第8話 巫女姫エスメラルダ

 メッシーナ村の住民とショウ達は話は竜越しであるが、友好的な雰囲気で一回目の話し合いを終えた。お互いにこれからの話し合いの為の相談をしたいと思っていたので、一時解散になる。


 ショウ達はメッシーナ村に夜にまた訪れる約束をして、一旦は探索基地に帰る。先に帰ったピップスとレッサ艦長は、ショウ達が無事に帰ったので、ホッと胸を撫で下ろす。


 先に帰った二人も、後から帰ったメンバーも口を噤んでいたが、いつまでも住民が住んでいる事を秘密にはしておけない。


 残っていた士官達は、乗組員達に水牛をバーベキューして配給したり、木を切り倒して簡易の小屋を建て始めていた。乗組員達は交代で身体を洗ったり、洗濯をしたみたいで、探索基地の周りはロープにシャツなどがはためいている。


 ショウは自国の国民の逞しさに微笑んだが、住民の事を皆に話す前に、バッカス外務大臣と話し合っておきたいと目で合図する。少し離れた場所で、ショウはバッカス外務大臣に自分の考えを伝える。


「東南諸島としては、イズマル島を新しい領地としたい。しかし、メッシーナ村の住民達の権利も侵害したくないし、自主的に東南諸島連合王国に参加して貰えるのがベストなのだが……」


 バッカス外務大臣は、ショウの考えは理解できたが、それを実現させるのは難しいと思った。


「イズマル島を東南諸島連合王国の領地にするのは簡単です。メッシーナ村には竜が四頭いますが、村長の騎竜は戦闘はできません。エスメラルダ様は戦闘訓練を受けて無いように思いましたから、三対二なら制圧できますよ」


 三艦には数百名の優秀な乗組員が乗艦しているのだから、メッシーナ村など簡単に制圧できるのは、ショウでもわかりきっている。バッカス外務大臣が自分がそうしないのを知ってて、覚悟を迫ったのだとショウは苦笑する。


「ルートス島の住民を、メッシーナ村に移住させるのは可能だろうか?」


 バッカスは、若いなぁ~と微笑む。


「ルートス島のヘッジ王国の船舶を沈めたら、話は簡単なのですけどね」


 確かに東南諸島の軍艦なら、ヘッジ王国の商船など撃破できる。


「バッカス外務大臣! 東南諸島連合王国は海賊国家ではないぞ!」


 一瞬、グラッと誘惑されかけたが、ショウはキッパリと拒絶する。バッカスは、叱責されて、くすくす笑う。


 本当に外交官なんて、碌でもない人種なんだからと、ショウはからかわれた仕返しに、バッカス外務大臣に頑張って貰おうと、かなり難しい命令を下した。


「あら! ショウ王太子ったら結構キツい性格ねぇ~。でも、萌えちゃうわぁ」


 バッカス外務大臣は拝命しながら、やれやれどう交渉しようかと頭を悩ませる。


 二人の話し合いが終わるのを、メルト艦長、カリン艦長、レッサ艦長は、心配そうに遠くから眺めていたが、どのような命令でもショウの決断に従うつもりだ。バッカス外務大臣の癖のある性格には全員が辟易していたが、能力は買っていたし、もしショウが誤った決断を下そうとしたら、正してくれると信頼している。


 カリンはつくづく自分が後継者で無くて良かったと溜め息をつき、メルトはそれに気づいて苦笑した。アスラン王の王子の中では、カリンを心の中では推していたのだが、いつも弟には負けてしまうと自分より見る目があると認める。娘の婿として頼りないと感じていたショウが、王太子として難しい決断を下したのを、メルトはサポートしてやろうと考える。


 ショウは探索基地にいる全員を集めて、イズマル島には住民がいる事を発表した。


「東南諸島連合王国として、イズマル島を新しい領地とするが、住民達が住んでいる地区は彼等の選択に任せたい。これから交渉して、東南諸島連合王国の一員になって欲しいとは思うが、メッシーナ村は代表者もお互いに話し合って決めるのが伝統だ。独立性を重んじるなら、彼等の領地を決定したいと思う」


 士官達は、ショウがヘッジ王国のように住民達を制圧しないのだと気づいたが、乗組員達はいまいち違いがわからなかった。メルト艦長には、探索隊の増員を至急レイテから派遣して貰わなくてはいけないと伝える。


「それなら竜騎士がいるカドフェル号の方が適任だろう」


 メッシーナ村が敵対行為で応じるかもしれないという重要な場面に、この地を離れたくないとメルト艦長は話を蒸し返す。


 確かに嵐でダメージを受けた商船でヘッジ王国が探索航海を続けるとは思えないが、西海岸のパトロールも必要になるので、応援が来るまで早い方が良い。


「でも、順番に補給するようにとの、軍務大臣の命令があります」


 カドフェル号のレッサ艦長は、やばい話の流れだと抗議する。


「そうですねぇ、ピップスを一時的にグラナダ号に乗艦させたらどうでしょう。ファイン島の乗組員達はグラナダ号に所属してますし、彼等を拾ってペナン島に寄港して下さい。ピップスはレイテに報告書を提出して、応援部隊とイズマル島に来れば良い」


 メルト艦長は、それならペナン島に着き次第、補給してイズマル島にとって帰れるので、一応は納得する。


「西海岸のパトロールと探索は、カドフェル号に任せます。この探索基地をベースにして、測量を始めて下さい。カリン艦長は、パドマ号をあの湾に移動させて下さい」


 メッシーナ村との交渉は長引くかもしれないし、万が一は決裂するかもしれないので、戦力を二手に分けておく作戦だ。


 カリン艦長は、パドマ号だけでもメッシーナ村を制圧できると頷く。後方支援に回されたレッサ艦長だが、ヘッジ王国の探索隊が航行してこないとも限らないのだ。それにゴルチェ大陸の西海岸を測量した経験があったので、イズマル島の測量はお手の物だ。


 メルト艦長はショウの決定に従うしか無いが、少しは舅を立てて、カリン艦長の役目にと交代させてくれたら良かったのにと、内心では羨ましく感じる。キラー大尉は何も言わないが、メルト艦長が残念に感じているのを察して、一刻も早くこの地に帰って来れるようにしようと決意する。


「ピップス、この報告書をレイテに渡して欲しいが、くれぐれも無理をしないように」


 ピップスはお役に立てて光栄だと張り切っているので、ショウはシリンに直接話して無理をさせないようにと頼む。


『大丈夫だ、ピップスが疲れ過ぎないように私が注意する』



 こうして段取りを付けて、夜の宴会と交渉の席にショウは向かったのだが、思いがけない提案をメッシーナ村のマクビール村長からされる。


『私達はあれから話し合い、東南諸島連合王国の一員になるという決定を下した。しかし、少し条件を付けたい』


 メッシーナ村の決定に、ショウはホッとしたが、条件とは? と気を引き締める。


『一つは、このメッシーナ村とその周辺の開発した土地は、私達の自治区にして欲しい』


 東南諸島連合王国は今までも島々を統合していって、元の島主を立てていたので、ショウはそれは大丈夫だと頷く。


『範囲は後で交渉しましょう』


 先を促されて、マクビール村長は少し口ごもりながら話し出す。


『私達の同胞がヘッジ王国の支配下で苦労しているなら、この地に移住させて遣りたいのだ。勿論、相手がそれを望むならだが……』


 確かにメッシーナ村の周辺を自治区にするなら、ルートス島の住民ぐらい受け入れても養っていける。


『それはヘッジ王国との交渉もありますし、ルートス島の住民の意向もありますから、即答はできません』


 マクビール村長はわかっていると頷いて、でもと話を進める。


『このメッシーナ村は、限界集落になろうとしている。やがて、東南諸島連合王国の移民と婚姻するようになるでしょう。それはそれで良いのです。しかし、ルートス島の同胞を救いたいのもあるが、一緒になって元の血筋も残したいと考えたのです』


 ショウは子供の姿が見えないのが気になっていたので、血族婚を繰り返した結果なのだと察する。


『応援部隊が到着したら、ルートス島へ代表者をお連れする事は約束できます。しかし、ルートス島は温暖な気候で、住民ものんびりした生活に慣れている様子なので、移住を望むかはわかりません』


 それはメッシーナ村の全員が頷いて同意する。


『同胞とはいえ、何百年も前の話ですから、あちらが望まないのなら仕方無いのです。ただ、話し合う機会と移動手段を与えて下されば結構です』


 此処までは、バッカス外務大臣も口出しする必要が無いほど順調だった。


『後、もう一つお願いがあるのです。ショウ王太子に、エスメラルダを娶って貰いたいのです』


 ウッと言葉に詰まったショウに、これこれ! とバッカス外務大臣は内心で突っ込む。


『ええ~と、とても光栄なお話ですが、私は既に結婚しています』


 逃げを打つショウに、マクビール村長と二人の竜騎士は逃がさないぞ! と食い下がる。宴会前の交渉の場にエスメラルダが居なかったのは、このせいだとショウは冷や汗を流す。


『メッシーナ村の竜は、近親交尾を繰り返し、エスメラルダのルカには交尾相手がおりません。ショウ王太子のサンズは立派な騎竜だし、新しい血を与えてくれます。それにエスメラルダの結婚相手も、血が濃すぎる相手しか居なくて困っていたのです。東南諸島に妻が居ようと関係ありません』


 ぐいぐい押してくるマクビール村長に、ショウはたじたじだ。メルト艦長やカリン艦長は、ショウのモテモテ振りには慣れているので、サッサと受け入れたら良いのだと助け舟は出さない。バッカス外務大臣は、冷静にエスメラルダを娶るメリットを考えて、あろう事か後押しをする。


『東南諸島連合王国は一夫多妻制ですから、何の問題もありませんよ』


 おお~! と喜ぶメッシーナ村の村長達だが、ショウは裏切り者! とバッカス外務大臣を睨み付ける。


『エスメラルダ様の気持ちは、どうなるのですか? それに、私は王太子なので勝手に結婚できません』


 口にした瞬間から、父上は喜んで許可するだろうと、ショウは内心で毒づく。


 これ以上、妻を増やしたく無いんだ! と、舅になるメルト艦長に、救いを求める目を向けるが、彫像のように表情が無い。


『私の娘に、問題があるのでしょうか?』


 ひぇ~父親の目が座ってる。ショウは慌てて、とても美しい姫君ですとサンズに答えさせる。


 そうでしょう! と満足そうに頷く父親にショウは溜め息をかみ殺した。

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