第7話 ハーレー号での航海
フィリップ皇太子の結婚式には、ショウは花嫁のリリアナと気の合うララを同行してユングフラウに向かうことにしたので、留守番のロジーナとレティシィアに出立の挨拶をしに回る。
案の定、ロジーナは少し機嫌を損ねたが、宿敵のミミと顔を合わせて喧嘩したりしたらショウに嫌われると思い直して、寂しそうに見送った。
「帰って来られるのを、待っていますわ」
しおらしい態度のロジーナは、本性を知っているショウも騙されそうになる程で、留守番の埋め合わせをしなくてはいけない気になる。
レティシィアとの旅立ちの挨拶はあっさりしたもので、ショウは自分を愛してくれているのか自信を無くしかける。
「レティシィアは、真珠の養殖計画に夢中だものね。僕、いや私がいなくても大丈夫だよね」
「お馬鹿さんね」
レティシィアは嫣然と笑った。ショウはそのまま泊まってしまい、早朝慌てて離宮に帰って出立することになった。
カジムの屋敷にララを迎えに行った時に、何も知らない笑顔にショウは裏切っている気分になり、少し後ろめたく感じる。レイテ港をカリンのハーレー号で出航し、ショウの風の魔力もあり順調に航路を進む。
「カドフェル号なら、ピップスが一緒なのになぁ」
カドフェル号はアルジエ海のパトロールに航海に出ていたので、今回は珍しくカリンのハーレー号に乗船することになったのだ。
「ショウ、ララは不自由していないか?」
カリンは軍艦に女性を乗せた事が無かったので、気をつかって尋ねる。
「ララは何度か航海したことがありますから大丈夫ですよ。今は侍女と船室にいますが、荷物を片付けたら甲板に出てくるでしょう」
ショウは凄腕の士官であるカリンが、女性の扱いに優しいというか、神経をつかうのを意外に感じる。
「カリン兄上って……」
余計なことを言って怒らせないようにショウは口を噤み、帆に風を送り込んだ。カリンは帆が風を受けて、ハーレー号が波を切って進むのを爽快に感じる。
「ショウも軍艦にもっと乗れれば良いのになぁ。王宮で文官を相手にしているのは、退屈だろう」
ショウは頑張って武術訓練を続けているが、基本的には自分は武官には向かないと思っている。
「できれば軍艦より、ダリア号でのんびり航海したいですね」
カリンは、父上がショウが商船で航海するのを許すとは思わなかった。
「お前は王太子になるのだから、商船などに乗船しなくても良いだろう。旗艦はどの軍艦でも選び放題だろうに……」
軍艦乗りのカリンらしい少し羨ましそうなコメントに、ショウは反論を控える。
軍艦は確かに早いし安全だけど、カインズ船長と気儘に商船で航海したいと、ショウは心から望んでいる。そろそろ新しい船を増やしても良い時期だし、商船隊を組んで航海すれば危険も少なくなる。でも、護衛船を買うお金まで貯まっているのかとショウは気になった。
「カリン兄上、商船隊の護衛船って海軍のお古が使われていますよね。あれって入札ですか?」
カリンは弟の意図を察した。
「商船隊を組みたいのか? 護衛船は軍艦のお古を入札するのが普通だが、言っておけば事前に知らせて貰えるだろう。それより、護衛船を任せる船長が必要だぞ」
ショウはカインズ船長を探すのに苦労した子供の頃を思い出して、少し悩んでしまう。
「船長かぁ、信頼できる船長を見つけなくちゃいけないんだよね」
「当たり前だ。護衛船ごと海賊に鞍替えされては、目も当てられないからな。普通は海軍の下士官から選ぶんだ。お前が商船隊を組むのなら、伯父に信頼できる下士官で独立したがっている者を探して貰ってやるぞ」
引退したザハーン軍務大臣の息子であるルーダッシュ軍務次官を思い出し、自分がドーソン軍事大臣を無視した形にならないか躊躇して、少し考えておくと答えを保留にする。
「商船を購入した後で、資金に余裕があったらの事ですから」
カリンは、ショウが許嫁達の持参金を考慮に入れていないのに呆れかえる。
「ララ、ロジーナ、メリッサの持参金があるだろう。商船隊をニつぐらい組める筈だぞ。それとも、持参金はハッサンに任せて、チェンナイ貿易拠点に投資するのか?」
「そうか、持参金で商船隊を組んでも良いのですね。何となく、使ってはいけない気になってました。投資して、増やしてあげなきゃいけないんだ」
今までもダリア号の収益や、東航路の発見の恩賞金などの管理は自分でしてきたが、これからは妻達の資金も管理して増やしていかなくてはいけないのだと溜め息をつく。
「離宮の切り盛りも、しなくてはいけないのですか?」
カリンは屋敷を父上から独立の時に貰ったし、その後の管理をする資金もミヤから渡された。後は妻達の持参金を運用して、資産を増やしていっているし、海軍士官としての収入もある。
「まぁ、お前の場合は私達と少し立場が違うから、一概には言えないな。侍従達は国の公務員扱いだし、離宮も王家の持ち物だしな。だが、王太子といえど、自分や夫人達の資産を増やさなくて良い訳ではないぞ。お前には王太子としての公務があるのだから、後宮の管理や、資産の管理を任せられる第一夫人を見つけることだな」
夫人達の争いで帰宅拒否症になっていたカリンの忠告は重いなぁとショウは笑う。
「お前にはラビータを紹介して貰ったし、私も探してみておく。それにララはラビータの娘なんだから、後宮に第一夫人がいなくて苦労すると可哀想だからな」
「あっ、そうか! ララは兄上の義理の娘になるのですね」
カリンとショウはややこしい血縁関係と縁戚関係に苦笑する。
「でも、僕、いや私は兄上達ほど縁関係はややこしくないよなぁ。母方の血縁関係は、マルシェとマリリンだけだから。あれ? 縁戚関係ではラシンドの娘のリリィが、兄上と結婚していたよね。兄上達の結婚相手とか、姉上達の嫁ぎ先とか、結構ややこしいかも……」
ショウが誰と誰が縁戚なのかと、糸が絡まっている人間関係を考えていると、ララが荷物を片付け終わり甲板に出てきた。
「ララ、何か不自由はない?」
ララは軍艦なので不自由を言い出したらキリがないけど、こうしてショウ様を独占できるなら全く気にならない。
「大丈夫ですわ。それに、ショウ様と一緒ですもの。リリアナ嬢のウェディングドレスも見れますし」
「ウェディングドレスって白いドレスだろ? 全部同じじゃないの?」
「まぁ、全然違いますわ」
ハーレー号の乗務員達は、美しい姫君と王子が仲良く話しているのを見て、もうすぐ結婚されるのだなぁと微笑ましく思っていた。
「もう、メーリングに着いたのね」
ララは不自由ではあるが、ショウを独占できる航海が終わったのを残念に思う。
「あれはホインズ大尉のダークだ」
ショウの声で、カリンはハーレー号に向かって飛んでくる竜に気づいたが、名前はわからなかった。
「お前は竜の名前に詳しいな、私には竜は見分けられない。いや、父上のメリルとお前のサンズは、大きいからわかるけどな」
ショウはカリンは遠くからでも軍艦の名前はわかるじゃないですかと笑う。メーリングにヌートン大使が大使館付きの竜騎士を出迎えに派遣していたので、ショウはララをサンズに乗せてユングフラウに向かった。
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