第6話 宝石の魔力?
ずらっと並べられた宝石箱を眺めて、ショウはお手上げ状態になる。
見かねた宝石商は、婚約指輪ならダイヤモンドが人気ですと勧める。差し出された箱にはダイヤモンドが並んでいた。小粒から中粒の、そして大粒のダイヤモンドが十数個並んでいるのを見て、ルビィとハーミヤはうっとりする。
「まぁ、素敵ねぇ~」
ショウもキラキラ輝いて綺麗だとは思ったが、母上やハーミヤが溜め息をつく理由がわからない。そして、値段を聞いて驚いた。
「船が買えるよ!」
ラシンドは自分と同意見だと爆笑したが、宝石商とルビィとハーミヤに睨まれて、黙ってますと肩を竦める。
ショウは、前世でも婚約指輪といえば、ダイヤモンドだったと思い出す。
「全員ダイヤモンドで良いかな?」
それなら後は値段次第で簡単だとショウは思ったが、何かちょっと違う気がする。
「う~ん、ダイヤモンドは綺麗だけど、ロジーナのイメージじゃ無いよね。ララも、ダイヤモンドのように硬質な感じじゃない。メリッサはかなり近いけど、でもどうかな。ダイヤモンドは無難だけど……」
躊躇うショウに、宝石商は誕生石は如何ですかと勧める。
「そうね、誕生石というのもロマンチックだわ」
母上とハーミヤにそれぞれの誕生日を尋ねられて、一瞬ショウはパニクったが落ち着いて答える。
「では、ララ姫は2月、ロジーナ姫は10月、メリッサ姫は12月なのですね。それぞれの誕生石を見せてください」
テキパキと宝石商に指示を出すハーミヤだったが、ルビィは後一人いたはずだと口を挟む。
「あのう、ミミ姫も許嫁なのでは……」
ショウはミミは未だ若いから、気が変わってくれないかなぁと微かな期待をしていたので、ウッと詰まる。
ショウは、どうしても、姉妹と結婚するのは拙い気がする。それも同じラビータの産んだ姉妹だから、余計に気にしていた。
一夫多妻制で偶に姉妹を妻に迎えているケースを聞くことはあるが、大概は母親が違っている場合が多いので、ショウは未だに躊躇っていた。
「ミミは、未だ幼いから……」
しかし、ルビィとハーミヤはもうすぐ13歳なら幼いとはいえないし、他の許嫁達が結婚していくのに焦りを感じている筈だと、女の子の気持ちに無頓着だと叱る。
「姉上のララ姫が婚約指輪を貰ったのに、自分は無視されていたら悲しいと思いますよ」
自分を産んですぐにラシンドと再婚した事や、赤ん坊の自分に一年も会いに来なかった事で、母上が父上に省みられなかったからだと、ショウにもわかっていたのでズシンと堪える。ハーミヤにも夫人を平等に扱わないと揉めますよと忠告されて、ミミにも婚約指輪を贈ることにする。
「ミミは確か7月生まれです」
「2月はアメジスト、7月はルビー、10月はオパール、12月はラピスラズリかターコイズですね」
宝石商はアメジストの入った箱、ルビーの入った箱、オパールの入った箱、ラピスラズリとターコイズの入った箱をショウの前に並べる。
「宝石には、意味がある物もあります。誕生石は、特に意味や願いを込められていると言われています」
ルビィとハーミヤは、まぁ、ロマンチックだわ! とうっとりしていたが、ショウは何が何やら理解不能だ。
しかし、宝石商の説明にふと聞き入る。
「このアメジストは、高貴、調和、平和を象徴する石として古代から大切にされています。特に夫婦の絆を強める、家内安全の守り石としても婚約指輪に相応しいですね」
ショウは差し出された箱から、特別深い紫色のステップカットされた四角い石を手に取る。
「アメジスト……確かに神秘的だよね」
宝石商はやっとショウが興味を示して手に取ったので、ここぞとばかしにアメジストのパワーを語り出す。
「アメジストには不安を抑える効果があるといわれています。精神力を高めて、調和をとる働きがあるそうですよ。別名を紫水晶とも呼ばれています」
ショウは指でつかんだアメジストをジッと見つめる。
「『紫水晶』」
全員がショウの指先で輝きを増したアメジストに驚く。
「これを貰うよ、ララに似合うと思うんだ」
ショウがアメジストの指輪を宝石商に渡すと、ルーペで輝きを増した宝石を念入りに鑑定しなおす。
「ショウ王子様、何をなされたのですか?」
呆然とした宝石商に、何もしていないとショウはシラをきる。
しまった! アメジストの真名が『紫水晶』だったのだと、うっかり真名でアメジストのパワーを引き出してしまって、ショウは驚いた。
本当にアメジストには神秘的なパワーがあるのだと気づいたショウは、ララは許嫁が増えて不安を感じているだろうから、この指輪で精神的な落ち着きが得られると良いいと選ぶ。
宝石任せではいけないのはショウも承知していたが、今回も予定では1ヶ月ぐらいで帰ってくるつもりだったのに2ヶ月以上も留守にしてしまったので、ララは不安になったのではと心配していたのだ。
当然、途中で手紙は書いていたが、ロジーナをローラン王国に同行した事を、自分の口からではないところから知って動揺したのでは無いかと反省していた。
宝石商は輝きを増したアメジストを不思議そうに眺めていたが、気を取り直して次のオパールの入った箱を取り出した。
「オパールは、白の乳白色から、黒のブラックオパールまで取り揃えております。透明感が有るのと、彩が飛んでいるのが良い品だとされています。オパールは古代から魔力を高める宝とされてます。宝石の意味は、無邪気、希望、幸福ですよ」
宝石商に箱を差し出されたが、ショウはアメジストでウッカリ真名を発したので手に取るのを躊躇った。
「これはオパールの周りをローズクォーツで取り囲んだ指輪で、ローズクォーツは愛の成就を意味してますから、婚約指輪として適していると思います」
宝石商が差し出した指輪は、透明感のあるオパールの周りをピンク色の小さな水晶が取り囲んで花のように可憐なデザインだ。
「ロジーナに似合いそうだね」
ショウが手に取らないので、宝石商は後一押しと売り込む。
「このように透明感のあるオパールは、ウォーターオパールと呼ばれているのです。オパールは自らは輝かず水のように透明ですが、他の光を取り入れて彩が表れるのです。この彩を古代の人々は珍重して、医療に役立つと考えていました。オパールの語源はオペラと言われてまして、宝と同じ意味なのです」
ラズロー伯父上に大事に育てられたロジーナは確かに『宝』かもしれないとショウは思った瞬間、カチッと嵌まった気がして、オパールの真名が解った。
ショウは、宝石には魔力が有るのかもしれないので、扱いには気をつけようと思う。
「この指輪を貰うよ」
やっと二人の指輪を選んでショウはホッとしたが、宝石商はラピスラズリとターコイズの箱をすかさず差し出す。
「何だか地味だね~」
ララに選んだアメジストや、ロジーナのオパールに比べると、紺色のラピスラズリと水色のターコイズは地味に思えた。
「何を仰るのですか! ラピスラズリは、至高の魔除けなのですよ。天蓋の意味を持つラピスラズリは、成功、幸福を自ら呼び寄せる強い力を持つとされています。古代の神官は、ラピスラズリを身につけていたのです。それにターコイズは旅の無事を守る石という意味があり、船乗り達には人気です」
手にとって御覧下さいと、ラピスラズリの両側に大粒の三角形のダイヤモンドを嵌め込んだ指輪を差し出される。
「幸せを自ら呼び寄せるかぁ……強いメリッサにはピッタリだね」
「ラピスラズリの別名は、瑠璃と呼ばれています」
宝石商はショウは宝石のパワーを引き出す力があるのではと、古代の呼び名を教える。
ショウは、ラピスラズリの真名は『瑠璃』だとピンときた。
「ちなみにダイヤモンドは至高の愛です。破魔の力と、至高の愛、素敵な組合せでしょう」
ショウはいずれは自分の元を離れて、第一夫人として他の家族を支えていくメリッサには強い力を秘めた宝石を贈りたいと思う。
「これにします、後はルビーですね」
宝石商はショウが宝石の魔力を引き出すのを、もう一度見たいと思っていたが、商売を優先してルビーの箱を差し出す。ショウは差し出された箱の中のルビーは、活発なミミにピッタリだと思った。
「ルビーは色が澄んで濃いのが最高級品です。昔から愛、積極性、そして勝利を象徴してきました」
宝石商は、ルビーは婚約指輪にダイヤモンドに並んで人気があるので、安心して勧める。
「母上の名前に似ていますね。えっ? その指輪はルビーなのですね」
ショウは今まで宝石に興味が無かったので、何度も目にしていたのにスルーしていた母上が指に嵌めている大粒のルビーに気づいた。
「私も7月生まれなので、ラシンド様から頂いたのです」
ショウは流石は大商人だけあるなぁと大粒のルビーに感心したが、ミミには母上のよりは少し小さいが澄んだ上質のルビーの周りを、小さいダイヤモンドが星のようにデザインされている指輪を選ぶ。
「ルビーは別名を、紅玉と呼ばれていますよ」
ルビーの真名が『紅玉』だとカチッと嵌まったので気づいたが、宝石商には知らせたくなくてスルーする。
やっと婚約指輪を選んでホッとしているショウは、ハーミヤがいれてくれたお茶を飲んでいたが、値段交渉を引受けてくれたラシンドと宝石商は丁々発止の戦いを続ける。
宝石商は輝きを増したアメジストに法外な値段を付けたので、ラシンドはショウが買ってから、何か魔法を使ってくれたら良かったのにと、内心で毒づく。
交渉が難航しているので、ショウは困った。
苦労して選んだのに、値段が折り合わないと一からやり直さないといけない。特に、ララの為に選んだアメジストの指輪をショウも気に入っていたので、他のに変えたくなかった。
「え~と、他のアメジストを一個活性化してあげますから、元の値段で売って貰えませんか?」
パッと宝石商は顔を輝かして、二番目に大きいアメジストを差し出す。ショウはアメジストの真名『紫水晶』を唱えて、輝きを増させた。
「凄い! どうやられたのですか? 他の石もできるのですか?」
抱きつきそうな勢いの宝石商を、ラシンドはショウから引き離す。
「こら、失礼だろう! これで気が済んだだろう」
気が済むどころか、この魔術が使えればボロ儲けだと宝石商は未練タラタラだったが、ラシンドに睨まれて渋々諦める。
「どうにか予算内で収まりましたよ」
宝石商がサイズはお直ししますと、揉み手をしながら4個の婚約指輪を置いて帰ったので、ショウはホッとする。
ラシンドも、アメジストの件は不思議に思っていたが、宝石商の前では自制していた。
「え~、ラシンドさん、お世話になりました。この件は内緒にして貰えると助かります。宝石には、本当に魔力が秘められているのですね」
ショウはララに贈る宝石だけ輝きが増しているのは、他の許嫁達に不公平かな? と呟く。
オパールに『宝』と唱えると、周りのピンククォーツの輝きを取り込むように、透明度を増したオパールの中にピンクと淡いブルーの彩が煌めく。
「まぁ、ピンクオパールだわ! こんなに見事なのは見たことないわ!」
ハーミヤとルビィは、うっとりとピンクオパールに変化したのを見つめる。
次にショウはラピスラズリに『瑠璃』と唱えると、グンと澄んだ藍色になってダイヤモンドの光を吸い込んで、海で見た星空のように見えた。
最後にルビーを手に取り、『紅玉』と唱えると赤く燃え上がった。
ラシンドは、ショウ王子が宝石商を開いたら、ボロ儲けですなと笑う。
こうして、4個の婚約指輪を手に入れたショウだったが、難仕事のプロポーズが待っているのだ。
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