第八章 ショウ王太子
第1話 新しい生活準備
マスカレード号でレイテに帰ったショウは、離宮にサンズで飛んで帰った。
「お帰りなさい」
ピップスに出迎えられて、ショウはシリンと挨拶を交わしているサンズを好きにさせておいて、鷹舎へと向かう。
「ねぇ、もう雛は孵ったよね?」
ピップスは、少し複雑な顔をして、多分と答える。
「えっ? まさか、孵らなかったの?」
足を止めてピップスに質問したら、鷹匠が鷹舎に入れてくれないのですと肩を竦める。
「でも、ターシュとは……そうか、ピップスはターシュと話せないのか。ターシュは、元気にしているんだね?」
「ええ、ショウ王子に言われた通り、取れたての魚を投げてやってます。鷹舎に運んで行くから、白雪にプレゼントしているのだと思いますよ」
なら、雛は無事に孵ったんだと、ショウは鷹舎へ走り出す。王宮の鷹舎の前には、鷹匠と弟子が椅子を置いて見張っていた。
「ターシュの雛を見たいんだ」
鷹匠は誰にも鷹舎の中に入って欲しくないと、ショウにも臆せずに言い切る。ショウはエドアルド国王に雛の様子を手紙で知らせなくちゃいけないのだと、鷹匠に中に入らせてくれと頼んだが、頑固に拒まれる。
『ターシュ!』
ショウの肩にターシュが止まるのを、鷹匠はうっとりと眺める。
『ショウ、お帰り』
『ターシュ、雛を見たいんだ。エドアルド国王が、雛の様子を知りたがっているからね』
ターシュは首を傾げて考えこむ。
『私は気にしないが、白雪は嫌がるだろう。もう少し大きくなるまで、人に会わせたくないのだ』
鷹匠はショウの言葉しか聞こえなかったが、顔の表情でターシュが何と答えたか推測して、満足そうに頷く。
『じゃあ、何羽孵ったのか。羽の色とかは教えてくれるよね』
ターシュは、ショウの肩から上の木の枝に飛び上がって、フンと鳴いた。
『エドアルドが雛を取り上げるつもりなら、許さないぞ』
鷹匠はターシュの言葉が聞き取れない筈なのに、ニュアンスで内容がわかったのか顔色を変える。
「ショウ王子、まさかカザリア王国に雛を渡すのですか?」
ショウはターシュと鷹匠に睨まれて、しどろもどろで説明する。
『ターシュは、エドアルド国王のものだし……』
『違う! 私は誰のものでもない! ただ、エドアルドの元にいつかは帰るという約束をしているだけだ。でも、子育て中は白雪と雛の側から離れない』
『そうだね、ごめん。ターシュの好きにして良いよ。雛達も此処で暮らすか、カザリア王国で暮らすか、成鷹になって選べば良いと思う』
プライドの高いターシュに失言を詫び、自由に選べば良いと言って、いきり立って羽根をバサバサさせているのを宥める。
「それじゃあ、雛は此処で育てて良いんですね」
鷹匠もホッとした様子で、ショウは何かあったのかと尋ねる。
「カザリア王国の駐在大使が、ターシュの雛を見たいと申し込んできたのです。白雪から雛を取り上げたりしたら、雛は生きてられませんよ」
「エドアルド国王も、そんな事を望んではおられないよ。ただ、どんな雛が孵ったのか知りたいのだと思う。ターシュを愛しておられるし、雛を見たいと努力し続けてこられたのだから」
鷹匠は雛を取り上げられないと知ると、嬉しそうに三羽の雛の様子を話しだす。
「まだ、雄が雌かわからないんですが、三羽の内のニ羽はターシュにソックリの羽根色です。残りの一羽は白雪に似て、真っ白ですよ」
厳めしい鷹匠の顔が、雛の話をしだすと目尻が下がってメロメロになっていくのを見て、雛の世話は任せておけば良いと安心する。
「雛を見せても良いと判断したら、教えて下さい。その時にシェパード大使をお連れするかもしれませんが、雛を取り上げたりさせませんから安心して下さい。え~と、ところで雛が独り立ちするのには、何ヶ月かかるのかな?」
「巣から出るのは、一ヶ月ぐらいです。その頃ならお見せできます。でも、当分は親から餌を貰いますし、独りで狩りができるようになるのは半年以上先ですかねぇ」
なるほどと、ショウはエドアルド国王にターシュの雛の報告を書かなくちゃと思い、肝心な話せる能力の雛がいるかは未定だなぁと首を振って離宮へ帰る。
「おい、帰国の挨拶は抜きか?」
ショウの部屋で寛いでいる父上に、開口一番に叱られて、やれやれレイテに帰った実感が湧くよと溜め息をつく。
「今から挨拶に行くつもりでした。ターシュの雛を見に行っていたのです」
アスランは寄りかかっていたクッションから起き上がって、見れたのか? と尋ねる。
「父上も、鷹匠に追い返されたのですね。孵ってから一ヶ月もすれば、巣から出るそうです。それまでは白雪が神経質になるから、駄目だって」
アスランはガッカリして、クッションに寄りかかる。
「あの頑固親父! 鷹匠として一流でなければ、首を斬ってやりたいところだ。白雪は私の鷹なのに、会わせてくれない」
父上の怒りの言葉で、ショウは能力が高いから変わった趣味を我慢している、バッカス大使を思い出して苦笑する。
「父上、バッカス大使は……」
不愉快なことを言うなと、アスランは手を振って黙らせる。
「奴はケシャムの従兄弟だ。だが、それを言い出したらキリが無いぞ。お前もケシャムのハトコになるしなぁ」
嫌な顔をしたショウに、先先代の悪行を教えてやりたい衝動に駆られたが、まだ王家の暗部を知るには早いだろうと、話題を変える。
「魔法を使い過ぎて、倒れるだなんてヘナチョコめ! 身体をもっと鍛えて、体力をつけないと駄目だぞ」
ショウは耳に痛かったが、その通りだと反省する。
「バッカス大使より剣の腕が劣っているのは、拙いよなぁ……」
細かいお説教は、ミヤとフラナガンに任せると立ち上がり、今夜はレティシィアが待っているぞ、と言い捨てて部屋から出て行った。
「父上~、どうすれば……」
ちゃんと面倒を見ろよ! と振り払って王宮に帰って行くのを恨めしく思う。
「ショウ王子、ご帰国お待ちしてました」
レティシィアのことで悩んでいたショウは、がっしりとフラナガン宰相に捕まえられて、王宮へと連れて行かれた。
「真珠の養殖の為の器具を買いにカザリア王国へ行かれる予定が、何故マルタ公国でイルバニア王国の人質を救出する羽目になったのですか? 何もかも引き受けているから、倒れたりするのです」
延々とフラナガン宰相にお説教されたが、嵐の中で自国の商船隊を救難したことと、イルバニア王国に大きな恩を売ったことは褒めてくれた。
「これでプリウス運河での不公平を改善させられますね。まぁ、平等とまではいかなくても、今のは酷すぎますからね」
ショウも嵐に遭った商船隊には、本来ならプリウス運河が通行できる中型船も含まれていたと眉をしかめて、順番待ちが不当に長いのが改善されたら良いなと思う。
長いお説教が終わり、フラナガン宰相とお茶を飲みながら、ショウはレティシィアの件を相談する。
「えぇ? 何を悩んでいらっしゃるのですか? もしや、ショウ王子は……」
疑いの視線を向けられて、ショウは慌てて否定する。
「僕は女の人が好きです!」
古狐のフラナガン宰相は、わかってますよと笑って、なら悩む必要無いでしょうと忙しそうに席を立つ。
ショウはレティシィアが年季明けなら、娼館から出て行く先が必要だよなぁと溜め息をつく。
「僕の手に余るよ……でも、ララのお祖母様だから、ミヤには相談できないし……」
本当ならミヤに相談して、レティシィアの身の処遇を決めて貰うのだけど、婚約者のララの祖母に愛人の世話をして貰うのは変だと思う。
「ショウ、お帰りなさい。倒れたと聞いて心配しましたよ」
ショウはミヤにもお説教されて、わかってますと答える。
「本当にわかってますか? 健康でなければ、国を支えていけませんよ」
いつもは優しいミヤに厳しい口調で叱られて、本当にショウは反省した。
「もう少し身体を鍛えるつもりなんだ。武術訓練も真面目にするよ」
ミヤは王子として、忙しいショウがもっと身体に気を付ける必要があると心配していたのだ。
「ピップスは良い子ですが、ショウの側近としては未だ未熟です。彼が成長するまで、他に数名の側仕えが必要になってきますよ。正式に王太子となれば、今より負担は増えます。貴方の手足として、動いてくれる者が必要です」
ショウもその点は気づいていたので、ミヤに同意する。
「僕には側近と第一夫人が必要なんだ。どこで見つけるのかなぁ」
ミヤは前途多難ねぇと溜め息をついたが、気分を変えましょうと、ショウを促して王宮を挟んで後宮の反対側にある離宮に向かった。そこでは忙しそうに大工や左官が離宮を改修工事をしていた。
「此処がショウの住まいになるのですよ」
今住んでいる離宮の数倍ありそうで、ショウは驚いた。
「当たり前です。この離宮には簡単にですが、表と後宮が配置されているのですから。後宮には何軒かの離れがあり、回廊で表と繋がっています。先ずは、ララ、ロジーナ、メリッサ、レティシィアの部屋を用意してますの」
さらりとレティシィアの部屋を用意してあるとミヤに言われて、ショウは真っ赤になる。
「でも、この離宮の改修工事が済むまでは、此処には住めませんから、仮の住まいを手配してありますよ。言っておきますが、レティシィアを泣かせてはいけません。彼女は必要以上の苦労をしたのですから。フラナガン宰相から、真珠の養殖を考えていると聞きました。レティシィアに手伝って貰うと良いでしょう。彼女が素直に後宮に入るとは思えませんが、自分が役に立つ、自分の居場所があると感じれば、いずれは用意してある部屋が役に立つでしょう」
ズバリとショウが悩んでいたことをミヤに解決して貰って、本当に第一夫人が必要なんだと心の底から実感する。
「ミヤみたいな第一夫人は、どうしたら見つかるのかな?」
成人式を終えたらミヤからも独立するんだと、この時やっとショウは気づいた。
「貴方の一生のパートナーなのですから、真剣に探しなさい。そして、見つけたら口説き落とすのですよ」
ミヤは未だ幼い子供達を抱えていたので、アスランの申し込みを何度も断ったのを思い出して苦笑する。
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