第8話 ラズロー伯父上とアシャンド
サリームとナッシュに今更プロポーズかとからかわれて、確かに間抜けな話だなと自嘲する。しかし、昨夜のララではないけど、複数の許嫁を持つ自分との結婚に不安を持っているだろうと、ショウは決心してラズローの屋敷を訪ねる。
典型的な東南諸島風のカジムやメルトの屋敷と違い、ラズローの屋敷には少し帝国風の要素が上手くミックスされていて、ロジーナから建設に興味を持っていると聞かされたのが腑に落ちた。
ロジーナに婚約指輪を渡してプロポーズしようと訪ねたショウだったが、礼儀に煩いラズローに挨拶は欠かせない。召使いは来客中だと、少しお待ち願うのを平身低頭で謝ったが、訪問の先触れもしてなかったので気にしなくて良いとショウは答える。
「ショウ王子が訪ねて来られた? ロジーナに会いに来られたのだろうが、丁度良かったかもしれない。こちらにお通ししなさい」
召使いにサロンへ案内されたショウは、低いソファーに豪華なクッションを置いて、そこに寄りかかっているラズローへ急な訪問を詫びる。
「いや、そんなことは気にしなくて良い。ショウ王子は、ロジーナの許婚なのだから、毎日でも会いに来てくれてかまわない。それより、丁度良かった。私の娘の婿を紹介しようと前から考えていたのだが、なかなかタイミングが合わなくてな。こちらにいるのが、アシャンドという私の娘カメリアの夫なのだ」
ショウ王子の入室でかしこまって立った27、8歳の青年にショウは何故か親近感を持つ。
「ショウ王子、初めてお目にかかります。ベスメルの息子、アシャンドと申します」
ショウは、何故初めて会ったアシャンドに親近感を持ったのか理解する。
「アシャンドさん、初めまして。ミヤにソックリな目をされていますね」
アーモンド形のスッキリした目は、ララ達の母親のラビータにも似ている。ミヤが結婚していたベスメルはフラナガン宰相の後釜と称されている切れ物で、アシャンドも見た目からも優れた文官に相応しい身のこなしをしていた。
「アシャンドはショウ王子と入れ違いで、パロマ大学へ留学していたのだ。今回、メリッサの学友兼護衛として、何人か文官が留学したのと交代で帰国してきたのだ。ロジーナは久しぶりに会う姉のアメリアと盛り上がっているだろうから、ショウ王子はアシャンドと話していたら良いだろう」
ショウはラズローが婿のアシャンドを気に入っているのに気づく。
「アシャンドさんは、パロマ大学で何を勉強して来られたのですか?」
「ショウ王子、さん付けは止めて下さい。そんな風に呼ばれているのを父に聞かれたら、叱られてしまいます」
ショウは王宮で仕事中でもあるまいし、ロジーナの姉上の夫なら義理の兄上になるのにと抗議したが、アシャンドは腰が落ち着きませんと言い張る。
「ショウ王子、アシャンドはパロマ大学で建設を学んで来たのだ。埋め立て埠頭に橋を掛ける計画があると聞いているが、フォード教授にアシャンドが帰国したのを告げてくれないか。アシャンドはパロマ大学でフォード教授の講義も受講していたのだが、自分の指導教授では無かったと遠慮して、訪ねていって無いのだ」
ショウは、人手不足なので大歓迎ですと喜んだ。アシャンドは巨大プロジェクトに参加できそうだと嬉しく思ったが、フラナガン宰相の孫のシーガルが初めから関わっているのにと少し揉めないかと気にしてもいた。
「今日、工場現場と、レイテ港の集会所に押し寄せる請負業者との交渉を目にして、人手不足を実感してました。それと、港湾管理の役人がどうも商人達から賄賂を貰っているみたいで、多少の融通なら良いですが、中小の商船が余りに不利にならないようにチェックが必要なのです。王宮から2、3人文官を増員する必要を感じていましたし、埋め立て埠頭と同時進行で橋の建設にもかかりたいので、本当に人手不足なのですよ」
ショウも文官のトップのフラナガン宰相派と、次席のベスメル派とが、一緒のプロジェクトに参加するのは良いことだと感じる。
フラナガン宰相の後はベスメル次官だと噂されている。フラナガン宰相の息子というかシーガルの父親のファックスは優秀な文官だが、宰相にはなれないという評価なのだ。
アシャンドは、ミヤの息子なら見た目より年上で30歳がらみで、シーガルは18歳だ。ショウは、なんだか微妙なライバル関係になりそうな予感がする。
アシャンドはミヤの息子だし、シーガルは学友だし妹のパメラの許婚だと、ショウは次代の宰相レースのスタートが切って落とされた音が聞こえた。
そうこうするうちに、ロジーナと姉のアメリアが笑いながら降りてきて、サロンはショウと婿のアシャンドの帰国の宴会になる。
宴会は元々苦手な上にロジーナへのプロポーズの腰を折られたショウは、見た目はスマートな文官風なのにラズロー伯父上と酒を飲み交わして宴会を楽しんでいるアシャンドを羨ましく眺める。
ショウは宴会が苦手なのだのに、父上の手前我慢しているのに気づいて、ロジーナは助け船をだす。
「ショウ様、月がとても明るいの。海辺を散歩しましょう」
かなり酔っているラズローと、音楽にかなり良い声でしかし滅茶苦茶な歌詞をつけて歌っているアシャンドは自分が抜けても気にしないだろうと思う。
ロジーナは姉のアメリアに目配せして、ショウとこっそりと庭に出る。
「本当だ! 満月だね~」
月明かりと、庭の所々に配置してあるランタンの灯りで、二人は寄り添って散策する。海が見下ろせる東屋には、アメリアが気をきかせて、ロマンチックな蝋燭が何個も灯されている。
ショウは初めてこの場所に来た時に、ロジーナに押し倒されたのを思い出して笑ってしまう。
「もう、酷いわ! あれは忘れて欲しいのに……」
ロジーナは、ミミに騙されたのを悔しく思い出す。
「ロジーナ、あの時は焦っちゃったけど、今から思えば良かったと思うんだ。だって、押し倒されなければ君の上辺だけを見て、単に可愛い女の子としか思わなかったもの。ロジーナ、僕と結婚してくれるかい? 幸せにしたいとは思っているけど、色々と厄介なことも多いだろう。他の相手なら、君がもっと好きなように暮らせるかもしれないんだよ」
ロジーナは、ショウとの結婚生活には強力なライバルが存在しているのは承知している。
「ショウ様と結婚したいと、初めて会った時から思っていたの」
ショウはロジーナの薬指にオパールの指輪を嵌めながら、幸せを願って『宝』と唱える。ロジーナは輝く婚約指輪にウットリしていたが、ショウと海の音を聞きながら幸せだわとキスをする。
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