第25話 海水は塩辛いなぁ
バッカス外務大臣と遠征するのかと、ショウはトホホな気分になった。
「気分転換に、レティシィアの屋敷に行こう! ああ~、しまったぁ~」
先程ラシンドの屋敷で、許嫁が増えたから婚約指輪を買うために宝石商を呼ぶのかと誤解されたけど、実際に妻が増えていたのだ。
「え~と、レティシィアの誕生日は……確か3月、アクアマリンかぁ。『夜の女王』『人魚石』『海石』……幸せな結婚、賢明、コミュニケーション能力、母なる海。秘めた意味はレティシィアっぽいけど、夜の女王は深読みされたら困るから秘密だな。蝋燭の灯りで輝きを増すから、夜の女王だと書いてあるけど、レティシィアが過去を思い出す物は排除したいんだ。でも、幸せな結婚が本当になれば良いな」
いずれは自分の元を去っていくレティシィアだけど、ショウは幸せになって欲しいと願う。
おしゃまなマリリンが『宝石占い』の本で、何を夢見ているのだろうと笑いながら執務室のテーブルに置くと、ショウはレティシィアに遅くなったけど婚約指輪を贈ろうと思った。
レイテ一の芸妓だったレティシィアに、なけなしのお金で買ったアクアマリンは小さいかなぁとショウは溜め息が出そうになったが、宝物庫の見事な宝石を持ち出そうとは思わなかった。
召使いの案内で部屋に入ったショウを、出迎えもしませんでと謝りながらレティシィアは、書類をテーブルに置いて立ち上がる。
「レティシィア、何をしているんだい?」
久しぶりに屋敷を訪れたショウに、レティシィアは嬉しそうに微笑んだが、テーブルの上の書類が気になる。
「ショウ様、いらして下さったのね」
レティシィアが書類を纏めて棚にしまおうとするのを、ショウは取り上げて見る。
「真珠の母貝を集めるのに、苦労しているみたいだね。レイテは埋め立て埠頭の工事で、人足達が出払っているから」
レティシィアは、人手不足で思うように母貝が集まらないのと苦笑する。
「母貝かぁ、海に潜って見つけるだけでは、限界があるよね。確か、母貝も養殖できる筈だけど……」
母貝が養殖できたら集める手間が省けると、レティシィアはパッと顔を明るくする。
「母貝に核を埋め込むのを、海辺の村の女の人に教え始めたのに、母貝が手に入らなくて困っていたの。人手不足もあるけど、屋敷の周りは取り尽くしたのかもと悩んでいたのよ」
遅くなった婚約指輪を渡しに来たのに、ロマンチックの欠片も無い、母貝の養殖方法を考える羽目になったショウは、真剣に前世の記憶を思い出す。
「貝は産卵して、増えるんだ。だから、その卵を杉の枝に付けて養殖するんだよ。え~と、産卵時期はいつだったかなぁ」
ショウは、確か牡蠣をRの付く月しか食べてはいけないのは、産卵時期と関係あったと考える。同じ貝類なら、産卵時期も一緒かなぁと首を傾げる。
「春から夏が産卵時期だと思うんだ。こんな風に杉枝を筏から吊して、海水に浮遊する卵をくっつけて、稚貝を集めるんだよ。その稚貝を籠にいれて、海に吊して母貝に養殖するんだ。でも、もっと効率的な方法もある筈なんだ。海洋生物に詳しい本を探させるよ」
うろ覚えの稚貝の集め方をざっくりとスケッチして、レティシィアに渡したが、確か貝は牝と牡があり受精卵を養殖する方法もあった筈なんだけどと、ショウは真剣に研究機関としての大学が必要だと考える。
「ショウ様、何を考えていらっしゃるの?」
母貝の養殖方法の簡単なスケッチを見ていたレティシィアは、人の気持ちに敏感でショウが考えて込んでいるのを見抜いた。
「当分は、この稚貝を集めて養殖する方法で遣ってみて。もっと確実な方法がある筈なんだけど、研究機関が必要だと思ったんだ。大学を早く創立しなきゃいけないな」
二人で大学の必要性を語り合う。
「ショウ様は女性も大学に入学されるのを許可されますか?」
レティシィアは第一夫人を目指している女性が、キチンと経済を学べたら良いと目を輝かせる。
「勿論! でも、頭の固い父親がネックだよなぁ……」
確かに東南諸島で、女の子を結婚前に外に出す風習は上流階級にはなかった。
「若くないと、大学へ通う意味は無いのかしら? 直ぐに東南諸島の風習を変えるのは無理だけど、一旦結婚すれば結構自由に選択肢があるわ。それに持参金が離婚すれば手に入るから、数年は大学へ通う資金になるし」
男のショウとしては、妻から離婚を申し出られたり、増やした持参金を大学資金にされるのはトホホの状態だなぁと苦笑する。
「私なら、妻が大学に通っても良いと思うけど……後宮の規則って厳しいから、そこを何とかしなくちゃいけないなぁ」
何人もの妻との生活を考えるだけで、グッタリするショウだったが、レティシィアも離宮に住まなければいけないんだなぁと困惑する。
レティシアが凄く真珠の養殖に頑張っているのに、離宮に住んでいたら中途半端で終わってしまわないか悩む。
レティシィアは、ショウが何を考えているのか察した。
「ショウ様、私は……」
父上やミヤには叱られても良いさと、ショウは割り切って、自分のしたい用にしようとレティシィアの言葉をキスして塞ぐ。
「離宮には真珠の養殖が順調になったら、移って貰えるかな? あっ、勿論直ぐに離宮に住みたいなら……」
レティシィアの綺麗な瞳に涙が浮かんだのを見て、あれ? 外したかなと慌てて言い換えかけたのを、濃厚なキスで遮られて、そのまま屋敷に泊まる。
月の明かりに照らされたテラスで、ショウは今更感満載だなぁと思いながらアクアマリンの指輪をレティシィアの指にはめる。
『海石』と唱えると、月光の下でもアクアマリンが輝きを増したのにレティシィアは驚いた。
「御免ね、アクアマリンは東南諸島では人気で、あまり大きい石は買えなかったんだ。名前通り、海の石だから……」
レティシィアは、これまで何個も見事な宝石をプレゼントされたが、これほどときめいたことは無いと抱きついた。
翌朝、浜辺を散歩しながら、海水を真水に変える真名はないかな? とショウは考える。レティシィアは心此処にあらずのショウの腕を抓る。
「痛い! あっ、御免、考え事をしていたんだ。まぁ、遣ってみよう」
ショウはズバズバと海に入り、竜心石を手に持つと活性化させて、『蒼』よ『涌』と念じた。
ザバーン!!
海面が盛り上がったと思うと、頭の上からドバーンと落ちてくる。水の重量に押しつぶされて、海に倒れ込んだショウは思いっきり海水を飲む。
「ショウ様、大丈夫ですか?」
レティシィアは、服が濡れるのも構わず、海の中で咳き込むショウの元に駆け寄って腕を取って立ち上がらそうとする。
「大丈夫だけど、実験は失敗かな? 海で『涌』の真名は危険だな……ゴホン、ゴホン! しょっぱい~!」
間抜けなのか、凄い人なのか、レティシィアはわからず噴き出してしまう。
「ショウ様といると、退屈とは無縁だわ」
頭から海水を垂らして、酷いなぁと抱き寄せようとするショウから、ふざけて逃げながらレティシィアは幸せだと感じた。
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