第2話 年季明け
ショウは、エドアルド国王にターシュの雛達の簡単な報告を書いた。
「こんなことしている場合じゃないんだ……」
自分がレティシィアの件で悩んで、他の事で気を紛らせているのにショウは気づいていた。
「僕だけの問題じゃないんだよなぁ。父上は後宮で面倒をみてやれと簡単に言われるけど、レティシィアはどう思っているかも、わからないじゃないか」
ミヤに言われたのがショウには一番良い形なのだろうとわかっていたが、どう持ち出せば良いものやらと悩む。
夕日が部屋に差し込んできて、ショウは決心した。
「ぐだぐだしていても仕方ない!」
侍従達に風呂の用意を命じて、船旅の汚れを落とす。
サンズに娼館の前で待ってて貰うのは人目に立つので、こっそりとレイテの下町に行って、竜舎へ帰るように説得した。
『なんで? 此処で待っているよ』
首を傾げるサンズに、これからレティシィアに会いに行くんだと説明する。
サンズは目をキラキラさせて、交尾するんだね! と喜ぶ。
『交尾じゃないよ、尻尾は無いもの。でも……ああ、よくわからないや』
サンズとしては絆の竜騎士であるショウが性的に成熟することは、子竜を作る上で重要なので、積極的に賛成する。
『ショウはレティシィアが好きなんでしょう。なら、自然なことだよ。マリオンみたいなのは困るんだ。子竜を持ちたいもの』
サンズはそういう事なら頑張ってねと、素直に竜舎へ帰っていく。
「竜の恋愛は単純だなぁ。でも、騎竜じゃないと交尾飛行できないし、絆の竜騎士が性的に成熟しないと駄目なんだよね。絆の竜騎士が年をとっても、交尾飛行できなくなるし……」
メリルがスローンを産んだという事実を思い出して、父上そういう方面は現役なんだと想像しかけて、慌てて消去した。
高貴娼館の前で、ショウは入るのを躊躇う。
「一度目は酔っ払っていたし、兄上達に引きずられて来たんだ。二度目は裏口から入ったし、正面から入るのって勇気がいるなぁ……」
レイテでも評判の高級娼館の前でいつまでも立ち止まっていられないと、勇気を振り絞ってショウは中に入る。
「ショウ王子、お待ちしておりました」
大通りから門を潜ると、手入れの行き届いた中庭があり、それを取り囲むように娼館は建っている。店主の案内で回廊を歩いて、ショウはレティシィアが待つ部屋へと案内された。
今夜のレティシィアは白い絹の長衣を着て、王家の血が流れているのだと感じさせる高貴な美しさに溢れている。
「ショウ王子、お約束を守って下さって嬉しいですわ」
綺麗なレティシィアにショウは見とれて立っていたが、促されて横に座る。
「レティシィア、僕は……」
「少しお酒を飲んだ方が、寛げましてよ」
あまりお酒が強い方ではないショウだったが、レティシィアに小さなガラスのコップに注がれたのを一気に飲み干す。
「妾も、お流れを頂戴しようかしら」
ショウはレティシィアに自分のコップを渡して、酒を注ぐ。レティシィアはショウの汚れのない黒い瞳を見て、少し微笑んでからお酒を飲み干す。
レティシィアの白い指先、ピンク色の唇、そして滑らかで艶のある長い髪……どのパーツをとって見ても、磨き抜かれた美を感じて、ショウはボオッと見とれてしまう。
「妾はショウ王子の子供が産みたいのです」
「え?」
レティシィアは苦界に堕ちた女の、馬鹿げた夢ですわねと寂しそうに笑う。
「初めてお会いした時の寝顔を見て、こんな子供が欲しいと思いましたの。年季明けする事と、第一夫人になる事だけを目標に生きてきて、子供を産むなど考えても無かったのに……すやすやと眠るショウ王子のお顔を眺めているうちに、子供が欲しいと初めて感じましたの」
ショウはレティシィアが子供を持つのを考えなかったのは、苦界に身を堕としたことだけでなく、ケシャムの血を引くことを負い目に感じていたのだと察した。
「レティシィア、君の願いがかなうと良いな。僕も君に子供を産んで貰いたいよ」
レティシィアはくすりっと笑うと、ショウの手を取って隣の寝室へと消えた。
まだ、夜明け前の薄暗い部屋の中で、眠っているショウの肩をレティシィアは軽く揺する。
「ショウ様、起きて下さいな。もう朝になりますよ」
レティシィアに起こされて、ショウは朝見ても綺麗だなぁとキスをせがむ。二人でいつまでもイチャイチャしていたいのに、日が登ってから娼館から帰るのは無粋だと諭される。
ましてレティシィアは昨夜で年季明けしたので、娼館に長居はできなかったのだ。ショウはミヤが手配してくれた屋敷にレティシィアを当分の間、住まわせるつもりだった。
「そこまで、図々しくはできませんわ」
案の定、プライドの高いレティシィアは拒否して、自分で用意してある部屋に移ると言い切る。
「でも、僕の子供が産みたいと言ったじゃないか」
レティシィアの綺麗な髪を撫でながら、ショウは昨夜の約束はどうなるの? と問いただす。
「それは芸妓の手管ですわ。殿方の気を引くのはお手の物ですのよ。まさか本当に思われたのですか?」
悪女ぶって逃げを打つレティシィアを抱きしめて、ショウは離さないと囁く。
「成人式までは王太子の離宮には住めないし、第一に改装中だからね。レイテの郊外に、屋敷を用意してあるんだ。それと、レティシィアには手伝って欲しい仕事もあるしね」
ショウは色っぽく無いなぁと眉を顰めたが、真珠の養殖計画をレティシィアに説明する。
「まぁ、それが実現したら素敵ですわね。手先の器用な女の人には、良い収入にもなるでしょうし、国の特産品が増産できるのですもの」
ショウは、ミヤの言った通りだ。レティシィアには甘い口説き文句より、仕事を与える方が良いみたいだと安堵する。
色っぽいレティシィアだったが、少し真珠の養殖の件を説明しただけで、女の人の収入が増えることや、国の輸出品が増産できると、ピンと反応してくる早さにショウは賢いなぁと感嘆する。レティシィアが側にいてくれたら、色々と相談できるし楽しいのにと思い、こういう人生のパートナーを探さなきゃいけないんだと溜め息をつく。
「僕の第一夫人になってくれれば良いのに……」
レティシィアは昨夜のようなことが出来なくなりますわよと、嫣然と微笑む。綺麗なカーブを描く唇に吸い寄せられるようにキスをして、第一夫人には色っぽ過ぎるよと愚痴る。
「それは困るよ~」
レティシィアとショウは笑い転げる。レティシィアはこんなに心から笑ったのは、娼館に売られてから初めてだと驚く。
二人の話し合いが決着したのを察して、店主はレティシィアの証文を持って部屋に入ってきた。
店主は、レティシィアがショウ王子の世話になるのを受け入れたと聞いてホッと安堵する。プライドの高いレティシィアが自立しようと計画しているのは察していたが、これほどの美人が一人暮らしなどしたら危険だと案じていたのだ。
「レティシィア、幸せになるんだよ」
そう言うと証文をレティシィアに渡した。レティシィアはこの一枚の証文のせいでと涙を零しそうになったが、凄みのある笑顔を浮かべてビリビリに破り捨てた。
「お世話になりました」
芸妓として苦労は数知れずしてきたが、不当な扱いをせずにいてくれた店主に頭を下げて、レティシィアはショウと娼館を後にした。
小さな包み一つのレティシィアに、ショウは怪訝な顔をしたが、此処の物は持って行きたく無かったのと言われて納得する。
サンズを呼び出して、ミヤから聞いていた屋敷へと向かった。
『ショウ、良かったね! おめでとう!』
サンズの祝福の声にテレるショウだったが、鞍を付けてないからレティシィアを前に抱いたまま飛行していたので、怖く無いかと心配して尋ねる。
「いいえ、とても気持ちが良いわ! 何もかも飛んでいく爽快な気分だわ」
やはりレティシィアに第一夫人になって欲しかったなぁと愚痴りながらも、こんなに魅力的だと理性が保てないので、ショウは諦めるしかない。
ミヤは王宮から少し離れた海岸近くの屋敷を、用意してくれていた。そつのないミヤは、気のきいた女中頭と数名の女中、庭師と護衛をかねた召使いを数人雇っていた。
「レティシィア、必要な物は女中頭に言ってくれ」
落ち着いた女中頭は、ショウとレティシィアに頭を下げてから、屋敷の中を案内する。
レティシィアの部屋には、何枚もの新品の服や下着が用意されてあり、その気配りに感激した。
「これは全てミヤ様が手配して下さったのね。是非、お会いしたいわ」
二人でゆっくりと朝食を食べながら、東南諸島一の遣り手であるミヤの話ばかりしていた。
「レティシィアは、本当に第一夫人になりたいんだなぁ」
ショウはミヤに会わせてあげるよと約束して、レティシィアにキスをすると離宮へと帰った。昨日、帰国したばかりで、しなくてはいけない事が山積みだったのだ。
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