第18話 罰?

 ショウは帳簿にザッと目を通して、何点か不審な箇所に気づく。おもむろに立ち上がったショウが、支配人室の机の引き出しや、後ろの棚を何やら探し出したのを、ハッサンとラジックは驚いて眺める。


 棚の本や調度品を全て机に移して、棚の壁沿いの一部が二重になっているのにショウは気づくと、仕掛けを調べるのも面倒だと短剣で突き刺して二重になっている板を外す。


「やっぱり、二重帳簿だ! この筆跡はハッサン兄上や、ラジック兄上ではありませんね。表の帳簿を書いたのは支配人ですか? 同じ筆跡です」


 ハッサンとラジックは騙されていたのかと怒鳴りだしたが、うるさいとショウに制される。ショウは裏の帳簿が、キチンと儲けの2割を誤魔化しているのに気づいて、外のレッサ艦長に支配人の屋敷を差し押さえて、蟻一匹逃がさないで下さいと命じる。


 レッサ艦長が部屋から出ると、ハッサンか我慢できなくなって、あれこれ言い訳を始める。


「初めは、屋敷で知り合いの商人や船長と、夜に賭事をして遊んでいただけなんだ。チェンナイにはレイテと違って娯楽が少ないし、賭事をしながら情報を交換したりしたんだ」


 ラジックも頷くので、ショウもそれは嘘ではないだろうと思う。


「でも、毎晩は付き合いきれないし、ディーラーがいる方が楽しめるし、カジノを開くようになったんだ。最初から、カジノを開こうと考えたわけじゃない。それにカジノで儲けた金で、牧場や、プランテーションの土地を借りたり、種牛を買ったりと自分の為に使ったんじゃないぞ」


 表の帳簿には土地の借り賃や、種牛の購入代金が記入されていたから、ハッサンの弁明も嘘ではないとは思ったが、それも本来なら他の商人誘致に力を入れるべきだったとショウは溜め息をつく。


 ショウはハッサンとラジックがイカサマ賭博に関与していないか疑っていたので、帳簿をパタンと閉じると、二人にイカサマ賽子を見せて様子を観察する。


 何だ? とイカサマ賽子を手に取った、ハッサンとラジックは、断面を見て顔色を変えた。


「これはイカサマ賽子なのか? こんなの知らないぞ! ショウ! 信じてくれ! カジノを経営していたのは確かだし、税金を納めるのを忘れていたのも私の責任だ! しかし、イカサマ賭博なんてさせてない! イカサマ賭博なんかさせなくても、胴元は儲かるんだ!」


 カジノだけでも父上に知られたら拙いのに、其処でイカサマ賭博など遣らせていたと思われたら大変だと、やっと事の重大さに気づいてハッサンは真剣に無罪だと言い立てる。ラジックも本当に知らなかったと言ったが、ショウはディーラーと支配人から事情を聴取しますと言い切る。


 ショウは、ハッサンとラジックがイカサマ賭博まで指図していたとは思わないけど、知って知らぬ顔をしていたのかも知れないと疑う。少しお灸を据える必要がある。


 ついでにハッキリさせとこうと、ショウはニ階の婦人について質問する。


「あれは、なんだぁ……ショウ、お前も男ならわかるだろう。ほら、妻達はレイテだし、王族が娼館に通うのは外聞が良くないからな。ほら、お前もレイテでサリーム兄上にレティシィアを……」

     

 ギロリと睨まれて、ハッサンとラジックはシュンと小さくなる。


「何故、王族が側室を持たず、夫人を沢山持つのかご存知ですよね。庶子をつくらない為です。王家の血を引く子供を、勝手に利用させない為でもあります。あの掘っ建て小屋の娼館に通わなかったのは当然ですが、屋敷に住まわせたのなら、正式に結婚して夫人として遇さなくてはいけません」


 ハッサンとラジックは、妻にするような女じゃないと文句を付ける。



 ショウは会って本人に確認しますと宣告して、二階へと二人を伴ってあがる。


 扉を警護していた士官に通して貰って部屋に入ると、ハッサン兄上の好みらしい贅沢な内装で、ソファに綺麗な婦人が二人不安そうに身を寄せ合って座っている。


「大丈夫ですよ、私はハッサン兄上とラジック兄上の弟のショウです。はじめまして、お名前を聞かせて頂きますか?」


 弟なの? と二人はホッとして微笑む。


「私は、エリーゼ、この子は妹のカテリーナです」


 明るい髪の毛と青白い肌を見て、ゴルチェ大陸の出身ではないとショウは溜め息をつきたくなる。


「少しお話をしたいのですが、お二人は姉妹なのですね。それで、どうしてゴルチェ大陸にいらっしゃるのですか? とても、此処で産まれたとは思えないのですが」


 姉のエリーゼはおどおどと、ローラン王国からの難民で、親に売られてゴルチェ大陸まで流れて来たのだと身の上を話す。


「お二人は、これからどうされたいのですか? 親御さんの元に帰りたいなら、私が責任を持って送り届けますし、ちゃんと生活できるお金も差し上げます」


 二人はぼそぼそと話していたが、今度は妹のカテリーナがショウに質問する。


「あのう、此処に居てはいけませんか? ラジック様は優しいですし、姉もハッサン様と一緒に居たいと言ってます。親元に帰っても、お金が無くなれば又売られてしまうかもしれません」


 ショウはニューパロマでローラン王国の難民を目にしていたので、二人にとって此処での生活は夢のようだったのだろうと溜め息をつく。


「お二人の異存が無ければ、兄上達と正式に結婚させてあげます。兄上達には他にも夫人がいますが、それは承知して貰えますね。貴女方の持参金として、1万5千マークづつ差し上げます。東南諸島の結婚制度では、離婚するのは女性から言い出せるのです。その時は、持参金に利息をつけた金額を貰えますから、兄上達が嫌になったら何時でも私に手紙を書いて下さい。キチンと資産を取り立ててあげますからね」


 エリーゼとカテリーナは、パッと顔を輝かせる。


 親に売り飛ばされた時から、まともに結婚したり、子供を産むのを諦めていたのだが、一夫多妻制とはいえ王子の妻になれるのだ。しかも、離婚も自由で、離婚後も生活に不自由しない。


 喜ぶ二人と違い、微妙なハッサンとラジックだったが、此処へ支配人とディーラーの取り調べが済むまで居てくださいと閉じ込められる。



 下に降りたショウはレッサ艦長と共に、ディーラーと支配人を取り調べる。ディーラーはイカサマ賽子を取り上げられたので、シラを切るより内情を話すから命だけは助けてくれと懇願して、ペラペラ喋りだす。


「王子様達は、イカサマ賭博は知りません。私もしたくなかったけど、支配人にイカサマ賽子を渡されて、強制されたのです。お願いです、命だけはお助け下さい」


 床に頭をこすりつけて命乞いするディーラーにウンザリして、ショウは士官達に連れて出させる。



 次の支配人はなかなか口を割らなかったが、裏帳簿を突きつけられて、ぐっと詰まった。


「イカサマ賭博に兄上達がかかわっていたなら、事を有耶無耶に済ませるわけにはいかない。丁度、良い! 邪魔な兄上達を二人始末できるのだ。支配人共々、首切り役人のお世話になるんだな」


 支配人はアスラン王の過酷な性格を噂で知って恐れていたので、王子達の不祥事を許すわけがないと怯える。真っ青な顔になって、後継者だと言うショウ王子も同じ性格なんだと信じ切って命乞いをし始める。


「王子達は何も知りません。ケチなただのイカサマです。こんなの何処のカジノでもしてますよ。お願いです、首切りは嫌です! 王子達は何もしてないのですから、王家の法でなく、普通のイカサマ賭博の罪で裁いて下さい」


 王家の法が過酷なのは特権と二本の柱だったが、一般民のイカサマ賭博なら命までは取られないだろうと、泣きながら懇願する。ショウは支配人とディーラーの財産を没収して、チェンナイから追い出して、レイテで裁判を受けさせる事にする。


「このお金は、カドフェル号の物ですよ。支配人は裏帳簿で金を抜いていたので、100万マークも溜め込んでました。本当は150万マークも横領していたのですが、50万マークは使ってしまったようですね。悪銭は身につかずですかねぇ」


 レッサ艦長は、ディーラーや支配人の処分には興味がない。


 ショウが二人をどう罰するのか? いや、キチンと罰する事ができるのか心配していたのだ。王家にはそれに見合った行動を求められるし、アスラン王がイカサマ賭博を知らなかったという言い訳を通してくれるとは思えなかった。



 カジノの制圧と後始末で疲れ切っていたが、ショウは兄上達の処分をどうするか悩んで、眠る気持ちにならない。


 明け方、少しサンズと出掛けて来ますと、チェンナイの町を後にした。


「父上が伯父上達を、名誉ある閑職で飼い殺しにしていたわけがわかったよ。王族が問題を起こしたら、拙いからだ」


 ショウは上空から朝日に曝されているチェンナイの港に沿ったごみごみとした町並みと、郊外の牧場や、プランテーションを眺めて、自国ではない土地の開発の危うさを実感する。


「いくら発展させても、ウバマド族長の気紛れで水の泡になるかもしれないんだ。うん? これって、凄い罰になるかも? チェンナイの貿易拠点の安定にもなるし、僕なら凄く嫌だもの!」


 ショウは、サンズにウバマド族長の屋敷に向かわせた。




 レッサ艦長はショウがハッサン達の処分に悩んで、サンズと逃げ出したのではと、ハラハラしながら上空を眺める。


「あっ、ショウ王子! お帰りなさい、何処にいらしていたのですか?」


 ショウはレッサ艦長に少し用事を済ませて来ましたと笑う。


「え~と、それでカジノと、あちらの屋敷の金庫には幾ら残ってましたか?」


 ショウは紙に書かれた金額を見て、満足そうに頷く。

 

「これなら遊郭街の整備や、管理する人を雇うのにじゅうぶんですね。港付近も綺麗に整備できますし、商人を誘致する為の緩和税対策に使えますね。あちゃあ~、カジノの税金を払ってないんだった。フラナガン宰相にチェンナイの開発に回して貰えないか交渉してみよう!」


 レッサ艦長は二人のチェンナイの財産を差し押さえて、開発資金にするのだと理解した。


「ですが、お二人が納得されますかね? 言っては何ですが、ハッサン王子は金に執着しそうですし、それと財産没収だけで処分は良いのですか?」


 少しショウはほくそ笑んで、他にも罰は用意してますよと言う。徹夜明けでヤケクソになったのかとレッサ艦長は心配したが、ハッサンとラジックを支配人室に連れて来て下さいという命に従う。


 ハッサンとラジックも眠れぬ夜を過ごして、ショウがどのような処分を下すのか心配していた。


「兄上達がイカサマ賭博について知らなかったとしても、そもそもカジノを開いたのが問題です。法に反したイカサマ賭博で蓄財など許されませんから、全て没収します。後、税金は追徴課税を合わせて、レイテの財産から支払って貰います」


 チェンナイの財産没収までは覚悟していたが、財産没収されたのに税金を支払えと言われて、無茶なぁと思わず叫ぶ。


「え~、僕の遣り方に文句があるなら、父上に処分して貰いますよ~」


 それだけは勘弁して欲しいと、ハッサンとラジックは頭を抱える。


「それと、今朝ウバマド族長と話し合って、チェンナイ貿易拠点と、その周辺の土地を東南諸島連合王国に売却して貰いました。ですので、チェンナイ貿易拠点は我が国の領土ですね。レイテから承認が降りたら、初代のチェンナイ総督はラジック兄上になって頂きます。ハッサン兄上には、チェンナイの町の整備と、商人の誘致活動をお願いします」


 ラジックは、ハッサンを差し置いて、初代総督だなんてと躊躇った。


「実質的な開発や、誘致はハッサン兄上にして頂きますが、ラジック兄上にその監視と報告をして頂きたいのです。それと、メルト伯父上とカリン兄上に監査役をして頂きますので、娼館の衛生管理を怠ると雷が落ちますよ」


 メルトや、カリンがチェンナイに時々寄港しているのを知って、ラジックの監視をお願いするのを思いついたが、元々仲が良くないカリンの監査役かぁとトホホのハッサンだった。


「それにしても、あのウバマド族長が何故、チェンナイとその周辺を譲り渡したんだ?……まさか……ウバマド族長が土地より好きなのは! ショウ! まさか牛を全てウバマド族長にやったのか!」


 怒り出したハッサンに、ショウは牧場も財産没収だからと言い切る。ガックリしているハッサンにショウは追い討ちを掛けた。


「まぁ、そんなにガッカリしないで下さい。結婚のお祝いに、僕からイルバニア王国の種牛と雌牛をプレゼントしますよ。フレッシュチーズをエリーゼさんと食べて下さい。あっ、二回結婚するからヘッジ王国の山羊もプレゼントしますね」


 にこやかに結婚のお祝いを述べるショウに、フラナガン宰相の影響を感じた二人だ。


「二回? 私とラジックのか? まさか、ショウ! ウバマド族長の娘を嫁に貰えというのか!」


 満面の笑みを浮かべて、おめでとうございますと祝福するショウに、ハッサンとラジックは真剣に尋ねる。


「お願いだ! 不細工な女にしてくれと言ったんだろうな!」


「ショウ、お願いだ! ウバマド族長は美人じゃないと言ったよな!」


 二人が必死で詰め寄るのに、無邪気にショウは答える。


「僕が兄上達に不細工な娘を押し付けるとでも? 勿論、美人を嫁にくれると、ウバマド族長は約束してくれましたよ」


 ハッサンとラジックはヘナヘナと床に座り込む。チェンナイ地方では肥った女ほど美人とされているのだ。


 ショウは少し気の毒になったが、チェンナイ貿易拠点の安定の為だものねと微笑む。 

 



 ウバマド族長は美人の娘を連れて来て、正式な結婚式を盛大にあげた。


「ハッサン王子、ラジック王子、二人は私の息子だ」


 花嫁の結納金としてイルバニア王国の種牛2頭と、雌牛50頭を貰ったウバマド族長は、土地の売却の契約にサインする。ゴルチェ大陸には土地は山ほどあるが、これほど丸々と太った雌牛はいなかったからだ。


 花嫁は頭から赤い布を被って眼しか見えてなかったが、なかなか美人に見えた。


 しかし、どう見ても王子達より幅が広く見えて、列席者達はチェンナイ地方の美人の定義を思い出してしまう。


 嫌がっていたハッサンだったが、自分でもボンキュボンが好きだとの自覚があったけど、太めも好きだと初めて知った。


 ラジックは赤い布の下は少し太めのボンキュボンで、これなら大丈夫だとホッとする。




 カドフェル号の乗組員や士官には100万マークが分け与えられ、ベルトもイカサマ賭博のイの字も言わなくなった。


「これは口封じですか?」


 艦長の取り分が一番多いのは慣例通りだったが、20万マークを前にしてレッサ艦長は複雑な顔をした。


「いえ、まさか! それに口封じなどしなくてはいけない事案は、何もありませんでしたから」


 ニッコリ笑うショウに、逞しくなったなぁとレッサ艦長は笑い返して、金庫に皮袋をしまう。そして、ふ~っと溜め息をついて、金庫の中からアスラン王の書簡をショウに手渡す。  

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