第7話 メッシーナ村

 サンズとシリンは、ルカ達の後について山の方へと向かった。手前の森で海岸からは見つけ難かったのだと、上から小さな集落を見て何かから、隠れているようだとショウは感じる。


 小さな集落だが、周りには高く石壁が巡らせてある。


「敵対する部族とか居るのかな?」


「さぁ、様子を見てみましょう」


 古い石壁の厳重な造りに、ショウはバッカスと小声で話す。


 石壁の南側には、これも古びてはいるが頑丈そうな門があり、石壁の周りには掘が巡らせてあり、河から水を引き込んでいる。跳ね橋は今は降ろされているが、敵襲があれば上げて防衛するのだろうと、メルトやカリンも感じる。


 ルカ達が帰って来たのに気づいた住民達が、わらわらと跳ね橋を渡って出てくる。


 ショウは、集まった住民の中に子供がいないのに気づく。


 ピップスの村の前に着陸した時は、大人の後ろに隠れた子供が顔を出して、興味津々な目を輝かしていたと、ショウは少し不自然に感じる。


 その中の灰色の髪の老人が杖をつきながらゆっくりと歩み出て跳ね橋を渡ると、空からほぼ白く変色した竜が、老人の横に舞い降りるというより落ちてきた。


 エスメラルダはその竜に駆け寄って、大丈夫? と尋ねている。


『ようこそメッシーナ村へ。私は村長のマクギャリーです。これは私の騎竜のランドです』


 勿論、マクギャリーの言葉が聞き取れたのでは無く、ランドを通しての会話だ。


 カリンとメルトと同行した士官には通じないので、バッカス外務大臣が簡単に名前を伝える。その間にショウはサンズ越しに東南諸島連合の王太子であることや、探索航海でこの島にたどり着いた事を説明していた。


 メッシーナ村も竜の言葉がわからない人が多いので、若いエスメラルダが通訳して伝える。竜騎士の二人と騎竜の名前や、此方の同行者の名前をお互いに紹介しあう。


『遠方からの客人は久し振りです。いえ、絶えて久しいのです。どうか、おくつろぎ下さい』


 マクギャリーに案内されて、門をくぐり石壁の中に入ると、数十軒の石造りの家と、数軒の大きな建物があった。門から延びた道を歩むと円形の広場に着き、面した大きな建物の中に案内された。


 遠方からの客人をもてなそうと、女達は家から食べ物を持って集まり、男達は東南諸島連合王国とはどういった国なのか? 帝国が滅びた経緯とかを知りたいと、用意されたテーブルにつく。


 竜越しでしか話せないので、広場に面した大きな部屋の窓を開け放しての会合となる。


『遠方より来られて、お疲れでしょう。ささやかではありますが、どうぞお召し上がり下さい』


 メッシーナ村の周囲には畑や牧草地があったので、パンや鶏の焼いた物などが次々とテーブルの上に並べられてもおかしくは思わなかったが、それを運ぶ女の人が年輩者ばかりなのをショウ達は訝しんだ。


 ショウは、若い女は隠しているのではないかと思う。野蛮な行為を警戒しているのだ。


 普通なら竜越しで秘密の会話が出来るが、今回は無理だ。


「男も年輩者ばかりだが、会合とかはある程度の年にならないと参加できないのかな?」

 

 カリンはショウがパンに手を伸ばそうとするのを制して、自分が先に口に運んで、歓談している風に話しかけた。バッカス外務大臣やメルト艦長や士官達も、それぞれ違う食べ物や飲み物を毒味して、シンプルな味付けだが問題ないと頷く。


 メッシーナ村のマクギャリー村長は、若いショウを他の同行者が自然と保護しているのに気づき、東南諸島連合王国の治世が安定しているのだと感じる。


 テーブルに付いた村人は、それぞれの役目があると、竜騎士に説明を受ける。


『メッシーナ村は村長と巫女姫以外は、お互いの中から責任者を選ぶのです』


 帝国から逃げて来たのが、どうやら村長には竜騎士から選ばれるようだとショウは察する。


 巫女姫とは? 帝国の自然崇拝的な宗教は、三国にも変化しながら伝わっているけど、巫女姫なんて聞いたことがなかった。


 自然とエスメラルダを眺めてしまい、優しそうな茶色の目があって微笑む。ポッと頬を染めるエスメラルダに、マクギャリー村長と竜騎士の二人は気づく。


 バッカス外務大臣は、歓談しながらの食事で、簡単な言葉は話せるようになっていた。


「エスメラルダ様は美しい」


 エスメラルダは、自分達の言葉を話せるようになったバッカス外務大臣の直接的な褒め言葉に照れた。


「いいえ、そんなことはございませんわ」


 食事が終わると、本格的な話し合いになった。食事の間にお互いの役目や立場がわかっていたので、ショウとバッカス外務大臣、マクギャリー村長と竜騎士が主に話し合いに加わる。


『何故、この地に航海して来られたのですか?』


 先ずはもてなしてくれたマクギャリー村長の問いに答える。ショウは同行した士官から海図を貰い、テーブルの上に広げる。


「ほほ~う! これは凄い!」


 メッシーナ村の全員が、精密な海図に夢中になる。


『此処が帝国大陸です。今はローラン王国、カザリア王国、イルバニア王国に別れています。大陸全土とゴルチェ大陸の北部まで領土を広げた帝国ですが、歴代の皇帝の腐敗と跡取り問題で揉めて戦乱が続き、皇子達が三国に分割したのです』


 凄くざっくりとした説明だが、メッシーナ村の住民は大陸全土を支配したのかと驚愕している。


『そして、此処が東南諸島連合王国です』


 サンズに伝えて貰ってはいるが、海図を指差しながらの説明なので全員が頷く。


『私達の島は、何処に位置するのか?』


 海図も持たずにこの人達の祖先は逃げ出したのか! よく無事にたどり着いたものだとショウは感心しながら、バッテンが書き込まれた点を示す。


 全員が帝国大陸からこれほど離れて居たのかと驚愕した。


『もしかして、石壁や掘は帝国からの追っ手を警戒されたからですか?』


 マクギャリー村長は、これほど離れていたとは祖先も私達も知らなかったのだと呆然として答える。竜騎士の年配のヘリンズが、ガックリしている村長の代わりに質問する。


『貴方達の東南諸島連合王国とは、どのような国家なのですか?』


 ショウは、この返事がとても重大だと感じる。


『我が国は、名前通り島国が何個も一緒になった王国です。海洋国家で、商売熱心な国民が、世界の国を相手に交易しています』


 サンズ越しでも、若いショウの自国への愛を感じる。


『この島に来られた目的は何でしょう』


 ウッとショウは核心に切り込まれて一瞬言葉に詰まったが、竜を通して会話なので正直に話す。


『実はこのヘッジ王国が未知の島に気づいて、探索航海に出ると知って追いかけたのです。そして、ルートス島はヘッジ王国に先に発見されてしまいました。しかし、其処の長老から東に向かった祖先がいると聞き、探索航海を続けたのです』


 海図でヘッジ王国とルートス島を指差し、其処からバッテンのイズマル島までを示した。


 ザワザワとエスメラルダの通訳を聞いて、メッシーナ村の人達は口々に話す。村長のマクギャリーは昔の言い伝えを思い出して、興奮して話し出す。


『そのルートス島に住んでいる人達は、私達の仲間なのです。その人達は何人ぐらいの集落を作っているのですか?』


 同じ祖先を持つ人達に会いたいという気持ちが伝わってきて、ショウは今更だがヘッジ王国に先を越されたのが悔しい。


『そんなに大人数ではありません、数百人ほどでしょう』


 少しガッカリした雰囲気になったが、でもガヤガヤと村人達は話し合っている。


「その人達と合流すれば、新しい血が増えるのではないか?」


「二百人足らずなら、結婚適齢期の若者は少ないのでは?」


「しかし、一緒になると言っても、彼方は嫌がるかも知れないぞ」


 バッカス外務大臣は、内容を簡単に把握して難しいなと思うが、外交官らしく素知らぬ顔を通していた。ショウは一番気になっている件を尋ねる。


『この島には、メッシーナ村以外に住民は居ないのですか?』


 ざわついていた村人はエスメラルダの翻訳で、し~んと静まり返った。


 深い深呼吸をして、マクギャリー村長は沈鬱な様子で話し出す。


『先祖がこの島にたどり着いた時、先住民が住んでいました。難破同然だった先祖達と先住民は、友好的な関係を築き上げようとしましたが……私達は先住民に酷い罪を犯したのです』


 酷い罪? ショウは、何をしたのだろうと緊張して竜づてに話を聞く。


『先祖の中には子供も多く、ハシカや水疱瘡などの病原菌を保菌していたのです。私達の祖先は魔法の治療に優れていましたが、此処までの航海で魔力を使い果たしており、病に倒れた先住民達を少ししか助けられませんでした。その生存した先住民と祖先とで、メッシーナ村を造ったのです』


 村長は長い話を終えると、グッタリと椅子に沈み込む。確かに帝国大陸の人種とは少し違う風貌に見えるのは、混血が進んだからかも知れないとショウは思った。


 ルートス島は長年の温暖な地方での暮らしで、日焼けしたのんびりした風貌に変化していたが、基本は明るい髪や目の色だった。メッシーナ村の住民は茶色や黒髪が多く、金髪碧眼が多い帝国大陸よりも東南諸島の人間に近く見える。


 マクギャリー村長と竜騎士は、そのルートス島の住民達に会って話をしたいと考えているみたいだ。ショウは察したが、ヘッジ王国の支配下にあるので難しそうなので、口を出さなかった。

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