第20話 ゴルチェ大陸を横断するぞ!

 カドフェル号の甲板から、ショウとワンダーとバージョンはサンズに乗って飛び立った。レッサ艦長は小さくなっていく竜を見えなくなるまで見送っていたが、副官のクレイショー大尉にスーラ王国へ向かえと命令する。


 竜に乗るのが初めてのバージョンが同行しているので、ニ時間毎に地上に降りて休憩を取る。


 見渡す限りの草原と、草をたべている鹿や水牛の群を見下ろしながら、昼食を食べる場所を探す。


「ショウ王子! あちらに水場がありますよ!」


 後ろのワンダーが指差す方向に、きらめく水と周りに木立が見えて、ゴルチェ大陸の昼間の暑さを防ぐには良さそうに思う。


『サンズ、あそこで昼食にしよう!』


 ショウ達はカドフェル号から持参した食糧を食べた。


『私も食事をしてくる』


 ターシュに大型肉食獣に注意するようにと言うと、馬鹿にしたような目で見て舞い上がる。


『サンズ? 未だ前に食べたばかりだけど、山地や砂漠では食べ物が無いかも? 何か食べておくかい?』


 サンズにはチェンナイで仔牛を食べさせたが、お腹を空かせては可哀想だとショウは心配したのだ。


『山地や砂漠で餌がないなら、食べておこうかな』 


 ワンダーはサンズの食事風景に慣れていたが、水場に集まった水牛の中から一番大きなのを一撃で殺して食べるのを見て、バージョンは食べた昼食を戻しそうになる。


『御免、食後に見る物じゃ無いよね。サンズ、少し向こうで食べてよ』


 凄い空腹時のサンズだったらショウが言っても、無理だったかもしれないが、さほどお腹が空いてなかったので、食べるのを中断すると、水牛を脚の爪でつかんで少し離れた場所で食べだす。


 ワンダーはバージョン士官候補生にだらしないぞ! と喝を入れたが、ショウは笑ってとりなす。


「ワンダー、そんなに叱るなよ。僕が気がきかなかったんだ。はじめから、もっと離れた場所で食べさせたら良かったんだ。それより、これからは僕のことはショウと呼んでくれ、バージョンもだよ」


 未開の土地で王子だとか、士官だとか、士官候補生だとか関係ないよと言うショウに、やれやれとワンダーは肩をすくめたが、バージョンは戸惑う。


「でも、それではケジメがつきません」


 ショウが困った顔をするのを見て、ワンダーは命令に従うようにとバージョンを言いくるめた。


「今は食糧も水もあるけど、この先は現地で調達するしか無くなるね。此処は日陰で気持ちもいいから、どのルートで横断するかルートを決めようよ」


 ワンダーは、レッサ艦長からショウをなるべく早くスーラ王国に行かせるようにと厳命を受けていたので、大陸横断の最短コースを指で指した。


「ワンダー? それじゃあ面白くないよ。半月もあるんだよ。あまり内陸部の地図は正確じゃないけど、僕はマッキンリー大瀑布を見てみたいし、砂漠のオアシス都市のバザール見学もしたいな。あと、夏でも山頂に雪を抱いてるガリアも見てみたいよ」


 ショウがスーラ王国に真っ直ぐに行く気はさらさら無さそうだと、ワンダーとバージョンは顔を見合わせて困惑する。バージョンもクレイショー大尉から、くれぐれもショウが危険なことをしないように目を離すなと命令されていたのだ。


「山頂に雪がある山など、ローラン王国へ行けば、何処にもあります。砂漠のバザールなど見なくても、レイテのバザールの方が立派ですよ。まぁ、マッキンリー大瀑布ぐらいは見ても良いですよね」


 マッキンリー大瀑布は、最短コースのほぼ上にあるので、ワンダーは此処ぐらいならと賛成する。


「ワンダー? もしかして、レッサ艦長からさっさと僕をスーラ王国に連れて行けと命令されているの?」


 ワンダーは鋭い指摘にドキッとしたが、食糧を確保するのは大変ですよと抗議する。


「食糧も持って来たのを食べたら 現地調達でしょう? それに砂漠だなんて! 水の確保はどうするのですか?」


 ショウも水の確保かぁと考え出す。今も水場の側にいたけど、草食動物の糞とかも落ちているので、水筒に汲む気持ちにはならなかったのだ。


 ターシュは食事をして、水場でバシャバシャ水浴びを楽しんでいたが、井戸の無い未開の土地では、こういった水を飲むのかなと、少し先行きに不安を持つ。


「ところで、誰か屋根の無い所で寝た経験ある?」


 海軍は基本は航海するので、ワンダーとバージョンも首を横に振る。


「ショウ王子! 今からでもカドフェル号に追いつけますよ!」


 全く未経験者ばかりのゴルチェ大陸横断だなんて、無茶だとワンダーは引き返そうと提案する。


 ショウは少し考え込んだ。


「う~ん、肉はサンズとターシュが狩りをしてくれる。火はそこらの木を拾えば、大丈夫だよね。問題は水の確保かぁ。此処は水場だから、地下にも水がある筈だよね」


 このままではワンダーに説得されて、カドフェル号に連れ返されると、ショウは水の真名が見つけられれば、確保できるかなぁとぶつぶつ言いながら、木の枝で地面に漢字を書き出した。


 バージョンはショウが変なことをしているのを、ワンダーに何をされているのですか? と目で尋ねたが、さぁ? と肩をすくめられただけだった。


 ショウ王子の噂は、海軍の船乗り達には火を噴く竜の竜騎士、新航路の発見者、サンズ島の領主として噂されていて、バージョンはカドフェル号で初めて姿を見た時に、穏やかな雰囲気と可愛い顔立ちを意外に感じた。剣の勝負では勝ったものの、王子らしい堂々とした剣筋に感心していたが、何やら怪しげな模様を土の上にしゃがみこんで書いている姿に困惑する。


「水……瑞、泉、雨、雫、海、海原、青、『蒼』?」


 水というか、青の真名が『蒼』だとカチッと嵌まった気持ちがした。


『サンズ? 焔を噴く時にはどうしたの?』


『え? 焔を噴く時? ショウが命じたら身体の奥から焔が駆け上がってきたんだよ』


 ショウは地面に手を置いて『蒼』と念じたが、水は全く表れなかった。


「う~ん、水と言うだけじゃ駄目みたい。水が出る? 出、表、顕、違うよねぇ。井戸? 汲、酌、水が『湧』く!」


 ショウは竜心石を服の下から取り出して、『魂』で活性化させると、地面に手を置いて『蒼』よ『湧』け!と念じた。


「いったい何をされているのですか?」


 ワンダーがショウの不審な行動を我慢出来なくなって問いかけた途端、手を押し退けるように水が湧き出てきた。


「やったぁ! 水を確保できるよ! コップ、コップ!」


 ショウは噴水のように湧き出た水を、水筒のコップに受けて、透明だよねと口をつけた。


「うん、美味しい! ワンダーも、バージョンも、水筒を満杯にして。急いで! いつまで湧いてるか、わからないからね」


 水の確保は船乗りには死活問題なので、ワンダーもバージョンもコップで確認してから、水筒を満杯にした。少し経つと水の湧き出る勢いは弱くなり、完全に止まって水溜まりを残して止まった。


「ショウ様、この水は?」


 ワンダーに質問されたが、ショウは説明するのが面倒だと手を振る。


「ワンダー、水は確保できるよ。これでゴルチェ大陸横断できるよね~。さぁ、昼休みはお終いだ!」


 ワンダーとバージョンは何か魔法で水を湧き出させたのだとは理解したが、それ以上は説明する気が無いのは明らかなので、昼食に使った物を袋に入れてサンズに跨がる。


「今夜は雨が降りそうに無いけど、テントを張る練習をしなくちゃね。だから、少し早めに夜営地を決めるよ」


 先ずはマッキンリー大瀑布に向かおうと、東に向かうようサンズに指示をするショウの言いなりになるしかないワンダーとバージョンだ。


「ちょっと早いけど、此処にテントを張ろう。帆布を貰ってきたから、木の枝を4本隅に立てれば、夜露をしのげるよ」


 ワンダーとバージョンも木の枝を切り取り、土に突き刺す。


「これで帆布を被せて、地面に落ちた帆布を石で固定すればOKだよ! やったぁ、遣ればできる!」


 帆布をロープで木の枝に括ったり、残った帆布を寝床に敷いたりと、テントもどきは完成した。


「やはり夜は明かりが欲しいよね。大型肉食獣もサンズには近づかないだろうけど、真っ暗は少し怖いよ。それに、何か暖かい物も食べたいし」


 そう言いながら周りの枯れ木や、枯れ枝を集め出したショウ王子に、慌ててバージョンが私がしますと拾い集める。ワンダーと草原に火が広がっては拙いと、円形に草をむしったり、石を組んでヤカンをかけたりした。


「枯れ草に火を付ければ、枝とかも燃えるかな?」


「え? ショウ王子は、何もご存知無いのですか?」


 暖かい物を食べたいとヤカンを荷物から取り出したものの、離宮育ちのショウは料理のりの字も知らない。


「ワンダー! 僕は王子だよ~。お茶と言えば、侍従が持ってくるもの」


 兎に角、火をおこそうと枯れ草にマッチで火を付けたが、吹かないと枝に火が移らないのも知らないお坊ちゃん育ちの二人だ。


「う~ん、サンズに焔を噴かせようか? でも、テントも燃えちゃったら困るし、ヤカンも焔の勢いでひっくり返るかもね」


 両腕いっぱいに枯れ枝を拾って来たバージョンは、王子と軍務大臣を輩出する名門の御曹司の二人の生活能力の低さに呆れて、サッサと火をおこしてヤカンでお茶を沸かす。


「そうか、種火を吹いて枯れ枝に移すんだ! なる程、物が燃えるには、空気が必要だものね~」


 暖かいお茶を飲みながら、早めの夕食を食べた。


「あっ、星が綺麗だね~。やはりゴルチェ大陸横断して良かったよ」


「何を言ってるんですか、海の上の星も綺麗ですよ」


 海を愛するワンダーに文句を付けられて、そういえば航海中は夜は寝ていたなとショウは考えた。


「昼間に風の魔力を使うから、夜は夕食後はバタンキューだったんだ。今度は海の星も見てみよう!」


 ワンダーはそうだったと謝ったが、別に謝って貰う程の事じゃないよとショウは笑う。


「え~と、バージョンは獲物を捌ける? 僕は魚は捌けるんだけど、動物は捌いたことが無いんだ」


 はなからワンダーをこの方面の戦力外にして、バージョンに尋ねる。


「父が狩りが好きでしたので、簡単になら捌けます」


 おお~! と感心するショウに、バージョンは水を湧き出させる方が普通は驚くだろうと思う。


「ショウ様は、魚を捌けるのですか?」


 出遅れたワンダーの問いに、自慢気に離宮の海岸で魚を取って焼いて食べるんだと言ったが、火をおこせなかったくせにと突っ込まれる。


「火は侍従達がおこしてくれていたから……やはり、ゴルチェ大陸横断して良かったんだ! 僕やワンダーには生活能力が無さ過ぎる!」


 自分の生活能力の低さにはウッときたワンダーだったが、そもそもゴルチェ大陸横断なんてしなければ、問題無かったのではと文句を付ける。二人の低次元の言い争いを、バージョンは呆れて眺める。 


 こうしてゴルチェ大陸横断の第一夜は、どうにか無事に過ぎていった。バージョンは、はたしてスーラ王国にたどり着けるのかと不安になりながら眠りについた。 

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