第10話 フィリップ皇太子の結婚式

 フィリップ皇太子の結婚式の朝は、花の都の名前どおりにユングフラウはバラの花が咲き誇っていた。街には皇太子の結婚式を祝おうと人々が溢れ、祝賀ムードに満ちている。


 結婚式に招待された外国の要人や貴族達が馬車で教会に向かうのも、一般の国民にとってはよい見物の一つだ。ショウはララを伴って馬車で教会へ向かいながら、王族の正装をしている異国の姫君に観衆が歓声をあげるのに苦笑する。


「ララ、君が綺麗だからユングフラウの人達も喜んでいるよ」


 ララは本来は王族の正装礼装は白だけど、花嫁以外が白を着るのはタブーという風習を重視して、クリーム色に金糸で刺繍を施した衣装を着ていた。その衣装を着たララはユングフラウの人達の異国情緒を刺激する美しさと高貴さで、ショウもあと数ヶ月後に迫った結婚を意識してしまう。


「ショウ様こそ、とても礼装がお似合いですわ。成人式には、長い裳裾も付けられるのでしょう」


 ショウもララに合わせてクリーム色に金糸の刺繍の礼装を着ていたが、ミヤと相談して外国では長い裳裾は省略することにしていた。東南諸島で、王族の裳裾を踏むような無礼者はいないが、ズルズル引きずっているのを貴族達に踏まれて転けるのは困るからだ。


「成人式は、長い裳裾を付けると思うよ。でも、段々と裳裾なんて無くしたいな」


 ララは、動き難いし、侍従達に裳裾を持たせないアスラン王やショウの気持ちも理解したが、成人式の礼装には裳裾を付けた姿が素敵だと思う。


「きっと立派な立太子式になるわ」


 少年から青年への変わり目の清潔な細身の身体のショウが、白い裳裾をたなびかせて歩く様子を想像して、ララはポッと頬を染める。


 今回の成人式は外国からの要人も招待される大規模なイベントだが、その後の結婚式は簡単なものだ。ララとショウはフィリップ皇太子の結婚式に向かいながら、自分達の間近に迫った結婚を強く意識した。



 教会の正面階段をララをエスコートして登りながら、取り巻く観衆を警備隊は制御できるのかなと不安になった。


 教会の内部に入った時、一段と大きな歓声が上がり、イルバニア王国の王族が教会に到着したのだと気づく。ショウとララは案内された席に座ったが、そこはカザリア王国のスチュワート皇太子夫妻とローラン王国のアレクセイ皇太子の隣だった。


「おめでとうございます」


 スチュワート皇太子とロザリモンド皇太子妃にショウとララもにこやかに挨拶したが、アレクセイ皇太子の連れに驚いた。


「ショウ王子、ララ姫、こちらは私の妹のミーシャです。社交界には慣れていませんので、宜しくお引き立て願います」


 ミーシャは薄い菫色のドレスを着て、緊張しているのか白い顔でショウ達と挨拶を交わした。ショウは単純にアリエナ妃が懐妊だから、妹をエスコートしてきたのかと、アレクセイの真意をはかりかねた。ロザリモンドもララも、ミーシャが居心地悪そうなのに気づき、優しく話し掛けて緊張を解してあげようとした。


 女性陣の話を聞きながら、スチュワートは自分にも庶子の妹がいるが、全く会っていないのを心地悪く思い出した。子供の頃、母親が離宮に別居していたので、その原因の父王の愛人と庶子を憎んだが、大人になって両親が妹のヘンリエッタ王女と仲良く暮らしているので忘れようとしていたのだ。


 スチュワートは、こんな公式な場所に、庶子の妹を同伴しなくても良いのにと、内心で文句をつける。アリエナが懐妊なのは、イルバニア王国も承知しているのだから、一人で列席しても礼儀に反しない筈だ。


 大人しくて控え目なミーシャには、好感を持ったスチュワートだが、幼い時の両親の不和のトラウマから庶子には厳しい感情を持ってしまう。


 ロザリモンドはカザリア王国に嫁ぐ前に、エドアルド国王の庶子について説明を受けていたし、ジェーン王妃が絶対に王宮には招かないことも知っていた。しかし、ローラン王国のルドルフ国王はコンスタンス妃と離婚しているのだし、姉のアリエナもミーシャを妹として側近にしているのだから、アレクセイが結婚式にエスコートしてきても問題ないと思う。



 グレゴリウス国王がユーリ王妃をエスコートして入場すると、キャサリン王女がラリック卿にエスコートされて幸せそうに席に付き、ウィリアム王子が遠縁の令嬢をエスコートしてショウ達の前を通り過ぎた。


 ショウは、エリカが昨夜文句を言っていたのは、この事だと苦笑する。可愛い令嬢だけど、ウィリアム王子は全く素っ気なさすぎだ。エリカに、心配は要らないと話してやろうと思う。


 あれではエスコートしている令嬢が気の毒だと、ショウはウィリアムの冷たい態度に首を振った。レオポルド王子や双子のアルフォンス王子とテレーズ王女が席に付くと、主役のフィリップ皇太子が付き添い人アンドリューとライナスと祭壇で花嫁の到着を待つ。


 教会の外でドワ~と観衆の歓声があがり、人々が後ろの入り口を振り返る。フィリップ皇太子は、リリアナが自分を裏切って逃げ出したりしないと信じてはいたものの、王家に嫁ぐプレッシャーを乗り越えてくれたのに安堵した。付き添い人のアンドリューとライナスも、ホッとして微笑みかえす。


「花嫁が到着した!」


 マウリッツ公爵家の親族が席に付くと、荘厳なウェディングマーチが教会内に響く。


 花嫁のリリアナ・フォン・マウリッツ嬢は、父親のマウリッツ公爵にエスコートされて、ウェディングマーチに華奢な背中を押されるように祭壇へと歩を進める。


「リリアナ様、綺麗ね……」


 純白のウェディングドレスには真珠が縫いつけられていて、ベール越しに皇太子妃になる緊張で青ざめたリリアナの横顔が美しく見えた。


 ララは結婚式では涙は禁物だと聞いていたので、感激の涙を抑えるのに苦労していた。ショウはそんなララを可愛いなぁと、肩を抱きしめる。


 ミーシャは花嫁の美しさにボォとしていたが、仲の良さそうなショウと許嫁のララ姫の様子を見て、顔を青ざめさせた。


 自分にも優しく声を掛けてくれたララとショウは、こんなに愛しあっているのだと身につまされる。諦めた方が良いのはわかっていたミーシャだったが、理性で恋心は止められない。


 アレクセイは、アリエナからミーシャがショウに一目惚れしたと聞いて、そのうちに忘れるだろうと高をくくっていたが、どうやら真剣に想いを心に秘めているのに気づいて同伴してきたのだ。


 ショウを諦めるのも良し、庶子でも差別されない東南諸島に飛び込むのも良いと、アレクセイは薄幸の妹に選択するチャンスを与えてみようと考えたのだ。


 だがミーシャは、顔を青ざめて、心を閉ざしているだけだ。それでは東南諸島の後宮では勝ち残れないと、アレクセイは首を横に振る。ショウが欲しいのなら、行動に移さないと無理だ。


 フィリップ皇太子とリリアナの結婚式は何事もなく終わり、竜騎士達の剣の間を花びらが舞い散るなか花嫁と花婿は通り抜けた。


 新婚の二人の馬車の後ろに王族方の馬車が続き、パレードに群集は大喜びして花びらをまく。


 ショウ達は、近道で王宮に先に到着した。


「王宮の前庭にも、群集を入れているんだね」


 パレードはユングフラウを巡って来るので、招待客達はそれぞれの控え室で寛いで待っていた。前庭の群集の歓声で、ショウとララは窓からバルコニーを見上げる。


「花嫁と花婿が到着したみたいだよ」


 ショウとララは王宮の庭に集まった群集がバルコニーから、花嫁のベールに包まれた砂糖菓子や花束が投げられるのを押し合い取るのを見ながらキスをした。


「オオオ~」


 恥ずかしがるリリアナにフィリップがキスしたので、群集は大喜びして歓声をあげる。


「ララもこんな盛大な結婚式を挙げたい?」


 成人式は立太子式を兼ねて盛大に行われるが、結婚式は地味なものなのでショウは女の子はどうなのかな? と聞いてみた。


「いいえ、私はショウ様と落ち着いた結婚式を挙げたいの。月に照らされた海岸で、海の女神と風の神の祝福を受けるだけで良いわ……」


 ショウも同じ気持ちだったので、二人で見つめ合って笑う。フィリップの結婚式は、結婚間近のショウとララにはラブラブモードに突入する機会になっていた。


 昼食会で、アレクセイはこれは時期を見誤ったなと、悲しそうな瞳のミーシャを気の毒に感じる。


 アレクセイは、ミーシャがこれでショウ王子を諦めるなら、それも良いかもしれないと考えた。ショウは、ミーシャが海賊に売られたのも知っているから、元々無理な話だったのだ。ロジーナや、ララ、メリッサには、ミーシャでは太刀打ちできないだろうと思う。


 アレクセイはミーシャの初恋は実らないだろうと諦めて、せめての思い出に舞踏会でショウと踊らせてやろう作戦を立てた。

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