第9話 あと二人残ってるなぁ~

 ロジーナに無事プロポーズを終えて、ラズローの屋敷から帰って来たショウは、自分の部屋にある2つの小箱を眺めて溜め息をつく。


「ララとロジーナが婚約指輪を貰ったと、他から聞く前に渡したいなぁ。手紙を書いて送るってのは無いよね~」


 宴会でお腹いっぱいだったが、何となくお酒を飲んだ後のシメが欲しくなったショウは、ピップスはどうしているかなと部屋を覗きにいく。


 離宮の侍従達が住み込んでいる部屋の近くに、ピップスは部屋を用意して貰っていた。独立した王子達の部屋があいていたが、いずれは竜騎士になるにしても、まだ何の役に立つかわからない側仕え見習いに、王子の部屋を使わせるのはおかしい。ミヤは、侍従達も不満に思うだろうと判断した。


 ピップスはゴルザ村の自分の小屋が入りそうな部屋に満足していたし、ショウの兄上達が使っていた部屋など恐れ多いと思う。


 ショウはピップスが蝋燭の灯りで勉強しているのを見て、邪魔になるかなと遠慮する。もう終えようとしていたところですと、部屋にピップスは招き入れる。


「ピップス、小腹が減らない?」


 ピップスは離宮でちゃんと夕食を食べたが、成長期の真っ只中なので、食べれますと元気よく答える。


「ピップスは、レイテ見物をしていないだろ。まだ夜でも開いてる店があるから、食べに行こうよ。あっ、外では王子なんて呼んじゃあ駄目だよ」


 ピップスは夜食を離宮で食べるのかと思っていたが、レイテ見物も面白そうだと竜舎に二人で向かう。サンズとシリンは竜舎で寛いでいたが、ショウやピップスは寝る前に会いに来ることが多いので、眠らずに待っていた。


『やぁ、サンズ、ちょっとレイテの下町まで連れて行ってくれないか?』


 シリンはピップスがサンズに乗って行っても気にしないと言うので、竜が2頭も待っていると目立つので、2人乗りして繰り出す。


 レイテの下町はまだまだ賑わっていて、船乗りや商人達が食事や酒を楽しんでいる。ゴルザ村出身のピップスは、夜は家で夕食を食べたら寝る習慣だったので、昼間のように明るい通りと、楽しそうに歩いている人々に驚く。


 ショウは流石に王子なので、庶民が飲み食いする食堂は避けて、少し高級な料理屋に入った。カリンに連れて行って貰った程は高級料亭では無く、ショウは店に入って個室じゃないんだなと、大小のテーブルが並んでいるのを興味深く眺める。


 店のボーイは子供2人が店に入って来たので一瞬驚いたが、ショウの身なりが良いのを見抜いて愛想良くテーブルへ案内する。ショウはそういえば、いつもは他の年長者が一緒だったなぁと、案内してくれたボーイにチップを渡す。


「少し小腹が減っているんだ。あまり香辛料を入れないで、適当に持って来てくれ。飲み物はお茶でいいよ」


 ボーイは1マークのチップに喜んで、いそいそと何やらオーダーしにいった。ピップスはその様子を見ていて、ショウがカドフェル号の士官であるワンダー少尉の真似をしたのだと気づく。


「僕も余り外食はしたことが無いんだ。それに外食する時は、兄上達が一緒だったから」


 顔を近づけて小声で告白したショウに、やれやれ無事に帰れるように護らなきゃと、ピップスは夜食どころではなくなる。 


 小腹が減っていると言った気前の良い若い客に、海鮮の汁ソバと、若鶏の蒸し物を持ってきて、これで宜しいでしょうかとボーイは尋ねる。


「うん、これで十分だ」


 二人は、美味しそうに海鮮ソバを食べる。


 ただ、ショウはレイテの埋め立て埠頭の出資説明会などで、商人達に顔が売れているのに無頓着だった。カリンのように、もう少し高級で個室になっている料亭を選ぶべきだったのだ。


「おい、あそこでソバを食べているのは、ショウ王子では無いか?」


 高級な料亭でする程でもない少額の商談をしていた商人が、酒を注ぐ振りをしながら相手に教える。相手も酒を注いで貰いながら、チラリと若い二人連れを見て、おお! と声を上げそうになって、脛をテーブルの下で蹴られた。


「多分、お忍びだろう、騒ぎ立てるのは野暮だ」


 この商人達は気づいたが、こうして王宮を抜け出して来た王子に騒ぎ立てては、迷惑だろうとスルーした。しかし、そんな風にスルーしてくれる商人達ばかりでは無かった。


「おい、あそこにいるのって……」


 ショウは王子として幼いうちから常に女官や侍従達に囲まれて育ったので、割と他人の視線に鈍感な所があったが、ピップスは自分達に視線が集まり、ヒソヒソと噂されているのに気づいた。


「あれ? もう、食べないの? 口に合わなかった?」


 口には合うけど、視線が気になり食べた気がしないと、ピップスは小声で伝える。えっ? とショウがソバを食べるのを中断し、周りを見渡したのが切っ掛けになり、わらわらと商人達がショウ達のテーブルを取り囲む。


「ショウ王子、今からでも埋め立て埠頭に出資したいのです。丁度、留守をしていて、帰国した時は打ち切られていたのです」


「私は建設業を始めたばかりで、請負業者に指名されなかったのですが、腕の良い大工も抱えています。橋の工場には入札したいのですが、いつ頃入札予定ですか?」


 ボーイは店主を奥の部屋から連れて来て、ショウの周りの商人達を追い立てようとしたが、酒が入っているのもあるし、こんな千載一遇のチャンスはないと売り込み合戦になってしまった。


 ショウはしまった! と内心で毒づいたが、フラナガン宰相仕込みの困った時こそ、落ち着いた風を装って、商人達に微笑みかける。


「レイテ港の埋め立て埠頭の工場事務所か、集会所で質問は受け付けていますよ。橋の入札予定も、そこで教えてもらえます。出資は一次は終了しましたが、又二次を募集するかもしれません」


 ショウは食事にはお釣りがでる程のお金をポンとテーブルに置くと、ご馳走様と店主に声をかけて、呆然としているピップスの手をつかむと店から走り出た。


 商人達は一瞬呆気にとられたが、何故か狩猟本能に火がついてしまい、無銭飲食だ! と騒ぐ店主に金を投げつけると、追いかけだした。


 冷静に考えれば王太子を追いかけ廻して良い結果にはならないのだが、他の商人とショウ王子がしっぽり話し合うのを想像すると、自分が除け者になるのは嫌だと変な熱意で、レイテの下町は大騒動になってしまった。


「ピップス、道に迷っちゃったよ! 少し広い所に出たら、サンズを呼び寄せるよ」


 下町から少し離れた高級な料亭や娼館が建ち並ぶエリアまで、迷い込んで商人達を撒いたかなとショウがホッとした途端、あっちだ! と声があがる。


 ショウも何でここまで追いかけられなくちゃいけないのかと愚痴りながら角をまがると、下男らしい人影が裏木戸を開けて手招きしている。


「ショウ王子様、こちらです」


 ショウは後ろの角に商人達が追いついたのに気づき、ピップスの手を引いて裏木戸をくぐる。


「あれ? この角を曲がったと思ったんだけど……」


「もっと、先なのかな?」


 ハアハアと荒い息が裏木戸越しに聞こえて、ショウはひやひやしたが、足音が遠ざかっていきホッとする。


「ありがとう、助かったよ」


 夜目にも手入れの行き届いた見事な庭園で、ショウは怪しさを感じない。


「あれ? 何か見覚えがあるような……?」


 下男に足元を照らされて、娼館に案内されたショウはハッと思い出した。ここは、サリームに連れて来られた娼館だ! 確かレティシィアという凄い綺麗な御姉様がいた筈だ。


「お久しぶりですわね」


 綺麗な御姉様は声まで麗しいと、ショウはぼぉとしてしまう。


 レティシィアは優しそうに微笑んで部屋に招待する。


 ピップスは夢でも見ているのかとぼおっとしていたが、ショウはハッと我にかえって御礼を述べる。


「助けて下さり、ありがとうございます」


 レティシィアは微笑んで御礼を制して、香りの良いお茶をいれてくれた。


「丁度、ショウ様のことを考えていましたら、下の道でお見かけしたので呼びにいかせただけですのよ」


 ショウは、レティシィアが自分のことを考えていると聞いて、怪訝な顔をする。


「あら、芸妓の言葉など信じられないと? 妾はお客様の気を引くために、ありとあらゆる手管を使ってきましたが、ショウ様はお客様ではありませんもの……」


 意味深に微笑みかけられて、ショウはポッと頬を染める。


「妾はもうすぐ年季明けですの。この仕事から足を洗うのですが、ただ一人妾を袖にしたショウ様のことを思い出していたら、偶然下の道を走っておいでですもの。驚きましたわ」


 レティシィアはまだ20歳そこそこに見えたので、年季明けと聞いて驚いた。


「おめでとうございます」


 レティシィアがどのような事情で芸妓になったのかは知らないし、高級芸妓としてレイテで名を売っていたのも承知していたが、自由の身になるのは珍しいことなのだろうと察した。


「まぁ、ありがとうございます。ショウ様のように、おめでとうと言って下さった殿方は一人もいませんでしたわ」


 うん? と一瞬ショウは首を傾げたが、ああ! と頬を染める。


 こんなに綺麗なレティシィアが年季明けだと聞いたら、面倒をみてやろうとか、妻に迎えようと言うのが普通なのだろう。


「すみません、まだ僕は修行が足りなくて……」


 頬を染めたショウを、レティシィアはころころと鈴を転がすような声で笑う。


「ショウ様? まだ……?」


 流石に鈍感なショウも、レティシィアが意味する言葉は理解できた。真っ赤になって未経験だとばれてしまったショウに、レティシィアは嫣然と微笑む。


「年が明ければ、成人式まで半年でしょう? これも運命なのですわ。サリーム様から先に花代を頂いておりますもの、このまま年季明けしてはレティシィアの名前に傷がつきます」


 ひぇ~と、ショウは後ろへ身を引く。


「まぁ、取って食べたりはしませんわよ。そうですわね、年季明けの最後のお客様になって頂きましょう。今月末にお待ちしていますわ。妾を二度袖にしないでくださいませ」


 そうレティシィアは言うと、今夜は別口のお相手が有りますのと、扉の外でやきもきしている主に促されて出て行った。ショウは茫然としていたが、娼館の主に玄関まで見送られた。


「あのう? レティシィアは本当に今月末に年季明けなのですか?」


 主は売れっ子のレティシィアが年季明けを無事に迎えたのを喜ぶ気持ちと、惜しむ気持ちが半々だったが、幼い時から芸事を仕込んで超一流に育てあげたので愛情も持っている。


「レティシィアの最後の我が儘、ショウ王子叶えてやって下さい」


 冗談じゃなかったんだとショウは驚いたが、考えておきますと娼館を後にする。



 少し離れた広場にサンズを呼び出して、離宮へと帰りついた。


「今度から小腹がすいたら、離宮の料理人に作って貰おう!」


 ピップスはそれどころの話しでは無いのではと思ったが、ショウと秘密だと約束したので口には出さない。


 離宮の部屋に帰って、二つの小箱を見て、何となく裏切ったような気持ちになってしまったショウだった。

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