第16話 ミミとレティシィア

 ミミは、どの角度から見てもレティシィアは完璧なプロポーションだと悔しく思う。


 ミミは、どうやったら常に優雅な物腰をキープできるのか、レティシアを観察する。メリッサもプロポーション抜群だけど、レティシィアはそれに加えて優雅な立ち振る舞いが際立っている。舞踊を極めているからかもしれないと、ミミは思いついた。


 ショウに頼まれて、成人式に参列しにレイテを訪れた王族が同伴した妃の接待をすることは、許嫁として認められた気がして嬉しかったが、レティシィアの指示に従うのは複雑だった。


「レティシアは、ずるい! 男の人を虜にする美貌と色っぽさを持っているのに、頭もいいだなんて! それに、ショウ様とは……」


 ミミは、レティシィアにショウを取られてしまうのではと、気が気じゃない。しかし、ミミはレティシィアの指示が的確だと認めざるをえないので、従うしかなかった。


 ゴルチェ大陸の王族の妃達は一夫多妻制が多いので、中には数人伴って滞在している場合もあったが、レティシィアは一目で一緒に案内しても良い関係なのか、別にした方が良いのか見抜いた。


 今日のサバナ王国の夫人は年も離れていたし、目線に小さなライバル意識を感じたレティシィアは機転をきかして、年上の夫人を自分の屋敷に招待し、ミミには若い夫人と高級な装飾品を売っている店へと案内させた。


 若い夫人は喜んで南洋真珠の首飾りを何個もつけ真剣に吟味して、買い物をして楽しんだ。年上の夫人は高級な宝飾品も好きではあったが、宝石箱に真珠は山程あるので、レティシィアの屋敷でゆっくりと気のきいた話題と素晴らしい景色を眺めながらの昼食を楽しんだのだ。


 二人を大使館に送り届けて、ミミは宝飾品店から高級料亭での接待で疲れたのに、レティシィアがとても優雅な風情を保っているのにムカついた。


「何だか、私の方がしんどい目をしているみたいなんだけど……」


 レティシィアは、そうかしら? と微笑む。


「あの夫人の愚痴を聞くのは、大変だわよ。相槌を余りうつのもアンガス王に失礼だし、諫める立場でも無いですしね。愚痴を言ってストレスは解消されたみたいですけど……」


 ミミは美しい顔だちだけど、険のある迫力ある夫人の愚痴など聞きたくないと思ったので、若い夫人との買い物の方で良かったと思う。


 レティシィアはショウを大好きなミミが、自分とショウの関係に気づいていてツンケンするのだとわかっていた。


 自分の指示に従いたく無いのに、まだ経験不足なので従わざるをえないのが、癇にさわるのだろうと微笑む。それでも接待をサボらないのは、ショウから頼まれたからなのだ。こんな可愛い子に、ライバル視されるのをレティシアは楽しむ。


 レティシィアは、ミミがショウを好きなのを隠そうともせずに、一直線に自分にもライバル心をメラメラ燃やすのを見て微笑む。それと同時に、年上の自分はミミのライバル心を楽しむ余裕があるけど、他の若い許嫁はどうなのかしらと心配になる。


 ショウには、第一夫人が必要だと実感する。レティシアは、自分が第一夫人になれたら良かったのにと、惚れてしまったので無理だと諦める。


 王太子の第一夫人は次代の王を育てるのだから、しっかりした賢い女性でなければいけない。


 その上、こんなに可愛いミミが嫉妬で、どす黒い気持ちを育てないように、気配りをしてくれる人でなくてはいけないと、レティシアは第一夫人の立場のる難しさを思い知る。


 後宮の夫人がライバル心や嫉妬心を持つのは仕方無いが、賢い第一夫人がいれば、かなり軽減されるし、少なくとも平和が保たれる。


 レティシィアは、レイテ一の芸妓として、他の芸妓達からの嫉妬の恐ろしさを身に染みて知っていたので、無邪気に自分を睨みつけるミミがショウ様への愛ゆえに心をどす黒く染めるのを見たく無いと思った。


「おチビさん、ショウ様の心を手に入れたいなら、そのまっすぐな気持ちを大事にするのよ。他の人を気にしても、無駄だわ。自分の気持ちに、正直に生きれば良いのよ」


「おチビさんじゃないわ! もうすぐ13歳だし、あと2年と3ヶ月したら結婚するんですもの……多分、結婚できると思うけど、エリカ様は16歳まで結婚できないから、一緒にリューデンハイムに居なきゃいけないのかな?」


 ミミの悩みに、レティシィアは笑って答える。


「見習い竜騎士になれば、結婚させて貰えると思うわ。メリッサ様も、見習い竜騎士で結婚するのでしょ。アスラン王は何と約束されたの?」


 ミミは、レティシィアが情報通なのに驚いた。


「アスラン叔父上は見習い竜騎士になったら、ショウ様と結婚させてやると仰ったの。でも、エリカ様はテレーズ様と相性が悪いし、その二人をリューデンハイムに残すのは……」


 レティシィアは、少し考えて質問する。


「ところで、エリカ様はいつ頃見習い竜騎士になれそうなのかしら?」


「エリカ様も早く見習い竜騎士になりたいと思ってるけど、早くても14歳だわ。勉強面は問題ないけど、武術が……」


 ミミも武術が苦手なので、肩を竦めた。


「なら、ミミ様が見習い竜騎士になった後、エリカ様は最短で一年はリューデンハイムの寮に居なくてはいけないのね」


「キャサリン様も結婚されるから、女の子は私とエリカ様とテレーズ様だけなの。侍女の付き添いも許されないから、寮に仲の良くないテレーズ様と二人なのは気の毒だわ。テレーズ様も見習い竜騎士になられたら、社交界デビューをされるでしょうけど、それまでは双子のアルフォンス様と仲の良いエリカ様にツンケンされるでしょうね。勿論、エリカ様はウィリアム王子一筋で、アルフォンス様は仲の良いお友達に過ぎないのに……」


「なら、一年エリカ様に付き合って差し上げれば?」


「嫌よ! 私は15歳までに見習い竜騎士になって、結婚するのよ!」


 ミミは自分をショウ様と結婚させないつもりなのかと、子猫がフーフーと毛を逆立てるように怒る。


「まぁ、そんなに興奮しないで。15歳で結婚して、1年間はリューデンハイムでエリカ様の付き添いをすれば良いのよ。ショウ様は、今までの王や王太子と違い、外交も自分でなさってるわ。帝国三国では社交も必要だし、ミミ様は独占できるわよ。見習い竜騎士は外泊は自由でしょ」


 ミミは外泊してショウ様と、と考えてるだけで頬を染めた。  


「でも、ショウ様がユングフラウに来られる時しか会えないわ!」


「それは、そうだわ。でも、エリカ様に恩を売るのは、後で助かるかもよ。これからもショウ様はイルバニア王国へ何度も訪問されるでしょうが、ウィリアム王子に嫁がれたエリカ様にも会われる筈よ。どの夫人を、同伴されるかしら? 今はリリアナ妃と気が合うララ様を同伴されているけど、リューデンハイムでの知り合いが多い、貴女を選ぶ可能性を高くできるわ」


 ミミは、考えてみる価値があると思った。エリカ王女とリューデンハイムで一緒に過ごしていたので、自分が去った後のことを心配していたのだ。


「そうね……エリカ様が見習い竜騎士になれば、大使館で暮らせるのだし。社交の場にウィリアム王子と出席できるようになるから、私がレイテに帰っても大丈夫だわ。でも、新婚の一年をショウ様と離れて過ごすのは……」


 レティシィアは、ミミが本当にまだ若いのだと苦笑する。若い頃は一年が長く感じるものだ。レティシアは年々と月日が飛び去る気持ちがするけどと、微笑む。


「そうだわね、新婚の一年を離れて過ごすのは嫌なら仕方ないわね。エリカ様も一年ぐらいなら、テレーズ様と平気かもよ。そんなに悩まないで、気楽に流れに任せれば良いのよ。ショウ様から、頼ませれば、一番良いのだけれどね」


 芸妓として、男心を操る手練手管も一流なレティシィアの言葉に、ミミはハッとする。


「レティシィア様! 私の師匠になって下さい! 私はどうもショウ様に子供扱いされているの。姉のララなんか、私の年にはショウ様とキスしていたのに。いつまでも妹扱いなの」


 レティシィアは師匠になってくれと頼まれて唖然としたが、元レイテ一の芸妓らしくなく爆笑する。


「酷いわ! 真面目に相談しているのに……色気が無いからかもと、お化粧の仕方も研究しているし、胸を育てる体操もしているのに……」


 レティシィアはこれほど笑わせてくれたお礼に、ミミにアドバイスを贈った。


「ミミ様、妹との禁断の関係は燃えるものですわ。色気で勝負しては、メリッサ様に負けるわ。お兄様とエッチ! これしか無いわ。貴女の武器はまっすぐな気持ちよ、忘れないでね」


 ミミはレティシィアの言葉に真っ赤になったが、確かに色気で勝負したらメリッサどころか、目の前の相手の足元にも及ばないと納得する。


 レティシアは、ミミと話し合って、一つ心に決めた。ショウの許嫁達は王家の女で、肉食系が多い。このままでは、ショウは夫人の争いで、疲れてしまう。ミミを納得させたように、他の許嫁達も嫉妬で争いをしないようにアドバイスできれば、ショウも寛げるだろうと思ったのだ。


 レティシィアはショウが第一夫人を迎えるまで、後宮を平和に保とうと決意した。

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