第24話 治療の宝石

 ショウは、父上にロジーナやレティシィアもララと同等に扱えと言われて、深い溜め息をついた。悪い癖で、厄介な問題から逃げる為に、宝物庫に向かう。


 宝物庫の番人は、ショウにどれでも持ち出して構いませんと中に入れてくれたが、何十段もの宝石の棚を見ただけでショウはお手上げだと外に出た。


「こんなに色んな種類を試していたら、疲れちゃうよ。この前の宝石商は、石の魔力とか詳しかったよね~」


 ショウは母上に成人の挨拶をしがてら、ラシンドの屋敷に宝石商を呼んで貰おうとサンズに飛び乗る。


「母上に、後宮での注意もして貰いたいけど……悲しい過去を思い出させるかなぁ。それに、ラシンドさんがいるのに聞けないなぁ」


 今は毎晩ララと過ごしているが、三ヶ月後にはロジーナが嫁いでくるし、本当はレティシィアを離宮に住まわせなければいけないのだ。


 ショウは遠征の出航準備はドーソン軍務大臣に任せて、治療に役立つ宝石、真水を得る方法、後は留守中の雑事を済ませる事にする。最後の留守中の雑事がショウには一番の難問で、商船隊を組む事や、妻達や許嫁のフォローなど、第一夫人がいれば楽ができるのにと溜め息をつく。 



「母上、成人式を無事に済ませました」


 キチンと挨拶をするショウに、ルビィは目を潤ませる。


「ミヤ様に、感謝しなくてはいけませんよ」


 立派に育ててくれたミヤには、ショウも感謝している。


「勿論です、でも、母上から健康な身体を頂いたことも、感謝していますよ」


 赤ん坊のショウを後宮に置いて、ラシンドの元に嫁いだのをルビィは後悔はしていない。アスラン王が不在の後宮でショウを産み、権高な夫人達の冷たい視線に曝されながら、暮らすのは限界だった。


 ラシンドと再婚して、ルビィは幸せな生活を手に入れたが、ショウには可哀想な事をしたと、後ろめたい気持ちを抱いていた。しかし、立派に成人した明るく真っ直ぐな視線を受け止めて、ルビィはこれからはマルシェとマリリンを育てあげる事や、ラシンドに添い遂げる事を考えようと微笑む。


 ラシンドは、ショウが何か用事があって屋敷に訪ねて来たのではと考える。新しい島の探索遠征は秘密にされていたが、数隻の軍艦に続々と食料品や水が積み込まれているので、何か作戦が実行されるのだろうと、目聡いラシンドや商人達は気づいた。ショウが、この作戦を指揮するのではという噂もレイテには流れていたのだ。


「ショウ王太子、何かご用があるのでは?」


 忙しい王太子が、母親に成人の挨拶の為にのみ訪れたとは、ラシンドは考えなかった。


「一応は成人の挨拶をしておこうかなと思ったのですよ。ただ、この前の宝石商を呼んで頂けると……」


「他に許嫁が増えたのですか?」


 ショウが何処まで自分の魔力について説明しようか言葉を濁したのを、ラシンドやルビィは誤解する。


「いいえ、違います! あのう、これから言うことは、秘密にして貰えますか? 宝石には、魔力が秘められています。それで、治療に役立つ宝石を見つけられたら、良いかなぁと思ったのです」


 ラシンドとルビィは、婚約指輪を何らかの方法で輝かせたのを思い出した。


「輝かせるだけでなく、本当に魔力を宝石から取り出せるのですか?」 


 ショウはそれを試してみたいと、ラシンドに説明する。


「父上に、宝物庫にはあらゆる宝石があると、使用許可を頂きましたが、非効率なんです。この前の宝石商は、魔力や昔の名前を知ってましたから、真名も調べやすいし……」


 真名? と疑問を顔にするラシンドに、ショウは魔法王国シンで使われていた文字ですと、ザックリした説明をする。


「ちょっと待って下さい。ショウ王太子は、宝石の真名をとやらで、治療ができると仰っているのですか? それが本当なら、その宝石は莫大な価値がつきます。宝石商に知られると、高騰してしまいます」


 ラシンドは商人だけあって、宝石商の動きを心配した。


「あっ、そうですねぇ……でも、竜心石よりは安いから、治療師も手に入れ易いかなぁと思ったのですが……ああっ! 父上が宝物庫で試せと言われたのは、それを見込んでかも」


 遠征に出航前に済ませようと考えたのが無理だったのかなぁと、ショウは溜め息をつく。ラシンドは、ショウの能力の高さを評価したが、まだまだ学ぶべき事があると苦笑する。


「宝物商を呼ばなくても、宝石の魔力や古い名前を調べれば済むことです。誕生石の魔力はロマンチックだと女の人達はよく話してましたが、本当に魔力があるとは信じていませんでした。何かこのような事が書かれた本があると思いますよ」


 ルビィは、そう言えばマリリンがそんな本を持っていたと、侍女を呼び寄せて持って来させる。可愛い表装の『宝石占い』という乙女チックな本を、ラシンドは疑い深そうに眺める。


「ルビィ、それは余りにお粗末だよ。女子供のたわいない占い本だなんて」


 ショウはペラペラとページを捲り、どちらかというと恋占いが重点的に書かれていると苦笑する。


「これをお借りします。健康に良いと書かれている宝石も有りますし、昔の呼び方もわかりますから」


 そんな子供騙しの本で良いのですか? とラシンドは心配したが、ショウはイルバニア王国のユーリ王妃がキャベツ畑で赤ちゃんを拾ってくるという御伽噺から、子授けの魔法を思いついたと笑う。


「案外、民間伝承に、魔法王国シンの魔法の技が伝わったのかもしれませんね。この宝石の昔の名前も役にたちますよ」


 マリリンに後で返しますと、ショウは屋敷を後にした。



「あっ、オパールにアンバーやトパーズが健康に良いと書いてあるね。アンバーの古い呼び名は『琥珀』、トパーズは『黄玉』かぁ」


 ショウはレイテの宝石店で、安価なオパールやアンバーやトパーズを数個買って帰る。


 王宮の治療師が詰めている医務室を訪ねて、実験に協力して貰えるか頼む。


「え~っと、怪我人とか居ないかなぁ」


 人体実験になるのかなぁとショウは躊躇したが、やってみなきゃねと、武官が稽古中に怪我をして血をハンカチで押さえて医務室に来たのを引き受ける。


「ショウ王太子がなさる必要は無いですよ」


 軽傷だし緊急性も無いと、治療師は戸惑った。


「少し、実験をしたいんだけど、良いかなぁ」


 訓練中にうっかり転んで、石で頭を切った武官は、血を押さえながら頷く。


「『宝』でオパールを活性化して、『癒』で治療する」


 ショウがオパールを握ったと思うと輝きだし、『癒』と唱えて治療していくのを治療師は驚いて眺める。


「水で濡らした布をくれる?」


 治療師は布を渡すと、ショウは頭の血を拭き取る。石で切れた傷は、何処にも見当たらない。


「うん、治っているね、痛くない?」


 武官は頭を振って痛くないと喜ぶと、ショウに深々とお辞儀をして、お礼を言うと医務室を出て行く。


 治療師は普通の治療なら血止めする程度なのに、跡形もなく傷が無くなっているのに唖然とする。 


「どのような治療をなさったのですか?」


 王宮の医務室に詰める治療師なので、自分の治療の技に自信を持っていたが、これほど短時間で跡形も無く治せない。


「少し、実験しているんだ。ハッキリとわかったら、治療長に伝えるよ。アンバーやトパーズも試したいから、誰か来ないかなぁ」


 治療師は医務室は暇なのが良いのですよと、ショウを咎めたが、今日の武術訓練は荒っぽいみたいで、次々と武官が怪我をして来る。


「え~と、アンバーは『琥珀』だよね」


 ショウはカチッと心で音がした気持ちがしたと思った途端、手に持ったアンバーが輝きを増した。武官に協力を承諾して貰い、手の傷を治す。


 足を捻挫した武官をトパーズ『黄玉』で治すと、ショウはマリリンの『宝石占い』を読み直して、他に健康を司る宝石が無いかチェックする。


 生憎、恋愛とか、精神的安定、安産、結婚とかがメインだ。


 治療師はショウが宝石を使って治療しているのだと察して目を見張ったが、手に持っている本は頂けないと思う。


 ショウは、宝石を使って治療できることは証明できたと本を閉じる。後は、宝石を使った治療で魔力を消耗し過ぎないか試さなければいけないのだが、それは治療長に任せようと考えた。


 ショウは全部自分で背負うのは無理だと、医務室の治療師に後で長から聞いてと質問をするのを制して出て行く。


 しかし、ショウは治療長に実践してみせたり、真名という物から説明したりと時間をかなり取られた。治療長は治療の技に優れているぐらいだから、魔力も強く、慣れない真名の文字を思い浮かべるのに苦労はしたが、『宝』『琥珀』『黄玉』『癒』の書いてある紙を見ながらなら、使えるようになった。


「ショウ王太子、これを治療師が使えるようになれば、今まで助けられなかった重傷の患者も治せます」


 実験と言うと言葉が悪いが、基本的に王宮は健康な人間が多いので、レイテの慈善医療施設で何人かに治療する。


「治療長、疲れませんか? 真名を使うと、私は発熱したり、猛烈な空腹に襲われるのです」


 治療長はそう言えば普通の治療をするより、疲れたかもしれないと、自分がオーバーペース気味だと頷く。


「今回は怪我も病気も軽いから、本来は真名を使う必要が無いのかもしれませんな。しかし、普段から練習しておかないと、いざという時に自分の限界がわからないと危険です。この宝石と『癒』の真名を使う治療方法は、慎重に扱わなくてはいけません」


 二人でアスラン王の執務室に、治療に使える宝石の報告をしようと向かう。



 丁度、ドーソン軍務大臣が遠征隊の件を話し合っていたので、治療長は同行する治療師について話し合う。ショウは治療の宝石の件も、治療長から報告して貰えば良いかなと、執務室から下がろうとした。


「おい、何処へ行くのだ」


 自分に面倒くさい後方支援を押し付けて、ララといちゃつくのかと、父上に当て擦られ、ショウは仕方なくドーソン軍務大臣と治療長の話し合いが終わるのを待つ。


 二人が各艦に一名の治療師と二名の治療助手で決着したのを聞いて、ショウはそれで足りるかなと首を捻る。


「何だか文句がありそうだな」


 アスランは、ショウにハッキリ言えと命じる。


「海賊討伐に向かう軍艦でも無いのだから、十分といえばその通りなのですが……父上、ルートス国王が遠征隊を派遣したのは、何か物証があったのでは?」


 ヘッジ王国のパフューム大使から、どうやら小船の残骸が漂着して、其処には未知の文字を記した物があったらしいと報告がレイテに着いたばかりだ。


「お前の心配通り、無人島では無さそうだぞ」


 ショウは住民が居るなら、色々と厄介な問題が発生すると溜め息をつく。


「無人島で無いのなら、風土病の感染の可能性もあります。治療師の増員が必要です」


 その住民とどのような関係を築き上げるのかは後で考えるとしても、風土病や流行病を自国に持ち込む危険性をおかしてはならない。ショウの発言で、治療長も難しい顔をする。


「お互いの病気を、感染させ合わないようにしませんと。我が国には、交易であらゆる国の病気を船乗りが運んで来ます。長年の経験で、流行病の発生した船を海上隔離したり、治療の為の隔離島もありますが、ヘッジ王国はどうなのでしょう? 迂闊な事をすればヘッジ王国だけでなく、北の大陸、いえ世界中に新しい流行病を撒き散らす結果になるかもしれません」


 ショウは前世の新大陸発見の際の原住民が旧大陸からの麻疹や天然痘で全滅の危機に瀕した事や、梅毒が全世界に広がった事を思い出す。


「いくらルートス国王が欲に駆られていても、流行病を自国に持ち込ませはしないだろう。ただ、相手の方には無頓着かも知れないがな」


 治療長は各艦にニ名の治療師と四名の治療助手を派遣すると訂正し、ドーソン軍務大臣も自国に流行病を持ち込まないように、艦長に厳命すると部屋を辞した。



 アスランは軍務大臣が執務室から下がったので、ショウに治療に使える宝石は見つかったのかと尋ねる。


「ええ、この本でオパールとアンバーとトパーズが、健康に関する魔力を秘めていると書いてありましたから、治療長と実験してみました」


 長衣のポケットから取り出した『宝石占い』という女子供が読みそうな可愛い本を見て、アスランと治療長はくらくらする。


「もっと真っ当な本で調べれば良いのに……お前はやはりヘッポコだ」


 その上、如何にも安物のオパールやアンバーやトパーズをポケットからジャラジャラと取り出すのを見て、アスランは此奴が自分の息子なのかと溜め息をつく。


「父上、治療の魔力があると知られると、オパールやアンバーやトパーズの値段が急騰するのでは無いでしょうか? あっ、この本によると魔力を高める宝石もありますね……」


 治療長もショウの言うのはもっともだし、急騰する前に確保しておきたいとは思ったが、そのファンシーな本を根拠に上げるのは止めて欲しいとガックリとする。


 アスランは、ショウが宝石の急騰まで気づいたとは思わなかったし、何処でその可愛い本を手に入れたのか察して睨みつける。


「ショウ、お前という奴は……」

 

 ラシンドに話したのがバレたと、ショウは殴られるのを覚悟する。



「アスラン王~、只今レイテに到着致しました」


 流石のバッカスも自国の王宮なので、白い長衣をきちんと着こなしている。


「あら、ショウ王太子! ご立派に成人なされて、バッカスも嬉しく思いますわ」


 長身のバッカス外務大臣がショウをハグしているのを見て、アスランは叱りつけるどころでは無くなり、侍従にフラナガン宰相を呼んで来い! と怒鳴る。 


 普段なら、武術に自信があるアスランは、無礼者を簡単に息子から引き離すのだが、バッカスには触りたく無い。ギュッとハグされていたショウは、バッカス外務大臣にもう良いでしょうと怒る。


「父上が引き離しに来られるのを待っても、無駄ですよ」


「あら、残念ね~。でもショウ王太子は抱き心地が良いわ」


「こら! 此奴には後継者を作る義務があるのだ。変な道を勧めるな」


 怒鳴りつけても、もっと叱って! と嬉しそうなバッカスに業を煮やして、アスランはフラナガン宰相を呼んでこようとしたが、本人が戸口に現れた。


「バッカス外務大臣! 今すぐショウ王太子を離しなさい」


 尊敬するフラナガン宰相に叱られて、渋々バッカスは手を緩める。やっと腕の中から脱出できたショウは、フラナガン宰相に本当に外務大臣がバッカスで良いのですかと、恨みの籠もった視線を投げつける。


 フラナガン宰相も、これほど無茶苦茶だとは考えておらず、トホホな気持ちになったが、微笑んで帰国を祝する。何処までも厚顔なフラナガン宰相に、アスランは腹を立てて、ラシンドに相談した事など些末な事に感じる。


「バッカス! ショウの遠征隊にお前も参加しろ」


 当分帰って来るな! と言わんばかりの吐いて捨てるような命令を、バッカスはキチンと跪いて拝命する。


「私がショウ王太子を、我が身に代えてもお守りします」


 言葉だけを聞けば、忠臣が王太子を守るという普通の返答なのに、全員がゾクッとした。


「父上~」


 フラナガン宰相が気持ちを変えないのなら、父上にバッカス外務大臣を罷免して貰おうとショウは懇願しかけたが、サッサと部屋から出て行けと追いはらわれた。

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