第15話 男三人でお茶会

「それにしても、レイテの街は本当に賑わってますね」


 スチュワートは、シェパード大使にレイテの商売が活発なのを当地を訪れて肌で感じたと話す。


「ええ、見習わなくてはいけません」


「ラジック王子に、埋め立て埠頭の工事現場も視察させて貰ったけど、ショウ王子の発案なんですね。レキシントン港の設備も、なんとかしないといけないなぁ」


 スチュワートに付き添って、父親の赴任先に来たベンジャミンは、接待役のラジックに色々と案内して貰った。


「ラジック王子も優れた王子なのに驚いたよ。第六王子のショウ王子が王太子になるのは、上の王子がボンクラだからだと思っていた」


 スチュワートの少し失礼な言葉に、シェパード大使は他の王子も優れてますよと告げる。


「それにしても、ショウ王子は他の兄王子達を上手く使ってますな。第一王子のサリーム王子をアレクセイ皇太子の接待役にして、ローラン王国の造船所を建設する計画のサポートもさせてます。第四王子のナッシュ王子に、フィリップ皇太子の接待をさせてますしね」


「造船所の建設は、カザリア王国にも計画して欲しい。シェパード大使、掛け合ってくれ」


 シェパード大使もベンジャミンも、ローラン王国のアレクセイにしてやられたと悔しく思う。


「造船所の建設資金も、レイテの商人に投資させるのだろ? 国費も使わず、ローラン王国はあんな痩せた土地を提供するだけじゃないか。我が国の北西部も、困窮しているのだ。造船所が建設されたら、木材も売れるから林業も盛んになるし、農家の次男や三男にも働き場所ができる。ショウ王子は私と親しいのに、なんでアレクセイ皇太子に話を持ちかけたのかなぁ」


 愚痴るスチュワートをまぁまぁと宥めたが、ベンジャミンはショウがカザリア王国に造船所を建設しなかったのは、対岸のサラム王国の海賊行為を警戒したからだと溜め息をつく。


 カザリア王国の大使館だが、暖かい気候に合わせて吐き出し窓の多い東南諸島風の建物になっている。濃い緑と南洋植物の花の薫りが漂う中庭で、噴水の周りにティーテーブルを出して三人はお茶をしながら、あれこれ話していた。


「それにしても、フィリップ皇太子の結婚式の時より、王族の出席が多いな。やはり海を支配して、貿易を取り仕切っているからだろうか」


「一年前の貴方の結婚式は、両国の王族同士でしたから、多くの王族が出席しましたね。今回のフィリップ皇太子の結婚式は、ショウ王子の成人式がすぐ後に控えてましたから。遠い国の王族は、どちらかに出席したのですね」 


 遠い国の王族という言葉で、スチュワートは自国と揉めているサラム王国の王までレイテに来ていたのを思い出す。


「何故、ヘルツなんか招待したのか。サラム王国は海賊を匿っているのに」


「まぁまぁ、そんなに怒らないで、ショウ王子にバルバロッサを討伐して貰ったので、北西部の海賊被害は減少したことだし。でも、東南諸島はサラム王国と縁を切っても、痛くも痒くも無さそうですがねぇ。バルバロッサの件があるのに、よく顔をだせますなぁ、ヘルツ国王の厚顔さには呆れますね」


 シェパード大使は、この件では東南諸島に恩があるので苦情を申し立てる立場ではないが、サラム王国のヘルツ国王なんかと同席したくない気分だった。スチュワートと外交官のベンジャミンも同感だ。


「まぁ、フィリップ様よりはマシかな。国交は回復したけど、ジャリース公の顔など見たくないだろうからね。ロザリーも、大嫌いだと怒っていたし」


 シェパード大使とベンジャミンも、実家のイルバニア王国と戦争直前まで関係が悪化したマルタ公国を嫌うロザリモンドの気持ちは理解している。


「スチュワート皇太子、ロザリモンド妃に……」


 スチュワートは、わかっていると大使の言葉を制する。


「ロザリーも馬鹿じゃない。成人式で会っても、普通に接するさ」


 シェパード大使はロザリモンドの母親であるユーリ王妃の若い頃をよく知っているので、大丈夫かなと心配する。


「ユーリ王妃は若い頃、外交音痴で……」


「ロザリーは王家で育ったのだ、ユーリ王妃とは違うさ」


 ベンジャミンはこれ以上はスチュワートが怒りそうだと、話題を少し変えた方が良いと思った。


 シェパード大使はエドアルド国王の学友で、ついついスチュワートにも親の立場で細々と指図や忠告を与えてしまうのだ。


 ベンジャミンは、ユーリ王妃の若い頃とロザリモンドを一緒に考えて、心配しなくても良いのにと呆れる。容姿は似ているが、ロザリモンドはイルバニア王国の王女として育ったので、庶民的なユーリ王妃とは違うのだ。


「そういえばロザリモンド妃は何処にいらっしゃるのですか?」


 男三人でお茶をしているのは、予定されていたよりゴルチェ大陸の王族との話し合いが早く終わったからだ。


「東南諸島は婦人を同伴するパーティーが少ないし、私は話し合いで相手をしてやれない。ロザリーは退屈してないかな」


 ベンジャミンは、結婚して一年経ってもラブラブだなぁと苦笑する。

 

「メリッサ姫に、バザールを案内して貰ってますよ。今日は妻までついて行ってます。ロザリモンド妃が買って来られた更紗を見て、羨ましくなったみたいですね」


 スチュワートは、ロザリモンドがレイテ滞在を楽しんでいるようだと機嫌をなおす。


「メリッサ姫にバザールを案内して貰えるなんて羨ましいなぁ~。母上に付き添えば良かった」


 ベンジャミンは、美人で賢いメリッサが大好きで、ショウの許嫁でなければプロポーズするのにと愚痴る。


「メリッサ姫に相手にされないさ。ロザリーもショウ王子に夢中だと笑っていた。でも第一夫人希望なので、いずれは離婚するのかと不思議がっていたな」


 少しずつ東南諸島の結婚制度は帝国三国にも周知されてきたが、やはり第一夫人の概念は理解し難い。


「私の第一夫人になってくれないかな?」


 息子の頭を軽く小突いて、シェパード大使は窘めた。


「メリッサ姫は、ショウ王子の許嫁だということを忘れるな。それに第一夫人とは肉体関係は持てないのだぞ。お前はシェパード家の跡取りなのだから、考えて物を言いなさい」


「そのくらい、わかっています!」


 いつもは外交官らしく優雅な物言いなのに、キツく言い返したベンジャミンが親子喧嘩になりそうだと、スチュワートはターシュに会いたいなと話を変えた。


「ターシュですか……」


 シェパード大使は、息子に説教しようとしていたが、ターシュを持ち出されて口ごもる。


「父上からも、ターシュに会って来るように言われてます。まさか会えないのですか?」


 スチュワートはターシュと話せないが、カザリア王国の王家と関わりの深い話せる鷹を、東南諸島にずっと滞在させておくのは拙いだろうと詰め寄る。


「勿論、ターシュとは会えますよ。口うるさい、無礼な鷹匠がいますけどね。雛達も大きくなりました……」


 うん? とスチュワートとベンジャミンは奥歯に物が挟まったような口振りに不審を抱く。促されて、シェパード大使は、真白という話せる雛がショウから離れそうにないと打ち明ける。


「話せる雛がいたのか! 父上が聞いたら飛び上がって喜ばれる……拙いなぁ、ショウ王子から離れないのかぁ」


「まぁ、ターシュに会いに行って、なるべく早くニューパロマに帰るように言って下さい。と言っても、ターシュは雛達と白雪に夢中ですから、当分は動きそうにありませんけどね。エドアルド国王にターシュの件で、私にやいのやいの手紙を書くのを止めて貰えませんか」


 この話は拙いと、ベンジャミンは話題を変える。


「ショウ王子は、王族が同伴された妃の接待も上手いですね。東南諸島は本来は婦人同伴の宴会は無いのに開いたり、許嫁達に接待させてますね」


 スチュワートは同伴された妃の接待をしていたレティシィアをチラリと見て、凄い色っぽい美人だと感動したのだ。


「そうだ! ショウ王子のレティシィアという許嫁は羨まし過ぎるぞ! あんな美人を見たのは初めてだ」


「良いんですか、ロザリモンド妃に言いつけますよ」


 子供の頃からの学友の冗談に、スチュワートはそれは困ると笑いながら答える。


「レティシィアかぁ……」


 夢見るように呟くシェパード大使に、二人は呆れた。


「まさか父上……」


 疑惑の目を向ける息子に、即座に否定する。


「馬鹿なことを言うな! レティシィアなんて高嶺の花だ!」


 娼館に行ってレティシィアを見たことがあるんだなと、二人は色っぽい話に飛びつく。


「本当にレティシィアは、芸妓だったのか?」


「アスラン王は、よくショウ王子の妻にしましたね」


 シェパード大使は、レティシィアが王族の血筋だと打ち明ける。


「なる程、あの美貌は王家の血筋なのか。東南諸島の王族は、美男美女揃いだからなぁ。それにしても王族の血筋のレティシィアが、芸妓になるだなんて、東南諸島じゃなければ有り得ないな」


 基本的にどの国の王家も容姿は整っているが、東南諸島の王族は特に優れていた。



「何が有り得ないの?」


 ロザリモンドがメリッサや大使夫人とバザールで山ほどの買い物を侍女に持たせて帰ってきた。スチュワートは立ち上がってロザリモンドにキスをして、楽しかったかいと質問する。


「ええ、とても楽しかったわ! この更紗でサマードレスを縫って貰うつもりなの。明日はメリッサ様と海水浴する予定よ」


『海水浴!!!』


 竜騎士全員が竜達の叫び声に、耳を手で押さえる。


「ロザリー、その言葉は禁句だ!」


 メリッサは仕方ないと、覚悟を決めた。


『竜全員を海水浴に招待するわ』


 他の国との話し合いで忙しいスチュワートやシェパード大使やベンジャミンは、自分達の騎竜の喜ぶ声に気分が上昇し、メリッサに感謝した。


「私も参加できたら良いなぁ」


 スタイル抜群のメリッサとの海水浴に参加しようとするスチュワートの手を軽く抓って、駄目よとロザリモンドは笑った。


 ベンジャミンは機知に富んだメリッサが自分の妻だったら、外交官としてとても助かるのになぁと溜め息をつく。


 男三人はロザリモンドと大使夫人に、レティシィアのことを説明しなくて済んだのにホッとして、お茶会を終えた。

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