第9話 フィリップ皇太子の結婚式 前夜
大使館の前から、ジャスミン姫目当ての青年達がいなくなったので、ヌートン大使はホッとした。
「やれやれ、うろうろと煩わしいのがいなくなって、ホッといたしました」
ヌートン大使は竜で出入りするとはいえ、エリカやミミもいるので、恋命の若者達に大使館の周りを彷徨かれたくなかったのだ。
そうこうするうちに、各国の要人が次々にユングフラウに到着してきて、各国と交易の盛んな東南諸島は話し合いを持つことになった。今回はサバナ王国やスーラ王国からは王家の要人では無く、大使が参列することになっているのを、ショウは少し怪訝に感じる。
「イルバニア王国からは小麦を輸入しているけど、やはり距離的に近いカザリア王国との繋がりの方が重視されているのかな?」
ヌートン大使は、サバナ王国やスーラ王国は王や女王が外交する習慣があまり根付いてないからと、自国のアスラン王を思い出し苦笑する。
「むしろ、スチュワート皇太子の結婚式に、両国揃って参列したのが、不思議ですな。アルジェ女王が参列されたから、対抗意識を持ったのかもしれませんね」
ショウはサバナ王国に未だ訪問していなかったので、今回はアンガス国王に会うのが少し気まずく感じていた。
「私としては、大使相手の方が話し合いは楽だけどね」
ヌートン大使は、やれやれ甘いなと肩をすくめた。王族相手なら社交辞令もあるが、大使相手の交渉がどれほど大変か、ショウは身を持ってしらされる。
今回の話し合いで、ショウはヌートン大使の立ち会いの元で主に交渉した。海千山千の外交官達に押されそうになりながらも、フラナガン宰相に事前に教え込まれていた決着点まで、どうにかこうにか持っていけてホッとする。
応接室から相手を玄関まで見送ると、ショウは大きく伸びをした。
「後は……ああ……イルバニア王国とは結婚式後に、マルタ公国との仲裁と、エリカの縁談かぁ。あれ? ローラン王国とヘッジ王国は? まだだったよね?」
朝から連続で話し合っていたショウは、ヘッジ王国はともかくローラン王国は、義理の兄弟になるフィリップ皇太子の結婚式なのにと不思議に思う。
ヌートン大使は、ショウをサロンで待つ女性陣に捕まる前に話し合おうと、書斎に引っ張り込んだ。
「カザリア王国のスチュワート皇太子夫妻は、一週間前からユングフラウに到着されていますが、アレクセイ皇太子は未だですね。まあ、ローラン王国との造船所の話し合いは、彼方から話を進めて貰った方が良いので焦りませんが……」
何だかヌートン大使の言葉に、その微妙な感じを受けて促す。
「はっきりはしませんが、どうやらアリエナ皇太子妃が御懐妊ではないかと……」
ショウはお目出度い話に喜んだ。
「良かったじゃないですか。アレクセイ皇太子はお喜びでしょう。ああ、妊娠中だから、兄上の結婚式にアリエナ皇太子妃は参列されないのかもしれないのですね」
竜でならローラン王国のケイロンからユングフラウまで来れなくは無いだろうが、万が一を考えて不参加にしたのだろうとショウは考える。
「それでアレクセイ皇太子も結婚式ぎりぎりまで、アリエナ妃のお側に居られるのかな?」
折角の里帰りの機会を逃す妻を慰めておられるのかと、ショウは首を傾げた。
「さぁ? 何だかそんなタイプには思えませんけどね。ヘッジ王国のルートス国王も遅れて居ますね? 未だ、春とはいえ北国は海も荒れているのでしょか?」
ショウは、ヌートン大使の言葉で、フラナガン宰相がルートス国王が山羊の交渉を長引かさなかったのを怪訝に感じていたのを思い出す。
「えっ、パフューム大使との交渉を早々に切り上げたのですか。それは……怪しいですね。ルートス国王は、暇な冬中かけて好敵手のパフューム大使との値段交渉を楽しむ筈ですよ。何か王宮に来て欲しくない事情があったのでしょうか?」
パフューム大使も探ってはみただろうが、わからなかったから、早々に山羊を買い上げてチェンナイに送ったとのみ報告したのだ。
「まあ、ルートス国王の出方を見てみよう」
この時点では、ヘッジ王国の問題をヌートン大使もショウもあまり深く考えていなかった。結婚式ぎりぎりに到着したルートス国王との話し合いも、前のスチュワート皇太子の結婚式の時のように細かい数字を並べるのではなくあっさり終わり、ショウとヌートン大使は首を傾げた。
「性格が変わったのですかね? 何だろ? 何か変なのに……」
爪に火を灯すような生活をしていたケチが、宝くじでも当てたみたいに感じる。
「私も変だと感じました。パフューム大使と連絡を密に取ってみます。少しヘッジ王国に、増員した方が良いかもしれませんね」
同じ大使館とはいえ、旧帝国三国のイルバニア王国、カザリア王国、ローラン王外交国の大使館には表の職員だけでなく工作員も多数配属されていたが、ヘッジ王国にはメーリングの領事館よりも少ない人数しかいなかった。ショウは国に帰り次第フラナガン宰相に話してみると、ヌートン大使に約束する。
書斎で長々と話し合っているショウを、エリカとミミは苛々しながらサロンでララと待っていた。ミミは姉のララがもうすぐショウ様と結婚するので、少しでも早く見習い竜騎士になろうと努力していたし、それを認めて褒めて貰いたいと思う。エリカは、ウィリアム王子との縁談がショウ任せなのを察知していたので、早く正式な婚約をして欲しいと願っていた。
二人は、カミラ大使夫人とララが明日の結婚式でリリアナ嬢がどのようなウェディングドレスを着られるのかと呑気な会話をしているのを聞きながら、書斎からショウが出てくるのを待っている。
「もう、折角ショウ兄上が、ユングフラウにいらしているのに、全然会えないわ」
かなり竜姫としては我慢していたが、エリカは不満をぶつける。カミラ大使夫人は、外交も大切なお仕事ですからと窘めたが、そのくらいわかっていると睨みつけられた。
「私とウィリアム王子との縁談も、重要な外交の一つだわ。婚約もしていないから、明日の結婚式にも参列できないし、昼食会も、舞踏会も、ウィリアム王子は他の令嬢をエスコートされるのよ」
ウィリアム王子からは親戚の令嬢だから気にしないでと言われてはいたが、エリカは婚約していたら、夜の舞踏会は年齢的に無理でも、結婚式や昼食会は一緒に行けたと不満を持っていた。それを言い出すならミミも同じ許嫁なのにと不満を持っていたが、指に嵌まっているルビーの指輪を眺めてグッと我慢する。
「フィリップ皇太子の結婚式が終われば、イルバニア王国との話し合いがもたれますよ。キャサリン王女も、良いお相手を見つけられたみたいですので、弟のウィリアム王子の婚約も進め易いでしょう」
外交官の妻として、エリカ王女やミミ姫の不満を上手いこと、キャサリン王女のアンドリュー卿への失恋と、新たなサザーランド公爵の子息との恋の話題へとすり替えた。
「アンドリュー卿は確かにハンサムで華やかだけど、私は弟のウィリアム王子の学友のフランシス卿の方が好きだわ」
エリカは、ウィリアムの学友のフランシス卿が一緒に竜騎士隊に入隊したので好印象を持っていた。
「父親のキャシィディ卿が竜騎士隊長だから、フランシス卿も入隊されたのかしら? でも、アンドリュー卿は?」
ミミの質問に、カミラ大使夫人はキャシィディ卿は元々は外交官だったので、長男のアンドリュー卿は外交官になられたのでしょうと答える。
「アンドリュー卿は華やかだけど、キャサリン様がラリック卿を選んで良かったわ。プレーボーイは苦労しそうですもの。ウィリアム様はその点は安心だわ」
エリカの言葉で、ミミとララはモテモテのショウを思い出す。
「キャサリン様とサザーランド公爵のラリック卿は血が濃いのではなかったかしら? ラリック卿はグレゴリウス国王の従兄弟ですわよね?」
話題を変えたカミラ大使夫人に、従姉妹で結婚するララとミミは父親が従兄弟ぐらい問題ないと笑った。こうしてカミラ大使夫人の思惑通り、書斎に籠もったショウのことより、プレーボーイのアンドリュー卿の最新の相手の噂などで盛り上がって夜は更けていく。
その頃、フィリップ皇太子の学友兼親友のアンドリューは、独身最後のバチュラーパーティーを仕切りながらクシャミをした。
「おい、アンドリュー卿、フィリップ皇太子の付き添い人なのに風邪かい?」
少し酔っ払った若い貴族達にからかわれて、肩を竦める姿も格好良く、パーティーに呼ばれていたユングフラウの綺麗なお姉様方から黄色い悲鳴があがる。
「チェッ、ユングフラウ一の色男にはかなわないなぁ」
がやがやと話していた貴族達は、モテるという話題から東南諸島連合王国のショウ王子の名前をあげる。
「ショウ王子もモテモテだが、あれは政略結婚だからアンドリュー卿の方がモテモテだ」
「いや、未だ15歳かそこらだが、ユングフラウの令嬢方も熱い視線を送っているぞ」
「私の意中の令嬢も、ショウ王子の黒い瞳に夢中だ。一夫多妻制だから、何人もの美女を妻にできるなんて羨ましいぞ」
「そのうち、ユングフラウの令嬢方を総ナメにされるかもな」
「おや、それは聞き捨てならないな。花の都のユングフラウの令嬢の心を奪われては、イルバニア王国の男の沽券にかかわる。アンドリュー卿、リューデンハイムに在籍している許嫁を口説いてみたらどうだ?」
アンドリューは恋には少し無責任な所もあるが、優秀な外交官だったので、酔っ払った青年貴族達の提案を無視した。
フィリップは、親友のアンドリューが妹のキャサリンの一方的な幼い恋で迷惑したのを知っていたし、結果的に振ったことで社会的に非難の目に曝されたのを、気の毒に感じている。
それに弟のウィリアムとエリカの縁談が進んでいるのに、ショウの許嫁と問題などアンドリューが起こすわけがないと信じていたが、そういう話題がのぼるだけでも人格を蔑まれたようで苛ついた。
「おい、もうお開きだ」
アンドリューと共に子供の時からの学友であるライナスの声に、ブーイングが上がりったが、父親の国務大臣譲りの冷ややかな灰青色の瞳に睨まれると渋々フィリップに道を開ける。
「チェッ、冷血の金庫番め!」
財務課勤務のライナスに睨まれないように小声で文句を吐き出しされたのを背中で聞いて、独身最後のパーティーからフィリップは二人の付き添い人に連れられて王宮へと帰った。
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