第18話 ショウの成人式

 ショウの成人式の朝、白亜の王宮には綺麗に磨きあげられた大広間に芳しい花が飾り付けられたり、宴会の準備で慌ただしい雰囲気が満ちていた。しかし、主役はすやすやと眠っている。


「ショウ王子、そろそろ起きて下さい。身を清めて、成人式の礼装に着替えなくてはいけません」


 側仕えの三人は、本来はこのようなショウの身の回りの世話はしないのだが、今日はショウの成人式なので、侍従だけに任せられないと張り切っている。


 昨夜は夜遅くまで兄上達と宴会をしていたので、少し寝坊したショウは、うう~んと大きく伸びをしてベッドから降りた。側仕えに給仕されて簡単に朝食を取ると、浴室には侍従が風呂を用意して待っていた。


「15歳で、成人式なんだよなぁ」


 ショウは前世では20歳で成人式だったなぁと考えていたが、ふと自分が死んだ年になったのだと気づく。


「縁起でもない」


 ショウは頭を振って、前世とはかけ離れた人生を送っているのだから関係ないと、馬鹿げた考えを追い払う。


 自分で洗えると抗議したが、侍従達に今日は特別な日ですからと、足の先から髪の毛まで念入りに洗われた。


「この香りは竜湶香だね」


 湯浴みが済むと、側仕え達は白い布の上にショウを立たせて、王太子の礼服を着させ始める。


 王太子の礼服も基本は白だ。しかし、王子の時の裳裾より長かったし、襟や袖には豪華な刺繍がほどこされていた。


 それに、なにより高価な竜湶香が焚きしめられていた。ショウは、ミヤが高い竜湶香を惜しげもなく使ったなぁと驚いてしまう。 


「おめでとうございます」


 ミヤのことを考えていたら、本人が現れて、礼服の着付けのチェックをする。


「この帯の結び方でも間違えではありませんが、よく見ておきなさい。こうした方が、格調高く見えるのです」


 ショウは帯を結びなおしている小柄なミヤを見下ろして、こうして世話をやいて貰えるのも、お終いだなぁと感じる。


「ほら、この方がキチンとして見えますわ。王太子なのだから、礼装も気品をもって着こなさなくては……ショウ……王太子として、アスラン王を支えるのですよ」


 ミヤは気丈に振る舞おうと決めていたが、赤ちゃんの時から育てたショウが、大人として自分の手から飛びたっていくのだと思うと、涙を抑えるのに苦労する。


「ミヤ、育ててくれてありがとう」


 かろうじて涙を我慢していたミヤは、ショウの感謝の言葉で限界を超えた。


「ショウ、ミヤを泣かせるな」


 ミヤに礼服を無理強いされたアスランが現れて、泣いているのを抱き寄せる。ショウは接待や話し合いをすっぽかした父上に、山ほど文句があったが、この格好の良さを目の前にすると、かなわないなぁと溜め息をつくしかない。



 ショウは、兄上達の成人式には何回か参列したが、自分の成人式は緊張するものだなぁと、大きく息を吐いて会場へ向かう。


 王宮の大広間には、外国からの招待客や、国内の王族、重臣、大商人達に混じって、今までは衝立の影から見ていた許嫁達がキチンと指定された場所についていた。


 ショウは王座で待つアスラン王の元までゆっくりと歩んでいく。両サイドの下の席辺りに、ピップスやカインズ船長の顔がチラリと見えたが、真っ直ぐに顔を上げて王座まで歩いた。


「ショウ様、素敵だわ。凛々しくなられて……」


 普段は参列しない許嫁達が、成人式へ招待されたのは、外国の招待客が夫人を同伴していたからと、東南諸島にも新しい風が吹いている証だった。


 ショウは参列者への挨拶は、成人式の後の宴会でするようにと、ミヤに注意されていた。


 カインズ船長やピップス、ラシンド、ワンダー、シーガル、レッサ艦長などが目に入ったが、真っ直ぐに顔を上げて歩いていく。


 そんなショウの姿を、次代の王に相応しいと重臣達は眺める。


 王座への距離が縮まるにつれて、王族や各国の招待客から、いつもの穏やかなショウの顔が緊張すると、アスラン王にそっくりだとの溜め息が漏れた。


 王座の前で跪いたショウを、アスラン王はもうチビ助とは呼べないなと、内心で苦笑する。


「ショウ・シェリフ・シャザーン・ファミーリニア。本日をもって、そなたを東南諸島連合王国の王太子とする。海の女神と風の神の加護を願う」


 簡単な宣言だが、アスラン王の言葉は大広間中に染み渡った。


 ショウは、その宣言を聞き、本当に王太子になったのだと実感する。


 ショウは決められた承諾の言葉を言う前に、跪いたままで父上の顔を見上げる。サッサと返事をしろと普段通りの傲慢な顔つきを見て、ショウは絶対自分への嫌がらせだと確信したが、此処まで来て愚図っても仕方がない。


「私、ショウ・シェリフ・シャザーン・ファミーリニアは王太子として、東南諸島連合王国に尽くします」


 凛としたショウ王太子の声に、参列者から感嘆のざわめきがあがる。


 父上の隣に立ち、参列者からのお祝いの声を聞いた。


「ショウ王太子、おめでとう!」


 一番上座の兄上達から、祝福の言葉が掛けられると、招待客に囲まれた。流石に東南諸島の王宮で、王族の裳裾を踏む無礼者はいないが、昔は侍従が裾を持って歩いていたのだ。

外国の招待客がウッカリと踏んでしまわないように、ショウは気をつけて立ち振る舞う。


 スチュワート皇太子夫妻や、フィリップ皇太子夫妻、アレクセイ皇太子とミーシャ、そして目がうるうるしているゼリア王女、沢山の参列者が次々にお祝いの言葉を述べる。


 ショウの許嫁達も伯父上達と共にお祝いを言ってくれたが、ショウはこの場にミヤと母上とレティシィアが不在なのを寂しく思った。


 ミヤは昔気質で第一夫人として王家の規則に従いたいと、衝立の後ろから見ているときかなかったのだ。


「そんなぁ、許嫁達も参列するのに……」


 ショウは、絶対にミヤに参列して欲しいと愚図ったが、父上にミヤは人前で泣くのが嫌なのだと諭された。


 母上もラシンドと共に招待したのだが、丁重な手紙で出席を辞退された。赤ちゃんのショウを後宮に置いて、ラシンドとの再婚を選んだのだから、今更晴れがましい席に出ていくつもりはないと婉曲な表現で書かれていた。


「レティシィア、君まで……」


 他の許嫁達が参列するのにとショウは何度も説得したが、綺麗な微笑みを浮かべたままレティシィアはきっぱりと拒否するのだった。


「ララ姫、ロジーナ姫、メリッサ姫、ミミ姫と同じような顔をして、参列する厚顔ではありませんの。ミヤ様と衝立の後ろから、ゆっくりとショウ様の晴れの姿を拝見しますわ」


 ショウはミヤとレティシィアがいるであろう衝立に向かって、手を振った。アスランはミヤの意地っ張りには閉口するなぁと思ったが、招待客に子供っぽいところを見せるなと小声で注意する。


「外国の招待客は意味が理解できない者もいるが、重臣達は衝立の後ろにミヤがいるのを知っているぞ。お前も今日から大人なのだから、人の第一夫人に気楽に接してはいけない」


 ショウはミヤから独立したのだと、父上の言葉で心の底から理解した。


「父上は、前からミヤが私を可愛がるのに嫉妬されていたのか?」


 次々と挨拶を交わしながら、ショウはミヤからは独立したけど、ララのお祖母様だから偶には会えると、父上の傲慢に勝ち誇った顔に内心で反論した。


 末席近くのカインズ船長やピップスがショウの前まで挨拶に来る頃には、外国の招待客や王族や重臣達は宴会場へと場所を移動していた。カインズ船長やピップスにとっても、アスラン王が外国の招待客に捕まって宴会場へと向かったのは好都合だ。


「ショウ王太子、成人おめでとうございます」


 ピップスは海軍の士官候補生の礼服で、ピシッと挨拶したが、カインズ船長は怖いアスラン王が居ないので気取った話し方をしない。


「ショウ王太子とは、チビスケが偉くなったもんだなぁ。まぁ、背も伸びてチビスケとは呼べないけどな、これからも頑張れ」


 カインズ船長はダリア号の乗組員達も会いたがっていると笑って伝えた。


「私もダリア号で航海したいよ。そうだ、ちょっと相談したい事もあるから、宴会の後で話し合おう」


 カインズ船長はお酒に強いから、宴会の後でも商船隊を組む計画を相談できるだろうと考えていた。


 しかし、主役のショウは酒をついで回るだけではなく、勧められもしたので、気をつけてセーブしていたものの酔ってしまった。


「おい大丈夫か? 少し風に当たってきた方が良い」


 兄上達に接待を任せて、冷たい水を何杯か飲み、中庭で風に当たっていると、頬の火照りも収まってきた。


「なんだ、主役が宴会を抜け出して」


 アスランも宴会が苦手なので、早々に逃げ出す算段で中庭に来たくせにショウに意見する。ショウはカチンときて言い返そうとしたが、丁度良いところにジャリース公が目に入った。


「ああ、ジャリース公、父上がお話があるそうです。私は宴会場に帰らなくては、失礼します」


 ジャリース公はアスラン王から目を離さず、中庭に追いかけて来たが、ショウ王太子と話してるので、離れた場所でウットリと眺めていたのだ。


 ジャリース公は、好みの顔の親子だと眼福にうっとりする。アスラン王は、本当に私の理想の顔で、ショウ王太子も、少し甘くした顔がキュートだと胸がキュンとする。


「まぁ、アスラン王がお話ですか? 何でしょう」


「おい、ショウ!」


 アスランは、王太子にしてやったのに、恩を仇で返すとは! と内心で毒づいていたが、マルタ公国には言いたいことが山ほどあったと思い直した。


 成人式の夜、ジャリース公の想像とは全く違うアスラン王との話し合いになった。 

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