第9話 混乱

 ミーシャが失踪した事など知らないショウ達は、アレクセイとダカット金貨の改鋳の話し合いは続けてはいたが、もう少し国民の合意を得てからの方が良いということになった。


 アレクセイも、国内の惨状とダカット金貨の信用度の低さに焦り過ぎていたと、ルドルフ国王や数人の忠臣達からも言われて反省した。いずれは改鋳しなくてはいけないという考えは持っていたが、性急に事を進めるのは無理だと今後の課題にする。


 それよりも、ショウがローラン王国に造船所を建設したいと思っているのではと気づいたアレクセイは、そちらの件を話し合うことにする。


「それはローラン王国に造船所があれば、レイテまで木材を運ばなくても済みますから、コストを低く抑えられますね」


 素知らぬ顔でアレクセイの提案に、初めてローラン王国に造船所を建設する事を思いついたと驚くショウに、リリック大使は相手は呆れているだろうと内心で苦笑する。


 アレクセイが此方のほのめかしに気付いたのは明らかだったが、あくまでもローラン王国からの申し出に応じる形にしたいのだろうと、ショウに交渉を任せてリリック大使はサポートに回る。


 少しずつ外交を覚えさせようとリリック大使が前に出ないので、アレクセイはショウと造船所の建設に関して話し合うことになった。


 ショウはレイテでフラナガン宰相や文官達と何日も建設計画を練って来ていたので、年上のアレクセイにも一歩も引かない。なので、リリック大使は安心して交渉を聞いていたが、あまりにやり過ぎで準備して来たのがバレバレだと、少しセーブするように爪先で軽く蹴る。


 アレクセイは、ショウの案に乗って造船所の話を進めていく。ローラン王国にとっては大歓迎するべき話だったし、問題点は造船所の土地を東南諸島連合王国に売却するか、貸与するか、建設資金をどのくらい分担するかという細かい話だけになった。


「一度、ゾルダス港を視察してみましょう」


 ローラン王国の東南にあるゾルダス港付近に造船所を建設したいというのは両国とも合意ができたので、海岸沿いに良い土地があるか視察してみようということになった。



 さくさく進んだ話し合いに機嫌良く大使館へ帰ったショウは、ロジーナを誘ってポルタ川へスケートをしに行く。ナルシスに誘われてスケートをしたショウは、転生してからは初めてだったにもかかわらずスイスイと滑れた。


「ショウ様、手を離さないでね!」


 ロジーナは運動神経が良いので、チョコチョコと歩けたが、ショウに転びそうになるとしがみつく。


「ええっと、そうだ! 僕が支えてあげるから、歩くんじゃなくて、滑ってごらんよ」


 ロジーナのウエストをショウが支えたので、転ばず滑れた。


「スケートも楽しいわね」


 ショウが付きっきりで世話をやいているので、ロジーナも滑れるようになった。可愛い毛皮の帽子を被ってスケートを楽しむロジーナはとてもキュートで、ポルタ川に着ていた人達も異国のカップルを憧れの目で見る。


 ピップスもショウに勧められてスケートに挑戦したが、何回も尻を打ってしまった。


 ショウはロジーナの手を引いてスケートの練習をさせたり、横のカフェで暖かいお茶を飲んで冬のデートを楽しんで大使館に帰った。



 ロジーナが夜のアレクセイ皇太子夫妻の主催の音楽会の為に着替えに上がっている間、ショウはリリック大使に書斎に引っ張り込まれた。


「ちょっと、ややこしい話が耳に入りましたもので……」


 書斎に引っ張り込んだくせに、リリック大使が言いよどんでいるのをショウは不審に思う。


「何かあったのですか?」


 リリック大使はショウ王子にも関係あるといえばある事だと、気になる情報を話し出す。


「今日、ルドルフ国王がヘンダーソン家に出向かれたのです。ヘンダーソン家には、ミーシャ姫が伯父夫婦と祖母と住んでいたのですが……」


 ミーシャという名前に眉を顰めたショウに、リリック大使は言葉を止める。


「住んでいた? いたとは、どういう事なのですか? ルドルフ国王が何処かに移されたとか?」


 アレクセイからミーシャとの縁談を仄めかされていたので、少し腰が引けたショウだったが、リリック大使に話の続きを促す。


「いえ、ヘンダーソン家は、どうやら夜逃げしたみたいですな。ミーシャ姫の伯父のマルコイは、賭け事でかなり借金を作っていたみたいです」


 ショウは庶子とはいえ、いや庶子だからこそ王家の血を引く姫君の保護監督に問題があったのではと、リリック大使に質問する。


「此方の国では、庶子は厄介な問題なのですよ。でも、ミーシャ姫は引退した竜騎士のジニアス卿の庇護下で、一月前までは安全に暮らしておられたのです。ただ、ジニアス卿が亡くなられて、伯父のマルコイ卿が保護者になられてからは、不自由な暮らしになったようです。このマルコイ卿は賭け事が病的に好きだと聞いたことがありますから、借金が返せなくなって夜逃げしたのでしょう」


 マルコイ卿などが夜逃げしようともショウは気にしなかったが、リリック大使がわざわざ書斎へ引っ張り込んだのは、ミーシャが絡んでいるのだろうと思った。


「まさか、ミーシャ姫まで夜逃げしたのか? 普通ならルドルフ国王に借金の返済を頼むか、自分達は夜逃げしてもミーシャ姫の庇護を頼むだろう」


 リリック大使は、どうも情報が混乱してましてと汗を拭く。


「ミーシャ姫がヘンダーソン家の屋敷にいないのは確実です。病気で寝込んでいる祖母からの手紙で、ルドルフ国王はマルコイ卿の夜逃げを知って駆け付けたようですが、このへんから情報が混乱しているのです。ルドルフ国王は、ミーシャ姫が伯父夫婦達と一緒に夜逃げをしたと思われていたようですが、祖母は修道院に王命で移されたとマルコイ卿に聞かされていたようなのです。修道院にミーシャ姫は移されてないのは確かみたいですがね」


 ショウは庶子とはいえルドルフ国王の姫が行方不明だなんて、考えられないとクラクラする。


「何だか、凄く怪しい話だなぁ。こんな大事件が起こったのだから、今夜の音楽会は中止だろう」


 リリック大使は、ローラン王国はこんな事で音楽会を中止にしたりしませんよと苦笑する。


「ルドルフ国王はミーシャ姫に愛情は持っておられるでしょうが、アレクセイ皇太子達が帰国されてからは会うことも控えていらっしゃいました。王子達の母上であるコンスタンス様に遠慮されたのでしょう。アレクセイ皇太子や、ナルシス王子も、ミーシャ姫と会ったことがあるのか不明ですね。此方では庶子は日陰の存在ですから」


 とはいえ、ルドルフ国王の心痛を考えると、音楽会は不適切にショウには思われた。


「彼方から中止を言い出せないのなら、此方から断ろう。スケートをしていたのも、どうせ見張って知っているのだろうから、風邪気味だとでも言っておけば良い。明日のゾルダス港の視察の為に、身体を休めておきたいのも確かだからな」


 リリック大使はそのように手配しますと、職員に欠席の旨を伝える文章を至急に届けさせる。その間に、ショウはドレスアップしているロジーナにも、中止を侍女に伝えさせた。


 許嫁はこれ以上増やしたくないショウだったが、ミーシャの立場と境遇には同情したし、無事に見つかって保護されると良いと思う。


「それにしても、祖母が王命で修道院へ移されたと誤解していたのは怪しいなぁ。夜逃げに同行させるのを躊躇ったなら、祖母と一緒に屋敷に置いていけば良いのに。そうすればルドルフ国王が、信頼のできる相手にミーシャ姫を預ければ済む話だった」


「う~ん、少し調査が必要ですが、ヘーゲル男爵辺りが怪しいですなぁ。マルコイ卿を仲間達との賭け事に夢中にさせたのでしょう。その借金のかたに、ミーシャ姫を手に入れたのかもしれませんね」


 ヘーゲル男爵? 若いショウが悪名高い策略家を知らないのは当然だと、リリック大使は張り切って説明する。


「ヘーゲル男爵は、狂信的な旧帝国主義者で、ゲオルク前王の忠臣でした。ショウ王子が名前を知らなかったのは、彼が東南諸島には興味を示さず、カザリア王国、そして宿敵のイルバニア王国に対しての策略を仕掛けているからでしょう」


「悪名高いゲオルク前王の忠臣? ルドルフ国王は、何故首を斬らないのかな? ゲオルク前王には苦しめられたと聞いているが……アレクセイ皇太子やナルシス王子がカザリア王国に亡命して成長されたのも、ゲオルク前王に人質にされない為だと説明されたけど……」


 アスラン王なら前王の遺臣だろうが、自分に仇なす者はきっちり始末するだろうと、リリック大使は背中がゾクッとした。日頃は温厚なショウ王子の不快そうに眉を逆立てた顔が、アスラン王に似て見えたからだ。


「ルドルフ国王も、ミーシャ姫を絡めた陰謀を企んでいたとなれば、ヘーゲル男爵を処刑するでしょう。これで、少しは風通しが良くなるかもしれませんが、何もショウ王子の訪問中にこんな騒ぎを起こさなくても良いのに……」


 あくまでも自国の事を優先して考えるリリック大使に、ショウは苦笑する。


 その夜はショウはロジーナと大使館でゆっくりと過ごした。降り止まぬ雪を眺めて、ミーシャ姫が早く見つかってルドルフ国王の庇護下に戻れば良いとショウは思いながら眠りについた。 

  


 ルドルフ国王は、ヘーゲル男爵達のアジトを親衛隊に押さえさせて、仲間達の身柄を確保したが、怪文書の束を見つけ出しただけで、ミーシャの行方はわからなかった。


 ヘーゲル男爵や仲間達を、刑吏は尋問したが、なかなか口を割らずに時間ばかりが過ぎていく。


「ヘーゲル男爵と仲間達を拷問にかけろ!」


 貴族や騎士階級のメンバーとはいえ、王家の庶子を利用しようとした陰謀は重罪なので、ルドルフ国王の命令で拷問が実施された。


 しかし、ヘーゲル男爵は口を割らず、ルドルフ国王の誹謗中傷を繰り返すだけだ。ただ、他のメンバーは拷問に耐えきれず、陰謀を企んではいたが、実行には至ってないと口を割った。


「マルコイ卿を借金漬けにして、ミーシャ姫を竜騎士と結婚させる計画だったけど、実行はされてないみたいですね。ヘーゲル男爵は口を割りませんでしたが、他のメンバーは命乞いをしていますし、事実だと思います。  夜逃げしたマルコイ卿を見つけ出して、ミーシャ姫を何処に隠したのか聞くしかありませんな」


 思わしくない報告に顔色を悪くしたルドルフ国王を、カニンガム伯爵は心配して侍医を呼んだ。


 ミーシャの行方を心配するあまり、心臓の発作をおこしてしまったのだ。幸い発作は軽く、侍医の薬でルドルフ国王は眠りについた。


 こうなってはアレクセイ皇太子にもミーシャの件を報告しなくてはいけないと、カニンガム伯爵は発作を心配して部屋に駆け付けたのを良いチャンスだと、行方不明の件とヘーゲル男爵一味を逮捕して尋問した内容を伝えた。


「何故、父上はすぐに私に教えて下さらなかったのだろう。ああ、ショウ王子はこの件を知って、音楽会をキャンセルされたのだ! 他国の王子が知っていて、私が知らないだなんて!」


 カニンガム伯爵は、ルドルフ国王は庶子のミーシャ姫の件を、皇太子に知らせるのを躊躇われたのだろうと弁護する。


 アレクセイも情報を知ったのが遅い事を嘆いている場合では無いと気持ちを切りかえて、カニンガム伯爵からわかっている事を全て聞き出す。


「ヘーゲル男爵一味が、ミーシャを監禁していないのなら、何処にいるのだ?」


 それは全員が知りたい事だった。ヘンダーソン家の召使い達から、ミーシャ姫が修道院へと移動させられたとされた夜中の出来事を聞き取らせたが、ルドルフ国王の遣いの者にしては品が悪かったとの証言があったのみだ。


 召使い達は旦那様のマルコイ卿に従ったのみだったし、夜中で寝ぼけ眼だったのだ。下働きの女中は震えながら、旦那様の命令でミーシャの衣類を鞄に詰めたと証言した。


「ミーシャ姫は、奥方様に挨拶をしたいとマルコイ卿に願われましたが、夜中で眠っているだろうと拒否されました。修道院で暫く過ごせば帰ってこれると旦那様は言って、馬車にミーシャ姫を乗せたのです」


 馬車がどのような物だったのか、どちらの方向へ向かったのかは誰も覚えて無かったが、マルコイが毛皮のコートを着た男を凄く恐れていたと全員が口を揃えて証言した。ミーシャが何かの陰謀に巻き込まれて、そのせいで毛皮のコートの男が遣わされたのだと、召使い達は信じ込んでいたのだ。


「マルコイ卿を見つけ出して、ミーシャをどうしたのか聞くしかないな。後は、ヘーゲル男爵一味以外とも賭け事をしていただろうから、そちらとのトラブルを調査するのだ。毛皮を着た男だなんて、どう考えても真っ当な仕事に付いているとは考えられないぞ。そんな目立つ格好をしているのだから、捕まえるのは簡単だろうに……」


 怪文書を見せられて馬鹿げた内容だと理性では判断しながらも、苛立ちを隠せないアレクセイの指示で、マルコイ卿と毛皮のコートを着た男の捜索がされた。

 

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