第3話 兄上達

 ショウは、フラナガン宰相にレイテの埋め立て埠頭の進行状況を視察してくると言って、真珠養殖の件の話し合いを切り上げた。


「工事現場を視察してきます。昨日、マスカレード号からサンズで帰る途中にチラリと見ましたが、枠組はできていましたね」


 フラナガン宰相は他にも話を詰めなくてはいけない問題があったが、昨夜の今日だしと寛容な気持ちになって視察なり、レティシィアに会いにいくなりお好きにすれば良いと席を立つ。


「僕は本当に視察に……」


 はいはいと生返事をしながらフラナガン宰相は、ショウの執務室から出て行った。ショウは自分の為に用意された執務室で、フラナガン宰相の後ろ姿に抗議したが、確かに視察に行った後でレティシィアが屋敷で不自由していないか見に寄るつもりだったのを見透かされてるなぁとガッカリする。


「なんでバレるのかなぁ。そんなに顔に出ているのかなぁ? 兎に角、レイテ港へ行こう!」  



 レイテ港では埋め立て埠頭の工事が順調に進んでいたし、後から参加したアシェンド達もそれぞれ忙しそうに働いている。


「フォード教授?」


 東南諸島の服を着て、日焼けしたフォード教授は、カザリア王国の人間に見えない。


「ああ、ショウ王子、この暑さにはこちらの服の方が快適ですからなぁ。研究院生達も、こちらの服を着ていますよ」


 何人かの研究院生達が、東南諸島の服を着て、図面をアシャンドとシーガルと見ながら指示を出しているのを眺めて、上手くいっているようだと安心する。


「サリーム兄上、工事は順調そうですね」


 ちょうど視察から帰ってきたサリームが船から降りるのに、手を差し出しながらショウは話しかける。続いてナッシュに手を差し出したが、反対にグッと引き寄せられた。


「レティシィアを身請けしたと、噂になっているぞ」


 引き寄せられて、バランスを崩したショウを抱き止めて、ナッシュは耳元で噂を教えてやる。


「違いますよ! レティシィアは……」


 ナッシュに口を手で押さえられて、ショウはもごもごも誤解を解こうとしたが、馬鹿、此処では拙いとサリームの屋敷に行こうと叱られる。確かにレティシィアの名前だけでも、港で働いている男達の視線が集中したので、ショウ達は場所を移す。



「レティシィアは、自力で年季明けを迎えたのです。僕は身請けなんてしてませんよ」

 

 暑いレイテ港の視察を終えたサリームとナッシュは、サロンで寛いでお茶を飲みながら、真っ赤になって誤解だと言うショウを笑いながら眺める。


「そうか、ショウも大人になったんだなぁ~」


 感慨深げなサリームに、元は兄上がレティシィアに会わせたのですよとショウは思い出させる。


「ええ? サリーム兄上、私の時はそんな親切なことはして下さらなかったのに……レティシィアだなんて豪勢な……」


 サリームは、ナッシュは勝手に遊んでいたから必要無かっただろうと言い返す。それにしてもレティシィアだなんて依怙贔屓だと、ブツブツ文句を言い続けているナッシュにサリームは意外な事を告げる。


「馬鹿か、私がそれ程のお大尽なわけないだろう。何故か、店主がレティシィアを相手にと言い出したのだ」


 ショウは、サリームがレティシィアを指名したのだと思い込んでいた。


「あれ? 何か変だよね? 父上は僕がレティシィアの所へ行ったのをご存知だったんだ……」


 ショウは父上に嵌められた気分になって、溜め息をつく。兄上達も何となく絡繰りを察して、まぁあんな美人と過ごせるのだから良いじゃないかと慰める。


「レティシィアは、第一夫人になりたいと言ってますから、そのうち離れていくのですよ。父上は酷いよなぁ」


 サリームとナッシュは、あれほどの美人をいずれ手放さなくてはいけない、ショウの心中を察した。


「ものは考えようだ。普通なら、あんな美人と過ごせたりしないさ」


 サリームに慰めとは言えない慰めを言われて、そうだよなぁと立ち直りかけていたショウに、ナッシュは他の許嫁は荒れるだろうなぁと余計な事を口に出す。


「ああ~、もう噂になってるんですよねぇ。拙いなぁ……」


 困り果てているショウに、許嫁達が王家の女だからなぁと二人は同情する。


「私から言える忠告は、早く第一夫人を見つけろという事だけだな。お前の許嫁達は一筋縄ではいかないぞ。後宮を取り仕切る第一夫人がいなければ、それこそ揉める」


 ショウはサリームとナッシュに、どうやって第一夫人を見つけたのか質問した。


「こういうのは親戚や知り合いのツテが大事なんだ。第一夫人になりたいと思っている人を紹介して貰ったり、離婚して実家に帰ったという情報をキャッチしなくちゃいけない」

 

 離婚して? とショウが理解できていなそうなので、サリームとナッシュはやれやれと説明しだす。


「第一夫人を目指していても、旦那が納得して協力的だとは限らないからなぁ。そんな場合は離婚して実家に帰って、この人なら第一夫人になっても良いという相手が現れるまで待つんだ。それに、子供の問題もあるしなぁ」


 ショウも出来たらある程度は子供が成長した後で第一夫人になって欲しいと願っていた。


「それは理想だけど、そう上手くいくとは限らないぞ。ターニャは上の男の子は相手の家に置いて来たが、下の女の子は幼いから連れてきている」


 サリーム兄上の第一夫人が子供を連れてきていると聞いて、それは良いなぁと考える。


「馬鹿か! お前は王太子なんだから、そんなことはできないぞ。私達はまだ気楽な立場だし、サリーム兄上は優しいから子供を連れてくるのを許されたのだ」


 ナッシュにお説教されて、ならかなり年上の人を探さなきゃと溜め息をついた。


「あまり年が離れているのも駄目だぞ。後宮を取り仕切るのは、気力と体力が必要だ。10歳以上年上は駄目だ」


 口うるさいナッシュに、ショウが困り切っているのを、サリームは苦笑して自分も探しておくと約束してくれる。



 ショウはレティシィアの屋敷に行く予定を変更して、ララとロジーナが噂を聞く前に説明したいとサンズと飛んで行ったが、既に耳に入っていた。


「ショウ様の馬鹿!」


 ララに泣いたり、拗ねられたりして、ショウは困り切ったが、意外にもカジムが諫めてくれた。


「そんなにショウ王子を困らせてはいけないぞ。レティシィアは、アスラン王が認めた相手なのだから」


 ララもショウに許嫁が増えるのは覚悟していたが、レイテ一の美貌の芸妓に取られてしまうと心配したのだ。


「ララへの気持ちは変わらないよ」


 ショウの気持ちを信じたいと、ララは揺れる気持ちを抑える。


「ごめんなさい。私に伝えたいと来て下さったのに……」


 ララは流石に父上が何を言いたいのか理解した。ここで自分が感情のままにショウを責め立てても、良い結果は望めないのだ。ララは王太子の妻になるということは、ショウを愛しているだけでは駄目なのだと悟った。


 機嫌をなおしたララとショウは庭を散策しながら、新しい住まいになる離宮について話し合う。


「ミヤから聞いているかもしれないけど、改装工事中なんだ。父上が王太子だった時に住んでいた離宮なんだって。僕は王宮の後宮で産まれたから、全く知らなかったよ」


 二人で新居の話をしているうちに、結婚が現実味を帯びてきた気がして、気恥ずかしいような、待ち遠しいような甘酸っぱい気持ちがこみ上げる。


「9歳の時から、ずっと夢みていたの。ショウ様のお嫁さんになるのを」


 ララは指に輝くアメジストの指輪より、ショウ様の澄んだ瞳の方が綺麗だと思いながらキスをする。



 カジムの第一夫人のユーアンは、王太子に嫁ぐララの支度や、持参金の用意に忙しい日々をおくっていたが、レティシィアの件で心配していた。


「カジム様、本当にアスラン王は、レティシィアをショウ様の後宮に迎えるのを許可されたのですか?」


 カジムはユーアンが商人階級出身なので、レティシィアの出自を知らないのだと驚いた。


「レティシィアには王家の血が流れている。アスランはレティシィアをショウ王子の後宮に迎えて、しっかりとした男の元へ第一夫人として嫁がせたいのだろう」


 ユーアンは噂では聞いたことがあったが、まさか本当に王家の血を引く娘が芸妓になるとは信じていなかったのだ。賢いユーアンは、何年か前のもみ消されたスキャンダルであるケシャムのことを思い出して、二度とレティシィアの出自は口にしなかった。


「レティシィアとメリッサは、第一夫人を目指すのですね」


 ララの母親のラビータから娘を託されているユーアンは、いずれショウの元から去っていく二人は、ララのライバルではないと判断する。


 頭の中であれこれ考えているユーアンに、カジムは遠慮しながら二人っきりにして良いのかなぁと尋ねる。


「もう、結婚式まで半年をきったのですよ。花嫁衣装がみっともなく膨らんだりしませんもの」


 父親のカジムとしては、結婚式までは娘に純潔でいて欲しいと愚痴る。ユーアンは、やれやれと侍女に二人を呼びにいかせた。


「ショウ王子は良くて、ララは駄目ですの? 殿方は身勝手ですわね!」


 ユーアンはララの不安を見抜いていたので、少しぐらい良いのにと溜め息をつく。


「ララの当面のライバルはロジーナね。ラズロー様の第一夫人ナタリーならきっと後押しするわ。まだ、ロジーナが15歳になるのが10月後だから自制させているだけだわ。花嫁衣装がぱんぱんではみっともないから。でも5月にララと結婚した後は、ショウ王子をロジーナに近付けさせるのは危険ね。妊娠5ヶ月ぐらいなら、晒しをまいて誤魔化せるもの」


 ロマンチックな夢を見ている二人だったが、周囲は新たな後継者争いのレースがもうすぐ切って落とされるのを感じていた。


 ロジーナにも言い訳をしに訪ねたが、第一夫人のナタリーから言い聞かされていたので、悲しそうに目を伏せた上手い演技をして、レティシィアの屋敷で夕食を食べさせないように振る舞った。



 夜の海岸を裸足で歩きながら、レティシィアは海の音を聞いて、自由になった喜びを噛みしめていた。


「ごめん、遅くなったね」


 夜遅くまでラズローと埋め立て埠頭に掛ける橋の話をしていたショウは、引っ越した初日なのに一人にしてしまったと詫びる。


「いいえ、こうして気儘に過ごせるのを楽しんでましたの」


 王族の女性の服装のレティシィアは、夜目にも綺麗でショウはめろめろになってしまった。


「じゃあ、僕は邪魔だった?」


 レティシィアはくすくす笑って、サンズに乗せてくれるなら邪魔物扱いはしないであげるわと軽いキスをする。


 ショウはレティシィアと夜の空へと舞い上がった。

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