第17話 成人式の前夜

 流石に、式の前にはアスランも王宮に帰ってきた。


「ミヤ、ただいま」


 呑気そうにお茶を所望したアスランに、ミヤはクッションを投げつける。


「貴方って方は! ショウの成人式は、王太子になるのも兼ねているのですよ。諸外国から王族も招待しているのに……」


 怒りのあまり、ミヤは黙りこくる。


「少し気になることがあって、ヘッジ王国へ行って来たんだ。機嫌をなおせよ、遊んでたんじゃないからな」


 ミヤもヘッジ王国のルータス王が山羊を簡単に売ってくれたと、ショウが不審がっていたのを聞いていた。


「それで何かわかったのですか?」


 カンカンに怒っていたミヤが口をきいたので、アスランは疲れたからお茶が飲みたいとねだる。


「疲れたと言われても、こちらの話し合いや、接待を、フラナガン宰相とショウに丸投げだったじゃないですか」


 小言を言いながらも、ミヤはアスランがわざわざヘッジ王国まで行くような事態が発生しているのかと、心配してお茶をいれる。


「やはり、ミヤのいれてくれたお茶は美味しいなぁ。何故だろう? 茶葉は他の夫人も高級なのを使っている筈なのになぁ」


 本当に美味しそうに、アスランはお茶を飲む。


 それを眺めながら、ミヤはアスランの第一夫人になって、何年経つのかしらと感慨にふける。


「あの小さかったショウが、成人式だなんて信じられないわ。それに、明後日の夜にはララと結婚するのだわ。アスラン様の王子と私の孫が結婚するのね……」


 ミヤはヘッジ王国の問題を質問するのを止めて、長旅で疲れているアスランにお菓子とお茶をサービスした。ショウがララと新婚旅行に逃げ出すつもりだとミヤは察していたので、少し機嫌を取っておいたのだ。



 その頃、ショウの新しい住まいになる離宮には、王子達が勢揃いしていた。宴会は苦手なショウだったが、自分の成人式に招待した王族達の接待や、警備をしてくれた兄上達を、労いたかったのだ。


 サリームは、微かにこの離宮を覚えていた。


「かなり感じは変わっているが、あの噴水は覚えているなぁ」


 ショウは父上が王位に就いてから産まれたので、この離宮に住んだことがなかった。


「私もあの噴水は覚えているが、住んでいた幼い時の記憶なのか、後から冒険に来た時の思い出なのかわからないな」


 カリンも竜の口から水が噴き出す噴水に見覚えがあった。


「私は記憶にないな、まだ赤ん坊の時だったから」


 ハッサンの言葉に昔は可愛かったのに、その腹は何だ! とカリンは内心で突っ込む。


 王子達も大人になり、お互いの立場を尊重するようになってきたので、前のような喧嘩にはならない。しかし、ショウは少し寂しい気持ちがした。


 これが大人になるということなのかな? と、ショウは兄弟でも言いたい事を、ストレートにぶつけたりしなくなったのを分析する。兄達には新しい家族があるし、他の王子と喧嘩している暇なんか無いのだ。


 ショウだって喧嘩は嫌だが、兄弟は他人の始まりという言葉を思い出して首を横に振った。


「ショウ、アレクセイ皇太子は、商人達から投資金を引き出すのに成功したぞ」


 サリームにアレクセイ皇太子の接待と、造船所の建設の件の面倒までみてもらったお礼をショウは言う。


「ああ、その造船所の件では、スチュワート皇太子がカザリア王国にも建設して欲しいと話していたぞ」


 ラジックの言葉に、ショウは肩を竦めた。バルバロッサの討伐でカザリア王国の北西部を訪れたカリンは、サラム王国があるからローラン王国に造船所を建設するのだと苦笑する。


「カザリア王国にも堅い目の詰まった木材はあるのですが、実はチェンナイに造船所を建設しようかと考えているのです」


 ハッサンとラジックは目を輝かして、ショウの話に飛びついた。


「もしかして、軍艦をチェンナイで造船するのか?」


 ハッサンは、商売の話には反応が早い。


「そうか、ローラン王国で軍艦を造船するのは拙いからな! チェンナイは、レイテより木材の運搬が楽だろう」


 軍艦ラブのカリンも目を輝かせる。レイテまで良い木材を、ローラン王国や、ヘッジ王国から運んでくるので、軍艦を造るコストは跳ね上がってしまうのだ。仲の良くないカリンとハッサンだが、お互いの目的の為に手を握ろうと考えた。


 サリームとナッシュは、相変わらずショウは他の王子達の扱いが上手いと話す。


「仲の悪い二人で、新規事業をさせるのですかねぇ」


 ナッシュはカリン派だと見られて、ハッサンにかなり嫌味を言われたのて、二人が上手くいくのかなと首を傾げる。


「ラジックがクッション役になるだろうし、カリンは軍艦、ハッサンはチェンナイの発展と、目的が合致しているから大丈夫だろう。それにしても、ショウは次々と新規事業を考えて、上手いこと私達に割り振るなぁ。まぁ、父上の後継者として、ショウが相応しかったという証明だな」


 サリームは、第一王子として産まれた誇りや義務感を常に感じながら成長した。ショウが王太子になると知った時は、やはり! と思いながらも、少し気落ちしたのも確かだ。


 しかし、こうして兄弟で仲良く酒を飲み交わしているのも、ショウが王太子に選ばれたからだとサリームは考えた。


 サリームは、もし自分が王太子に選ばれたら、カリンは反発しただろうし、ハッサンは、露骨に馬鹿にした態度をとっただろうと想像して肩を竦める。自分には兄弟にショウのような相応しい事業や仕事を割り振れないと自己分析する。


 真面目な事を考えていたサリームだったが、他の王子達からショウがレティシィアの件でからかわれているのに参戦する。


「本当なら、今夜はショウを娼館に連れて行くのだが、必要無さそうだな」


 ショウは真っ赤になって、勘弁して下さいと、全員にお酒をついでまわる。


「あっ……」


 サリームはアレクセイ皇太子にミーシャの件で頼み事をされていたのを思い出したが、ララとの結婚をからかわれているショウを眺めて、伝えないことにした。


 縁があれば結ばれるし、無ければ仕方ない話だ。ショウは、これから国内の有力者からも娘達を押し付けられるだろうと、サリームは考えたのだ。


 それに少し垣間見ただけだが、おとなしそうなミーシャが王太子の後宮でやっていけるかわからなかった。


 賑やかな王子達の宴会は、夜遅くまで続いた。

 

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