第5話 婚約指輪
ピップスとシリンを離宮の竜舎に連れて行ったショウは、ふとターシュはどうしたのかな? と気になった。
「あれっ? マリオ島に置いて来ちゃったのかな?」
マリオ島について来たのまでは記憶していたが、その後はターシュの姿を目にしてない。
『ショウ! ここにいる!』
離宮の噴水で水浴びして、木の上で羽を繕いながら、呆れたようにターシュは返事をする。
『良かった! マリオ島に置いて来たかと心配していたんだ』
エドアルド国王の愛鷹を置いてきぼりにしたりしたら、怒られるところだったとショウはホッとする。
『置いてきぼりにされたから、勝手にレイテに帰ったんだ。あのままマリオ島にいても、良かったんだけどね。ケリンは魚を空に投げてくれるし……』
ショウはロジーナといちゃいちゃしてて、ターシュの世話を怠っていたと反省する。
『御免、気持ちが他にいっていたから。でも、よくレイテに帰って来れたね』
『あれくらいの距離は飛べる。でも、マリオ島かサンズ島で過ごしたい。今度はいつ行くんだ? ケリンはピチピチの魚を空高く投げるのが上手いんだ』
ターシュが置いてきぼりにされたのを気にしていないのにホッとしたが、いつもはサンズの後をついて来るのに確信犯だとショウは溜め息をつく。
『生きた魚が好きなら、離宮の海で魚を取ったら投げてあげるよ。海水浴に行く時は声をかけるよ』
ターシュが満足そうに頷いたので、ショウはやれやれと肩を竦める。
『サンズ! 帰って来たんだね』
スローンが、王宮の竜舎から飛んで来る。
『スローン! 大きくなったね』
確かにスローンは大きくなっていたが、まだまだ子竜のズングリした体型だったし、やっと子供の肩ぐらいしか背も高くなかった。
『スローン、此方はシリンだよ。シリン、私の弟竜のスローンだよ』
シリンはゴルザ村では子竜など見たことが無かったので、小さいスローンにメロメロになる。いつ卵から孵ったのかと優しく話しかけているのを、ショウとピップスは竜は子竜に甘いなぁと微笑ましく眺めていた。
ショウは久しぶりに自分の部屋に帰って、侍従達にお風呂を用意してもらい、ゆっくりと寛いでお湯に浸かる。
自分が苦手なプロポーズを後回しにしているのに気づいた。実際に色々と報告したり、ピップスの処遇を決めたりしなくてはいけなかったのは確かだが、どうもロマンチックな事をする気恥ずかしさから後回しにしている。
「明日からは、フラナガン宰相に根掘り葉掘り質問責めにされるんだよなぁ~。埋め立て埠頭の工事の進捗状況も、チェックしたいし……よし! 思い立ったが吉日! 婚約指輪を買いに行こう!」
ザバーンと思いっきりよく浴槽から立ち上がったショウに、侍従達は慌てて湯上がり着を用意する。
「ねぇ、婚約指輪って、何処で買えば良いのかな? 宝石店だとは知ってるよ、どの店が信頼できるのか聞いてるんだ」
侍従達は宝石なら宝物庫に山ほどありますのにと、ショウの意図が理解できない。
「こういう事は、男じゃ駄目だな~。ミヤに聞けば凄く簡単だけど、全部用意してくれる。ロジーナは僕に選んで欲しいと言ったし、あの真珠を指輪にするのを諦めてくれたのだから、せめてそれぐらいはしてあげなきゃ」
ショウは、ミヤなら豪華な婚約指輪を全員に用意してくれるのはわかっていたが、それは少し違う気がする。
「そうだ、母上に聞きに行こう! 母上が信用できる宝石店を知らなくても、ラシンドの第一夫人のハーミヤなら絶対に知ってるよね」
宝石が高い物だとの漠然とした知識しか無いショウだったが、ロジーナやララやメリッサに相応しい物を選んで贈りたいと考える。未だ、昼過ぎだからと、バタバタと着替えだしたショウに侍従達は驚いていたが、それよりもピップスとかいう竜騎士? らしき子供が、側でうろちょろするのに困惑していた。
「あっ、この子はピップス。今日から離宮で寝起きするから、色々教えてやってね。う~ん、側仕え見習いかな?」
侍従達は、側仕え見習い? と聞き慣れない言葉に首を傾げたが、ミヤが承諾している事に異議は挟まない。
「あっ、ピップス、これから母上に会いに行くんだ。一緒について来て、ラシンドの屋敷を覚えてね。これから、何度もお遣いに行って貰うから」
侍従達は何となく、ピップスが羨ましく感じた。王太子になるショウ王子の側仕えは、侍従達には憧れの役職だったからだ。
ショウは微妙な侍従達の顔を見て、やれやれと溜め息をついた。
「ピップスはいずれは竜騎士として、一人立ちするよ。それまでは僕の側で用事をしながら、勉強したり、武術訓練をするだけだ」
竜騎士になるまでの、一時的な側仕え? 侍従達はどうピップスを扱えば良いのか困った顔をしたが、ショウが出かけようとしているので、慌てて馬車を用意する。
「ショウ王子、何だか凄く迷惑をかけているのでしょうか?」
馬車の中で小さくなったピップスに、確かにゴルザ村で一生仕えると言われた時は迷惑だと感じたなぁと苦笑する。
「今更、何を言ってるやら。ピップスは余計なことを考えずに、勉強と武術訓練をして立派な竜騎士になって欲しいんだ。それがゴルザ村の皆の願いじゃないかな。シリンもピップスが早く絆の竜騎士に相応しくなってくれるのを待っていると思うよ。僕もピップスが竜騎士になって、手助けをしてくれたら嬉しいな」
ピップスは小さなゴルザ村からショウについて出て、スーラ王国、イルバニア王国、ローラン王国と旅をして、自分の無知と無力さを身にしみて感じていた。ショウに励まされて、頑張ろうと決意を新たにした。
立派な屋敷にピップスは、王宮の離宮ですか? と尋ねてショウに笑われてしまう。
「確かに立派だけど、離宮じゃないよ。ここは大商人ラシンドさんの屋敷なんだ。僕の母上はラシンドさんと再婚したんだよ。マルシェとマリリンという兄弟がいるんだ」
馬車から侍従が飛び下りて、ラシンドの屋敷の召使いにショウ王子の訪問を告げる。
「ようこそいらっしゃいました。ショウ王子、なかなか帰って来られないので、寂しく思ってましたよ」
ラシンドに出迎えられて、ショウは笑いながらアチコチ回ってましたと話す。
「母上に、帰国の挨拶をしに来たのです。会えるでしょうか?」
ラシンドは勿論ですと笑って、ルビィの部屋に案内する。ピップスは王宮よりはコンパクトだが、その分もっと贅沢な雰囲気に満ちているラシンドの屋敷の回廊を奥へと進んでいく。
「ところで、ショウ王子? 此方の御方は?」
第二夫人であるルビィに、少年とはいえ、誰とも知らない男を会わせるわけにはいかないとラシンドは質問する。
「ああ、済みません。母上の部屋で、一緒に説明すれば良いと思ってました。彼はゴルザ村出身のピップスです。竜騎士になるまで、僕の側仕えをしてもらいます。此方にもお遣いを頼むので、母上にも紹介しておきたかったのです」
ラシンドは世界の情報に通じていたが、ゴルザ村についての知識はなかった。
「母上、今日帰ってきました。此方はゴルザ村のピップスです。竜騎士になるための修行中は、僕の側仕えをして貰っているので、時々遣いに出すかもしれませんので、顔を見せに来ました」
ピップスは、ショウが母上と呼んでいる綺麗な婦人が、とても14歳の息子を産んだ人には見えず、ポカンと口をあけて眺めていたが、ハッと我に返ると丁寧にお辞儀する。
「私はショウ王子に命を助けられました。一生、お側でお仕えします」
ルビィはピップスの大袈裟な言葉に驚いたが、ラシンドはゴルチェ大陸の一部にはそのような風習があるのを思い出した。
「アスラン王やミヤ様は許可されたのですか?」
竜騎士とはいえ、ゴルザ村という未知の村の出身者を、王太子のショウの側に置くのは危険では無いかと、ラシンドは心配する。
「ええ、勿論ですよ。それより、今日は母上に相談があって来たのです」
アスラン王が許可されたのなら、自分ごときがどうこう言う筋合いでは無いと、ラシンドはピップスを受け入れる。ルビィに相談があると口に出したショウに遠慮して、席を外そうとする。
「いえ、ラシンドさんが居て下さった方が、良いかもしれませんね。実際に宝石を買ってプレゼントするのは、ラシンドさんかも?」
ショウが宝石を買う? 一瞬、ルビィとラシンドは顔を見合わせたが、ハッと婚約指輪だと察する。
「ショウ、もしかして婚約指輪を未だ渡して無かったのですか? 貴方の成人式に結婚するのに……」
母上に呆れられて、ショウはだって東南諸島ではそんな習慣は無いと愚痴る。
「まぁ、東南諸島では婚約指輪を贈る習慣は一般的ではありませんが、ショウ王子は旧帝国三国によくいらっしゃいますし、許嫁の姫君達も同行されたのでしょう? なら、姫君達は婚約指輪が欲しいと願われるでしょうね」
ショウは、そうなんだよねと溜め息をつく。ラシンドは、新航路の発見や、埋め立て埠頭、そして外交にと頑張っているショウ王子も、未だ14歳の少年なのだと改めて認識する。
「失礼ですが、第一夫人のミヤ様に相談なされば、それこそ国宝級の宝石が贈られると思うのですが……」
ルビィも、アスラン王から何個か素晴らしい宝石を贈られたのを思い出す。
「ええっと、僕は個人的に宝石を買って贈りたいと思っているのですが、無理でしょうか? ミヤに言えば、完璧な指輪を用意してくれるとは思いますが、ちょっと違う気がして。それに、僕に選んで欲しいと言われたので……でも、小さな宝石より、宝物庫の立派な宝石の方が良いのかな? 僕の個人的なお金で、宝石が買えるのかもわからないのです。それで、信用できる宝石店を紹介して頂きたくて、帰国の挨拶がてら母上を訪ねて来たのです」
レイテのどの宝石店でも、ショウ王子が来店したら、店主は天にも昇る心地になるだろうが、個人的なお金ではあまり大きな石は買えないのではとラシンドは心配する。
「宝石は質の良い物ですと、男の我々には想像もつかないほど高額ですよ。宝石に乗って、航海できるわけじゃないのに……」
ラシンドのぼやきに、ショウはそんなに高額なんだと驚く。
ルビィは、許嫁の姫君達がショウに選んで欲しいと願った気持ちが理解できた。
「許嫁の姫君達は、小さな宝石でも、ショウが自分のお金で買ってくれた物の方が嬉しいと思いますよ。姫君達も、宝石なら立派な物を沢山お持ちでしょう。結婚した後に宝物庫の宝石をプレゼントしても良いとは思いますが、今婚約指輪を欲しいと願っている気持ちは、宝石が欲しいのではなく、貴方の気持ちが欲しいのでしょう」
ショウは、やはり女の子の気持ちは母上の方が理解していると感心する。しかし、ルビィは宝石はプレゼントされるばかりで、値段や宝石店など全く知らなかった。
ラシンドは愛するルビィや他の夫人に宝石を買って贈っていたので、高いですよと警告したのだ。
「ところで予算はどのくらいなのですか?」
商人のラシンドは、ショウ王子が個人的に出せる額を知らなければ、呼ぶ宝石商も変わってくると尋ねる。
「今まで貯めたお金を全部注ぎ込みます。それで買える範囲のを選びたいですね」
ラシンドは、コソッと耳打ちされた金額に驚く。
「ああ、ダリア号の儲けだけでなく、新航路発見の報奨金や、サンズ島の発見の分もあるのですね。それなら姫君達に相応しい婚約指輪が買えますよ。でも、全て注ぎ込んで良いのですか?」
ショウはまた儲けますよと笑う。どうにか婚約指輪が買えそうだとホッとしたのだったが、これから選ぶのに苦労するとは考えていなかった。
ラシンドは、第一夫人のハーミヤに、自分の家に出入りしている宝石商を呼び寄せるように伝えた。
その際にショウ王子が婚約指輪を個人的に買いたいと思っている事と、大体の予算を告げていたので、宝石商は質の良い宝石を綺麗な箱に並べて何箱も持って来た。
宝石商が来るまで、ショウは弟のマルシェがぐんぐん背が伸びているのに驚いたり、妹のマリリンが女の子らしく綺麗になってお淑やかに振る舞うのを褒めたりしてすごす。
「ええ~! 宝石って、こんなに種類があるのですか?」
宝石商が護衛と共に箱を携えてラシンドの屋敷に到着したので、マルシェとマリリンはピップスと庭に遊びに出たが、ショウは母上とハーミヤのアドバイスを求めた。
ラシンドは指輪を選ぶのはショウと夫人に任せて、後の値段の交渉をしてあげようと、のんびりとクッションに寄りかかって眺める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます