第14話 メリッサへのプロポーズ?

 ショウはマスカレード号に乗って、プリウス運河を通過していた。


「フィリップ皇太子が、優先通過許可証を下さったお陰ですね。近頃はプリウス運河の順番待ちするぐらいなら、ペリニョン岬を回った方がましだと言う船長も出てきてます」


 確かに、待たされていた商船からは、恨めしそうな視線を感じたなぁと、ショウは肩を竦める。


「プロポーズの足止めをしたのを、メリッサ姫に恨まれては困りますから」


 どこまで本気なのかフィリップに気の毒がられて、優先通過許可証を貰ったショウは、プリウス運河のなかなか進まない二次工事を眺める。


「なかなか大型船は、通行できそうにありませんね」


 ヤング艦長は大型船が通行できるようになったら、もっと順番待ちが長くなるだけですよと、悲観的な意見を述べる。


「確かにね~、順番待ちの件はずっと交渉中なんだよなぁ。イルバニア王国の商船が優遇されているもんなぁ」


 ショウはヌートン大使とイルバニア王国と話し合っていたが、彼方も譲りそうにないと溜め息をつく。


「そうだ、マルタ公国での人質交換をしたことありますか?」


 ヤング艦長は苦虫を噛み潰した顔で、ありますよと答える。


「あまり、愉快な記憶じゃ無さそうだけど、話して欲しいんだ。実はグレゴリウス国王から、マリーゴールド号に乗っていたパロマ大学に留学する予定だった子息達が、マルタ公国で人質交換されないか調査を依頼されたんだ。僕は身の代金を要求されるなら、とっくに手紙が家族の元に届いていると思っているんだけど……」


 ヤング艦長はう~んと、腕組みして考え込む。


「若い令嬢なら、命は助かっているでしょうがねぇ。子息達ねぇ? でも、あり得るかもしれませんよ。海賊達は強欲ですから、身なりが良い子息達をマリーゴールド号の偽装のほとぼりがさめた頃に、身の代金を要求しようと、閉じ込めているかも。食べ物は粥でも食べさせておけば十分ですし、捕虜の間の食い物代も家族に上乗せして請求すれば良いのですから」


「阿漕だなぁ~」


 ショウの言葉に、当たり前です! とヤング艦長は海賊達の悪口を言い立てる。


「前に人質交換した時、痩せ老いぼれた商人を迎えに来た息子は父親だとわからなかったぐらいですよ。死なない程度にしか、食事を与えて無かったのでしょう。酷い臭いでしたし、感動の再会どころか……」


 まぁ、臭い父親と抱き合う気持ちにはなれなかっただろうなぁと、ショウは肩を竦める。


「あっ、そうかぁ! 子息達が本当に人質にされていたら、マルタ公国と開戦したら拙いよねぇ。バッカス大使は調べられるかなぁ?」


 ショウは、駐マルタ公国のバッカス大使とは面識が無かったので首を傾げる。


「バッカス大使なら海賊の上前をはねそうですから、大丈夫ですよ!」


 ショウは自国の大使に対する評価として、それは問題なのではと眉をしかめる。


「あまり関わりあいたくない大使だなぁ」


 ショウは何だか背筋がゾクゾクッとした気がして、さっさとレキシントン港へ着けば良いなと思った。海賊が跋扈しているアルジエ海だが、東南諸島の軍艦に仕掛けてくるわけも無いので、順調に航海は続いた。


 ショウは甲板でサンズに寄りかかって、帆に風を送り込みながら、メリッサに何とプロポーズするか考える。


「第一夫人を目指しているメリッサは、いずれは僕の元を去って行くんだよなぁ。僕はミヤに大切に育てられたから、文句は無いんだけど……。エリカやパメラを見ていると、女の子は可哀想なんだよね。ララやミミの母親のラビータみたいに、ある程度成長してから第一夫人になって貰いたいなぁ」


 これはプロポーズの言葉じゃないよなぁと、ショウは溜め息をつく。


「メリッサ……愛している? ちょっと違うなぁ……いや、愛しているのは確かだけど……」


 ショウは、メリッサのどこが好きなのか考えてみる。


 メリッサの色っぽいのも好きだし、緩いカールした髪も好きだ。賢くて、打てば響くような所も好きだし、ちょっとおっかない所も大好きなんだ。勉強に熱心なのも尊敬できるし、相談に乗って欲しいとショウは思う。


「あぁ~、全くプロポーズになってないよ~」


 サンズはショウの悩みには助けにならないと、大きな溜め息をつく。



 プロポーズの言葉は考えつかなかったが、マスカレード号はレキシントン港へ無事についた。サンズでニューパロマの大使館を目指しながら、ショウはまだプロポーズの言葉を思い悩んでいたので、テンションの高いパシャム大使の熱烈歓迎ぶりについていけない。

   

「ショウ王子、お久しぶりです。何か大人びられたようですねぇ! ああ、勿論、成人式を迎えられるのですから、当たり前ですよ!」


 ぽんぽこ狸にしか見えないパシャム大使のはしゃぎように、ショウは落ち着くまでは、メリッサへのプロポーズどころではないなぁと溜め息をつく。


「ちょっと、注文したい物があってニューパロマまで来たんだ。優れた切れ味の刃物を取り扱っている店を知らないか?」


 ショウはパロマ大学に留学中にスチュワートに案内されて、刀店に行き弟のマルシェに万能小刀を買ったことがあったが、今回のようなメスを注文できるのかわからなかった。


 パシャム大使は用事を言い付けられて、尻尾があれば振り切れんばかりの喜びようで、職員に問いただして案内してくれる。


 パシャム大使が案内してくれた店で、ショウは真珠貝に核を埋め込む為の切り開くメスをスケッチしたのを見せて注文する。


「何種類か試してみたいんだ。使い勝手が良いのを、後から多数発注することになると思う」


 ピンセットは医療用のを買い求めたが、メスはかなり大振りで、細かい作業には無理がありそうに思えたのだ。


「そうか! 手術も殆ど怪我とかだけなんだ。えっ? 盲腸とかなったらどうするの?」


 まだ盲腸を持っているよねと、お腹を押さえて不安になったショウだが、そういえば盲腸で死んだとか聞かないから、治療師が散らしているのかなと考える。



 馬車の中で、パシャム大使が今夜は宴会ですとハシャいでいるので、ショウは困惑する。


 メリッサにプロポーズしに来たのに、宴会でどんちゃん騒ぎをしている場合じゃないのだ。今夜はプロポーズは諦めようと先延ばしにする。


 ショウは、まだ言葉も考えついていないし、メリッサにも会ってもいなかったからだ。


 ショウが大使館に着いた時、メリッサはパロマ大学に行っていたので、パシャム大使は呼び戻そうかと言ったが、夕方には帰ってくるのだからと止めたのだ。


 でも、こうして大使館で待っていると、早くメリッサに会いたいなぁとショウは時間を持て余す。


「ショウ様、いらしていたのですか? 教えて下されば、帰ってきましたのに」


 久しぶりに会うメリッサは生き生きとして、パロマ大学での生活を楽しんでいるのがハッキリとショウにはわかった。


「いや、勉強しているのを、邪魔しては悪いと思ったんだ」


 メリッサは微笑みながらショウの側によると軽く頬を抓って、一刻でも早く会いたいとは思ってくれなかったのねと拗ねる。


「まさか、パシャム大使に格好つけたのを後悔していたよ。メリッサ、パロマ大学を楽しんでいるみたいだね」


 メリッサは相変わらずロマンチックな会話にならないショウに呆れたが、報告したい事が山ほどあった。


「ショウ様は、アン・グレンジャー教授の女性学を受講されていたのですね?」


 懐かしい名前を聞いてショウは頷いたが、短髪オカッパにするのは止めて欲しいと願った。


「ああ、あの真似っ子集団ね。髪型をグレンジャー教授と同じにしても、経済的に自立しなきゃ意味無いのにね。それより、ショウ様は私が女性学を受講していると聞いても、止めないのですね」


 ショウは自分も受講していたのに、止めるわけないと肩を竦める。


「そうね……私は女性学は面白いけど、受講している女学生達とは仲良くなれそうにないわ。だって、自立しようという意志を感じないんですもの」


 ショウは手厳しいメリッサの批評に、カザリア王国では女性が働く場所は女中か売り子ぐらいしか無いからねと擁護する。


「まぁ、そうなんだけど……」


「まさか、メリッサ、彼女達に何か言われたの?」


 東南諸島の結婚制度は旧帝国三国では誤解され易いし、特にガチガチの女性人権主義者には受け入れ難いだろうと、ショウは心配した。


「まぁ、あれこれ言われたけど、相手にしていないわ。それにグレンジャー教授の講義は面白いから受講し続けたいの、良いかしら?」


「僕に許可を求める必要は無いよ。メリッサが受講したい講義を自由に選択すれば良いんだ。あっ、そうだ! 一年後に結婚する予定だけど、何なら延ばしても……」


 メリッサにキスで拒否されて、ショウはプロポーズするのも忘れていちゃいちゃしだした。


 パシャム大使は宴会の準備ができたのに、サロンでショウ王子とメリッサ姫が良いムードなので、扉の外で行ったり来たりして待っていたが、そろそろ頃合だろうとノックする。


「ああ~、宴会好きのパシャム大使には、困っちゃうよ~」  


 ショウはいちゃいちゃする前にプロポーズするべきだったなぁと後悔しながら、パシャム大使の宴会でやけ食いする。


 マスカレード号のヤング艦長や士官達以外に、大使館の職員だけでなく、ショウの見知らぬ若い文官達が宴会には参加していた。


「メリッサの学友兼護衛としてパシャム大使が呼び寄せた文官達かな? あれ? 彼は……」


 思いがけない人物を見つけて、ショウは上座から立って酒をつぎながら近づいていく。


 ショウが宴会に参加した人達に酒を勧めるだなんて、大人になられたなぁと、パシャム大使は目をうるうるさせていたが、末席近くにいたグレーブに気づいて話をしたかっただけだ。


 ショウは、エリカの許婚だったグレーブが、パロマ大学へ留学しているとは知らなかった。


「やぁ、皆はパロマ大学で、何を勉強しているんだい?」


 十人ぐらいの文官達はそれぞれ経済や、法律と答えていく。


「ショウ王子、私は法律を勉強しています」


 グレーブはエリカの許婚に選ばれるだけあって、見るからに賢そうな青年だ。


「そうか! 僕は東南諸島の法律を整備したいと思っているんだ。余りに判例主義で、その判例も王が決めていることが多すぎるからね。しっかり学んで帰国して欲しい」


 ショウに励まされて、グレーブは感激していたが、確かにエリカは荷が重かったかもしれない。法律学者としては優れていそうな妹の元許婚の前を通り過ぎて、次の文官と話しだす。


 ウィリアムは竜馬鹿だけど、エリカに振り回されるのではなく、自分のペースで付き合い始めているとショウは良いカップルだと判断する。グレーブがエリカと結婚したら、竜姫に怯えて生活することになっただろう。


 優れた文官だろうけど押しの弱そうなグレーブに会って、ショウはエリカとの婚約が無しになって良かったと、ホッとする。


 パロマ大学に留学を許された文官達は、メリッサの学友兼護衛としてだけでなく、それぞれ次代を背負っていく人材が選ばれていた。ショウは確かに宴会も良い面があると、渋々認める。


「普段は仕事の話しかしない人達と、宴会で親しくなるのは良い事ですよ」


 パシャム大使に腹の底を見透かされて、ショウはがっくりきたが、それと宴会好きは別だろうと溜め息をつくばかりだ。このままではメリッサにプロポーズできないと、朝にしようと決意して長い宴会に耐えた。



「しまった! 寝過ごした!」


 勧め上手なパシャム大使に酒を飲まされて、メリッサが大学へ行く前に、庭の東屋でプロポーズしようとしていたのに台無しだと、ショウは布団に怒りをぶつける。


 大使館の召使い達はショウが目覚めたので、洗面の用意をしようと部屋で待機していたが、布団と格闘しているのを呆気に取られて見る。


「ショウ王子、ああ、まだお着替えでは無いのですか? お前達、お風呂の用意をしなさい。王宮へお越し下さいと、エドアルド国王から手紙が届きました。さぁさ、ベッドから出て下さいよ」


 ショウはベッドから這い出ながら、メリッサは? と尋ねたが、案の定、大学に行かれましたよとパシャム大使に急かされる。


「それより、エドアルド国王は何の用かなぁ?」


 カザリア王国とも山ほど問題を抱えていたが、緊急を要する物は無かった筈だと、ショウは首を捻る。


「さぁ、ショウ王子がニューパロマに来られたのを知って、何か思いついたのでしょうかねぇ? ああ、ローラン王国に造船所を建設する計画を聞きつけて、自国の北西部に誘致しようとか? そうなれば東南諸島の軍艦が警備しますし、商船でもカザリア王国では立派な軍艦になりますからねぇ」


 やれやれとお風呂に浸かったショウは、サラム王国が無ければ、ローラン王国よりカザリア王国の方が好条件かもと考える。


 しかし、ショウやパシャム大使の意表をつく用事で、エドアルド国王は呼び出したのだ。


「ショウ王子、ニューパロマへようこそ。ところで、ターシュは何処かな?」


 これッ! とマゼラン外務大臣に制されていたが、ショウとパシャム大使は呆気にとられてしまう。


「あのう、ターシュは真冬のローラン王国からレイテに帰ったばかりで、ニューパロマの寒い空は御免だと付いてきてないのです」


 エドアルド国王は、残念そうな顔をする。


「そろそろ、ターシュが帰ってくるかなぁと思っていた時に、ショウ王子が来られていると聞いて……。帰ってくる気が、あるのだろうか?」


 ショウはちょっと言い難い事だったが、いずれシェパード大使から報告書が届くだろうと腹を括る。


「いずれはエドアルド国王の元にターシュは帰ってきますよ。ターシュもそう言ってましたから……」


 話し難さに遠回しで伝えようとするショウの奥歯に物が挟まったような言い方に、エドアルド国王のみならず、マゼラン外務大臣やパシャム大使すらもイラッとする。


「まさか、ターシュは体調を崩しているのか? 真冬のローラン王国は、年がいっているターシュにはキツかったのではないか?」


 ショウに詰め寄るエドアルド国王を、マゼラン外務大臣とパシャム大使が引き離す。


「ショウ王子? ハッキリ伝えた方が良いですよ。ターシュはどうしてニューパロマに付いて来なかったのですか?」


 エドアルド国王が絆の竜マルスに次いで大事にしているターシュに不具合でもあったのかと、パシャム大使も慌てる。


「え~、極寒のローラン王国から、真夏のレイテに帰って……王宮に飼われている白雪という美鷹にターシュは発情しちゃって、今は卵を交代で暖めています。あっ、雛が孵った頃かな? 子育てが終わったら帰ると思いますよ」


 エドアルド国王も、王宮に優れた雌鷹をそれこそ何羽も毎年春に用意した。


「何故だ! 私がどれほどターシュの雛を見たかったか……」


 ショウは多分ローラン王国の寒さとレイテの暖かさの差が激しかったからでは? と肩を竦める。


「まぁまぁ、ターシュが子孫を残してくれたのは、目出たい話ではないですか。ショウ王子、ターシュの雛達は渡して頂けるのでしょうなぁ」


 落ち込んでいるエドアルド国王の代わりに、マゼラン外務大臣が雛達の所有権を主張する。ショウは空を飛ぶ鷹を縛りつけるのはどうかなぁ? と思う。


「あのう、ターシュの雛であるのは確かですが、アスラン王の白雪が卵を産んだのですよねぇ。ショウ王子? 何個、卵がありましたか」


 まさか、雛の所有権争いを、パシャム大使がする気なのかと驚いて制する。


「卵が何個あったかなんて知りませんよ。それにターシュがニューパロマに帰る時に、雛達を連れて帰りたいなら、僕はそれで良いと思ってます。ただ、雛達が成鷹になって、暖かいレイテで暮らしたいと思ったら、自由にさせてやって下さい」


 パシャム大使もマゼラン外務大臣も、大人の対応だとショウを見直す。


 でも、だめだめなショウはメリッサへのプロポーズができずに数日過ごすのだった。

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