第24話 マッキンリー大瀑布

 ゴルザ村を旅立つピップスを、村人全員が見送りに出た。


 母親のパムは気丈に振る舞って、あれこれ注意を与えていたが、ピップスがシリンに乗って飛び立つと、我慢していた涙をこぼす。父親のペヤンはパムを抱き寄せて、竜達が見えなくなるまで見送った。


 練習はしたものの竜で飛ぶのに慣れていないピップスを気遣って、休憩を多目に取っていたが、昼休みにはマウレー湖についた。


「竜だと早いですね。前にマウレー湖に来た時は、馬で二日かかりました」


 サンズから見た地上の山岳地帯を思えば、馬での旅は大変だっただろうとショウは思う。


「何でマウレー湖に来たの?」


 自分のように物見遊山では無いだろうと思って質問したのだが、案の定、夏至の日に市が立つのだとピップスは説明した。


「近在の村から、それぞれの特産品を持ってマウレー湖に集まるのです。そこにスーラ王国、サバナ王国、砂漠の商人が来て、特産品を買ってくれるし、塩や、砂糖を売ってるのです。ゴルザ村は薬草が有名で、結構な高値で売れるんですよ」


 そういえば骨を修復する前に、治療師がピップスに痛み止めを与えていたとショウは思い出す。


「ピップスも薬草を採ったりしたの?」ピップスは当たり前ですと笑った。


「薬草採りは子供達の大切な仕事です。ほら、この葉っぱを食後に噛むと、スッキリするのですよ」


 ピップスが採って渡してくれた葉をショウは噛んだら、口の中に清涼感が広がった。


「ワンダー、バージョンも、試してみろよ! ミントより甘いし、スッキリするよ」


 ワンダーとバージョンも葉を採って口にして喜んだ。


 旅に出て、ピップスはバージョンよりも生活能力が高いのを実証して見せて、お茶だけでなく、簡単で美味しいスープを乾燥肉とゴルザ村から持ってきた根菜類で作ったり、堅いパンを薄切りにして、火でチーズをあぶって溶かしたのを乗せたのとかを調理してくれ、食事事情は格段に改善した。


 ワンダーはピップスを役に立つなぁと感心していたが、バージョンはライバルが登場したような気持ちになる。


「ピップスはマッキンリー大瀑布を見たことがあるの?」


 市でマウレー湖に来たと言ったので、大瀑布を見たのかなとショウは尋ねたが、商人達から話は聞いたけど、山の下には降りたことが無いと答える。


「僕も初めてだから、楽しみなんだ! 昼食を食べたらマウレー湖を縦断して、マッキンリー大瀑布を上から見よう! その後で下の滝壺に降りて、見学しようよ!」


 ワンダーも話に聞いているマッキンリー大瀑布を見る機会に恵まれたのを喜ぶ気持ちになっていたので、ピップスやバージョンが昼食の後片付けをしているのを手伝おうとしたが、結構ですと断られた。


「ワンダー、僕達は邪魔みたいだね。丁度良いから、これからの日程を確認しようよ」


 地図を広げて、ルートを調べているショウに、スーラ王国には宿屋とかも有りますよとワンダーは提案する。


「マッキンリー大瀑布からゼビオ川沿いに下れば、首都のサリザンに迷わず到着できますし、何個か町が記入されていますよ。東海岸は開発されているから、地図も詳しく記入されてますね」


 ショウが宿屋かぁと渋るので、スーラ王国で野宿などしたら困るのはショウ様でしょうにと笑う。ショウもハッと蛇が多いんだと、宿屋に泊まる事を真剣に考える。


「田舎の宿屋には良いイメージがないからなぁ。西海岸の測量の時も、虫がいたり、年寄りの娼婦が誘ってきたり、ロクな目に会わなかったからなぁ」


 ワンダーも不潔なシーツにうんざりしたのを思い出して、眉を顰める。だから、カドフェル号でスーラ王国に航海すれば良かったんだ! と、言っても今更仕方ないと諦める。


 船なので毎日シーツを換えては貰えないが、虫などはいない自分の寝室を懐かしむワンダーだ。


「う~ん、中途半端だよなぁ。これではカドフェル号より早くサリザンに着いちゃうよ。でも、砂漠まで行く時間は無いし……」


 グッとワンダーは拳を握り締めて、早く着いて用事を済ませれば、これからのローラン王国訪問も余裕を持ってこなせますと、怒鳴らないように声を抑えながら説教する。


 ショウはこれはかなり怒っているなと察して、わかったと真面目に答えて、マッキンリー大瀑布を見に行こう! と出発を促す。




 サンズとシリンでマウレー湖を縦断すると、ドドドドォ~と凄い瀑布の音が空気を震わせていた。


 マウレー湖の端には水しぶきが舞い上がっている。


『サンズ! マッキンリー大瀑布だぁ! 上を飛び越そうよ!』


『凄いねぇ! 行くよ!』


 サンズはショウの心の高ぶりに合わせて、スピードをあげてマッキンリー大瀑布の水しぶきを突っ切った。 


『うっひょう~!』


 水しぶきを通り抜けるとマッキンリー大瀑布の全容が見えた。


 耳に轟く瀑布の音が、身体を揺すぶるほどで、自然の驚異にショウ達は言葉も出ない。


 山間部と遥か遠くに見えるガリア山からの水がマウレー湖に集まり、それが一気に滝壺へと落ちるマッキンリー大瀑布に、ショウ達は圧倒された。


『凄いね~』


 暫く、空中から大瀑布の全容を楽しんだが、ショウは滝壺の近くにサンズを着地させる。

 

「凄いとしか言いようが無いね~」


 下から見上げると、そびえ立つ岩肌を大瀑布が見渡す限りの幅で流れ落ちていて、水しぶきに太陽の光がさしこんで、大きな虹や、小さな虹を作っている。


 隣に着地したシリンからピップスとバージョンも降りて、呆然とマッキンリー大瀑布を眺める。


『ショウ! 鞍を外して! 滝壺で泳ぎたいんだ!』


『え~? マウレー湖ならいざ知らず、滝壺は水の流れが激しいよ。大丈夫?』


 そう言いながら、ショウはサンズの鞍を外してやる。


 サンズは滝壺にダイブして、パシャパシャと楽しそうに泳ぐ。


『シリンもおいでよ!』


 サンズに誘われて、シリンもピップスに鞍を外して貰って一緒に泳ぎだす。


「シリンはとても楽しそうだなぁ」


 二頭の竜は流れの速さも気にしないで、水遊びを楽しんで満足すると、ショウ達の元に帰って来た。


『ショウ! 凄い物を見せてくれてありがとう』


 ターシュが珍しくショウの肩に止まって、お礼を言った。


『僕も噂には聞いていたけど、ここまで素晴らしいとは思わなかったよ』


 大自然の圧倒的なパワーを感じて、ショウ達は現れては消える虹を眺めながら、数時間を過ごした。


「ずっとこうして見ていたいけど、夜の寝る場所を確保しなくちゃいけないな~」


 ショウは川沿いに少し下った所に町があるのを確認して、其処で宿屋を探す。スーラ王国の奥地になる町だが、神殿と役場、商店が数軒建ち並んでいて、ゴルチェ大陸西海岸とは比べ物にならないなぁとショウは溜め息をつく。


「宿屋はあるのかなぁ?」


 ショウ達は町の外れで竜から降りて、町の中に入って行く。


「あれは、宿屋かな? 酒場か食堂みたいだけど」


 日が陰りだして、店の前に机や長椅子を出して並べている小僧に、ワンダーは宿屋は無いかと尋ねた。


 小僧は見慣れぬ服装の一行に驚いたが、客商売に慣れているので、あっちにあると指差す。ワンダーはスーラ王国の通貨をレッサ艦長から貰って来ていたので、小僧に1シリー投げてやる。


 ピップスは寒村で育ったので、こんな田舎の町にも興味津々できょろきょろしていたが、宿屋の部屋に荷物を運んだりするのは手早かった。


「一応、シーツは洗ってあるみたいですね」


 布団を捲ってバタバタと振るっているワンダーにバージョンは驚いたが、前に虫がいて大変な目に遭ったんだと聞いて、自分のベッドの布団も振ってみる。


「そんなことしなくても、虫除けを焚きますよ。暫く、部屋を締め切っておけば、安心して眠れます」


 ピップスはごそごそと袋の中から、小さな香炉をだして、皮袋から虫除けの練り玉を取り出すと火をつける。


 その香りは、なんだか蚊取り線香の香りに似ていて、妙に懐かしい気持ちになったが、部屋を燻している間に下の食堂で食事をしようということになった。



 食堂は賑わっていたが、見慣れない服装のショウ達が降りて行くと、少し静かになる。


 スーラ王国の男は半袖シャツと半ズボン、半袖シャツと長ズボンで、ピップスの長袖長ズボンや、ショウ達の長衣に長ズボンは珍しく思えるのかなと思った。


 此処でも、東南諸島と同じく身分が高くなる程衣服の面積が増えるようで、小僧達は袖無しに半ズボンでテキパキと料理を運んでいた。


「4人なら、鶏の丸焼きがお勧めだよ。あと、取れたての魚の蒸し物も、この宿屋の名物料理なんだ」


 ワンダーは香辛料は控え目にして、適当に持って来いと小僧に1シリーを与える。小僧は喜んで、次々と料理を運んで来たので、全員が黙々と食べたが、ピップスはワンダーとショウとどちらが偉いのかなぁと悩んでいた。


 ショウのことを、ワンダーもバージョンもショウ様と呼んでいるが、年はワンダーの方が上だし、お金を支払ったりもしていたからだ。


 辺境の寒村でも市で買い物をするのにお金を使うので、存在は知っていたし、市で1シリー貰い母親にお土産を探したので、値打ちも知っていた。ワンダーが宿屋を教えてくれた小僧や、料理を運ぶ小僧に何気なさそうに1シリーをチップに与えるのを見て、驚いて混乱したのだ。


 ショウもお腹いっぱい食べて、部屋にあがったが、ピップスがバタバタと燻した空気を入れ換えながら、何だか変な感じなのに気付く。


「ピップス? もしかしてホームシックなのか?」


 ショウに声をかけられて、ピップスは何でも無いと言いかけたが、気になる事は最初に聞いておこうとショウの前に立つ。


「ショウ様、私はショウ様にお仕えするのですが、ワンダー様とどちらの命令に従えば良いのでしょう?」


 ショウはそう言えば王子だと言って無かったなぁと、此処で説明しておこうかと思ったが、旅の最中だから気楽に過ごしたいので黙っていることにする。


「ええっと、ワンダーは年上で判断を任せる事が多いけど、僕に従ってくれたら良いよ」


 ピップスは、よく理解できず首を捻った。


「細かい指示はワンダーに従ってくれたら良いんだ。でも、僕とワンダーの意見が違ったら、僕に従って欲しい」


 ピップスは一応納得して、お風呂の用意を宿屋の小僧に頼みに行く。




 バージョンは隣の続き部屋で二人の会話を耳にして、ピップスに少し同情した。


「ワンダー少尉、ショウ王子はピップスに身分を明かしておられませんよ」


 次の宿泊場所を宿屋の主人に聞いていたワンダーは、バージョンに言われて、やれやれと肩をすくめた。


「今、身分を明かしたら、ピップスは緊張してショウ様の身分が周りにもバレるかもしれない。あと三日もしないで大使館に着くから、其処で知るさ」


 バージョンは上官の命令だから従ったが、ピップスが驚くだろうなぁと溜め息をついた。 

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