第2話 探索航海へ
新造船のグラナダ号とパドマ号の進水式も無事に済み、真新しい帆に風を受けて探査航海が始まった。メルト艦長は新しいグラナダ号に早く乗組員達を慣れさせようと、副官のキラー大尉に指示を出させている。
ショウは出来たら気楽なカドフェル号に飛んで行きたいが、それをしたらパドマ号からバッカス外務大臣が用もなく飛んで来るのを許す前例になるので我慢する。
ペナン島までは通常航路なので艦に慣れる為に風の魔力を節約するように指示されて、ショウは手持ち無沙汰にサンズにもたれて甲板で寛いでいる。
メルトが遠征航海に参加するにあたって、サンズ島の開発をキラー大尉に任せるかと思っていたが、生き生きと士官や士官候補生を怒鳴りつけているのを見て彼も根っからの軍艦乗りだなぁと苦笑する。
サンズ島の開発はレイテの埋め立て埠頭の立ち上がりが終わったナッシュに一時的にお願いしてある。ナッシュなら一時期カリンにくっ付いて軍部に出入りしていたから、規律に厳しいし、本来は商人気質なのでメルトより柔軟な開発をしそうだとショウは考える。
本来ならこのままナッシュに任せても良いのだが、メルトは遠征航海が終わったらアスランに引退しろとグラナダ号を取り上げられるのではと疑惑を持っていて、サンズ島を手放したがらない。
「レイテの埋め立て埠頭の工事は順調だけど、学者肌のサリーム兄上には建設業者との遣り取りより、法の整備や大学の建設の方が向いている。探査航海が終わったらメルト伯父上にサンズ島は任せて、ナッシュ兄上に埋め立て埠頭を手伝って貰おうかな」
傍目からはのんびり航海を楽しんでいるように見えるが、暇さえあればあれこれと山詰みの問題が頭に浮かんでくる。王太子になる前からショウは忙しかったが、本当に側近が必要だと溜め息をついた。
「側近もだけど……第一夫人も見つけなきゃ。遠征航海から帰ったら、ロジーナとも結婚するんだよなぁ」
ショウは出航準備は各艦長と綿密な計画を立てるのが得意なドーソン軍務大臣に任せて楽が出来たが、ララ、レティシィア、ロジーナとのお別れで気を使いへとへとだった。
「ロジーナとはヤバかったなぁ……」
成人式でミーシャの接待を引き受けた御礼にと、前から約束していた夜空の観測デートをしたのだが、結婚まで三ヶ月となり見張りを第一夫人が緩めるとはショウは考えてなかった。
屋敷に面した浜辺にはロマンチックな薄絹のテントが風に靡いていて、夜空を見上げながら軽い食事が取れるようにセッティングしてあった。
やる気満々のロジーナにショウは理性を保てなくなったが、娘ラブのラズローに邪魔された。ラズローは嫁に出すまでは、ロジーナには天使のように清らかでいて欲しかったのだ。
ショウはその時の気まずさを思い出して顔をしかめる。
サンズから離れて少し離れて航行しているパドマ号とカドフェル号を眺める。
「カリン兄上がバッカス外務大臣と揉めてなければ良いけどなぁ……」
真面目と言うか融通のきかないカリンと、優秀ではあるか二癖も三癖もあるバッカス外務大臣を同じ艦に押し込めるだなんて、父上も酷いことをされると溜め息をつく。
「そんなに父上に似ているかなぁ……」
出航式の時に王太子として、尚且つ遠征隊の責任者として、式を執り行ったショウにバッカスは凛々しいわとメロメロだった。
「アスラン王に日毎に似てきておられるわ~」
パドマ号の出航式が終わった後で、目がハートのバッカス外務大臣に捕まりそうになったショウは、メルトにさっさと旗艦に帰るぞと助け船を出されたのだ。
自分は顔も態度も父上には似てない! と内心で愚痴って船室に帰る。
ショウは今回の遠征航海がどんな結果をもたらすのか、ゆっくりと考えるつもりだった。前世でのアメリカ大陸発見みたいな残酷な歴史を作りたくないと、ショウは考えていた。
父上に何を甘っちょろい事を! と怒られるのかとベッドに横たわり航海のリズムを感じながら考えているうちに眠りに落ちた。
「ショウ王太子は船室か?」
順調な航海に機嫌の良いメルト艦長にキラー大尉は起こして来ましょうか? と尋ねたが、いやと言葉少なく答えが返ってきた。
メルトはショウが弟のアスランとは違い、あれこれと気を使いすぎて疲れているのを見抜いていた。
もう少し、他人に嫌な仕事を押し付ける遣り方を学ばないと、過労死するぞと、メルトなりに心配していたのだ。
順調にペナン島に寄港し水や食糧を補給すると、本格的に探索航海が始まる。
「赤道付近まではカリン兄上が探索を終えてますし、このA島を拠点に北半球を探索する計画です」
ペナン島の宿屋の一室で、メルト艦長、レッサ艦長、カリン艦長、そしてバッカス外務大臣を集めて、ショウは最終確認を取る。
「A島は水は無いが、大丈夫なのか?」
カリンにショウはA島の大きさを確認して、大丈夫だと答える。食糧もだが水の確保は船乗りに取って最重要な問題なので、カリンの質問で他のメンバーは、ショウに何かプランがあるのだと悟る。
「バッカス外務大臣、少し話があるのです」
元々、探索航海の計画はレイテで立てていたので、ペナン島で確認しただけで解散になったが、ショウはバッカスと相談しておきたい事があった。
ペナン島までの航海だけで、バッカス外務大臣を持て余して辟易としているカリンは呼び止めたショウに呆れかえる。
「まぁ、お話って何でしょう?」
長身のバッカスが乙女のように手を胸の前で組んでもゾッとするだけだし、メルトやレッサはトットと逃げ出してしまう。
「ショウ、私も残ろうか?」
部屋に弟を変態と二人で残らすのは如何なものかとカリンは声を掛ける。
「いえ、兄上は補給がキチンと出来たか確認して下さい。少し、バッカス外務大臣と話し合っておきたいのです」
大丈夫か? と目で尋ねなおして、頷くのを確認してから、カリンは部屋の外に出た。
「バッカス外務大臣、そこにお座り下さい」
王太子になったショウは外務大臣のバッカスより地位は上になるが、外交も人生の経験も少ないのを自覚している。
バッカスは、傲慢なアスラン王も素敵だけど、お馬鹿じゃないショウ王太子も素敵だと胸がキュンとする。
「私は……甘いのかも知れませんが、征服者にはなりたく無いのです」
バッカスは、若い理想主義って、青い林檎みたいに甘酸っぱいと内心で笑う。
少しの沈黙が流れて、バッカス外務大臣はにっこりと微笑んだ。
「私はショウ王太子の部下ですから命令に従います」
ショウはやはり外交官なんて、碌でも無いなぁと溜め息をつく。
探索航海隊ではバッカス外務大臣は自分の部下だが、基本はアスラン王の家臣なのだ。
バッカスは、ショウが賢いから裏の意味をちゃんとわかたのに気づく。こればかりは理想論では済まされないのだ。
「くよくよ悩んでいても、意味は無いですよ。ヘッジ王国より早く見つけないと!」
「私もヘッジ王国より早く見つけたい。でも、無人島で無かったら? その人達との関係はどういった物になるのだろう? 友好的な人達だったら良いけど、戦闘的だったら、食糧の補給や水の確保もできるか不安だし……」
ショウは思わず自分の不安を口に出してハッとする。
「バッカス外務大臣、今の言葉は忘れて下さい。これから赤道越えですから、身体を休めておきましょう」
ショウはバッカス外務大臣と新しい島の住人との関係をどのようにしたら良いのか相談したかったが、自国の利益を最優先しなくてはいけない立場なのだと再認識する。
「自国の利益を追求する事が、残虐行為に走る事では無いのは明らかだよ。どの程度の人数や文化レベルかは不明だけど、文明人として行動したい。こちらの文化を押し付けるのでは無く……あ~、やっぱりわかんないやぁ」
ぶつぶつと呟きながら部屋中を歩き回り、長時間ショウは対応策を考える。コン、コン、と扉をノックする音がして、バッカス外務大臣が軽食とお茶を運んできた。
「そろそろ、頭の整理が出来ましたか?」
二人で軽食を食べながら、あらゆる仮定の文化レベルや国家レベルの対応策を練る。
「後は実際に発見してから考えましょう。ショウ王太子も探索航海が始まるのですから、身体を休めて下さい」
ここまではショウはバッカス外務大臣に感謝していたのだ。
「お風呂の用意をさせますから、お背中を流して……」
「結構です!」と怒鳴りつけると、ショウは部屋から出て行く。幼い頃から侍従に世話をやかれていたので裸も平気なショウだったが、バッカスに背中を流して貰う気にはならない。
下の階で夕食を食べていたバージョンやピップスを見つけて、一緒に食べたいなぁと思ったが、他の士官候補生達も一緒なので遠慮する。
「おい、此方で一緒に飲もう!」
カリンと飲んだら休まるどころじゃないとショウは断って、サンズの元に行く。
『サンズの山羊も載せたからね』
お腹いっぱいのサンズは満足そうに頷くと、ウトウトし始める。
ロジーナと見た星をショウは見上げて、この星とも当分お別れだなと呟く。ペナン島にはレイテに帰る船も多いので、ショウは皆に手紙を書いた。
探索航海はショウが考えていたより長丁場になる。
レイテでショウからの手紙を受け取ったララは、いつ帰って来られるのかはわからないが、留守中の明るい話題を選んでペナン島に書いて託した。
ロジーナも航海の無事を祈る言葉や、結婚式が待ち遠しいとかロマンチックな言葉を連ねた返事を書いた。
レティシィアのはレイテ一の芸妓だったとは思えない、真珠の養殖の話題が書かれていた。
遠方のミミやメリッサの手紙の返事がペナン島に着いても、ショウ達の探索航海は終わらなかった。
何度となくカドフェル号やパドマ号が交代で、ペナン島に補給物資を取りに行きながら探索航海は続けられた。
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