第4話 ムムム……

 レティシィアの屋敷はレイテの郊外の海岸沿いにあったので、ショウは真珠の養殖の手伝いを頼んだ。


「このメスで少し切り開いて、ピンセットでこの核を埋め込むんだ」


 カザリア王国で購入してきた道具と、丸く削って貰った動物の角を、レティシィアに見せて説明する。


「真珠貝はメスで切っても、死なないのかしら?」


 ショウは大丈夫だとは思っていたが、素早くダメージを最小に抑えないと上手くいかないだろうと説明する。


「それより、実験に使う真珠貝を集めなきゃ。素潜りで集めるのに、水中メガネがあると役にたつんだよなぁ。あっ、雨ガッパも作らせなきゃ! これは絶対に必需品だよ」


 レティシィアはショウが次々とアイデアを思い付くのに驚いて、クスクス笑う。


「そんなに忙しくしていては、身体がもちませんわ。ゴム製品の加工は、業者を呼び寄せて任せては如何でしょう? 真珠貝を集めるのは、私が漁師に依頼しましょう」


 ショウはレティシィアが物事を進めるのが上手いと感心する。


「僕には雑用を代わりにやってくれる側近が必要なんだ。公務の手伝いは文官がしてくれるけど、こういった思い付きや、関わっているプロジェクトの経過報告をしてくれる信頼できる人材を探さなきゃ」


 そう言った舌の根も乾かぬうちから、サンズ島とチェンナイの視察に行かなきゃと言って笑われる。


「ショウ様、もう少しのんびりしないと倒れますよ」


「そうだけど、サンズ島でのんびりしたいんだ。温泉に浸かって、夕日を眺めながらぼんやりしたいなぁ。だから、これは視察というより旅行かもね」


 この頃、ショウはベスメル次官にビシバシ内政を叩き込まれていて、海に出たいという思いが強くなっていたのだ。真珠の養殖に必要な母貝を集めるのをレティシィアに任せて、慌ただしく王宮にショウは帰る。


「あら、もうお帰りですか?」


 折角いらしたのにと、女中頭はレティシィアが寂しがるのではと心配したが、近隣の漁師に頼みたい事があると張り切っている様子に首を傾げる。



 今までもフラナガン宰相から外交の手ほどきを受けていたのだが、ベスメル次官は内政を本当に事細かく指導するのでショウは疲れた。その上、ベスメル次官はララやミミの祖父に当たり、ショウには頭の上がらない相手だ。


「まぁ、今日はこのくらいにしておきましょう。ショウ王子、側近の件ですが、もう見つかりましたか?」


 ショウは側近は必要だと考えていたが、それをベスメル次官に話したかなと疑問に思う。


 ベスメル次官は古狐のフラナガン宰相が笑顔をたやさないのとは違い、常に無表情で雑談から何かを聞き出すタイプではない。しかし、彼は情報を得る蜘蛛の巣を王宮内に張り巡らしていて、ショウ王子が実務研修中に若い文官に一言漏らしたのをキャッチしていた。


「いや、まだだけど……」


 ショウはベスメル次官が自分を見張る為に、子飼いの子息を側近に推薦するのではと少し警戒して言葉を濁す。


「文官の登用試験に落ちた若者が、どうしているかご存知ですか? 彼等の中には下級官吏になる者もいますが、法律を学ぶのに飽き飽きして王宮の侍従になるのを選ぶ者もいるのですよ」


 ショウは王宮の侍従が身元調査を合格した者ばかりだとは知っていたが、文官試験を受けて落ちた者が紛れているとは考えた事もなかった。ベスメル次官が仄めかしたことで、元々信頼して世話を任せている侍従の中に、試験は駄目でも気働きはできる人材がいるかも知れないと目から鱗が落ちる。


「公的な仕事を手伝わせる側近と、ショウ王子の思い付きや、使い走りをしてもらう側仕えを、分けて考えた方が宜しいですよ。今、ショウ王子がお探しなのは側近というより、側仕えでしょう。側近は文官、武官からお選び下さい。そうしないと王宮内の秩序が乱れます」


 暗にピップスは側仕えだと宣言されて、ショウは抗議しようとする。


「勿論、文官試験、武官試験に合格するように、ショウ王子がピップスを引き上げてあげるのも自由です」


 ビシッと一線を引くベスメル次官に、ショウはぐうの音も出ない。


 フラナガン宰相はこういった細かい指図はしなかった。ベスメル次官は細かいが、確かに側近と側仕えの区別ができてなかったのを反省する。


 ミヤの元旦那様なんだとはわかっていても、ショウはどうしても父上と一緒の姿しか思い浮かばないと首を振る。


 ミヤにベスメル次官から指摘された件を相談したら、侍従の中から候補者を絞っておきますと笑われた。


「ベスメルに絞られているみたいですね。ピップスもかなり勉強が進んでいるみたいですよ。彼は竜騎士として、武官をめざすのですか? それともバッカス大使のように文官ですか? そろそろ方向を決める年齢ですからね」


 ショウはピップスと話し合ってみると、ミヤの部屋を出て行く。



 離宮へ帰ると、ちょうどピップスが武術訓練をしていたので、少し身体を鍛え直さなくてはと参加する。武術指南の武官は腕をあげましたねと褒めてくれたが、ショウは身内に凄腕が揃っているので、溜め息をつくしかない。


「父上やメルト伯父上とまでは言わないけど、カリン兄上には追い付きたいなぁ」


 武官はそれは無理とまでは言わないけど、無駄なのではと感じる。


「カリン王子は、海軍の士官ですから」


 ショウは武術指南の武官が言いたいニュアンスを感じ取ったが、ヘナチョコと言われ続けるのは我慢できない。


「私がショウ王子の護衛になります」


 ピップスよりはまだ強いとショウは抗議したが、武官は良い覚悟だとピップスの肩を叩く。


「ピップス! もっと精進してショウ王子をお護りするのだぞ」


「はい! 私がお護りします」


 二人で意気投合しているのを、ショウはそんなにヘナチョコなのかなぁと落ち込んで眺める。


「ショウ王子は王太子になられるのですから、そこそこ武術を身につけられるだけで十分ですよ。護衛の武官が身をお護りします」


 カチンときたが、父上のように単独行動しないのなら正論なのだとショウは感じる。


「今にみてろよ! 絶対に強くなってやる。そして、自分の行きたい所にサンズと自由に飛んでいくんだ」


 前々から父上は好き勝手にメリルと飛んで行くのに、自分はダリア号で航海することも許されないのを不満に思っていたショウは、ヘナチョコから脱出するぞと決意する。


 ピップスは普通の勉強は楽しいけど、文官試験の法律の勉強にはウンザリだったし、向いてないと感じていた。


「ピップスが竜騎士として武官を目指すのは良いけど、僕だって父上みたいに一人で行動できるようになりたいんだ」


 武官はアスラン王とショウ王子は違いますと苦言を呈した。


「この十数年、アスラン王の治世のお陰で東南諸島連合王国は帝国三国に肩を並べるどころか、貿易収支や外貨準備額では追い越してます。前王の王太子だったアスラン王と、今のショウ王子とではお立場が違いますよ」


 フラナガン宰相にもアスラン王は外交の場に顔を出していないから単独行動も仕方ないが、顔が売れているから絶対に駄目だと単独行動を禁じられているので、不公平だと愚痴る。


「父上はヘナチョコだから駄目だと言われるんだ。絶対に強くなってやる!」


 武術指南の武官は私に3本のうち1本ぐらいは勝てないと、カリン王子には到底勝てませんよと笑った。


「ええ~? そんなにカリン兄上は強いの?」


「当たり前です、現役の海軍士官なんですよ。勝ちたいなら、必死で稽古しなくてはいけません」

 

 鬼のように強い武術指南に3本の1本でも勝てる日が来るのだろうかと、前途多難だと溜め息をつくショウだった。

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