第23話 ゴルザ村は隠れ里?

 ジャニム村長に、とにかく落ち着いて話し合いましょうと、ショウは家に連れて行かれて、両親とテーブルにつく。ワンダーとバージョンはどうなるのか心配そうに、ショウの横に座る。


「あのう、ピップスはシリンのパートナーの竜騎士なのですよ。村には何十年も、竜騎士がいなくて困っていたのでは無いですか?」


 ジャニム村長は深い溜め息をついて、ゴルザ村の歴史を話し出す。


「村の竜はシリンだけです。前から、シリンの為にはこの村から離れて、竜騎士達が沢山いる北の大陸へ行った方が良いとは考えていたのです」


 ショウは、一頭だけでは子竜も得られないと頷く。


「しかし、私達の祖先は帝国に追われて此処へ隠れ住んだと言い伝えもあり、もう何百年も前の事なのに竜達は北へ向かうのを拒否してました。それに、昔は竜騎士の素質を持つ子供がよく産まれていたので、いずれは絆を結べると望みを持っていたのでしょう。他の竜達は年を取って、死に場所を求めて飛びさってしまいました。ピップスが竜騎士の素質があるのなら、そして絆を結べるのなら、この村から解放してやりたいのです。此処にいても子竜はつくれませんから」


 ジャニム村長の沈痛な話に、ショウは困惑する。


「でも、ピップスは未だ幼いし……私はこれからスーラ王国に行かなくてはいけないのです」


 クルクルの鳶色と、ゴルチェ大陸には珍しい青い瞳の、やんちゃなピップスを面倒見るのは、若いショウには重荷だ。


「ショウ様はお幾つですか? ピップスは、14歳にもうすぐなります。独り立ちしても良い年齢です。あの子がショウ様にお仕えすることを選んだのですから、図々しいお願いですが面倒をみてやって下さい。きっと、お役に立てる日がくると思います」


 パムは、ショウが同じ年ぐらいだと見ていたのでそう質問したのだが、ショウ達はとても13歳には見えないと驚いた。母親のパムは小柄だったが、父親のペヤンは長身で、パムに似たのか、未だ成長期がきていないのだろうとショウ達は思った。


 確かに13歳、14歳なら、親元を離れでも不思議ではない年齢だし、竜騎士のピップスが此処にいても将来は無いのも理解できたが、ショウはそれでも躊躇する。


 ペヤンにこの地方の風習を持ち出されて、そんな馬鹿な! とショウは無茶苦茶だと呆れてしまう。


「人の命を助けたら、一生その助けた人の面倒をみるだなんて! なら、誰も人助けしなくなりませんか?」


 ワンダーも、その通りだと頷く。しかし、ゴルザ村の人達は、ショウ達が誤解をしていると説明する。


「これは昔からの言い回しです。実際は助けられた人が、助けてくれた人に、一生お仕えするという意味です。ショウ様、ピップスは貴方に命を助けられました。その上、貴方は竜騎士ですし、とても迷惑な話だとはわかりますが、ピップスを立派な竜騎士にして、お側に仕えさせて下さい」


 ショウは困惑して、少し考えさせて下さいと、頭を下げる父親のペヤンに言って席を立つ。村長の家を出て、ショウはワンダーと話し合った。


「どうしたら良いのかな? こんな変な風習、聞いたことが無いよ~」


 ワンダーも困惑していたが、逃げ出すか、ピップスを受け入れるしか選択肢は無さそうだとショウにアドバイスする。


「逃げ出すかぁ、それもありかなぁ? でも、シリンが……」


 ショウは村の風習だけなら、自分達にはそんな風習はありませんからと突っぱねて旅立つ事もできたけど、シリンが此処にいても将来が無いのを見捨てられなかった。


 竜馬鹿! ワンダーはショウが竜馬鹿なのを熟知していたので、ピップスとシリンを引き受けるのだろうと深い溜め息をつく。


 ショウは本人にも意志を確認したいと考えた。


「ピップスはこの村の風習に従って、あんな事を口にしただけかもしれない。自分がこの村を離れたら、両親や他の懐かしい人達とそうそう会えないと理解できていないのかもしれないよ」


 シリンにベッタリと寄りかかって話していたピップスは、ショウを見るとパッと顔を輝かして立ち上がる。


「ショウ様、僕は一生お仕えします!」


 一途に思い込んでいるピップスに、自分の国には命を助けても一生面倒をみたり、仕えたりする風習は無いとショウは説明する。


「だから、ピップスは僕に仕えなくても良いんだよ」


 ショウの説得にも、ピップスは後に引かない。


「ショウ様が、迷惑なのは理解しました。でも、何でもしますから、僕とシリンを連れて行って下さい。もっとシッカリしたら、ショウ様の護衛をします。それまでは小間使いでも、何でもしますから」


 離宮で何人もの侍従にかしづかれているショウには小間使いは必要無かったが、ピップスの押しの強さに負けた。


「でも、両親にそうそう会えないよ。僕の国はここの大陸でも、北の大陸でもないんだ。ずっと遠い海のかなたにある島国なんだよ」


 人の忠告はスルーして、海! とピップスは飛びつく。


「海! 見たことが無いです! マウレー湖より大きいのですか? 旅の行商人が、海の水は塩辛いと言ってましたが、本当ですか?」


 ショウは崖から落ちたり、人の忠告をスルーするピップスの落ち着きの無い性格に、連れて行っても大丈夫かなと溜め息をつく。


「僕は末っ子なんで、両親には同じ村に住む兄や、隣村に嫁いだ姉達がいますから大丈夫ですよ」


 ショウが両親の心配をしているのだと勘違いして説明しているピップスに、君も両親に会えないのだと説明する。


「それは寂しいけど、仕方ないです。僕の村では、若い人は殆ど余所に働きに出かけますから、それと一緒です。もう独立しても、おかしくない年齢ですから」


 本当にわかっているのかショウには疑問だったが、ピップスが竜騎士ならゴルチェ大陸まで船に乗せれば、このゴルザ村にも勝手に帰れるだろうとショウは考えた。


「じゃあ、暫くは僕と一緒に来るかい? 嫌になったり、両親に会いたくなったら、ゴルザ村に帰れば良いよ」


 ピップスはショウの側を離れる気持ちなど、さらさら無かったが、今は受け入れてくれただけで満足した。 ワンダーは、新しい従卒を雇い入れたのだと、気持ちを入れ替える事にする。




 ピップスがシリンに乗るのを、ショウは指導しなくてはいけなくなり、砂漠の旅を諦めたので、ワンダーはホッとする。


 ゴルザ村には古い鞍があったので、シリンに装着の仕方から指導する。


「もっとギュッと締めないと駄目だよ。ほら、心配ならシリンに聞いてみたら良い」


 もたもたとピップスがシリンに鞍を装着しているのを、ワンダーとバージョンはやれやれと見ていたが、剣の訓練でお鉢が回ってきた。


「弓矢は、ピップスはかなり上手いんだ。でも、剣はあまり練習していないみたいなので、ワンダーとバージョンにも練習をつけるのを手伝って欲しいんだ」


 これは武官として剣の訓練を欠かせない二人には、別に問題無く受け入れられ。


 ピップスがシリンで飛ぶのに慣れるまで、数日ゴルザ村に滞在するのが決まっていたので、飛行練習したり、剣の訓練をして過ごす。ターシュやサンズも少し羽を休めて、のんびりとピップスの剣の練習を眺めている。


 ピップスを崖から落ちたイメージで、運動神経が悪いのではと思っていたが、実際は敏捷で剣の訓練も楽しそうにしていたし、問題は落ち着きの無い性格だと、ワンダーは何人も士官候補生の指導をした経験で長所と欠点を見抜く。


 ショウもバージョンに負けたのを悔しく思っていたので、ピップスに付き合って真剣に剣の訓練をして、3回に1度は勝てるようになった。


「この航海が終わるまでには、バージョンに勝てるようになりたいな」


 ワンダーは、ショウに同じ年のバージョンとピップスが側にいるのは良い影響を与えると考えて、剣の腕をあげたのを褒めた。


 夜は、バージョンが持ってきた本で位置の計測の計算方法を教えたり、ジャニム村長に村の歴史を聞いて過ごしたが、明日には旅立つという晩に村長は古文書をショウに手渡した。


「これをショウ様に差し上げたいと思います。私達には読めませんが、治療師はきっとショウ様には読めるのではないかと言ってました」


 ショウは手渡された古文書を開いて、真名で書かれているのに驚いた。


「これは! ゴルザ村の人達は、帝国から逃げたと伝わっていたのですね。もしかして、魔法王国シンの流れをくんでいるのですか?」


 ジャニム村長は、昔のことは時の流れで喪われてしまいましたと苦笑する。


「儂らはこの土地に馴染んで、混血を繰り返して、魔力を持たない者ばかりになりました。ピップスは、この数十年に、やっと産まれた竜騎士です。この寒村で朽ち果てさせるのは、忍び無いのです。ショウ様が帝国の流れの三国の方で無かったのは、偶然でしょうが良かったと思ってます」


 ショウは手渡された数冊の古文書を受け取って良いのか悩んだが、教えれるならピップスに教えますと有り難く貰った。そういえばゴルザ村の人達は髪の毛の色や、目の色が薄い人がチラホラいて、帝国の大陸統一に抵抗して逃げて来たのかもしれないなと、遥か昔の事に思いを馳せた。


 ショウはパラパラと古文書を捲ったが、旅の途中で体調を崩してはいけないと、読みたいという好奇心を封鎖する。

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