第19話 ショウの悪足掻き
カドフェル号の艦長室でレッサ艦長から、父上からの書簡を受け取ったショウは、凄く嫌な予感がした。
「え~と、これは無かった事にできませんか? うん、嵐にあって艦長室が浸水したとか……開けなくちゃいけませんかぁ? あっ、僕に渡したけど、ぼんやりとしていて海に落としたとか……」
じと~と自分が書簡を開けるのを待っているレッサ艦長に、あれこれ開けない言い訳をしたが、どうやら許してくれそうにないとショウは諦める。
「レッサ艦長? 内容はご存知なのでしょ?」
書簡を手に持ったまま往生際が悪いショウに、レッサ艦長は怒鳴りつけたくなったが、これからの事を考えてグッと堪える。
「書簡を開けて下さらないと、次の指示が貰えませんから。どうぞ、お開け下さい」
こうなったら仕方ないと、ショウは父上の封印を短剣でバリバリと裂いて、書簡を開く。
「……無理!」
顔色を変えて逃げ出そうとしたショウを、レッサ艦長は素早く捕まえる。
「そんな事を仰らずに……、ほら、ターシュがいるでしょ。ショウ王子を守ってくれますよ」
やっぱり知っていたんだと、黒目がちの目を潤ませて見つめられたが、武官として王からの命令には従うしかないレッサ艦長だ。
「ええっと、スーラ王国に行っていたら、ローラン王国訪問の日程が狂ってしまいますよ」
ショウが知らされていた予定では、チェンナイを後にして、サンズ島経由でレイテに帰港し、ローラン王国訪問への打ち合わせを済ませて向かう筈だった。
「あっ、それは大丈夫です。スーラ王国からイルバニア王国へ向かい、ヌートン大使と打ち合せをしてから、そこでロジーナ姫と合流して、ローラン王国へ向かいます」
確かにショウはアレクセイ皇太子と話が合ったロジーナを連れて行く予定だったが、全てお見通しで罠にかけられた気分になる。
「私だけが知らされていなかったのですね。レッサ艦長、ゴルチェ大陸の地図を見せて下さい」
レッサ艦長は、ショウがゴルチェ大陸の地図を熱心に眺めているのを見て、少し嫌な予感がした。
「スーラ王国にはチェンナイから北上して、北部の沿岸を東に航海して、東海岸を南下するのですよね」
レッサ艦長は、ショウが指で航路を確認するのを見て、スーラ王国に行く覚悟を決めてくれたのだと安堵して頷く。
「ええっと、スーラ王国にはチェンナイから南下して、ドーン岬を回って北上しても行けますよね? 何故、右廻りなのですか? 下からの左廻りでも距離的には同じでしょう?」
レッサ艦長はこの岬付近は波が荒く、あちこちに暗礁もあるので、ぐっと南下して航海しなくてはいけないので、遠回りなのですと説明する。
「なるほどねぇ、ところでスーラ王国にはいつ頃着きますか?」
にこやかなショウに少し警戒しながら、嵐に遭わなければ半月も掛かりませんと答えた。
「ふうん、半月かぁ、結構かかりますねぇ」
「それは大陸の真反対側まで、半周するのですから。ショウ王子が風の魔力を使って下されば、10日も掛からないかもしれませんね」
ショウはにっこり笑って、無理ですと答える。
「無理って? まさか、スーラ王国に行かれないつもりですか? アスラン王の命令に背くのですか?」
レッサ艦長はショウが拙い立場になると、顔色を変えて心配する。
「スーラ王国には行きますよ。行きたくないけど、父上の命令ですから仕方ないです。でも、ほら! チェンナイからスーラ王国へ大陸横断すれば、近いでしょ!」
レッサ艦長は、ショウ王子がチェンナイとスーラ王国を指でなぞるのを見て、駄目です! と怒鳴る。
「ゴルチェ大陸の内陸部は、まだまだ調査されていない未開の土地です。それに山岳部もあるとか、砂漠もあるとか、聞いていますよ。カドフェル号でスーラ王国に行きましょう!」
ショウは父上の書簡を、レッサ艦長にポイと投げ渡す。
「レッサ艦長、よく読んでみて。父上は何処にもカドフェル号でスーラ王国に行かなくてはならないと書いてませんよ。大丈夫です、逃げたりしません。半月後に、スーラ王国の首都サリザンで会いましょう」
今すぐにでもサンズと飛んで行ってしまいそうなショウを、必死で引き止めて、せめて何人かの共をお連れくださいと懇願する。
「ショウ王子をお一人で行かせたなんて、アスラン王に報告できません。私を助けると思って、副官のクレイショー大尉とワンダーをお連れ下さい」
レッサ艦長が信頼する副官をカドフェル号から連れ出せませんよとショウは遠慮したが、お願いしますと懇願されて少し考える。
「ワンダーだけでは、いけませんかぁ? クレイショー大尉はお目付役みたいで……」
お目付役だから連れて行って欲しいのですと、レッサ艦長は懇願する。クレイショー大尉はレッサ艦長が信頼している副官で、士官候補生の面倒見も良く、落ち着いた大人だった。ワンダーも士官として信頼していたが、まだ10代の若さではショウのストッパー役は荷が重そうだと思ったのだ。
「ねぇ、レッサ艦長、僕はスーラ王国に行くのですよ。蛇が嫌いなのに、蛇神様が祀られているスーラ王国に! 少しぐらい気晴らしをしても、良いと思います! だって、来年には成人式だし……こんなチャンスは二度と無いかもしれないのですよ……なのにお目付役を連れて行けだなんて、酷すぎませんか?」
幼気なウルウル攻撃を受けて、レッサ艦長はグラッときたが、ぐっと踏みとどまる。
ショウは、チェッと舌打ちする。成長したから、下から見上げてのウルウル攻撃ができなくなったのだ。レッサ艦長を説得しなければ、真面目なクレイショー大尉の見張り付きになってしまう。
泣き落としがきかないなら、勝手に一人で行くと、作戦を変更する。
「考えてみたら、一人で何処かへ行くのって祖父のマリオ島に行った時以来ですねぇ。常に誰か付き添いがいたし、これって変じゃありませんか? 父上なんか勝手に王宮を留守にされてるのに、僕だけお目付役が一緒だなんて。それにサンズが一緒なのだから、厳密には一人じゃありませんよ」
レッサ艦長は、アスラン王はアスラン王です! と、内心で怒鳴りつけていたが、確かに悪い前例だと思い、口ではショウを負かせないと焦る。
「お目付役が嫌なら、友達と一緒ぐらいは良いのでは?」
かなりレッサ艦長が焦っているのを感じて、外交で鍛えたショウは後一押しだと感じる。
「ワンダーは、カドフェル号を離れたくないと思いますよ。彼は根っからの軍艦乗りですから」
基本的に海軍の武官は航海が大好きで堪らないのが実情で、スーラ王国行きも大陸をグルリと廻る良いチャンスだとしかレッサ艦長も考えなかったので、ワンダーも同じ気持ちだろうと言葉に詰まる。
「いえ、上陸作戦遂行には、特別ボーナスが付きます。ワンダーも早く中尉になりたいでしょうから、特別ボーナスのポイントを欲しがりますよ。あっ、バージョン士官候補生も連れて行って下さい。彼はカジノ制圧の際に、外の士官候補生達は作戦遂行ポイントが付きましたが、救出される側だった事と勝手な判断をしたペナルティーを受けてマイナスポイントになったのです。同期の士官候補生達から出遅れたのを気にしていますから、ゴルチェ大陸横断の作戦遂行ポイントを喉から手が出るほど欲しがります」
レッサ艦長もショウがお目付役を嫌う心情は理解できたが、王太子を一人でなど行かせられないと、必死であれこれ考え出した。
「えっ? バージョン士官候補生? 僕に子守をさせるのですか?」
カドフェル号でバージョン士官候補生は見ていたし、カジノ制圧のきっかけになったので覚えていたが、未だ幼いイメージだった。
「子守? 何を仰います。バージョン士官候補生は、ショウ王子と同じ年ですよ。それに武術は彼の方が失礼ですが、上だと思います」
ショウも頑張って武術訓練をしていたので、武官とはいえ同じ年のバージョン士官候補生の方が上と言われて、カチンときた。
「そんな風には見えませんよ~」
レッサ艦長はバージョン士官候補生がカジノに捕らえられたイメージで、ショウが侮っているのにほくそ笑む。
「では、剣の試合で彼が勝ったら、護衛として連れて行って下さい。あっ、ワンダーとも試合してみますか?」
ワンダーとは航海中に練習に付き合って貰い、実力は上だと知っていたので結構ですと断る。
レッサ艦長はしめしめと、バージョン士官候補生を呼び出して、ショウ王子のゴルチェ大陸横断の護衛をしないかと持ちかけた。パッと喜色を浮かべて、はい! と即答したバージョン士官候補生は、どうも頼りない印象で、武術以外はショウ王子の足手纏いになりそうだとレッサ艦長は眉をしかめる。
「だが、ショウ王子は自分より、お前は武術が劣るのではと、護衛に難色を示されている。少し鼻を折って差し上げなさい」
バージョン士官候補生は、カドフェル号の他の士官候補生達から士官昇格ポイントが出遅れているのを挽回するチャンスだと、真剣に試合に臨んだ。
ショウは1、2度刀を交わして、これは拙いとバージョン士官候補生を侮っていたのを反省して、真剣に試合に集中する。
「バージョン士官候補生! 頑張れ! ほら、右に回り込むんだ!」
レッサ艦長の熱の入った声援に、クレイショー大尉は驚く。
「レッサ艦長? ショウ王子も応援しなくていいのですか?」
レッサ艦長はうるさそうに、副官にショウ王子がゴルチェ大陸をサンズで横断旅行するのに護衛を要らないと言うので、バージョン士官候補生が試合に勝てば認めるのだと説明する。
クレイショー大尉は、ひぇ~未開のゴルチェ大陸横断をショウ王子が護衛無しだなんてと目眩がしたが、真剣にバージョン士官候補生に指示を出す。
「ほら、ショウ王子は左のディフェンスが甘い! そら、そこだ!」
日頃から士官候補生達の武術訓練も面倒見ているクレイショー大尉の適切な指導で、バージョン士官候補生はショウに剣の試合で見事に勝ちをおさめた。
「すまない、バージョン士官候補生。君の実力を軽んじていたよ」
お互いに良い勝負だったと健闘を称えあったが、ショウはもっと武術訓練をしなくちゃと反省する。
「ショウ王子、腕をあげましたねぇ」
汗を拭いていたショウに、ワンダーが話し掛けてきた。
「えっ? 何を言っているの? 負けちゃって、格好悪いよ~」
ワンダーは、バージョン士官候補生は海軍の士官候補生の剣の試合の優勝者なんですよと慰めたが、ショウがプンプン怒り出したので驚いた。
「レッサ艦長め! 僕を嵌めたな!」
ワンダーは、ショウからゴルチェ大陸横断に護衛としてバージョン士官候補生を勧められたが、頼りないと断って剣の試合を提案されたのだと説明されて、爆笑してしまう。
「それはレッサ艦長の方が一枚上手でしたね。それで私もご一緒できるのでしょうね」
ショウはカドフェル号で航海したいでしょと断りかけたが、剣で勝負しますかと切り返された。
「二回も負けるの嫌だよ。これからは練習をサボらないぞ!」
レッサ艦長はしまった! クレイショー大尉と剣の試合をさせたら良かったと、剣の腕以外は頼りなさそうなバージョン士官候補生を心配そうに眺めた。
クレイショー大尉も剣以外は足手纏いだろうと、わたわたとゴルチェ大陸横断の準備をしているバージョン士官候補生に、毛布を巻けとか、そんな本は置いていけとか、細々と世話をしながら大丈夫だろうかと溜め息をつく。
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