第22話 ピップスとシリン

 ショウは寒村ゴルザの歓待を受けたが、案の定魔力の使いすぎで頭が痛くなってしまい、熱が出る予感を感じて早々にベッドに入った。


「バージョンは扉の前で寝ろ! 私はベッドの側にいる」


 ショウの額に手をあて、やっぱり! と、ワンダーは熱が出ていると眉を顰める。


「ワンダー少尉、ショウ王子は熱を出されているのですか? ジャニム村長に、治療師を呼んで貰いましょうか?」


 扉の前に毛布を敷いていたバージョンは、ワンダーの様子に発熱されているのだと心配して慌てる。


「いや、治療師も疲れ果てているだろう。それに、この発熱は魔力を使い過ぎたのだから、何も治療の方法は無いと前にショウ様は言っておられた。ただ、頭を冷やして差し上げたいから、水を手に入れて来てくれ。大袈裟にしたくないから、ショウ様が顔を洗いたいとでも言って貰って来るんだぞ」


 バージョンは洗面器に水を入れて帰ってきた。


「私の方が看病に向いてると思います。祖父の看病をよくしましたから」


 ワンダーが慣れない手付きで、額にタオルをのせているのを心配そうに眺めていたが、いいから寝ておけ! と怒られて命令に従う。



 朝方にワンダーはショウの熱が引いているのに気づいて、ホッとして仮眠を取った。


 バージョンは床であろうが、野宿よりは熟睡して、スッキリと目覚める。ワンダーがベッドの横の椅子で仮眠を取っているのを見つけて、ソッとショウの額から落ち掛けているタオルを取ったが、濡れたままなので熱が下がったのだとわかった。


「おはようございます、朝食を如何ですか?」


 扉をノックして、パムが顔を覗かした。


「後で食べさせて貰います」


 バージョンは慌ててパムに答えたが、ショウとワンダーは起きてしまった。


「ああ、朝なんだ。ワンダー、バージョン、ベッドに寝なかったのか?」


 床の毛布と、椅子で仮眠していたワンダーにショウは驚いたが、魔力を使った後の空腹でグウとお腹が鳴る。


「ショウ様、朝食が出来ているそうですよ」


 バージョンの言葉で、ショウはガバッとベッドから飛び降りて台所へと向かう。


「パムさん、おはようございます。ピップスは目覚めましたか?」


 明るい表情でピップスはお粥を山盛り食べましたよと言いながら、ショウ達にも山盛りのお粥が入ったお椀を前に置いた。ショウはお粥を三杯食べて人心地つき、呆れて見ているワンダーとバージョンにお腹が空いていたのだと照れ臭そうに言う。


「ピップスがショウ様に御礼を言いたいと言ってます。私の家に来て貰えますか? 本人はもう歩けると言ってますが、治療師に見て貰うまではベッドから出ないように夫に見張って貰っているのです」


 朗らかなパムに、ピップスが良くなった喜びを噛み締めているのだと、ショウ達も自然と微笑む。




 村長の家を出てペヤンの小屋に行くと、丁度治療師が来ていた。パムは、治療師にも、丁寧に御礼を言ったが、ピップスがベッドから出たがって困ってると訴える。


「あんな命をおとしそうな怪我をしたのに、竜に会いに行くときかないの。駄目だと言い聞かせて下さい」


 治療師は竜の問題は私には関係ないと肩をすくめたが、ピップスの手足を動かしてみさせて、ペヤンに支えるように言ってベッドの側に立たせる。 


 二日寝ていたが、ピップスはしっかりと立って、歩けると言い張った。


「もう、全然痛くないよ、だから歩けるよ」


 ピップスを心配そうにペヤンは支えていたが、治療師に歩かせてみせるように言われて手を離す。ピップスは自分でも少し不安だったのか、ゆっくりと一歩二歩と歩いたが、痛くないと歩き回る。


 治療師は改めてショウの治療の腕を褒めて、ペヤンとパムも昨夜から何度目かの御礼を言った。ピップスはショウの前に立って、深々と頭を下げた。


「僕の命は貴方のものです」


 ショウは御礼はともかく、大袈裟な文言に驚いたが、ペヤンとパムも納得したように頷いていたので、この村の言い回しなのだろうと思う。


 しかし、ワンダーは世界を航海して回っていたので、ゴルチェ大陸の一部で、命を助けた人はその助けた人を一生面倒をみるという変な風習があったと思い出して、少し引っかかっていた。


「ショウ様は竜騎士なのでしょ! 竜に会わせて貰いたいな~」


 パムは露骨に眉をしかめたが、ペヤンはまぁまぁとピップスに昨日は死にかけていたんだぞと諌める。


「竜に会いに行って、崖から落ちたくせに! 懲りないわね!」


 プンプン怒るパムに、ピップスはシリンが僕を助けてくれて無かったら死んでいたよと文句をつける。


 ショウはこの村に竜がいるとは見えなかったので、ペヤンにどういう事ですかと尋ねる。


「ゴルザ村には、昔は何頭も竜がいたと伝わっていますが、現在はシリンのみです。竜騎士が何十年も産まれないのにシリンは絶望して、ゴルザ村を離れてガリア山に飛び去ったと言われていたのです。でも、この子はシリンの後を追いかけて、近くの山の断崖絶壁の洞窟にシリンが住んでいるのを見つけたみたいですね。そして、会いに行こうとして足を滑らせて転落したのです。シリンは谷底に落ちたピップスを村に連れて来てくれましたが……」


 パムにギロリと睨まれてペヤンは口を閉じたが、ピップスは何かあったの? と、父親にくって掛かった。


「僕が谷底に落ちた時、シリンは御免と謝ったんだ。自分が村の近くにいるのが間違えだったと、凄く悲しそうだった! シリンに会いに行かなきゃ! 崖から落ちたのは僕の不注意で、シリンのせいじゃ無いと言わなきゃ。あのままじゃ、シリンは遠くに行くか……死んでしまうよ!」


 パムもゴルザ村で産まれ育ったので、シリンに会いに行って息子が死にかけたのには腹を立てたが、死んだりするのは可哀想だと思った。ショウは竜馬鹿なので、話を聞いてるだけでシリンの孤独感にすっかり心を動かされた。


「ピップス、シリンの住みかはわかるんだね。竜でなら、崖から落ちたりしないよ。シリンに無事な姿を見せてあげよう」


 パムは一瞬止めかけたが、夫のペヤンにピップスはショウ様に従わなくてはいけないと諭される。ショウはシリンのことで頭が一杯で、二人のやりとりに気がつかなかったが、ワンダーはややこしい事になりそうだと心配した。




 ショウとピップスはサンズでシリンに会いに行こうと急いでいたが、ワンダーはついて行くと乗り込んだ。


 出遅れたバージョンに、荷物を纏めておけ! と叫んだ。ややこしい話になる前にサッサと村を出発したかったのだ。バージョンに任せておけば、水の補給や、もしかしたら食糧も補給しておいてくれるだろうと、生活面では信頼をしている。


「シリンの住む山は何処?」


 ピップスは竜騎士が産まれた時からいなかったので、竜に乗るのも初めてだったから、一瞬ぼぉっとしていたが、それどころじゃなかったと山を指差す。


『サンズ、あちらの山の崖に、洞窟があるのが見えるかい? あそこに行って欲しいんだ!』


 もしかしたら、既にシリンは旅立ってしまったかもとピップスは気が気でなかったが、洞窟の入り口に悄然と羽を地面に垂らしているシリンの姿を見つけて叫んだ。


『シリン! 行かないで! 僕は大丈夫だったよ!』


 シリンは見知らぬ竜に驚いたが、ピップスの声が聞こえるのに喜んだ。


『ピップス! 死んでしまったかと思ったよ! あの時、絆を結んで命を助けたいと願ったけど、意識を失ってしまったから。良かった! 助かったんだね』


 ピップスはサンズが洞窟に着地するや否や飛び降りて、シリンに抱きつく。


『シリン、僕の竜になってくれる?』


 シリンはうっとりとピップスを眺めて、年老いた竜らしく慎重にパートナーから始めようと答える。未だ、幼いピップスに絆の重みが理解できるか疑問に思ったのと、少しそそっかしい性格が落ち着いてから絆を結びたいと考えたのだ。


 ショウはシリンに、自分とワンダーとサンズを自己紹介して、良かったねと祝福する。


「ショウ様、これで問題は解決しましたね。ゴルザ村に帰って、後は村長に任せましょう」


 確かに、問題は解決したとショウも思ったが、ワンダーが急かすのをスーラ王国に一刻も早く行かせたいからだと誤解していた。


『シリン? ピップスを乗せてゴルザ村に帰る? それとも、ピップスはサンズに乗せて帰ろうか?』


 サンズは初日からショウを乗せたから聞いたのだが、ワンダーはそんな乱暴なことをと咎めた。


「シリンは鞍も付けいませんし、両親も昨日の今日ですから心配しますよ。今日のところはサンズで一緒に帰ったら良いと思いますよ」


 ピップスもいきなりシリンで飛ぶのを躊躇したので、サンズで村に帰り、横にシリンがついてきた。




 シリンが村に帰って来たのを、村人全員で出迎える。村長のジャニムは孫が竜騎士になれると知って、パッと顔をほころばせる。


 ワンダーはバージョンに荷物を部屋から運び出させて、とっととバナム村から旅立とうとしたが、やはり嫌な予感が当たった。


「ショウ様、ピップスが立派な竜騎士になれるようにお願いします」


 満面の笑みを浮かべたジャニム村長の言葉に、意味不明で困惑したショウだったが、ワンダーはやはり面倒なことになったと眉を顰める。

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