第3話 プロポーズ?

 ショウは、自分が苦手な分野から逃げているのに気づいて苦笑する。


「明日はレイテに着くよなぁ……プロポーズ? 何て言うんだろう? お嬢様を下さい? その段階は終わってるんだよね……もう、婚約済みだもの……ロジーナが欲しがっているのは、プロポーズというか、僕が愛している証拠なのかなぁ?」


 暗くなっていく海をみつめて、ぶつぶつ呟いているショウを、全員が何か深刻な問題について悩んでいるのだろうと、遠巻きにして眺めている。


 実際にカドフェル号の全員がマルタ公国の海賊との癒着や、イルバニア王国の商船が海賊に狙い打ちになっている件、ローラン王国の貧しさから海賊になる難民が出ている事などに気づいていたので、レイテで少しの休暇を取ったらアルジエ海のパトロールに派遣されるのだろうと覚悟している。


 カドフェル号の乗組員達は、今回の航海でかなり蓄財できたので、家族のある者は自分に万が一の時に備えて固い投資をしておこうと真剣に考えていた。若い乗組員達は、今回の分配金で許嫁と結婚しようと心を弾ませていたが、ショウと違い必死で口説き落としていたので、羨ましいぐらいモテモテの王子様が、まさかプロポーズで悩んでいるとは思いもよらない。

 

 ショウは暗い海から目をあげて、当直中のワンダーが暇そうに士官候補生達を監視しているのを見つけた。メーリングからレイテは慣れた乗組員達なら何も指示を出さなくても遣るべきことはできるのだが、士官候補生達の訓練も兼ねて指示を出させていたのだ。


 士官のワンダーは士官候補生が間違った指示を出さないかチェックする為に当直に立っているだけなので、暇そうに見えたし、実際に退屈していた。


「ワンダー、少し相談があるんだけど、良いかな?」


 ワンダーは何か問題でも起こったのかと、真剣な表情のショウに大丈夫ですよと、船尾の方へ歩いていく。船尾の手すりにもたれて、此処からなら士官候補生達が馬鹿な指示を出しても、すぐに訂正させられるとワンダーは満足そうに確認してから、隣で悩んでいるショウに、何ですか? と自分から尋ねる。


「え~と、参考までに聞きたいんだけど……ワンダーはもう結婚しているよね?」


 ワンダーは自分が結婚しているのと、ショウの悩み事が結びつかなくて嫌な予感がしながらも、ええと頷く。パッと顔を輝かせたショウを見て、逃げ出したくなったワンダーだったが、しっかりと肩を組まれてしまう。


「ねぇ、ワンダー? 許嫁に婚約指輪をニューパロマで買ったよね。それを許嫁に渡す時に、プロポーズとかした? 帝国風に跪いたりしたの?」


 ワンダーは、ひぇ~と悲鳴をあげたくなった。海賊船に斬り込む方がマシだとワンダーは思ったが、ショウが真剣に悩んでいるのもわかったので、絶対に秘密ですよと釘をさしてから話し出す。


「指輪はニューパロマから送りましたから、婚約指輪だと手紙に書いておきました。え~、プロポーズというか……ニューパロマから帰国してから会いに行って、指輪をはめていた彼女に新航路発見の航海から帰ったら結婚しようと告げました……ああ、もう良いでしょう? 私は当直に帰らなきゃ!」


 気まずそうに船尾をはなれるワンダーに感謝して、ロマンチックでは無いけど誠実さというか、堅実さは伝わっただろうなと、ショウは感心した。


「なるほど! 跪いて、貴女の髪は輝く絹糸のようだとか、変な言葉を言わなくても良いんだ。僕がロジーナにあげれる言葉は、何かなぁ? 普通なら、一生君だけを愛すとかだろうけど、嘘になっちゃうし……君も愛している……ぶん殴られそうだよね……」


 夜空に輝く星を見つめながら、自分の気持ちをどう言葉にすれば良いのかショウは悩む。



 次の日、カドフェル号はレイテに帰港した。


「え~! もう、埋め立て埠頭の工事が始まっているんだ!」


 ショウはサンズ島とチェンナイの視察を終えて、一旦帰ってくる予定だったのに、スーラ王国からローラン王国へと回って来たのでニヶ月以上も留守にしてしまったのだ。


「ロジーナがレイテ港を出航した時は、工事始まっていた?」


 ロジーナも埋め立て埠頭の工事で、岩や石を運ぶ船が港中を行き来している様子を驚いて眺める。


「いいえ、私がレイテ港を最後に見たのは一月前だけど、工事は始まってなかったわ。この埋め立て埠頭の工事も、ショウ様の発案なのでしょう? 父上がそう言って褒めていたわ」


 ショウは伯父達の中で、メリッサの父親の無表情なメルトが一番苦手だったが、サンズ島の開発や、バルバロッサ討伐で一緒に過ごすうちに、何となく付き合い方がわかってきた。


 ララとミミの父親のカジムは、元々ショウを息子扱いしてくれていたので、少し暑苦しい程の好意を示し過ぎる以外は問題なかったので、屋敷を訪れるのも気楽だった。


 ロジーナの父親のラズローには、ショウが自分の天使のような娘に相応しいかと吟味するような目で見られている気がして、少し苦手意識を持っていたのだ。


「ラズロー伯父上が、埋め立て埠頭の件をご存知だとは知らなかったなぁ」


 ショウが父上のことを実は煙たく感じているのを、ロジーナは気づいていた。


「父上は埋め立て埠頭のアイデアに感心して、出資もしていたわ。今は引退しているけど、父上は文官として特に建築関係には興味があるのよ。ショウ様とも話したいと思っているみたいだわ」


「へぇ~、知らなかったよ」


 ショウはラズローの気難しい雰囲気と、ちょっとハッサン兄上と共通する贅沢好きで威張りん坊な所が苦手だったので、屋敷を訪ねてもロジーナと会うだけだったのを反省する。


「ロジーナ、屋敷までサンズで送っていくよ。埋め立て埠頭の船と、荷下ろしの船とで渋滞しているから」


 ショウは普段でも船がいっぱいのレイテ港に溢れる船を見て、港湾管理の役人は目が舞いそうなほど忙しくしているだろうなと肩を竦める。


 カドフェル号は軍艦だったので、商船のように積み荷を下ろす必要がなかったが、これはチェックさせないと賄賂が横行しそうだと新たな問題を見つける。ショウはロジーナが侍女を呼びに行っている間、自国の役人の問題点をフラナガン宰相と話し合う必要性を感じながら、活気溢れるレイテ港を眺めていた。

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