第13話 フィリップ皇太子とショウ

 やっとミミへのプロポーズを終えて、ショウはリューデンハイムの寮に送っていった。


「もしかして、ミミ姫にプロポーズしに来られたのですか?」


 ヌートン大使に呆れられたが、その通りなので弁解はしなかった。


「エリカとウィリアム王子の件も気になっていたんだよ。上手くいっているみたいで安心したよ」


 ヌートン大使のイルバニア王国の今の政情をご存知なのですかという非難がましい目を避けて、かかわりたくないとメーリングへ逃げ出そうとしたが、果たせなかった。


「フィリップ皇太子がお見えです」


 もう! ヌートン大使が引き止めているからと、ショウは怒ったが、ウィリアムから聞いたのですよとスルーされる。


「え~、いないってことには出来ないよね」


 当たり前ですとヌートン大使に叱られて、兎も角、言質を取られないように気をつけて下さいと応接室に入る前に注意を受ける。


「突然、お邪魔しまして済みません」


 普通なら他国の大使館で王子に面会を求める場合は、手紙を出してから訪問するのがマナーだ。それを破ってまで訪問してきたフィリップ皇太子の用事なんか、聞きたく無い物であることは察しがついたが、ショウもヌートン大使もにこやかに迎える。


「フィリップ皇太子、もうすぐ婚礼ですね、おめでとうございます。リリアナ嬢も婚礼の準備でお忙しいでしょう」


 ヌートン大使の社交辞令に、フィリップ皇太子もありがとうございますと返事をして、ショウの成人式にはリリアナと参列したいと一見は和やかな会話が続く。


「ところで、失礼を承知で大使館まで押し掛けましたのは、ショウ王子がいらっしゃるとウィリアムから聞いたからです。ショウ王子はローラン王国のゾルダス港でペィシェンス号に偽装したマリーゴールド号を海賊から奪還して下さったのですよね。実は、その件で船主の遺族がお礼を申したいと言ってまして」


 今のユングフラウに長居は無用だとショウは考えていたので、自分は艦長任せでしたのでと直接かかわってないとシラをきる。


「おや、アリエナからショウ王子が海賊船に乗り込んだと手紙に書いてありましたが……」


 ショウな内心でチェッと舌打ちする。妹達がローラン王国とカザリア王国に嫁いでいるから、細かい所までチェック済みなのだ。


「さぁ、大袈裟に褒めて下さったのでしょう。マリーゴールド号はカドフェル号が奪還しましたが、実際の指揮はアレクセイ皇太子が取っていらしたので、ご遺族の方にはそうお伝え下さい」


 あくまでサブでしたとスルーされて、フィリップは元々話の糸口に過ぎなかった遺族の件は放り出してしまう。


「実は父が、ショウ王子と話したいと申しているのです」


 でたぁ! とショウはフラナガン宰相仕込みの笑顔満開で受け止める。


「いやぁ、困りましたねぇ。凄く恥ずかしい話なのですが、私はやっとプロポーズをして回っているのです。今日、やっとミミにプロポーズしたばかりで、これからニューパロマにメリッサにプロポーズをしにいかないといけないのです。年下のミミに先にプロポーズしたのが、バレないうちに行かなくては」


 一瞬、フィリップは呆気にとられたが、流石にそれで逃がしてはくれない。


「お時間は取らせませんから……」


 フィリップも、マウリッツ外務大臣に仕込まれた満面の笑顔で、強引に王宮へと案内する。


「やっぱり、ミミをメーリングに呼び出せば良かった」


 馬車が違うのを幸いに、ヌートン大使と緊急に話し合う。


「グレゴリウス国王は海戦など望んでないと、父上は言ってたけど……」


 ヌートン大使もそれは同意見だ。


「国王はそうお考えでも、国民感情が爆発しそうなのです。ショウ王子が奪還されたマリーゴールド号には、パロマ大学に留学する若い子息達が何人も乗っていたのです。悪いことに、その子息の恋人が一人悲しみのあまり自殺してしまい、恋愛体質の国民性なので、海賊に対して憎しみが燃え上がりまして……」


 ヌートン大使の言葉に、ショウは呆れてしまう。


「そりゃ、確かに婚約者が海賊に襲われて死んだら悲しいでしょうけど、それで死ぬだなんて。その上、その自殺した彼女に同情して海戦ですか? 海戦なんかしたら、婚約者どころじゃなく戦死者がでるのですよ」


 わけがわからないと、ショウは肩を竦める。ヌートン大使も理解不能だと首を振る。


「まぁ、イルバニア王国は恋愛至上主義のお国柄ですかねぇ」


「お国柄で無謀な海戦を挑むのですか? 僕は御免だなぁ。そりゃ、亡くなった人達には同情するし、海賊は憎いけど……」


 馬車が王宮に着き、フィリップに案内されて、グレゴリウス国王の執務室まで通される。


「済みません、突然お呼びだていたしまして」


 父上も若さを保っているが、グレゴリウス国王も竜騎士独特の若い姿を保っているなぁと、ショウは変なことに感心する。


「いえ、先程もフィリップ皇太子に説明していましたが、マリーゴールド号については、ローラン王国のアレクセイ皇太子の方が詳しいです」


 ショウがマルタ公国との問題にかかわりたく無いと、最初から及び腰なのにグレゴリウス国王は苦笑する。


「ですが、マリーゴールド号を奪還したのは、東南諸島連合王国のカドフェル号だったと聞いています。奪還費用もカドフェル号に支払った筈ですが」


 それは事実なので、ショウはそうですと渋々頷く。


「少し、その時の事情をお聞きしたいと思って、ショウ王子にご足労かけたのです。今、ローラン王国からの難民への風当たりが強くなって、キャンプへの嫌がらせが絶えません。それというのも、マリーゴールド号に乗っていた海賊達がローラン王国の難民だったとの噂が広まったからなのです」


 ショウは溜め息をつく。


「国王陛下、それは噂の通りなのです。マリーゴールド号の乗組員達は、殆どがローラン王国の難民あがりでした。ただ、マリーゴールド号は武装海賊ではなく、メーリングまで船賃で密航させてやると難民達を騙して、女子供はマルタ公国で売り飛ばす詐欺をする海賊だったのです。乗組員達の何名かは海賊行為を強要された難民の若者で、抵抗もできず投降しました」


 グレゴリウス国王は救いようの無い話に顔色を暗くしたが、娘のアリエナが嫁いだローラン王国が立ち直らない限り、難民が出るのだと拳を握り締める。


「それでも、アルジエ海で行方不明になったマリーゴールド号が、ローラン王国のゾルダス港へペィシェンス号として寄港するだなんて早業です。どこかで偽装を施したのに決まっています」


 どこかって、マルタ公国に決まっているのにと、ショウはグレゴリウス国王が何を言いたいのか困惑しながら聞く。


「マリーゴールド号にはユングフラウの数人の若者が、スーラ王国経由でカザリア王国に向かう為に乗船していました。彼等は身なりも良く、もしかしたら偽装工作された場所で捕らわれていないかと、被害者の家族達は期待しているのです。今、我が国とその偽装工作したかもしれない場所とは、連絡が取れない状況なので、ショウ王子に調査を依頼したいとお呼び立てしたのです」


 マルタ公国と名前で非難しないのは、万が一にもその若者達が生きて人質になっていないかと、微かな望みを持っているからだとショウは理解する。


「国王陛下、人質なら身の代金の要求が、彼等の家族に届く筈です。確かに、身の代金が要求されて、抵抗しなかった乗組員達が生きて返されたケースもありますが、その場合は手紙が早々に送り付けられます。長期間、人質達を食べさせておくのは、コストが掛かりますからね」


 ショウの言葉はグレゴリウス国王も承知していたが、爆発寸前の国民感情を抑えられたらと期待したのだ。ヌートン大使は調査ぐらいで帰して貰えたら御の字だと、マルタ公国の大使館へ通達して置きますと申し出る。


 二人を馬車までフィリップは見送りに付いて来て、やはり人質にされてないでしょうねと溜め息をつく。


「父上は、この件と私の結婚式は別だと言われるのですが、リリアナは気にしています。彼女と同年齢の令嬢が自殺したのを、同情しているのです。もし、開戦となれば結婚式どころではないですし、このままの状況でも晴れやかな気分で挙式はできませんね」


 ショウはグレゴリウス国王と目の色以外はそっくりのフィリップが、やはりイルバニア王国気質の恋愛至上主義者だと知って驚く。勿論、フィリップも海賊に襲われた遺族達を心配しているし、マルタ公国に怒りを感じてはいるのだが、それよりも愛しいリリアナが心を痛めている方を悩んでいる口調に感じた。



 帰り道でショウはヌートン大使へ自分の感触が間違っているのか尋ねる。


「いえ、ショウ王子の感じた通りだと思いますよ。でも、だからといってフィリップ皇太子が万が一開戦した時に、女々しい態度を取るとなど思わないで下さい。イルバニア王国の竜騎士や陸軍は地上最強です。ただ、彼等はご婦人に弱いだけで、敵には強いのです。今、イルバニア王国は婚約ラッシュですよ」


 婚約ラッシュ? ショウが首を傾げているのに、ヌートン大使はチッチッと指を立てて振りながら説明する。


「フィリップ皇太子、ウィリアム王子が売れてしまったのもありますが、お年頃の令嬢達は戦争に行くかもしれない恋人と婚約したり、結婚式を挙げたりと忙しいのです」


「皇太子妃になるのを諦めたり、美貌のウィリアム王子が実は竜馬鹿で、エリカとラブラブ竜デートしているのを知って見限ったのは理解できますが、戦争が起こるかもしれないから婚約や結婚を急ぐのですか? むしろ、戦争が終わるまで待つ方が利口なのでは?」


 婚約者や花婿が戦死したら辛いだけだろうにと、冷静にショウは考える。


「まぁ、理屈はショウ王子の仰る通りなのですが、イルバニア王国気質は違いますね。第一、国王夫妻もローラン王国との開戦前に婚約したのですから、こうなってくると伝統ですかなぁ」


 先程会ったばかりの若く見える外見を保ってはいるが、落ち着いた王者の貫禄も感じさせるグレゴリウス国王が、開戦前にユーリ王妃と婚約したのかと、ショウは驚いた。


「それも、当時のユーリ嬢はローラン王国の勝手な言い分ではルドルフ皇太子の妃とみなされていたのですから、グレゴリウス皇太子も無茶をなさったものですよねぇ」


 ショウも歴史でバロア城の茨姫の事件は習っていたので、顔をしかめる。


「あんな騙し討ちに遭ってバロア城に監禁されて、ルドルフ皇太子と婚姻を強制されたり、グレゴリウス国王もケイロンに友好協定を結びたいと騙されて呼び寄せられて殺されそうになった国に、よくアリエナ王女を嫁がせましたね。ユーリ王妃と婚約しなくても、グレゴリウス国王を殺しかけたのですから戦争は避けられなかったでしょう」


 ヌートン大使も、アリエナ王女をアレクセイ皇太子と結婚させたグレゴリウス国王の心境は理解できかねると同意する。


「ここら辺が、イルバニア王国の理解できかねる気質なんですよね。アリエナ王女とアレクセイ皇太子が相思相愛だから結婚を許したのか、三国同盟を締結させる為の捨て石にしたのか。呑気そうであり、裏を考えれば非情な選択でもあるのです。アスラン王は傲慢で恐れられてはいますが、此処まで感情の捻れのある国に、王女を嫁がされたりしないでしょう」


 ショウも自分だったら、アリエナ王女に自分や母親の受けた仕打ちを言って聞かせて、幼い恋の芽を摘むだろうと考えた。


「陸続きの国境線を持つ国の苦しみは、僕達には理解できないのかもしれませんね。こうして、ならぬ堪忍をしながら、戦争を回避していくしか無いのかもしれません」


「まぁ、あの悪名高いゲオルク前王も、イルバニア王国から嫁いだ王女が産んだのですからね。旧帝国三国は婚姻を繰り返しています。従兄弟やはとこで戦争をやってきたのです」


 東南諸島も各国と貿易の件では山ほどの問題を抱えていたが、国境を接していないので国民の生命を脅かされるようなことはなかった。


 ショウはヌートン大使にマルタ公国への調査を任せて、メーリングへと飛び立つ。


 ミミへのプロポーズで舞い上がっていた気持ちが、シュンとしてしまったショウだ。

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