第5話 ショウ王太子とバッカス外務大臣
グラナダ号に帰ったショウは、メルトを艦長室に連れて行って昼顔の枝を差し出す。
「ショウ王太子、島が見つかったのか!」
日頃は無表情なメルトだが、興奮を表す。
「うん、まぁ、島だよねぇ。これは無人島で、見つけたんだ」
メルト艦長は奥歯に物が挟まったような話しぶりに、苛ッとする。
「島というか、大陸というか、探索しなきゃ判断できない大きな島を見つけたんだ。あっ、この昼顔は、その手前の島で採ってきた。此処には草や木が生い茂っているから、水もあるかもね……」
メルトはショウの強運には驚いたが、その手前の島の調査もしなかったのは蛇が嫌いだからだと気づいて、怒鳴りたくなるのを抑える。
アスランもヘビが嫌いだったが、素振りにも見せないようにしていた。巨大な竜に平気で乗るくせに、ヘビなど怖がることは無いだろうにと内心で罵る。
ショウは他の艦長や竜騎士と先行して調査しようと、メルト艦長に話す。
「勿論、調査しなくてはいけません」
ショウから手前の島の位置を聞くと、キラー大尉に各艦の艦長を竜でグラナダ号に来るように旗信号を出さす。
「この島まで半日以上はかかりますなぁ」
ショウが計測してきた島の位置を海図に書き込み、全員が真剣に眺める。カドフェル号のレッサ艦長は偵察飛行はしたいが、次第に大陸だと気づく乗組員達の興奮や騒ぎを副官で抑えられるか心配する。
「どのあたりから大陸だと気づいたのだ」
カリンも乗組員達が捕らぬ狸の皮算用に夢中になり、迂闊なミスをするのではと心配な顔をした。
「あらあら、大陸だなんてオーバーよ。まだ探索もしてないのでしょ、大きな島よ! 間違えないでね」
言葉は女っぽいが、ショウはバッカス外務大臣が新大陸発見なんて情報が流れたら、旧帝国三国や、ヘッジ王国、サラム王国が黙っていないと牽制したのに感心する。
「メルト艦長、レッサ艦長、カリン艦長、大きな島です。間違えないようにして下さい」
ショウの言葉で、全員がバッカス外務大臣の発言の意図に気づき、部下達にも徹底させると頷いた。
「その大きな島には、住民が居るのか?」
カリンの言葉に、手前の島に降りただけですと答える。バッカス外務大臣は、ショウがルートス島の先住民の立場に同情していたので、問題を先送りにしたのに気づいた。
バッカスは、独りで乗り込まれるよりはマシだと思う。王太子が血の気が多いと困るのだ。慎重な行動だと、評価しておこうと微笑む。
大陸だとしたら、ルートス島に逃げ出した一派とは違う先住民がいるかもしれない。ショウ王太子はどういう決断を下すのか、バッカスは興味を持つ。
バッカス外務大臣は、艦長不在の間の航行を縮帆させるか揉めているのを放置して、アスラン王がショウに重大な決断をさせる意図を考える。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うけど、本当にアスラン王は百獣の王に相応しいと胸が高鳴る。
ショウに厳しい態度だけど、自分をサブにつけるなんて、アスラン王はツンデレかしらと妄想を膨らます。
悩んでいるショウを見て、まだミ~ミュ~鳴く可愛い子獅子だと胸キュンすふ。悩んでいるショウを、ぎゅっとハグしたいとバッカスは見つめる。
興奮しながら話し合ってる艦長達と違い、ショウはどの程度の先住民が居るのか、国家は成立しているのか、海図を見ながら考え込んでいる。ぶるぶると悪寒を感じて、海図を見ていた視線を上げると、自分を見つめているバッカス外務大臣と目があう。
「時間が勿体ない、偵察飛行をしよう! ファイン島に乗組員を迎えに行かなくてはならないから、縮帆は無しにしよう。各々の副官に、大きな島を発見したと伝えて、出発だ!」
島に到着したら、グラナダ号はファイン島へ乗組員達を迎えに行かなければならない。サンズ島へ補給に行くかは、先住民が居るか、友好的かどうかにかかっているので後で決定することにして、竜で先ずは小さな島を目指す。
「全く何も無い所を、延々と飛んだのね……」
バッカスは今はサンズの後を追いかけているから不安は感じないが、ショウは単独で未知の空を飛んで行ったのだと感嘆する。
『ショウはサンズの絆の竜騎士だから、孤独は感じないのだろう』
パートナーのマリオンからチクリと皮肉を言われて、バッカスは絆を結ばなかった件を、根に持っているのだと苦笑する。竜騎士としての能力的には、絆を結ぶのに不足は無いのだが、バッカスは子作りに興味は無かった。
竜が絆の竜騎士を求めるのは、同じ時間を過ごす為だが、子竜を得ることも同じぐらい大切な事だ。絆の竜騎士が性的に成熟すると、騎竜も発情期を迎え交尾飛行をして子竜を得るのだ。マリオンはバッカスが女には興味が無いと絆を結ぶのを拒否したのを、10年以上経っても許し難く思っている。
「ほら、あそこに見えてきましたよ」
ショウの言葉で、竜ほど遠目がきかない人間は望遠鏡で確認する。確かに大きな島だ! と全員が水平線に現れた島影に唸る。
「ショウは強運だなぁ~」
カリンは海の男として、強運な弟に羨望の眼差しを送る。メルトもレッサもこれは大きな島だと驚き、ショウの運の強さを感じて、海の男らしく高く評価する。
「私が見つけなくても、数日後にはたどり着きましたよ」
確かにこれほど大きな島なら、東へ航海を続けていればたどり着いたかもしれないが、進路を変更する事もあり得たのだ。
全員が大きな島に降りる前に、手前の島に降りたショウの気持ちを理解した。あまりに大きい未知の島に、踏み込む前に調査したいと全員が感じる。
「艦が航海している間に、この島の調査をしよう。少なくとも上空からは無人島に見えたから、真水と食糧が確保出来るようなら、大きな島の探索の拠点にしても良いと思う」
ショウの探索隊責任者らしい言葉に全員が頷く。三頭の竜には各艦長と士官を乗せて来たが、調査には人数も足りない。
ショウとバッカスは小さい島だが竜を使って海岸線を入念に調査することにし、ピップスは艦長達が指名した人員をピストン輸送する。
「東側に小川を見つけました。そちらに移動しましょう」
士官達は草を踏みわけて、雑木林から夏ミカンやレモンなどの果実を採っていた。
「小さな実ですが、果物はありがたいですね」
長い航海では、どうしても果物や野菜が不足気味になるので、一口ずつでも病気の予防になるのだ。
東側に場所を変えると、目の前に大きな島が見える。ピップスが乗せてきた乗組員達も大きな島の発見に興奮するが、士官達に命令されて小川を遡ったり、食糧を探したりと忙しく働く。
バッカスもピップスだけでは無理だと、人員の輸送に協力する。メルト艦長やカリン艦長やレッサ艦長は、それぞれの士官や乗組員達に色々と指示を与えるのに忙しいが、ショウは大きな島を見つめている。
『そんなに気になるなら、飛んでいけばハッキリするのに……』
サンズはショウが大きな島に人が住んで居るのかをずっと悩んでいるのがダイレクトに伝わるので、乗せて行くよと提案する。
『そうだね! いずれはハッキリさせなきゃいけないんだよね』
丁度、ピップスとバッカスが乗組員達を満載して帰って来る。
「一度、大きな島に飛んで行こうと思います。有人かどうか判明するまでは、拠点は此処に置きますが、西海岸だけでも調査しないといけませんから」
ショウは文明は川の流域に発生し易いからと、ピップスとバッカスに先ずは川を探そうと自分の考えを伝える。
メルト艦長とレッサ艦長は士官達に指示を出して拠点作りをする事にしたが、万が一の時に備えてカリンと腕の立つ士官を連れて行くようにと忠告した。
「人が住む形跡を見つけても、迂闊に地上に降りないようにします。一度、探索するだけですよ」
探索隊に病人は居ないが、未知の病気への感染や、非友好的な民族かもしれないのだ。
「私がついてますから、無茶はさせませんよ」
バッカス外務大臣の言葉に、メルト艦長とレッサ艦長は、疑わしそうな顔をしたが、長い航海をしている探索隊の為に拠点作りも重要だと士官の同行は諦めた。
「ショウ、私はついて行くぞ!」
王太子になってもカリンには頭が上がらないので、ショウはサンズの後ろに乗り込むのを拒否できなかった。三頭の竜は、大きな島を目指す。
「航行したら、二時間は掛かるかな」
竜ではひとっ飛びだが、手前の島からの距離をカリンはざっと考える。
「あちらに川口が見えますよ!」
ピップスの指差す方向に向かったが、集落らしい物は見当たらない。
「こんなに大きな川なのに……」
川の周りには集落どころか、人の手が入った痕跡は無かった。海岸線を探索飛行しても、住民がいる形跡は発見できない。
「今日はこの位で良いでしょう。そろそろ艦も着きますから、本格的な調査は明日しましょう」
バッカスは大きな島のほんの一部だけでは判断できないが、国家が形成されているとは思えないと、眼下の緑豊かな大自然を眺める。
『あっ! 水牛の群れだ!』
川より離れた草原に水牛が群れで餌をのんびり食べている風景を見て、ショウは無人島なのかな? と思い始める。しかし、上空を飛ぶ竜に気づいた水牛の群れは、パニックを起こし、暴走し出す。
「竜を知っているのかな?」
ショウはパニックを起こした水牛に疑問を抱いたが、竜を恐れるのは本能かな? と首を振る。
『サンズ、明日は水牛を食べさせてあげるよ』
『野生の水牛は筋張っているんだ。イルバニア王国の牛が食べたいな』
ショウとサンズの呑気な会話を、ピップスとバッカスは笑ったが、シリンとマリオンからも同じ要望を伝えられて首を竦める。
その夜は拠点基地で島で採った果物や、海岸や川で捕った魚介類で長い探索航海の疲れを慰労した。乗組員達にはコップ一杯の酒も配給され、順番に上陸しては砂浜でのバーベキューを楽しむ。
ショウは賑やかな浜辺を離れて、真っ暗な海を眺める。
「ルートス島から東に向かった人たちは、たどり着け無かったのかな……」
無人島なら問題は無いのだが、今日の探索でかなり面積が大きいと判明したので、先住民がいないとも言えない。
「ショウ王太子、ちゃんと食べましたか?」
バッカスは、独りで暗闇に沈んで見えない大きな島を眺めているショウを心配して声を掛ける。
「ああ、ありがとう、先に食べたよ。バッカス外務大臣、あの島に人が住んでると思うか?」
バッカスは大きな川の規模から島がかなり大きいと察していたので、今日の探索飛行だけでは何とも言えないと思う。
「人が住んでいるかどうかは不明ですが、あんなに豊かな土地が放置されているのは、国家の不在の証だと思いますね。でも、調査してみないといけないのは確かです。それより、ショウ王太子! 手前の島とか、大きい島だなんて、いつまで名前を付けないのですか?」
バッカスがバーベキュー会場を離れてショウの元へ行ったのに気づいたカリンは、心配して追いかけて来たが、全くだ! と賛同する。
「いちいち部下に命令する時も面倒だ。早く名前をつけてくれ」
ショウはネーミングセンスが無いのにと辞退したが、カリン兄上に睨まれて考える。
「見つけた島に順番に記号をふっていたんですよね。Fはファイン島、Gは暗礁に近い島だからこのままで良いとして、HとIになるの……」
凄くいい加減な名前の付け方だと、バッカスもカリンも思ったが、発見者なので口を挟まない。
「Hはホープ島、Iはイズマル島は拙いかぁ。ルートス島みたいだものね」
案外マシな名前だと、バッカスは安心して後押しする。
「現国王のルートス王と違い、東南諸島の始祖のイズマル王なら問題は無いでしょう。歴史上の偉大な王の名前に相応しい、大きな島ですもの」
先住民が他の名前で呼んでいたらと躊躇うショウを、カリンは笑い飛ばす。
「その時は名前を変えたら良いだけさ! さぁ、ホープ島とイズマル島の発見の祝いだ、酒を飲むぞ!」
いつの間にカリンは宴会好きになったのかとぼやきながら、ショウはバーベキュー会場に連れて行かれる。
バッカスは魔力に秀でたショウの不安を感じ取り、イズマル島には先住民が居るのでは無いかと思ったが、酔っ払った可愛い子獅子を看護するチャンスがあるかもと、二人の後を追いかけた。
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