第10話 レティシィア

 レティシィアとの思いがけない再会で、ショウは色っぽい妄想にかられた。


 しかし、埋め立て埠頭の工場現場の混乱と、集会所に押し寄せる請負業者達との交渉に増員が必要な件を、フラナガン宰相と話さなきゃいけない。


 ショウは、寝不足気味で朝からテンションが低い。


「おはようございます!」 


 離宮での生活は慣れないことだらけだろうに、ピップスは朝から元気だとショウは呆れる。


「元気だなぁ、一緒に朝食を食べない?」


 ショウは本当は一人で食事を取るのが嫌いで、ピップスと一緒に食べたいと思っていたが、先に食べていた。


「お茶だけでもつき合ってよ~」

 

 ショウの言葉なので、侍従達はピップスに席を勧めてお茶をいれる。


「ピップス、今日は少し忙しくなりそうなんだ。サンズとシリンを連れて海水浴したいんだけど、おあずけだなぁ。埋め立て埠頭に増員を願いたいし、その増員される文官達を案内したいしね。それより……」


 ショウはピップスの耳元で、昨夜の件は秘密だからね! と小声で言う。ピップスは昨夜会った夢のように綺麗な御姉様を思い出して、飲んでいたお茶を咽せながら、黙っていると約束する。


「レティシィアは何であんなことを言ったのかな? どうすれば良いのか、よくわからないや……」


 昨夜から何度となく考えていたが、レティシィアの真意がつかめなくてショウは困惑している。デザートの大きな果実を頬張りながら、この件は後で考えようと一時忘れることにした。


「先ずはメリッサとミミに婚約指輪を渡しに行こう!」


 ショウは理解不能な女心を詮索するのを止めて、メリッサとミミに会いに行くために、埋め立て埠頭の増員を頼まなきゃと、朝食を切り上げる。



 ショウは、フラナガン宰相に埋め立て埠頭の増員を相談しに王宮へ向かった。


「確かに、あの巨大プロジェクトは、シーガルには荷が重いですな。何人か派遣しましょう」


 ショウは昨夜会ったアシャンドの件を言い出し難く感じる。アシャンドは、フラナガン宰相のライバルであるベスメル次官の息子だ。


 ショウ王子の躊躇いを、フラナガン宰相は理解する。


「誰か心当たりがあるのではないですか?」


 ショウは、アシャンドがパロマ大学で建築を学んできたのだと伝えた。


「ベスメル次官の息子のアシャンドですね。ショウ王子、私は初めから彼も埋め立て埠頭の工事を監督させるつもりでしたよ。貴方様は、些末な人事に頭を悩ませなくてよろしいのです」


 フラナガン宰相が自分の後任と言われているベスメル次官の息子を、不当に評価するわけがないのだとショウは安堵する。


「集会所に請負業者達が集まって、サリーム兄上達と揉めてました。巨額な資金に目が眩んだのでしょうが、初めの契約通りにして貰わないと」


 フラナガン宰相は、ショウはまだまだ経験不足だと笑う。


「これだけのプロジェクトになると、人件費も値上がりするし、資材も高騰します。請負業者達の苦情もある程度は折り込み済みですよ。でも、甘い顔をしては図に乗りますからね。サリーム王子とナッシュ王子に、王宮に来て貰わないといけませんね。ギリギリのラインを説明しなくては……」


 兄上達がフラナガン宰相にしごかれるのかと、ショウは少し気の毒に思う。


「ああ、それと埋め立て埠頭の出資をしたいという商人も多いのです。資金の募集時期に航海中だったとか言ってましたが、知り合いが投資したので乗っかりたくなったのかな?」


 フラナガン宰相は、自国の商人達の儲け話に目がないのに苦笑する。


「投資受付中、ずっと航海していたとは思いませんし、今のところは資金は足りていますね。今後、人件費や資材が目論見より極端に値上がりしない限り、二次募集はしなくて済みそうです」


 そんなにレイテの商人達が金を貯め込んでいるのは、徴税人が賄賂でも貰って目こぼししているのではないかと、フラナガン宰相は呟く。ショウはカインズ船長と徴税人にきゅうきゅう締め上げられた経験を思い出して、それは無いのではと思う。


「ショウ王子、そんなに考えを顔に出しては駄目だと、言ったでしょう。それに、徴税人も人の子ですから、常に厳しく監視をしなくてはいけません。特に税に関しては、国民全員が脱税したいと思っているのですから、平等に厳しくしなくてはいけません。他の人が徴税人に賄賂を渡して融通して貰ったなんて事態になったら、我が国は危機に陥ります」


 国民全員が脱税したいとは言い過ぎではとショウは思ったが、確かに税を払いたく無い気持ちは理解できる。


「レイテの商人達が脱税しているのかは、国税局と話し合って下さい。それより、この金余りの好機に、チェンナイ貿易拠点を開発したいですね。ローラン王国の造船所も交渉中ですが、その時に当て馬にして話したチェンナイ貿易拠点にカザリア王国から木材を運んできて、軍艦を造船するのはどうかなぁと思ってます。軍艦を他国で製造するのは、少し技術が漏れては危ないので、チェンナイ貿易拠点なら良いかと思ったのですが?」


 フラナガン宰相は、ショウの考えをアスラン王や軍務大臣と話し合ってみると答えた。


「他にも何か考えていらっしゃるのでしょう?」


 フラナガン宰相は、ショウのアイデアを聞き出すのが上手かった。


「うん、まぁね。東南諸島って、真珠を輸出しているんだね。この前、マリオ島で海に潜って真珠を取ったんだ。偶々、うまいこと真珠が取れたけど……」


 ショウは前世で真珠の養殖している場所を見学したのを、思い出した。母親が真珠を買いたいと旅行中に立ち寄った真珠島で、真珠の核になる玉をメスで埋め込む作業を兄達と興味深く眺めたのを、上手く使えないかと思う。


「我が国で取れる真珠は、南洋真珠と呼ばれて最高級品なのですよ。よくご存知でしたね」


 ショウがスーラ王国でレーベン大使に教わったと答えると、少しフラナガン宰相が微妙な笑顔を作る。


「何かあったのですか?」


「いえ、まだ問題とまでは……ショウ王子は、ジェナス王子に会われましたか?」


 ショウはジェナス王子の噂は耳にしたが、直接は会ってはいなかった。


「何か良くない噂でもレーベン大使が報告してきましたか?」


 少し間を置いたが、スーラ王国のゼリア王女との縁談もあるのだから知っておいた方が良いと、フラナガン宰相は判断する。

   

「ジェナス王子が、どうもローラン王国とカザリア王国の大使館に頻繁に足を運んでいるそうです。レーベン大使は、何やら庶子を嫁に貰ってやるとか偉そうな態度で言っているらしいと報告してきました。まぁ、イルバニア王国には庶子がいませんけど、そこにも他の二国程では無いですが顔を見せているそうですから、他にも用事はあるのでしょう」


 ショウは顔すら知らないジェナス王子の怪しい行動を、どう考えれば良いのか判断に迷う。


「蛇神様は、ジェナス王子を警戒していました。僕にゼリア王女を護って欲しいと……ジェナス王子には蛇神様の声が聞こえないから、王位にはつけません」


 フラナガン宰相は、ショウが蛇神様からそんなことを言われたのかと、興味を持って先を促す。


「多分、ジェナス王子がシェリー姫とミーシャ姫に目を付けたのは、彼女達が父親から竜騎士の素質を受け継いでいるからではないでしょうか? 彼女達は竜騎士になれなくても、産む子供にはヘビ神様と話す能力を授けてくれるかもしれないと考えたのでは……国内の神官の身内の娘も娶っている筈です。レーベン大使の元を訪れないのは、僕がゼリア王女派だと見なしているからでしょう。レーベン大使に、ジェナス王子の子供に特に注意するように伝えて下さい。彼はスーラ王国を乗っ取るつもりかも」


 フラナガン宰相も同じように考えていたが、蛇神様がジェナス王子に懸念を抱いていたと聞いて、真剣にレーベン大使に見張らせますと答えた。


「ああ、真珠を養殖するどころの話じゃ無くなったなぁ」


 血生臭いクーデターに、あのおっとりとしたゼリア王女が巻き込まれないことを祈るショウだ。話を聞くだけで嫌な男の元に、薄幸の美少女といった風情のミーシャが嫁がされることがないと良いと願う。


 フラナガン宰相は他国のクーデターよりも、自国の貴重な輸出品の真珠の養殖に飛びついてアレコレ質問しだす。


「真珠貝は内臓に入った石などから、自分の身を守る為に液体でくるんで真珠を作るのです。ちょっと気の毒ですが、真珠貝に骨を丸めた核を鋭い小刀で切って入れると、数年で真珠ができあがるのです。笊かロープに貝をくくりつけて養殖しますから、海の中を潜って探す必要もないですよ」


 フラナガン宰相は是非とも真珠の養殖をしてみましょうと、ショウをせき立てる。


「レイテがあるファミニーナ島以外の島で、特産品がない島も多いですからね。真珠が養殖できれば、現金収入になるでしょう」


 ショウは手先の器用な女の人の収入にもなるなと頷いた。


「え~と、真珠貝を殺しては元も子もないから、優れた切れ味の小刀が必要なんだ。あと、ピンセットもね。昼から増員される文官達を埋め立て埠頭の事務所に連れて行って、前からの状況を説明します。そして、ちょっと落ち着いたら、僕はニューパロマに行って、必要な器具を注文してきますね」


 フラナガン宰相は、先日帰国したばかりじゃないですか? と不審な顔をする。


「器具の注文ぐらいなら、必要なことを書いて送れば良いのでは?」


 ショウは、このままじゃあメリッサにプロポーズに行けないと、正直に何故ニューパロマに行きたいのか打ち明ける。


「今更、プロポーズですか? それにしても、まだプロポーズをしてなかったのですか。まぁ、埋め立て埠頭は長丁場ですし、名目は真珠の養殖の為の器具の購入ということで、許可しましょう。ただし、ユングフラウには長居はしないで下さいね。どうもイルバニア王国は苦手な海戦でマルタ公国に挑もうとしているみたいです。巻き込まれないように、距離をおきたいですからね」


 ショウもイルバニア王国の戦争に巻き込まれるのは嫌だったが、エリカやミミがリューデンハイムに在学中なので少し心配する。


「そうですね、でも、もし戦争になるのなら、エリカとミミは一時帰国させた方が良いかもしれません。イルバニア王国の海軍では、マルタ公国の海軍と海賊には勝てないでしょう。きっと、東南諸島の援助を求める声があがると思います」


 フラナガン宰相も、イルバニア王国が頭を冷やしてくれることを期待していた。


「我が国としてもマルタ公国のジャリース公の遣り口には、百ほど文句はあるのですがねぇ。あの位置が嵐に遭った時などには絶好の待避場所にありますし、大型商船などは補給基地に使用してますからねぇ。イルバニア王国も商船団を作って、海軍に護衛させれば良いのですが、あの海軍では海賊に勝てるかどうか」


 次から次へと問題が起こってくるなぁと、ショウが溜め息をついていると、フラナガン宰相の執務室に顔を見せたアスランに頭を小突かれてしまった。


「何を一人前に、溜め息なんかついているのだ。ララとロジーナにやっとプロポーズしたと聞かされて、私は恥ずかしくて兄上達の顔が見れなかったぞ。なのに、レティシィアと会うなんて、この色呆け!」


 ショウは、何故レティシィアと会ったのを父上が知っているのかと、真っ赤になって口をパクパクさせる。


「ほほう~、レティシィアですかぁ。ショウ王子も、女性を見る目がありますなぁ」


 フラナガン宰相にまで当て擦られて、ショウはひぇ~と逃げ出したくなる。しかし、アスランはそこへ座れと、先程までの揶揄する口調を改めて、厳しい口調でショウに驚く事実を伝える。


「レティシィアはケシャムの姪だ。あの一族は自害して果てたが、レティシィアは嫁いだ先の娘として生き残ったのだ」


 ショウは、王族の流れを引くレティシィアが娼館にいるのに驚いた。


「何故、レティシィアは……」


「落ちぶれた一族が、娘を嫁がせた家もろくでもなかったのですよ。犯罪者を出した一族の娘を置いて置けないと、娼館に高値で売りつけたのです。アスラン王は援助を申し出ましたが、あの一族の中の最後の徒花みたいなレティシィアは、キッパリ拒否したのです」


 フラナガン宰相に事情を説明されても、ショウは混乱してしまう。


「レティシィアを憐れんだりしたら、私が許さないぞ。あれは賢い女だ。客から聞いた情報で金儲けをして、とっとと借金を返して年季明けを迎えた。プライドの高さといい、あの美貌といい、気っぷの良さといい、お前如きのヘナチョコが同情するなどおこがましい」


 ショウはけちょんけちょんに言われて小さくなったが、何故、父上が自分とレティシィアが会ったのを知っているのか? との疑問が解けた。


「父上! 昨夜のレティシィアの先約とは……」


 アスランに口を抑えられて、ショウは真っ赤になってモゴモゴ言ったが、フラナガン宰相はお若いですなぁと咳払いする。


「こら、フラナガン! 邪推するな! 私は……まぁ、私のことはさておき、ショウ、お前レティシィアに何をしたんだ? 年季明けの最後の夜をお前と過ごすのだと、レティシィアは嬉しそうに話していたぞ」


「ほほう、意味深ですなぁ。年季明け最後の夜とは……」


 フラナガン宰相の奥歯に物が挟まったような口振りに、ショウは何か意味があるのですか? と尋ねる。大人二人は、やれやれと肩を竦めた。


「そんなこともわからないのか。こんなヘナチョコのどこにレティシィアは惚れたのか、理解不能だなぁ~」


 全く理解していないショウを見かねて、フラナガン宰相は花街の慣習を教えてやる


「年季明け最後の客は、その芸妓の愛する客ですよ。普通はその客に嫁ぎますね」


 ショウはくらくらとしてしまう。


「でも、レティシィアとは2回しか会って無いのですよ。それに、何もしてないし……」


「勿体ない!」


「ヘナチョコ!」


 二人に馬鹿にされて、ショウは落ち込んだ。


「まぁ、レティシィアの客で、すやすや眠るようなお子様はいなかっただろうから、物珍しく思ったのだろう。一度、寝てやれば、レティシィアの目も醒めるさ」


「そうですなぁ、逃がした魚は大きいと誤解しているのかもしれませんなぁ。レティシィアに手取り足取り教えて貰えるなんて、羨ましい限りですな」


 二人にからかわれて、ショウはぷんぷん膨れて、文官達を埋め立て埠頭の事務所に連れて行きますと、席を立とうとする。


「ショウ! レティシィアは第一夫人になりたがっている。それまでの数年のことだから、お前が面倒をみてやれ。王太子のお前の後宮からなら、真っ当な男の第一夫人になれるだろう。娼館からでは、優れた男の第一夫人は無理だからな」


 ショウは父上が自分の後宮に引き取ってから、何処かに嫁がせるつもりだったのではと思った。


「考えてみます」


 バルバロッサは許せないが、その一族まで類が及ぶ必要はないとショウは思っていたし、レティシィアの美貌と色っぽさにはくらくらしていた。ただ、本当に妻を増やしたくないと切望していたので、即答は避けたのだ。


 アシャンド達文官は、シーガルやサリーム、ナッシュ達の説明を聞いて、あれこれ提案したりと馴染んでいった。ショウはこれなら自分が少しの間、留守にしても大丈夫だと思い、サンズと島伝いにメーリングまで飛んで行こうと計画する。

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