第15話 第一夫人

 ショウがニューパロマに来ているのを知って、スチュワート皇太子夫妻が簡単な夕食会を開いたり、ウェスティンに参観へ行ったりと、なかなかメリッサと二人きりになれない。


「拙いなぁ、このままじゃあ。今夜こそ、メリッサにプロポーズしよう!」


 ショウは、第一夫人を目指すメリッサがいずれ自分の元を離れていくのが、理屈では理解できていても、本心からは納得できていないから、グズグズしているのだと悟った。


「プロポーズの前に、話し合わなきゃ」


 メリッサの意志と、自分としては子供に寂しい思いをさせたくないという思いとを、曖昧にしたままではプロポーズどころでは無いと、ショウは大学から帰ってきたメリッサとサロンでじっくり話し合う。


「メリッサ、第一夫人になる気持ちは変わりは無い?」


 メリッサはショウの許嫁になった頃は、さっさと子供を産んで第一夫人を目指そうと考えていたが、離れがたく感じている。


「ええ、第一夫人になりたいと思ってます。ずっとショウ様のお側にいたい気持ちもあるけど、自分の力を試してみたいの。そのために、今も必死で勉強しているの」


 ショウは、メリッサの意志が堅いのに溜め息をつく。


「メリッサが第一夫人を目指すなら、それは仕方がないけど……もし、子供が産まれたら、成長するまでは一緒にいてやって欲しいんだ。僕はミヤに育てられて文句は無いけど、やはり少し寂しかったから……」


 メリッサは、その為にショウにはしっかりとした第一夫人を選んで欲しかった。


「それは、タイミングがあえば良いですけど。私が第一夫人になりたいと思う人が、子供が幼い時に現れたらどうなるのですか?」


 ショウは言葉に詰まる。


「ショウ様の仰ることは、理解できます。私もある程度育ててから、第一夫人になりたいと願っていますが、こればかりは約束できません」


 金褐色のメリッサの瞳が陰るのをみて、ショウは仮定の話で悲しませる必要はないと思う。


「御免、メリッサだって、このくらいの事はとっくに考えていたよね。第一夫人になるタイミングなんて、誰にもわからないよ。僕はメリッサにずっと側にいて、あれこれ相談に乗って貰いたいんだ」


 メリッサもショウの側を離れがたく感じていたが、大勢の妻達と寵を争うだけの人生は、自分には無理だと首をふる。


「メリッサ、僕は本当は君を手放したく無いんだと思う。理解のある振りをしてきたけど、馬鹿だよね。こんなに綺麗で、話しても楽しいメリッサを、他の男に譲りたくないよ。僕の第一夫人になって欲しいけど、絶対欲望に負けちゃう自信があるから無理だよなぁ」


 めためたなショウの口説き文句にメリッサはグラッときたが、自分も欲望に負けて押し倒しそうだと笑う。


「僕は子供の頃、父上がミヤと何故子供をつくらないのかと兄上達に質問して叱られたんだ。父上はミヤの部屋で本当に寛いでおられたからね」


 メリッサは、第一夫人の意味がわかってなかったのねと微笑む。


「私はショウ様の第一夫人にはなれないわ。今すぐでも結婚し……」


 ショウは逆プロポーズされかけて、慌てて手でメリッサの口を押さる。この前はキスでメリッサに口を閉じさせられて、そのままいちゃついてプロポーズし損ねたのだ。


 ポケットから小箱を取り出して、深い夜空のようなラピスラズリの指輪を取り出して、『瑠璃』と唱えた。サイドのダイヤモンドの輝きを吸い込むように煌めきだした指輪をメリッサの薬指に填めながら、ショウは結婚して欲しいとプロポーズする。


「きっと、メリッサを手放したくなくなるけど、このまま結婚しないのも無理なんだ。だめだめな僕だけど、結婚してくれる?」


 メリッサは本当にロマンチックじゃないわねと笑いながら、勿論よ! とキスをする。二人でキスを繰り返していたが、メリッサから第一夫人を見つけなきゃ駄目よ! と難問を突き付けられる。


「第一夫人? それは、いつかは見つけなきゃいけないとは考えているけど……」


 メリッサは懇々と第一夫人の必要性をショウに説教する。


「ショウ様、ララ、ロジーナ、私、それからミミと結婚されるのでしょ。絶対に第一夫人が必要よ! 皆が揉めるのを見たく無いでしょ」 


 それは嫌だったけど、第一夫人って何処で見つけるのかショウには見当もつかない。


「父上とミヤを見て育ったからかな? 心より信頼できる相手じゃないと第一夫人は選べないよね」


「当たり前よ! 第一夫人はショウ様の人生のパートナーなのですもの。それに、ショウ様の子供達の教育も引き受けるのよ。財産の管理も任せるのだから、経済面もシッカリした人じゃないと駄目よ」


 ショウはふとレティシィアを思い浮かべた。メリッサは勘も鋭かったので、誰か心当たりがあるのねと問いただされる。


「いやぁ、総て完璧だけど……無理なんだ」


 ショウの慌てた口調で、メリッサはピンときた。


「ショウ様? そんなに魅力的な方なの?」


 ショウは、しまった! プロポーズした直後に、他の綺麗なお姉様のことを考えていたので、必死に誤魔化しにかかる。


 ショウはあたふたと否定して、どうにかロマンチックな方向に持っていこうとしたが、メリッサにはかなわない。尋問のテクもメリッサはショウより上で、レティシィアのことを白状させられた。


「レティシィアも第一夫人を目指しているのね。そうか、色っぽいと問題があるのね……」


 ショウもレティシィアやメリッサは色気が有り過ぎて、第一夫人に選んだ相手もくらくらしちゃうのではと心配する。


「そうねぇ、ある程度年齢を重ねてから、第一夫人になる相手を選ぶ必要があるかも。此方はその気が無くても、相手がそういう気持ちを持ったりしたら、他の夫人達に示しが付かないわ。レティシィアさんと会いたいわ」


 全くロマンチックじゃないなぁと、ショウは溜め息をつく。


「え~と、メリッサはレティシィアが僕の後宮に入っても問題が無いと思うの? 嫉妬とかしないの?」


 まぁ! とメリッサに押し倒されて、上からキスをされる。


「嫉妬するに決まってるでしょ! それを抑えて、仲良くしようと思っているのよ。色々と教わりたいことがあるもの……あっ、ショウ様も教えて貰うのかしら?」


 色っぽく迫られて、ショウは逃げ出したいような、このまま先に進みたいような、くらくらと欲望との戦いに負けそうになったが、世話焼きのパシャム大使は、ほぼ一年後の結婚式までメリッサのお腹が大きくなってはいけないと邪魔に入る。


「ショウ様、注文していた小刀が出来上がってきましたよ」


 サロンの扉をノックして、邪魔をするパシャム大使を、二人で罵ったが、仕方無いなぁと扉を開ける。


 目ざとくメリッサの婚約指輪に気づいたパシャム大使は、狂喜乱舞して、宴会です! と騒ぎ立てたので、ショウは本心からウンザリした。

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