第6話 見知らぬ竜

 朝になると目の前のイズマル島が大きく浮かび上がり、全員が期待に満ちた目で眺める。探索航海に参加した乗組員達は、アスラン王からの報奨金を夢想して、強運のショウ王太子を褒めそやす。


 海岸線には住民の姿が無かったので、今日はイズマル島に上陸して、探索基地を設営する事に決まっていた。


 ファイン島の乗組員達を拾って、サンズ島では無く、レイテに近いペナン島にイズマル島の発見と、増員を求める要請の報告書を渡す予定のメルト艦長は機嫌が悪い。


「他の艦に行かせれば良いのだ」


 口には出さないが、王太子の旗艦なのだからイズマル島の探索に参加するのが当然だと考えている。


「ショウ王太子、グラナダ号がペナン島まで帰っている間、パドマ号の私の部屋を提供しますわ」


 バッカス外務大臣の提案に、全員が顔をしかめる。


「バッカス外務大臣にご面倒をお掛けしなくても、カドフェル号に部屋を用意してあります」


 レッサ艦長がサッと救い舟を出す。カリン艦長は出来たらバッカス外務大臣にカドフェル号に移って貰い、ショウにパドマ号に乗って貰いたいと考えていた。


 しかし、レッサ艦長はパドマ号が補給に帰った間にバッカス外務大臣を受け入れた経験から、絶対に避けたいと思っていたので、素早くショウの部屋を準備していたのだ。


 メルト艦長は、他の艦長が旗艦なのだからと交代を申し出てくれないかと期待していたのだが、誰でも目の前の大きな島の探索に参加したいと考えているのは明らかだ。


 メルトは、ショウも気がきかないと腹を立てる。舅を立てようという気持ちは無いのか、探索隊の責任者として命令してくれたら良いのにと内心で愚痴る。


 憤懣やるかたないメルトだが、あと一日しか探索に参加できないなら、サッサとイズマル島に向かおうと急かす。


「水の確保ができる河口に、探索基地を設営しようと思います。草原には野生の水牛の群れが見えましたから、食糧も調達できそうです」


 探索基地の設営と、測量の部隊を各艦長に命じたが、三頭の竜がいるので先行して調査することになる。各艦がイズマル島に航海している間、ショウとバッカスとピップスは野生の水牛を各自の竜に食べさせていた。


『野生だけど、結構美味しかった』


 大きな雄の水牛を食べたサンズは、満足そうに長い舌で顔についた血を舐める。


 全員が少し食欲不振になる竜の食事風景だったが、探索基地の為に水牛を数頭を狩って行くことにする。竜は本来は満腹の時は動物を襲わないが、竜騎士に頼まれると快く太った雄水牛を狩り、探索基地の予定地に運ぶ。


 沖に此方に航海している三艦が小さく見える。


 ピップスは水牛を捌きましょうかと言ったが、ショウとバッカスはこれ以上は腸を見たくないと止める。


「乗組員が沢山いるから、捌くのは任せたら良いよ。それより、艦長や士官をここに運搬して、少しでも早く探索基地の設営をして貰おう」


 各自が何度も往復して、先発隊をイズマル島に運ぶ。艦長達は竜に乗って調査する気なので、上陸した士官達に指示を出すのに忙しい。


 その間に、ショウとバッカスは調査飛行する計画を立てる。


「遠くに見える山に、人が住んでいるとは思えないわね。今は夏だから雪は積もって無いけど、あれほど高い山なら冬は綺麗に雪化粧しそうですもの」


 ショウもこんなに広い草原があるのに、山岳地帯に住むとは思えないと頷く。


「此処より先ずは南側を先に調査飛行しよう」


 暖かい土地の方が住み易いだろうと、バッカスも賛成する。三頭の竜に艦長と士官を乗せて、南へと海岸線を下る。


「イズマル島はかなり大きいな……」


 カリンはイズマル島の測量は大変そうだとは思ったが、航海しながらなら苦にならないので、父上が自分に任命してくれれば良いのにと考える。


 低空を飛行して人が住んでいる形跡を調査するが、今のところは何も見つからない。


「あの岬まで行ったら、少し内陸部を調査しよう」


 東南諸島の人間としては、川沿いか、海沿いに住むと考えるが、帝国三国の首都は内陸にある。


「そうですね、岬までに今日はしておきましょう」


 バッカス外務大臣も賛同するので、メルト艦長達も頷く。岬が南端かな? とショウは考えたが、湾の西になっており東は南へと迫り出している。 


「良い湾ね~」


 バッカス外務大臣でなくても、海洋国家の全員が惚れ惚れする湾だ。


「ショウ、どうせなら此処を探索基地にしないか?」


「此処なら嵐になっても大波は東の岬が防いでくれそうですね。それに河もありますし……えっ! 彼処を見て下さい!」


 ショウはサンズにもっと下を飛ぶように指示する。


「あれは桟橋なのでは……」


 イズマル島で初めての人工物を発見したショウ達は、周囲を注意深く調査するが、古びて朽ちかけた桟橋らしき残骸しか見つけられなかった。


「降りて調査してみよう」


 メルト艦長の言葉で、桟橋らしき残骸の近くに降りる。


「どう見ても桟橋だよね」


 ここに人気は無いが、イズマル島には先住民がいるのだとショウは溜め息を押し殺す。


『ショウ! 竜の気配がする』


『ええ~? 何処に? 居る場所がわかがるか?』


 サンズの言葉で、ルートス島の老人が『竜』と書いたのを思い出す。


『ピップスの村のように、竜騎士を伴って逃亡したのかな?』


 サンズは空中に舞い上がり、山の方を真剣に眺める。


『多分、彼方に竜がいる』


『山に? 竜だけか? 人は住んで無いのか?』 


 そこまではわからないとサンズは答えた。地上に降りて、全員に説明する。


「マリオンやシリンは竜の気配を感じ無いのか?」


 驚いているバッカスやピップスは、騎竜では無いからかと首を捻る。


「それで竜だけでなく、竜騎士や住民もいるのですか?」


 気を取り直してバッカス外務大臣は質問するが、肝心な先住民については、わからないんだとショウは答えるしかない。


「この桟橋を作った人間が居るんだよな。でも、この様子では長いこと放置されていて、此処から移動してしまったのでは無いか?」


 周囲を隈無く探したが、家などの跡も見つからなかったカリンに、竜は山の方に居るとサンズの言葉を伝える。


「竜が居るなら、竜騎士も居ると考えて行動しましょう。先住民がどの程度の人数なのか不明ですが、慎重にしなくてはいけない」


 この湾を探索基地にしたいのはやまやまだったが、少し調査して人数や友好的かが判明するまでは、西海岸の上陸地点を基地にしようと話し合う。


 メルト艦長は先住民の件がはっきりするまでは、ファイン島に引き返したく無いと思った。


「レイテに報告書を送るのに、このままでは拙いだろう」


 あまり口を開かないメルト艦長の言葉で、ファイン島の乗組員達を拾ってペナン島に引き返したくないのだと全員が気づいたが、誰かがレイテに報告書は届けなくてはいけないのだ。


「ピップスは、ペナン島からレイテに飛べるか?」


 レッサ艦長は嫌な予感がする。


「ペナン島からレイテまでは、小さな島が点々と有りますから、シリンで飛んでいけます」


 真面目に返事をするピップスの口を塞ぎたくなる。


「う~む、ならカドフェル号の方が……」


 メルト艦長の言葉は、サンズの警告の叫び声で遮られる。


『ショウ! 竜が来る』


 ショウは山の方角を望遠鏡で眺めて、小さな黒い点にしか見えない竜を確認する。


「全員、友好的な態度を示しながら、何時でも剣を抜けるようにしておいて下さい」


 士官候補生のピップスよりは剣の腕前は上だが、艦長や士官、それにバッカス外務大臣よりも弱いショウを、全員が後ろに庇おうとするので、苛ついて押しのける。


「バッカス外務大臣、竜騎士が居るということは、北の帝国大陸からの子孫なのだろうか?」


「さぁ、会って見なければわかりませんが、この未開発のイズマル島に大勢の先住民が居るとは思えませんから、多分ルートス島から東に航海を続けた子孫の可能性が高いですね」


 ピップスは自分の村も帝国の圧政に反発した祖先の隠れ里だったので、遠くに見える三頭の竜を警戒しながらも、興味深く眺める。


『かなり小振りな竜だね』


 サンズのコメントに、シリンとマリオンも同意する。


『小振りだが、彼等は騎竜だと思う』


 マリオンは、バッカスと絆を結べ無かった件で、騎竜には敏感に反応するのだ。


『彼等は長年近親交尾を繰り返して、小振りになったのだ。私も騎竜になれても、サンズ程は大きく成長できないだろう』


 少し悲しそうなシリンに、サンズは慰めて首を絡める。マリオンはシリンがピップスと絆を結び騎竜になったら、サンズと交尾飛行をするのだと察して、羨ましくて堪らなくなった。


 子竜を持ちたい! マリオンは竜の本能に火がつき、バッカスが性的に成熟しているのを感じ取る。探索隊が落ち着いたら、バッカスと絆を結ぼうと決意する。


 バッカスはマリオンから漏れる思考に不穏当な物を感じて、ゾクッと身震いした。


 バッカス外務大臣が珍しく黙り込んでいる間、竜達がイズマル島の竜について話した内容を、ショウは他の人達に伝える。


「どうも竜も竜騎士も多く無いようです。竜達は近親交尾を繰り返しているとシリンが言ってますので、かなり小振りになってしまってます」


 小振りと言われても、竜に襲われたら人間などミンチにされてしまう。


 もし、敵対的な行動を取ってくるならと警戒態勢を維持するメンバーを見て、ショウは竜心石を握り締めて、風で攻撃する用意をする。


 どんどん近づいてくる竜達に緊張感が高まるが、ある程度の距離を残してスピードを落とした。


『何処から来たのか?』


 先頭の竜からの質問に、ショウはサンズに答えるように指示する。


『東南諸島連合王国のショウ王太子だ。私は騎竜のサンズ』


 三頭の竜達は東南諸島連合王国? と聞き慣れない名前を竜騎士に伝えるのに困っている様子だ。


『北帝国大陸の東南にある島々を統一した、連合王国だと伝えてくれ』


 サンズに伝えて貰うと、竜騎士達は明らかに警戒態勢を解いた。


『私はルカ、巫女姫エスメラルダの騎竜だ。降りて話がしたいと、エスメラルダが言っている』


 巫女姫と騎竜に名乗らせた竜騎士は、髪を覆っていた布を取った。


 風に靡く茶色い髪にショウは見とれる。


「ショウ王太子!」


 メルト艦長に注意されてハッと我に返り、話し合う為に下に降りてきた三頭の竜に注意を向ける。


 しかし、旧帝国語とその前のシン王国のチャンポンな言語が何百年の間に変化した言語で、バッカス外務大臣も苦労して、竜を通しての話し合いになる。


 お互いに竜が嘘をつかないのは知っているので、帝国がとっくに滅びて三国に分裂した事や、東南諸島連合王国はその三国とも友好的ではあるが、旧帝国とは無関係だと説明する。


 ショウは、エスメラルダが騎竜のルカに囁きかける姿に自然と目が行ってしまう。


 エスメラルダの茶色の髪は、腰より長くて、サラサラと風になびいていた。


 髪フェチだが大事な話し合いの最中だと、ショウは気持ちを切り換える。エスメラルダは二人の竜騎士と話し合い、ルカにショウ達を村に招待すると伝えさせる。


「どうしますか?」


 ショウの問いに、バッカス外務大臣は一人は探索基地に報告に帰るべきだと答える。


「ピップス、レッサ艦長と探索基地で待機してくれ。何かあったら、サンズを通して伝えるから」


 外務大臣のバッカスは外せないし、万が一の時にはサンズと親密なシリンの方が、遠方からでも連絡を取りやすいと考えたのだ。


 レッサ艦長も、ショウの命令に従う。何百人もの探索隊を放置して、探索飛行に参加した全員がエスメラルダの招待に応じる訳にはいかないのだ。 


 ショウ達はルカの先導で、山の麓に向かった。

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