第4話 ピップスとアスラン王
ショウはサンズでロジーナと侍女をラズローの屋敷に送っていくと、簡単に挨拶をして慌ただしくカドフェル号に帰った。
本当ならロジーナから、埋め立て埠頭に関心を持っていると聞いたラズローと話したかった。しかし、サンズ島、チェンナイ、スーラ王国、ローラン王国の報告書は書いたが、王宮で父上とフラナガン宰相に直接話をしなくてはいけなかったので、レッサ艦長とピップスを同行しようと思ったのだ。
レッサ艦長も、アスラン王と軍務大臣に直接報告しなくてはいけなかったので、サンズで王宮に送って貰えるのを喜ぶ。
ピップスは初めてみるレイテ港の活気溢れる風景と、丘の上に見える白亜の王宮に驚く。
「さぁ、ピップスはシリンでついてきてね。え~と、父上は少し傲慢に見えるし、実際に傲慢なんだけど……気にしないで!」
レッサ艦長はそれではフォローになってませんよと内心で突っ込んでいたが、自分も初めてアスラン王を見た時にあまりの傲慢さに驚き、その傲慢さがこれほどまで似合う王にお仕えするのだと身体が震えるほどの喜びを覚えたのを思い出した。
ピップスは、ショウからアスラン王について先に説明を聞いていたが、実際に会って身体の芯から震えがくるような鋭い視線に曝された。
「ふ~ん、ショウから報告は聞いていたが、ピップスというのか。そちらはシリンだな」
王宮の庭に出た父上が、竜のシリンに対しては優しい口調なのに、ショウは呆れる。
「父上、僕はピップスをパロマ大学の聴講生にしたいのです。武術も学ばせたいですし、ウェスティンで竜騎士修行もさせてやりたい」
レッサ艦長と共の帰国の報告を受けたアスランは、まず最初にショウの側近くにいるピップスを、自分の目で確かめたいと思った。
レーベン大使、ヌートン大使、リリック大使がピップスの話と性質をチェックして、ショウの側に置いても良いと判断したのはわかってはいる。しかし、ショウはアスランの跡取りなのだ。素姓の怪しい側仕えなど、また面倒な者を拾っできたものだとアスランは頭が痛い。
自国の大使がショウの側にいるのを許したのだから、話に矛盾は無かったのだろうと、アスランはピップスの人となりを見極めようとする。
『シリン? ピップスはショウの側にいたいのか?』
嘘をつかない竜に、アスランは尋ねる。
『ピップスは命を助けて貰ったショウに、一生仕えたいと思っている。私もできればサンズと共にいたい』
アスランは、シリンがかなり高齢だと見抜いていたし、サンズに惚れているのを隠さないのに驚いた。
『シリンはピップスの騎竜なのか?』
『いや、もう少しピップスが生活の変化に慣れてから絆を結ぼうと思っている。ショウはピップスをどこかにやるのか?』
シリンの口調から、サンズと離れたくないという気持ちが溢れていた。竜は若い竜に甘い生物だし、長年孤独に過ごしていたシリンは、サンズが可愛くて仕方ないのだろうと、アスランは苦笑する。
「ショウ、ピップスのパロマ大学留学の件はもう少し考えよう。どうせお前のことだから、メリッサの学友兼護衛にと考えたのだろうが、もう何人も派遣済みだ。パシャムから、メリッサの周りに男子学生が彷徨いていると報告があったからな」
ショウは世話好きなパシャム大使なら、メリッサの問題に素早く対応しただろうと安心した。
「パメラもパロマ大学に留学させたいのです」
ついでに前から思っていたので口に出したが、父上に余計な事まで考えるなと叱られてしまう。
パメラが拗ねている時は、どうにかしろと言ったくせにと、ショウは内心で愚痴ったが、確かにこの件は父上に任すしかないと思う。
ピップスは、アスラン王に平気で口答えしているショウに驚く。今まで経験したことが無い凄まじい圧迫感をアスラン王から受けていて、これが王様というものなのだと畏怖した。
「ピップス、お前は何がしたいのだ?」
アスラン王の目に射抜かれて、ピップスは一瞬雷に打たれたような気持ちがしたが、勇気を振り絞って願い出る。
「私はショウ王子に命を助けて頂きました。ずっとお側で、お仕えしたいのです」
アスランはショウや大使達から、ゴルチェ大陸の一部の変な風習についても報告を受けていたが、そんな風習に従う義理はないと思う。
「ピップス、お前がショウの側で仕えたいなら、かなり勉強や武術を頑張らないといけないぞ。ぼんやりして見えるが、此奴は私の後継者なのだからな。何処の馬の骨かもしれない男を側仕えにするなんて、本当は有り得ない話だからな」
ピップスはガックリしたが、ショウは良かったねと肩を叩く。
「父上は頑張れと言っているのさ! これで一緒にいられるね」
そうなんですか? と状況が把握できてないピップスだったが、アスラン王の威圧感がふっと消えたのに気づいて、膝がガクンと折れる。ショウが手を伸ばしてピップスを立ち上がらせた時には、アスランは王宮の中に消えていた。
「御免ね、ピップス、父上は少し傲慢なんだ。でも、僕を育ててくれたミヤは、優しいから安心してね。パロマ大学の件はもう少し考えてみるけど、勉強や武術の訓練はしなくちゃいけないなぁ。何処で暮らせば良いのか、ミヤに聞きに行こう! ミヤなら全て面倒みてくれるよ」
ピップスはショウの後について、ミヤの部屋まで案内された。緑と色とりどりの花、至る所に噴水が配置されている庭を眺めながら回廊を奥へと進むと、後宮の入り口にミヤの部屋がある。
「ミヤ! ただいま!」
小柄な綺麗な婦人にショウが嬉しそうに抱きつくのを見て、ピップスはこの方があの恐ろしいアスラン王の第一夫人なのかと驚く。
「ショウ、長く留守をしたのね。よく顔を見せてちょうだい」
旅の途中で簡単に東南諸島の結婚制度について説明を受けていたが、優しそうに顔を撫でているミヤが、ショウの産みの母親でないとは思えない。
「ミヤ、手紙に書いたピップスだよ。父上に威圧されてビビッているけど、本当は活発なんだ。ピップス、僕を育ててくれたミヤなんだ。これからはわからない事は、ミヤに質問したら良いよ」
ピップスはミヤに丁寧にお辞儀する。
「ゴルザ村のピップスです。ショウ王子の側仕えになりたいのです」
ミヤは真剣にピップスを眺めて、優しそうに微笑む。
「今は、離宮にはショウ一人しか住んでいません。末の王子で寂しがり屋だから、ピップスが一緒に住めば賑やかになるわ。勉強はパメラの家庭教師を、午前中に交代で派遣しましょう。武術訓練は、ショウと一緒で良いわね。細かい話は後にして、お茶でも飲みましょうね」
ミヤは、初めてアスランに会った人は、ショック状態になってしまうのだと、ピップスに優しく接する。本当にこんなに純朴な男の子を脅しあげて、酷い人! と内心で文句を言いつつも、ミヤも自分の目でチェックするまでは、ピップスをショウの側になど住ませる気持ちはなかった。
アスラン王の第一夫人として、王太子の安全に気配るのは当然な事なので、ミヤに合格を貰ったピップスはやっと王宮に受け入れられたのだ。
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