくれ」


 フラナガン宰相は、ドーソン軍務大臣とベスメル内務大臣も呼びましょうかと提案するが、アスラン王は先ずは報告書を読んでからだと却下する。


 執務室では人目があると、アスラン王はミヤの部屋にピップスとフラナガン宰相を連れて行く。


「ミヤ、ピップスに何か食べさせてやれ。後、暫くは寝て貰っては困るので、濃いお茶を飲ませろ」


 ミヤは突然やって来られて驚いたが、アスランが他の人に知られたく無いと思ったのだと察して、女官にも部屋に入らせないで自らピップスの世話をやく。


 アスランとフラナガン宰相は、ショウとバッカスから届いた同じ案件の報告書を交換しながら読み進める。


「やはりショウは甘いなぁ~」


 ルートス島という所有欲ぷんぷんの名前にうんざりしたアスランだが、そんな小さな島ぐらいヘッジ王国から分捕れないのかと、真面目なショウを笑う。


「まぁ、ルートス島には先住民が居るのですから、まだやりようがありますよ。バッカス外務大臣は、ルートス島の長老と色々と話し合ったみたいですなぁ。それに、探索航海を進める方が良かったわけですしね、ショウ王太子は幸運の星の元にお生まれですね」


 確かにイズマル島は大きな島というか、小さな大陸ともいえる大発見だ。それにイルバニア王国からもカザリア王国からも遠すぎて、補給無しには航行できないが、サンズ島経由なら簡単に行けそうだ。


 しかし、ルートス島が少し目障りだとアスランは海図を睨み付ける。


「ルートス島で補給したら、ぎりぎりヘッポコなイルバニア海軍でも到着できるか? 大東洋で嵐に遭ったら、あの船ではルートス島まで行き着かないか?」


 アスランは、ルートス島で補給したら、イズマル島まで航海できるかもしれないと舌打ちする。


「ピップス、ルートス島の住民は、ヘッジ王国の支配を受け入れているのか?」


 ピップスはミヤにご飯を食べさせて貰い人心地ついていたが、濃いお茶を飲んでいたので眠気は飛んでいる。


「ルートス島の人達は、のんびりした生活に慣れています。ヘッジ王国の官吏が、家畜を殺して食べても、遠方からの客をもてなすのだから仕方無いと、思っているみたいです。官吏達が小屋を作るのを手伝わしていましたが、目を離すと昼寝をしてしまうので、高圧的な態度でこき使ってました。ショウ王太子は、ヘッジ王国に先を越された事を悔やんでおいででした」


 ふん、へなちょこめ! とアスランは負け犬の遠吠えだと鼻で笑う。


「あっ、ルートス島の住民は帝国から逃げ出して来た人達で、真名を崩した文字を使ってます。ショウ王太子は筆談されてましたが、私は真名は読めないので……」


 ふぅ~んと、アスランは面白い事を思いついたと笑う。長いこと仕えるフラナガン宰相は、アスラン王が機嫌が良い時は要注意だと、気を引き締めてにっこりと笑う。ピップスは、何故か背中がぞくぞくッとした。


 アスランは、真名が使えるなら、ヘッジ王国の厚かましい要求に応える必要はないだろう。魔力で追い払えば良いのだとほくそ笑む。


 ピップスの前でヘッジ王国からルートス島を分捕る策略を話すのは控えて、他の報告書を読み進める。


「至急、応援部隊を送るのは、ドーソンの尻を叩かなければいけないな。ヘッジ王国にルートス島を先に発見されたのも、ドーソンがぐずぐずしていたからだ。お陰で補給に滞りはないが、イズマル島を実際に領土として管理するには、速やかに測量を終える必要がある」


 フラナガン宰相も丼勘定の前軍務大臣なら、ルートス島をヘッジ王国より早く発見したかもしれないが、飢えと渇きで乗組員達は弱ってしまっただろうと苦笑する。


 アスランも自分で口にしたものの、彼奴に任せていたらイズマル島には、たどり着けなかったかもとチラリと考えた。


「ザハーンならヘッジ王国の商船など、完全に跡形も無く消滅させたな。しかし、ついでに証言などされては面倒だと住民も惨殺する程の悪党ではないからなぁ。結局はこちらが後始末しなくてはいけなくなっただろう。ショウはヘナチョコだが、対応は間違ってないから、ルートス島の住民は東南諸島に好意的だろう。なら打つ手は幾らでもある」


 イズマル島だけでなく、ルートス島にも応援部隊を派遣する必要性から、アスランはドーソンを急がせなければと考える。


「エスメラルダ巫女姫とは、竜騎士なのか?」


 アスラン王もフラナガン宰相も、イズマル島がスムーズに手に入るなら、ショウが誰を娶ろうと問題にしない。


「はい、エスメラルダ巫女姫は、ルカの絆の竜騎士です。ルカは交尾飛行相手が居なかったので、サンズの絆の竜騎士であるショウ王太子との婚姻を、望んでおられるのでしょう」


 フラナガン宰相は竜については関心を持ってなかったが、あれほどの大きな島が東南諸島連合王国の領地になると、歌い出しそうな上機嫌で聞いている。


「サンズはモテモテだなぁ~。でも、シリンはそれで良いのか?」


 竜には優しいアスラン王の言葉に、ピップスはまだ絆を結んでいませんからと、キッパリと答える。


「もしシリンが私と絆を結んでも、身体が成熟するまで少し待たないといけません。それに、サンズとは仲が良いから、待つと思います」


 フラナガン宰相が報告書を読み進めている間、アスランはピップスにメッシーナ村の三頭の竜について質問していた。


「シリンも私と絆を結んでも、サンズ程の大きさにはなれないだろうと言ってましたが、メッシーナ村の三頭の騎竜も小振りです。村長のマクギャリーは、竜に新しい血が入ると喜んでました」


 ピップスに質問する事は、今は無くなったので、部屋を用意するから休むようにと下がらせる。



 フラナガン宰相とアスラン王は、ミヤの部屋で夕食後まで話し合い、夜更けにドーソン軍務大臣と、ベスメル内務大臣を王宮に呼び出した。二人はピップスが竜で報告書を持って来たのに気づいていたので、呼び出されるだろうと食事と休息を取って、待機していた。


 フラナガン宰相は表の大まかな対応策が決まると、年寄りは夜が早くてと欠伸をしながら王宮を辞したが、実際は寝るどころではなかった。


 ヘッジ王国のパフューム大使に至急の命令書を送りつけたり、イルバニア王国、ローラン王国、カザリア王国、サラム王国の各大使に何か気づいてないか調査させる命令書を書いたりと忙しい。それと不当に占拠したヘッジ王国からルートス島が独立して、東南諸島連合王国の傘下に入るのを賛成するように根回しするタイミングや、遣り方も指示を出す。


 アスランは、ドーソンとベスメルの予算の細かい計算にうんざりして、逃げて帰ったフラナガンが、さぞかし楽しそうに策謀を巡らしているだろうと溜め息をつく。


「ドーソン! ベスメル! くどくど予算を何処から出すとか言い争うのを止めろ。ドーソン、お前は今からレイテ港に碇泊している、マスカレード号を出航させろ。だが、ヤング艦長にはサンズ島へ探索航海の補給部隊として、全速力で航海するように伝えるのだ。イズマル島の応援の件は、サンズ島に到着してから、開封する命令書で知らせろ」


 ドーソン軍務大臣は、アスラン王の命令に即時に従うと敬礼する。


「ベスメルは、メッシーナ村の自治区の契約書をすぐに作成して、イズマル島を東南諸島連合王国に組み込む用意をしろ。だが、私が許可するまで、二人とも一言もイズマル島の事を口にしてはいけないぞ」

 

 破ったら首を刎るぞ! と睨みつけられて、夜中に食糧や水を積み込んでマスカレード号は、異例の早さで出航する。勿論、ピップスもシリンと、マスカレード号に乗艦した。


 マスカレード号のヤング艦長は、ショウを乗艦させるのに慣れているから、竜付きの士官候補生のピップスも快く引き受けてくれた。


 それに、あの書類大好きドーソン軍務大臣が、口頭でサンズ島に出来るだけ速やかに寄港して、この命令書に従うようにと蜜蝋で封印したずっしりと重い包みを渡したのだ。


 口頭や、凄く大ざっぱな命令は、ドーソン軍務大臣らしくなかったので、ヤング艦長は何となくピンときた。ピップスはイズマル島の件は機密だと言われていたので、マスカレード号の乗組員から興味津々の視線を浴びて、緊張しながらサンズ島まで航海する。 

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