第16話 チェンナイの風紀を正すぞ!

 ハッサンの屋敷に滞在してみて、ふと夫人達はどうしているのかなとショウは疑問に思う。


「ハッサン兄上、ラジック兄上、お二人とも奥様方は寂しいと思ってらっしゃるのではないですか? チェンナイに呼び寄せたら如何です?」


 ショウの無邪気な発言に、ハッサンとラジックは食後の水煙草が変な所に入って、ゴホゴホと咳き込む。


「お前! 何て事を言うんだ! 東南諸島の男が、国を留守にするのは当たり前だ! 国の妻子に贅沢させる為に、こうして汗水たらして働いているのだぞ。航海など危険なのに、妻や子供達を船に乗せられるか」


 ハッサンの発言に、ラジックも同感だと頷く。


「レイテと違って、未開のチェンナイなど妻達に耐えられるわけがない」


 ショウは表向きは納得できる言葉だったが、二人の兄上達の慌てようにピンとくる。 


 カジノに現地妻を囲っている。昨日は居なかった召使いが増えているが、自分が滞在中は此方の屋敷で暮らすので、贅沢好きなハッサンが不自由に思って呼び寄せたのだと、ショウは見抜く。


 ショウは何度か、カジノを経営しているのではないか? 最初の夜に出てきたのは、どうしてですか? と、ハッサンに尋ねたが、その度に掘っ建て小屋の娼館は流石にチェンナイの評判に良くないとか、少し港付近を綺麗に整備しようとか持ち掛けられて話をずらされた。


 ショウは掘っ建て小屋の娼館の撤去と、移転して少しは衛生上好ましい建物を建築させる事、真っ当な酒場の営業と、真っ当な宿屋の開業、普通の食堂、少し高級な食堂などの開業を約束して貰う。


「娼館を建てるのに、遣り手婆や、娼館の親爺が金をだすかな? しかし、この赤格子の中に娼婦を座らせて、客と交渉させるのは、良いアイディアだな。この遊郭街と一般のチェンナイを分ける門も赤く塗るのかぁ。なんかエキゾチックで、ドキドキするなぁ」


 ハッサンに娼婦は必要だと押し切られ、レッサ艦長も確かに少しは必要ですなぁと言われて、品の良いもの、衛生管理ができる事、客の暴力を防ぐ事、年季明けをキチンと管理する事と、いっぱい条件を出したので、改善策と資金を強請られてしまったのだ。


 それと、遊郭街と一般の町を分けたのは、このままでは普通の商人が夫人を連れてチェンナイに住めないと思ったからだ。遊郭街には高い酒場や、ストリップ劇場も配置する予定だった。


「何で、安い酒場と食堂は門の外なんだ?」 


 ザッと書いた図面にラジックは首を捻った。


「金に余裕の無い船乗りには、遊郭街は目の毒だし、子供のうちから船に乗って雑用から覚える船乗りも多いですからね。門の外の方が良いんです。高級な酒場と食堂は外にも増やした方が良いですよ。商人や、船長は安酒は飲みませんし、商談を高級な料亭でしたいでしょうからね」


 こんなに改善策を実施する資金がないとハッサンが愚痴るので、カジノでボロ儲けしてるでしょう! と、怒鳴りたくなったが、グッと我慢する。


「3万マークを寄付しますよ。せめて、掘っ建て小屋の娼館を撤去して、まともな建物にして下さい」


 ハッサンとラジックが、どうせ娼館の経営者とツーツーだろうとショウは思ったが、父上がその内に視察に来られますよと脅す。後はカジノから手を引かせて、商人の誘致に全力をあげて貰えば良いのだと、ショウは溜め息をついた。



 食後、レッサ艦長とワンダーとで、3万マークを取りに行くとカドフェル号に帰艦して、艦長室で対策を練った。


「娼婦の方は、何とかなりそうですね。あのアイディアにはハッサン王子も乗り気でした。ただ、より魅力的な遊郭街になりそうで、船乗り達は骨抜きにされそうですなぁ」


「遊郭街の大門は朝に閉めさせますよ。中に客は残れないシステムにするつもりですから、遅刻しなくなるでしょう」


 娼婦達の健康管理の面でも、遊郭街の営業時間は厳密に守らせるつもりだった。


「ショウ様? どこで、あんなアイディアを?」


 ワンダーに尋ねられて、ショウはパロマ大学で旧帝国の花街を調べたんだと嘘をつく。ワンダーは変な顔をして、アン・グレンジャー教授の女性学で、性差別の歴史で習ったのかなと首を捻る。


「それより、カジノだよ。カジノ自体も、ちょっとややこしいけど、ハッサン兄上が経営してるのが問題だ。ハッサン兄上とラジック兄上は、普段はカジノに現地妻と暮らしていると思うんだ。だって、あの特別室の内装はハッサン兄上の好みだもの。認めないけど、絶対だね」


 娼館やカジノがあるのは仕方ないが、王族としてそれらを取り締まったり、不正を正すのが本来の役目なのにと、溜め息をつくショウ達だった。


「百歩譲って、オーナーなのは仕方無いとしても、経営に携わったり、カジノに住むのは拙いよ。それに現地妻も拙いよね~」


 一夫多妻制で誤解されているが、東南諸島には側室はない。パートナーの第一夫人と、最愛の第二夫人以外は平等に扱うのが慣例だったし、粗略な扱いをしたのがバレると評判を凄く落とすのだ。プライドの高いアスラン王が、この事を知ったら大変だと、レッサ艦長とワンダーは顔色を変える。


「チェンナイの悪い評判は、レイテでもよく耳にします。キチンとしないと、本当にアスラン王が視察に来てしまいますよ。あの方は、このような事を見過ごしにされません」


 レッサ艦長の言葉に同感のショウは、ふ~ぅと深い溜め息をつく。


「ハッサン兄上は、父上にバレないと思っているのかな? 僕だってすぐにわかったのに……カジノを健全化して、経営から手を引いてくれたら良いのだけど……」


 カジノの儲けがハッサンの懐に流れようと、儲けた客を裏で襲ったりしない限り大丈夫だが、あの晩のように客に脅しを掛けたり、直接かかわっているのは拙い。


「安いレートのカジノでは乗組員達が金を巻き上げられて、喧嘩騒動をおこしてますから、本当は閉鎖して欲しいですね」


「本来、カジノは胴元が儲かるものですからねぇ。でも、少し変ですね? そんなに負けるものなのかな? 負けたら、途中で止めませんか?」


 初めてのカジノでボロ儲けしたショウの不思議そうな顔を見て、二人は苦笑する。


「そうだ! ショウ様、どのようにして勝ったのですか?」


 ワンダーは艦長室なら大丈夫だろうと、カジノ必勝法を尋ねる。


「ああ、あれは運もツイてましたね。あのゲームに使うカードは8組ぐらいなので、出たカードを憶えるのですよ。後は、確率の問題ですからね」


 サラッと種明かしするショウ王子に、ワンダーとレッサ艦長は普通の人には出来ませんよと肩を竦める。


「プランテーションも他の商人もどんどん参入させたいですね。ハッサン兄上は自分が儲けることは熱心ですが、他の商人を儲けさせるのが嫌なのかなぁ? ヘッジ王国の山羊の件も、兄上の着眼点は良いのですが、山羊を船に売るのを独占しかねませんね。ところで、ヘッジ王国の山羊って美味しいのですか? 父上にもローラン王国に行くついでに、ヘッジ王国でサンズに山羊を食べさせてやれと言われたのですが、何となくケチなルートス国王のイメージで、痩せて筋張ってるように思ってたのです」


 レッサ艦長とワンダーは、貧しいヘッジ王国の食いつぶれた男が、海賊船に乗ることもあるので、周辺をパトロールしたことがあり、何回かは山羊を食べたことがあった。


「確かにヘッジ王国の山羊は、塩気があって美味しいですよ。でも、普通の航海ではイルバニア王国の仔牛や、仔羊、山羊、鶏を買いますね。安くて、穀物を食べさせているのでジューシーですからね。それに、ヘッジ王国の国民はケチで有名ですから、山羊を高く売りつけようとするのです。まぁ、貧しい国ですから仕方無いですがね。あの風景は物悲しいですよ」


 話を聞いているだけで、ヘッジ王国へは行きたく無くなる。


「ハッサン兄上にカジノから手を引かせるには、儲からないようにすれば良いのだけど、胴元は儲かるからなぁ……。現地妻を見つけて、ハッサン兄上に手を引かせる? 無理ですよね、開き直って結婚すれば良いだけですものね」


 身分の低い女性でも問題にならないのは、ショウ自身が知っている。大人になるにつれて、小さな離島の島主の娘の母上とよく結婚したものだとショウは呆れていたのだ。


 レッサ艦長とワンダーも良い案が浮かばず困っていたが、部屋を遠慮がちに副官のクレイショー大尉がノックする。


「レッサ艦長、申し訳ありません。上陸休憩を与えていた乗組員の数名が、帰艦時間を過ぎても帰って来ないのです。それと、その乗組員を監督しているバージョン士官候補生も、探しに行ったまま未だ帰ってません」


 恐る恐る報告するクレイショー大尉に、レッサ艦長は誰と誰だと詰問する。


「ベルトとランクです。彼らは娼婦に入れあげるタイプではないと、他の班の奴らは言ってます。どちらかというと賭事に目が無いタイプだと、バージョン士官候補生にも言ったみたいで……」  

 

 途中から日頃は温厚なレッサ艦長が、鬼のように顔を赤らめて怒りをあらわにしたので、クレイショー大尉は武官なのに途中で言葉を止めたが、勇気を出して言い切った。


「バージョン士官候補生は、自分でベルトとランクを連れ戻しに行ったのだと思います。レッサ艦長の不在の間にこのような不始末と、士官候補生の監督不行き届き、お詫び申し上げます」


 ショウはカジノを制圧するチャンスだと考える。 

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