第25話 スーラ王国の首都

 ショウ達は、ゼビオ川沿いにサリザンを目指して旅をした。少しずつピップスはシリンとの飛行に慣れていき、ターシュが空にいるからか、竜が側にいるからか、ショウが心配していたヘビに遭遇することもなく、順調な旅になった。


 昼の休憩をしていたショウ達の前を、平たい川船が行き来するのを、ワンダーとバージョンは真剣に眺める。


「川を遡るのに、沿岸から馬で引かせているんだな。ワイヤーを掛け替えながら、遡るんだ」


「下りは楽ですよね。でも、馬を使ってない船も有りますよ。小船は帆か、櫓をこいでノロノロ進むしか無いみたいですね」


 海軍馬鹿の二人は船には目がなく、行き交う船をああだこうだと評する。


 スーラ王国は、亜熱帯というか、熱帯に近いジャングルを切り開いた王国で、国内にはゼビオ川以外にも川が何本も流れており、緑が濃くて空気も湿気を含んでいた。


 川沿いに町は広がっていたが、大きな屋敷とかは少し高台の風通しの良さそうな場所に建てられているのも、この湿気から逃れる為かなとショウは服をパタパタさせて風を通した。


「ピップス、服は暑くない? 僕の着替えを貸そうか?」


 基本的に東南諸島の服も風通しが良くできていたが、山間部のゴルザ村のピップスの服は毛織物なので、見ているだけで暑苦しそうだった。


「そうだ、ピップス、町で服を買った方が良いな」


 ワンダーは自分やバージョンの海軍の制服は勿論貸せないし、ショウ王子の服を従卒に着せるのは駄目だと思って、買うことを提案した。


「そうだね、ピップスは僕より背が低いから、長衣は裾を引きずってしまうかも。町の様子も見てみたいし、服を一式買いに行こう」


 バージョンは、ショウが自分が着ている長衣が最高級の麻だと知らないのだと、改めて王子様なのだなぁと再認識する。


 川を下って首都に近づくにつれて、町は大きくなっていたので、食べ物屋や、金物屋、服屋も軒を並べた商店街があった。商売の都レイテ育ちの三人にとっては鄙びた商店街にすぎなかったが、ピップスは溢れる商品と買い物客に市より賑やかだと驚いた。


 年の近いバージョンは、これはまだ田舎だと、ピップスに笑いながら教えてやった。


「スーラ王国のサリザンは、緑と水の都なんだ。こんな田舎町とは比べ物にならないよ」


 ショウはワンダーとバージョンにサリザンに寄港したことがあるのか? と驚いて尋ねた。ワンダーはしまった! と、バージョンを睨みつけたが、こうなっては仕方がないと一度行ったことがありますと答える。


「ええっと、ワンダー? 何故、今までサリザンの事を話さなかったの? もしかして、蛇が放し飼いにされているからなの?」


 ワンダーはそんなことはありませんと断言する。


「ほら、此処まで蛇を放し飼いになど誰もしてなかったでしょ。大切に家の中で飼っているのですよ。ただ、ショウ様がサリザンに行くのを嫌がっていらっしゃるから、話題にしなかっただけです」


 何か怪しいとショウは思ったが、行かなくてはいけないのは明白だし、明日には着くのだからわかるだろうと追及するのを止めて、ピップスの服を選びだす。


 ワンダーはホッとしたが、サリザンで一番大きな建物である蛇神様の神殿を見て、ショウ王子が気絶しなければ良いがと溜め息をついた。


「もしかして、ショウ様は蛇がお嫌いなのですか?」


 ピップスの服を選ぶのに熱中しているショウに気付かれないように、バージョンがワンダーの側に来て小声で尋ねる。


「そうだ! だから、サリザンの神殿の話はしてはいけないぞ」


「でも、サリザンに着いたら、絶対に目に入りますよ。あんなに大きな建物ですから」


 バージョンにサリザンに着いたら、ともかくショウを大使館までお連れするのが私達の任務だと言い切る。


「後の事は、レーベン大使に任せておけば良いのだ。外交の事など私達のような武官が出る幕はないからな」


 あっ、あんな安物の服を選んでいると、仮にも王子の従卒がそこらの小僧と同じ服では拙いと、ワンダーはマシな服に変更させる。


「ワンダー? どうせ大使館についたら、服は支給されるよ。普段着なら涼しいのが良いのに。僕も半袖シャツと半ズボンにしようかな?」


 絶対に駄目です! と叱られているショウをピップスはやはり変だと思う。


 ワンダーやバージョンは、ショウ様の家臣なのかと、ピップスは推察する。なぜなら、常にショウを他の人達から守ろうとしていたからだ。


 道の向こうから男達が数人歩いてきたら、絶対にバージョンかワンダーが前に立つし、それをショウは当たり前のように歩いている。これは、護衛がつくのに慣れているってことなのだと、ピップスは考えていた。


 ピップスは一緒に旅をして、ショウが身分の高い人物で、ワンダーはお目付役、バージョンはお供なのではと、かなり真実に近い所まで考え当てた。


 服を綿の涼しい半袖シャツと長ズボンに着替えると、ピップスはスーラ王国の住民のように見えた。スーラ王国の奥地の住民は色も浅黒く、黒髪に黒い瞳が多かったが、下流になるにつれて肌の色が薄く、髪の毛も茶色の人達を見かけることが多くなったからだ。


「ピップスの容姿は、スーラ王国の下流の人達と同じように見えるよね。沿岸部には外国人が多いし、混血が進んでいるんだな。多夫多妻制だからかな? 多夫多妻制? え~と、女王は多夫一妻なんだよね? 逆ハーレム、なのかなぁ?」


 少し気の重い事を思い出してドヨドヨな気分になったショウを、ワンダーはサッサと大使館に行って、お風呂に入りましょうとせき立てる。


「大使館? 何ですか?」


 未開の山岳部には国すらもなく、大使館をピップスが知っているわけもなかった。


「大使館というのは、付き合いのある国に大使を駐在させて、色々と自分の国の人を保護したり、その国との交渉をする所なんだよ。僕の国の東南諸島連合王国は海洋国家で、沢山の国と交易をしているから、スーラ王国にも大使館があるんだ」


 ワンダーとバージョンは、ピップスの教育には時間がかかりそうだなぁと溜め息をつく。公用語の読み書きはできるし、薬草や生活の知恵は身についているが、世界の知識に欠けていた。


 しかし、普通の庶民ならこれで十分で、交易が盛んな東南諸島の商人や船乗りが他の国の人達よりかなり違っているのだとは、彼等にはわかって無かった。


「ピップス、竜騎士になるには武術もだけど、勉強も必要だね。これから少しずつしていこう」


 ワンダーはサリザンになかなか行こうとしないショウ王子を、休憩時間は終わりですよと立ち上がらせて出発を促す。その様子を見ていたピップスはシリンに乗っているバージョンに、何だかショウ様はサリザンに行きたがっていないように見えるけどと尋ねる。


「ショウ様はヘビが嫌いなんだ。内緒だぞ!」


 あまり外の世界の知識のないピップスだったが、スーラ王国が蛇神様を祀っているのは旅の商人から聞いていたので、それで嫌々向かっているのだと納得する。


「サリザンには立派な蛇神様の神殿があると聞いているけど、大丈夫かなぁ?」


 旅の商人が凄く自慢していた蛇神様の神殿の様子を思い出して、ピップスは心配する。


「神殿は海から見る方向が正面だから、私達は山側から行くので、もしかしたらショウ様は気が付かれないかも……」


 ピップスは話を聞いただけで、実際の神殿を見たわけではないので、バージョンの言葉の意味がよくわからなかったが、蛇嫌いの人には嫌だろうと考えた。




 ショウはそんな事も知らず、サンズをサリザンに向けて飛ばしていた。


 下流になるほど川幅が広がり川の流れもゆっくりになっていったが、少し小高い丘を越えると川は何本かの支流に別れて、サリザンの街がパァと開けた。


「凄く大きな街なんだね。そうか、ゼビオ川の三角州にサリザンは広がっているんだね」


 呑気にサリザンを上空から見学していたショウを、ワンダーはあちらの建物が東南諸島の大使館ですと、後ろから指示をして向かわせようとした。


「えっ、どの建物?」


 ワンダーを振り返ったショウは、どーんとそびえ立つ巨大な神殿の上にある金色の蛇の彫像が目に入って固まってしまう。


『ショウ? 大丈夫か?』


 サンズが心配して声を掛けても、その巨大なオブジェから目が離せないショウを、ワンダーは肩を揺すって正気に返らせる。


「ショウ様、大使館に行きましょう! ほら、あの丘の中腹にある白い石の建物ですよ。あそこの正面は海に向かってますから、神殿は目に入りません。さぁ、行きましょう!」


 ショウもずっと空中にいるわけにはいかないと、サンズに大使館の建物に行くように指示を出した。


 ピップスとバージョンはサンズが止まったのに驚いていたが、自分達も振り向いて金色の巨大蛇に気づき、あちゃ~と叫ぶ。


「ピップス、ショウ王子は荒れるかもしれないから、頼んでおくぞ」


 ピップスは王子と聞いて驚いたが、ストンと胸に落ちた気持ちがして納得した。


「えっ、バージョンさんやワンダー様は側にいないのですか?」


 バージョンはピップスに自分達はカドフェル号の士官と士官候補生だから、艦が入港すれば帰艦することになると後を頼んだ。


「ショウ様は蛇が嫌いなのに、何故、スーラ王国に来たのですか?」


 バージョンはアスラン王に忠誠を誓った士官候補生なので、説明がしにくかった。


「ショウ王子には、嫌でもしなくてはならない事が沢山あるのだ。ピップスは、側で支えて差し上げる存在にならないといけないぞ」


 ピップスは命を助けて貰ったショウが王子と聞いて驚いたが、それよりも大変そうな立場だなぁと気の毒に感じる。


 自分に王子だと名乗らなかったのは、気楽な旅の途中だったからだろうと察して、大使館に舞い降りたショウ王子を大使や職員が慌てて飛び出して丁重に迎えるのを見ながら気を引き締める。

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