第15話 チェンナイ開発計画

 昼間のチェンナイは、夜の賑やかさを見た後だけに、侘びしく感じる。赤や青のランタンも太陽の下では安っぽくぶら下がっているだけだし、建ち並ぶ娼館も掘っ建て小屋で、どんよりした惨めな雰囲気にうんざりしながら、港の視察をハッサンとラジックに説明を受けながら終える。


 港の付近の視察を終えて、一旦は屋敷に帰って休憩することにしたが、ハッサンはラジックにウバマド族長との話し合いのセッティングをしろと命じた。


「ハッサン兄上? ウバマド族長と何か問題でもあるのですか?」


 測量の時に何回か顔を合わせたことがあったが、ウバマド族長の興味は自分の家畜を増やすことと、十数人いる妻達のことだけのように感じた。チェンナイを貿易拠点として開発するに当たって、港付近の土地は買い上げて家畜で支払った筈ですよねと確認する。


「そう、ちゃんと契約書にもサインさせたが、チェンナイが発展していくにつれて文句をつけてきたのだ」


 一瞬、ショウは娼婦が近在から連れ去られた娘達なのではと疑った。


「娼婦達は問題になって無いのでしょうね? 嫌ですよ、東南諸島連合王国が人身売買しているだなんて。キチンと納得して客を取っているんでしょうね? 年季明けの契約を不当に延ばしたりしてないでしょうね? 変な病気の温床になって、船乗り達に蔓延したら大事ですよ」


 立て板に水の如く、娼館への攻撃を始めたショウに、ああ、うるさい! と怒鳴り返す。

 

「港町に娼婦は付き物じゃないか! 船乗り達をこんな辺鄙なチェンナイに呼び寄せるには、多少のことは目をつぶれ!」


「多少? とても多少とは思えませんよ。それに、あの掘っ建て小屋では、衛生面も問題がありそうですね。娼館を全て撤去しろとは言いませんが、もう少し品の良い町にしないと、真っ当な商人達が寄りつきません」


 ラジックは、ハッサンとショウの言い争いを、オロオロしながら聞いている。


「まぁまぁ、二人とも大声をだしても問題は解決しないよ。ウバマド族長はチェンナイ郊外の牧場や、椰子やゴムの木のプランテーションにも文句をつけているのだ」


 ショウは少しは開発もしていたのだと聞いてホッとしたが、現地の族長と揉めるのは拙いだろうと眉をしかめる。


 レッサ艦長とワンダーは、王子達の兄弟喧嘩に口をはさむのを遠慮していたが、地元の族長と揉めているのは拙いだろうと顔を見合わせる。


「郊外にある牧場と、プランテーションを、見学させて下さい。現場を見ないと、ウバマド族長と何を話し合うのか見当もつきませんから。それに、サンズとターシュにも食事をさせたいですしね」


 ハッサンは竜があまり好きでは無かったので、牧場で飼っている乳牛は餌にさせないぞと怒ったが、乳牛なら雄牛は種牛以外は食べるのでしょうと言い返された。


「そこら辺の痩せた水牛でも食べさせれとけば良いのに……父上といい、ショウといい、竜馬鹿なんだから……」


 聞こえるようにラジック相手に愚痴っているのを、ショウは無視する。


「ショウ? サンズはお前の竜だが、ターシュとは何だ?」


 ラジックは、ショウの悪口だけでなく、父上も竜馬鹿と愚痴ってきたハッサンの言葉を誤魔化すように話を変える。


 ショウは、相変わらずラジックはハッサンの尻拭いばかりだと眉を顰める。本当にこれで良いのか、一度ラジックと話し合ってみないと駄目だ。


 ショウは自分達二人の間で冷や汗をかいてるラジックに、ターシュはエドアルド国王の愛鷹だと説明する。竜は嫌いなハッサンだったが、鷹狩りは好きなので、ターシュを見てみたいと機嫌をなおした。


 ショウはカドフェル号から此処まで呼び寄せられるかなと、少し不安だったが、ターシュはハッサンの屋敷に舞い降りた。


「凄い立派な鷹だなぁ! ショウ、私に譲ってくれないか?」


 そんなの無理ですとショウが断っていると、ターシュは木の上から、騒いでいるハッサンを見下ろしてフンと横を向いた。


『私はエドアルドと契約しているんだ! 誰の物にもならない』


『ターシュ? ハッサン兄上の言葉がわかったの?』


 竜嫌いのハッサンがターシュと話せるなら、竜騎士の素質があるのかと驚いて聞いたが、こういう視線にはカザリアの王宮で何回も曝されたと返事が返る。


 どうやらターシュに振られたと気づいたハッサンは、フンと言い返したが、やはり強くて美しい鷹を恨む気持ちにはならない。


「ターシュは父上に似ている。誇り高く、強くて、美しい。ショウ! ターシュを郊外に連れて行ってはいけないぞ! こんな立派な鷹を見たら、ウバマド族長が欲しがるに決まっているからな。私の物にならないのは仕方ないが、ウバマド族長には渡したくない」


 ショウはウバマド族長だって、ターシュをエドアルド国王から引き離せないですよと苦笑する。


「わからないぞ? ウバマド族長は怪しげな呪術を使うと噂されているからな。動物を呼び寄せるらしい。その呪術のお陰で、西海岸の豊かなチェンナイ近辺を治めているんだ」


 確かにチェンナイ近辺の北には砂漠があり、南にはジャングルが広がっていた。未開のチェンナイ地方だが、木立の間に草原が広がって家畜の放牧にはもってこいだったし、開墾すれば米や小麦やトウモロコシも作れそうな気候だ。


「呼び寄せですか? 家畜の放牧には便利なのかな? 魔力のない普通の家畜も呼び寄せられるのかなぁ。でも、サンズは私と絆を結んでいるし、ターシュは血の契約をエドアルド国王と結んでいます。その関係を断ち切るのは無理だと思いますが、ターシュは郊外には連れて行かないでおきましょう」


 何度か会ったウバマド族長にそんな魔力があったとは信じられないショウだったが、魔力が有りますと看板に書いてあるわけでも無いし、万が一の事があったら大変だとハッサンの屋敷の庭に鶏と小さな鹿を放してもらうことにした。


 チェンナイ地方に沢山いる野生の小さな鹿は可愛らしくて、ショウは一瞬可哀想に感じたが、ターシュが久し振りの鶏以外の獲物に喜ぶのを見て、食物連鎖だと諦めた。


「相変わらず、甘いなぁ」


 ハッサンはターシュが見事に鹿を仕留めるを見て惚れ惚れしたが、横のショウが顔を背けるのを見て、ヘナチョコとからかう。


「家畜なら割り切れますが、野生の鹿だし……」


「何を言っているんだ、此奴等はプランテーションの植物の芽を食べる害獣だぞ。それに、ずっと昔から狩られて晩飯になってたんだ! お前は、本当に昔からボンヤリなんだから。それで父上の後を継げるのか? 甘っちょろい事ばかり言っていたら、諸外国の言いなりになってしまうぞ!」


 確かに言うとおりだけど、そのハッサンに喝を入れてチェンナイを真っ当な貿易拠点にしなくてはいけないのだと、ショウは溜め息をつく。



 ショウは、ハッサンとラジックとを乗せてサンズで郊外のプランテーションを見て回った。


「椰子の実は前からチェンナイ地方でも取って食べたり、油を絞っていたから問題無かったが、ゴムの木がなぁ」


 亜熱帯のチェンナイなので、ゴムの木の栽培も問題無さそうにショウには思えた。


「ゴムの木は幹にキズをつけて、樹液を集めなくてはいけないんだ。椰子の実を取るより人手がいるのさ。ウバマド族長は、その働き手が金を儲けて家畜を増やしているのが癇に触るらしい。その家畜もイルバニアから種牛を買ってきた牛なので、元々チェンナイ地方の水牛より大きくて立派だから、お冠なんだ」


 ハッサンの説明を聞いている限りは、此方には非が無いように感じたが、性格を知っているショウは何か怪しいと感じる。


 次のフレッシュチーズを作っている牧場へ来て、ハハァンとショウはハッサンがウバマド族長と何故揉めているのか、サンズに水牛でも食べさせておけと憎まれ口を叩いたのか納得する。


 チーズを作るので乳牛の雌牛が多く飼われているのは当然だったが、雄の子牛が見あたらなかったのだ。やっと一頭の雄牛を見つけて、サンズに提供してくれたが、離れた場所で食べさせろとか細々文句をつけてきた。


「ハッサン兄上? ゴムのプランテーションの働き手に、金など渡さず、雄の子牛を与えているのですね。それを持っている水牛に種牛として使っているから、ウバマド族長が怒っているのでは無いですか?」


 ハッサンとラジックは、給金を牛で払おうと同じだろうとうそぶいた。


「同じじゃありませんよ。給金で子牛を買うのなら、ウバマド族長にも買う機会があるでしょうが、雄の子牛を給金代わりに渡していたら、全く手に入れられないじゃないですか!

 そりゃ、怒りますよ。族長なのに自分の家畜が貧相に見えたら、地位を脅かされたと感じているのでしょう」


 ショウは種牛の1頭をウバマド族長に提供するようにハッサンを説得したが、ああだこうだと文句を付け出したのにうんざりする。


「今度、イルバニア王国に行ったら、何頭か送ってあげますから」


 コロッと態度を変えて、どんな種類の種牛が良いとか、条件をあげだしたハッサンに、ショウはヤレヤレと頷く。



 ウバマド族長との話し合いは、種牛を貰って上機嫌になっていたので、順調に進んだ。


 ウバマド族長は、この地方独特の衣装を身につけていた。浅黒い肌に赤い布を器用に肩から巻きつけて、腰から足首まで隠して、首からは水牛の角で作った飾りをジャラジャラと付けている。


「この種牛は水牛と掛け合わすと、良い牛が産まれるのだ。早速、連れて帰りたい」


 チェンナイの港付近の土地を売り渡した件を再確認したし、郊外の牧場と、プランテーションの土地を貸したのも種牛のお陰で思い出したようだ。


 ショウは、種牛の歯や、目、蹄を調べるのに熱中しているウバマド族長が、何時までこの約束を覚えてくれているか一抹の不安を感じたが、その時はまたイルバニア王国から種牛を買ってくれば良いと思った。


「それにしても、ウバマド族長が呪術を使うとは思えないなぁ。呼び寄せができるなら、種牛を呼び寄せてるんじゃないかな?」


 あの様子だと数年後にはまた種牛を欲しがるだろうと、ショウはハッサンとラジックに、ごねて来たら贈るようにアドバイスする。


「お前が悪い前例を作るからだぞ。そのうち、ヘッジ王国の山羊が欲しいと言い出すぞ」


 ブツブツ文句をつけるハッサンに、ウバマド族長はヘッジ王国の山羊など知らないですよと抗議する。


「いや、今度はヘッジ王国の山羊を飼おうと思っているんだ。船に乗せるには牛より、山羊の方が積み込み易いからな。チェンナイの南側の海沿いに湿地帯があるから、其処の草を食べさせると塩気のある山羊肉になる筈なんだ。ヘッジ王国でも、海岸の潮風を被った草を食べさせていたからな」


 ショウはヘッジ王国の山羊を食べた事が無かったので、へぇ~と感心してハッサンの言葉を聞く。


 自慢が好きなハッサンは、若い頃からあちこち交易で訪れたのだと、各国の名産品や、交易できそうな物を教えてくれた。


「ゴルチェ大陸のスーラ王国は、香辛料と、竜湶香、後は金鉱があるぞ。お前は竜湶香を服に燻していないが、成人した王族の嗜みだぞ。あっ、お前は未だお子ちゃまだったな。父上は混ざりけの無い竜湶香を使われているが、私は高くて無理だな。これは、オレンジの香りを混ぜているのだ」


 ショウはハッサン兄上の香りと、父上の香りは確かに違うと思ったが、値段を聞いて仰天する。


「そんなに高価な物! 僕は結構ですよ~、勿体ない!」


 数回分で普通の家族が一年食べれそうな値段にくらくらしてしまうショウだった。

 

 ウバマド族長との話し合いがついて、和やかに話していたが、チェンナイの風紀をどう取り締まったら良いのか、ショウは頭を痛める。


「明日は歓楽街を視察しなくちゃな……」


 夜は営業時間だし、午前中は寝静まっていたので、昼過ぎに娼館、酒場、劇場、そしてどう考えてもハッサンがオーナーのカジノを視察して、改善策を考えようと思いながら自慢話に相槌をうつ。

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