第6話 シェパード大使の苦難

 年明けから落ち着いた生活を送っていたショウだが、3月になると、4月のフィリップ皇太子の結婚式に参列する件での話し合いがもたれるようになった。


「フィリップ皇太子の結婚式に参列しようと、ユングフラウにはマルタ公国以外の君主や外交官が集結します。各国との問題を話し合う良いチャンスですから、準備しておかなくては」


 結婚式は外交の場としては最適で、一挙に会合が持てるのでフラナガン宰相は張り切っている。


 しかし、ショウはそれよりも、プライベートな悩みでいっぱいだ。


「フラナガン宰相、フィリップ皇太子の結婚式にララを連れて行こうと思っているのです。花嫁のリリアナ嬢とララは気が合っていますから。でも、ローラン王国のアリエナ皇太子妃とは、ロジーナの方が仲が良いのです。それに今はイルバニア王国とはさほど重大な案件を抱えていませんが、ローラン王国とは造船所の件も詰めたいので、アレクセイ皇太子と会う方が多くなるかもしれません」


 イルバニア王国にはマリーゴールド号の子息達を助けた件をキッチリとヌートン大使が恩に売って、プリウス運河を自国の商船とほぼ平等に扱って貰えるようになっている。


 フラナガン宰相はベスメル次官の孫のララと、アシャンドの義理の妹のロジーナかと溜め息をつく。


 シーガルにはパメラが嫁ぐし、孫のファンナをショウに嫁がせるつもりだ。後宮での立場はまだ此方が不利だが、ショウとシーガルは義理の兄弟になるし、気もあっているとフラナガン宰相はほくそ笑む。


 フラナガン宰相は、ララ姫でもロジーナ姫でもお好きな許婚をお連れ下さいとスルーした。


 両方、アシャンドの姪や義理の妹なので、どちらでも良いと思ったのだ。


「決めた! 前のローラン王国にはロジーナを連れて行ったから、ララにします。それにユングフラウの大使館に一週間以上滞在するので、ロジーナとミミは仲が悪いから困りますからね」


 フラナガン宰相は、この機会にイルバニア王国のウィリアムとエリカの婚約を進めたいと思っていたので、大使館内で揉め事は困りますからとショウの選択を支持した。

 

「エリカはウィリアム王子を気に入ってますから、良いとは思います。でも、王家同士の縁談なのだから、父上が話し合った方が良いのでは?」


 フラナガン宰相は、にっこり笑う。


 あっ、怒っている! ショウはフラナガン宰相と長時間過ごしているので、父上がするべきなのに逃げた事に、腹を立てているのを笑顔で察する。


「ショウ王子は王太子なのだから、縁談を進めても問題ありませんよ。それに細かい条項は、ヌートン大使が話し合いますから。それと、マルタ公国から国交断絶状態の仲裁を願う親書が、ジャリース公から届いている件は如何致しましょう?」


 嫌な話題に、ショウは眉を顰める。


「そんな図々しい事を、よく口に出せますね。国交回復の前に、海賊と手を切ったらどうなんですか」


 ショウはにやけ顔のジャリース公を思い出して、不快感に身震いする。


「おやおや、マルタ公国で何があったのですか? バッカス大使は、いい加減な報告書しか送って来なかったのですよ。普段は厳密な報告書を書くのに、マリーゴールド号の人質救出の件は少し曖昧な点があるのですよ。それにマリーゴールド号に乗っていた子息達から、問い合わせの手紙が何通も届いてます。バッカス大使の妹のジャスミン姫が、マルタ公国に訪ねていたなど初耳ですなぁ。ジャスミン姫は、私の甥の嫁なのですよ」


 ひぇ~とショウは叫びそうになるのを必死でこらえて、引きつった笑顔を浮かべる。


「手紙には、恋に浮かれたイルバニア王国の青年らしく、ジャスミン姫の容姿について美辞麗句を並べ立ててありました。しかし、ジャスミン姫は背の低い華奢なお方だと思ってましたのに、長身でとても綺麗な若い姫君と書いてありました。綺麗な方ですが、そう若いとはいえない年齢ですが……」


 絶対にバレていると、ショウは背中に汗がタラリと垂れる気持ちがしたが、そうなんですか? とシラを切り通した。


「イルバニア王国としても、スーラ王国へ小麦を輸出する際に嵐にでも遭えば、マルタ公国に緊急避難しなくてはいけない場合もあるので、海賊の件は追求するにしても、国交回復して大使を派遣したい筈です。マルタ公国もイルバニア王国の小麦やワインは手に入れたいのですから、双方に恩を売っておきたいですね」


 フラナガン宰相がユングフラウに出向いたら如何ですかと、ショウは言いたくなる程、各国との話し合いの打合せは念入りに行われた。


 去年のスチュワート皇太子の結婚式の時は、ショウは話し合いの席に付いていたものの、ヌートン大使やパシャム大使に任せっきりだったが、今回はヌートン大使が立ち合う立場になっている。


 問題は山積みだが、さほど東南諸島が急ぐ話はないので、フラナガン宰相はショウ王子を鍛える良いチャンスだと考えていたのだ。 


 それに、2ヶ月後にはショウ王子の成人式に各国から招待客がレイテに集まるので、手練れの外交官相手に多少の失敗をしようと、今度はフラナガン宰相が相手をしてやり直せる。 


 最後にフラナガン宰相は、相変わらず癖が抜けていないと小言を言った。


「ショウ王子、時々まだ僕と言ってますよ。私生活でも私と言うようにしないと、外交の場でポロリと出てしまいます。もう数ヶ月で成人式なのですから、いつまでも子供っぽい話し方はお止め下さい。それと引きつった笑顔など駄目ですよ」


 ショウはわかったと答えて、やっとフラナガン宰相から解放された。



「ララに準備ができたか聞きに行って、ロジーナに留守番のご機嫌を取りに行かなきゃ」


 この数日、フラナガン宰相にビシバシ叩き込まれていたので、やっと解放されたショウは大きく伸びをして、竜舎へと歩きだした。


「あれっ? シェパード大使、何をされているのですか?」


 王宮の侍従に鷹舎へ案内して貰っているシェパード大使と、竜舎に向かっていたショウは偶然会った。


 シェパード大使は侍従にイーゼルとキャンバスを持たせていたが、自分も絵の具道具を持っている。


「ああ、ショウ王子、ちょうどお会いできて良かった。これから雛達の絵を描こうと、鷹舎に向かっているのです。エドアルド国王が、せめて絵で雛達を見たいと仰せなので。ショウ王子、雛達の名前はどうなっているのでしょう」


 ショウはこの数日はフラナガン宰相に朝から晩まで捕まっていたので、鷹舎へ来るのも久し振りだと肩を竦める。


「さぁ、普通は飼い主が決めますが、ターシュの雛ですからねぇ。竜は親が決めますし、どうなんでしょう」


 シェパード大使は、東南諸島ではショウしかターシュと話せないので、聞いてみて下さいと頼み込む。


 鷹舎の前でイーゼルを組み立てて、シェパード大使は素人とは思えない筆さばきで手早く雛達を描いていく。


「ターシュはいませんねぇ。これでは雛の名前など聞けませんよ」


 ショウはシェパード大使の絵を感心しながら、無理だなぁと溜め息をついた。


『真白、メルロー、マルゴ』


 囁くような声が、ショウの耳に届いた。


『誰が話したの? 今、名前を教えてくれたのは誰?』


 ショウの呼び掛けを無視して、雛達は鷹舎の屋根の上でバサバサ羽根を動かしている。


「ショウ王子、雛は話せるのですか?」


 シェパード大使は筆を投げ捨てて、ショウを問い詰める。


「う~ん、名前は教えてくれたのですけど、どの雛が話したのか解らないのです。シェパード大使の絵を見ていたので……真白、メルロー、マルゴと言うそうですよ」


 ショウとシェパード大使が騒いでいると、鷹匠とアスラン王が鷹舎の周りでうるさいと怒って鷹舎の小屋から出てきた。


「すみません、でもショウ王子に雛達が名前を教えたのです」


 鷹匠とアスラン王は、どの雛が話したのかと詰問した。


「だから、僕は絵を見ていたので、どの雛かわからないのです。聞いても、今は羽根を動かす方に熱中していて、答えてくれないし」


 アスランは、マヌケとショウを叱りつけた。


 鷹匠は名前を聞いて、うん、うん、うん、と頷いたが、どちらがメルローでどちらがマルゴなのですかと尋ねる。


 全員に睨まれて、ショウは良いアイデアを思い付く。


「雛達は鷹舎から此処までは飛べますよね。餌を下さい、呼んでみますよ」


 鷹匠は急いで小屋から細かく刻んだ肉を取ってきた。


「あの子達はまだ人に止まるのに慣れていません。この止まり木をお使い下さい。念の為に皮手袋をお付け下さい。餌の貰い方も下手ですから、指を啄むかもしれません」


 目をキラキラさせた鷹匠の期待に応えられるといいがと思いながらやってみる。


『メルロー』


 茶羽根の一羽が羽根をバタバタさせるのを止めて、ショウの方を見る。


「餌を高く上げて下さい!」


 ショウは鷹匠に言われるままに餌を高く上げると、一羽が鷹舎から止まり木に飛ぶと言うより落ちてきた。


「お前がメルローちゃんかぁ。ヨシヨシ、うん、もう間違えないぞ。メルローちゃんは目の縁に白の睫毛があるものなぁ。おやおや、お腹も少し白いなぁ。お母さんの白雪に似たんだね」


 孫を可愛がるお爺さんみたいにデレデレな鷹匠に呆れたが、父上に他のを呼べと促される。


『マルゴ!』


 今度の茶羽根の雛は、メルローより上手く止まり木に止まった。


「マルゴちゃん、ほう、お前には羽根に金茶がまじっているなぁ。お父さんのターシュに似たんだねぁ。別嬪さんだよ、いゃ、メルローちゃんも別嬪さんだ。ほら、二羽で仲良くお食べ」


 ショウは最後に残った『真白』を漢字で考えた瞬間にカチンと嵌まった気がした。


『お前が真白だね』


 真白は、ショウの皮手袋を付けた手首に舞い降りた。


『私はショウだよ』


 餌を啄むと真白は顔を上げて、ショウの瞳を見た。


『私は真白、もっと餌が欲しい』


 他の人にはピィピィとしか聞こえなかったし、声も微かだった。


 しかし、アスラン王も鷹匠もシェパード大使も、真白が話せると気づいた。


 シェパード大使が話せる鷹はカザリア王国の国宝だと、所有権を主張しようとした時、バサッバサッとターシュが兎を白雪に捕って帰ってきた。


『ショウ、真白はお前が好きだと言っている。側に置いてやってくれ』


 シェパード大使はターシュの言葉は聞こえないが、ショウ王子の顔で察して抗議する。


「ターシュ、話せる雛を外国の王子に任せるのか?」


 ターシュにとっては、真白もメルローもマルゴも同じ可愛い自分の雛だった。


 シェパード大使の抗議の内容を察して、苛立って兎を足元に落とした。


『また雛をつくるけど、話せるとか、話せないとかで雛を区別するなら、二度とエドアルドの元には帰らない!』


 羽根を逆立てて怒るターシュに、ショウから通訳して貰ったシェパード大使は顔を青ざめて謝る。


「ピィー」と雛達の子守をしていた白雪が鷹舎から出てきたので、めろめろのターシュは地面に落とした兎を拾い上げて、枝の上に置き直す。


 鷹匠はこれは子育てが終わったら、また雛が産まれるなと顔をくちゃくちゃにして喜んだが、シェパード大使はどうエドアルド国王に報告しようかと頭を抱えた。


「いつかは、エドアルド国王の元に帰りますよ。多分、次の子育てが終わったら……」


 雛達に目を細めるアスラン王と鷹匠は、次の次もあるかもなとシェパード大使には流石に気の毒で口にしなかった。 

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